寺島しのぶ×稲葉賀恵「この家族のジェットコースターのような変化が散りばめられている」 舞台『リンス・リピート―そして、再び繰り返す―』スペシャル対談
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左から 寺島しのぶ、稲葉賀恵
2019年に現代に潜む家族問題を扱ってオフ・ブロードウェイの話題をさらった、舞台『リンス・リピート ーそして、再び繰り返すー』、2025年4・5月に紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYAと京都劇場にて日本初上演される。日本初演の演出を手掛ける稲葉賀恵と、母を演じる寺島しのぶよるスペシャル対談が到着。
【寺島しのぶ、吉柳咲良、富本惣昭、名越志保、松尾貴史】舞台『リンス・リピート ―そして、再び繰り返す―』(2025)稽古場ダイジェスト
――まずは稽古を進めている今、実感していること、新たに気づいたことなどをお話いただけますか?
稲葉 最近気づいたことは、母親が子供をずっと見守り、育てるように、子供が親を見つめて、育てるとか救うこともあるのだなと。個人的な話ですが最近父親を亡くしまして、それで初めて自分が“育ててくれた親”とは違う目線で母親を見るようになったんですね。これまで自分が母に対して嫌だなと思ったり、恨んだりした瞬間を裏返して見るようになり、母もそれを嫌だと感じていたのだろうな……といった客観性が、大きな事件が起こったことによって初めて自分の中に生まれてきて。だから、親と子は鏡合わせの関係性と言いますか。すごく愛しているんだけど、とても憎たらしいという。今、この『リンス・リピート』の稽古をしていて、愛して引き合っていくよりも、憎しみ合って離れていくエネルギーのほうが強くて、私はそういう物語が好きなんですね。戯曲を読んだ時よりも俳優さんたちの体を通したほうが、かなり愛憎のエネルギーが噴出される作品だなと思いながら今、稽古をしています。
寺島 そうですね、まだ探りながらやっている段階ですけど、本読み稽古をすごく丁寧にやってくださったので、この家族の関係性はよく理解できていると思います。距離感が大事だなあと思います。ハグにしても「ちょっと触ってみよう」という稽古をしていて、息子のブロディには簡単に触れるのに、レイチェルに対しては、オオ〜って彼女の周囲1センチぐらい離れたところでオタオタしているお母さんがいる。稲葉さんも稽古を見ていて、私とブロディの関係のほうが親子に見えるとおっしゃるんですよ。おそらくそれ以上の、母と娘の“見えない糸”が見えてこないといけないのだろうなと。その“見えない糸”があるからこそ、離れていてもつながっている親子になるんだろうけど、そこはまだこれからの課題ですね。
稲葉賀恵
――稲葉さんのお話にあった「愛して引き合うエネルギー」を息子に向けるのは簡単なのに、娘に対してはなぜ「憎しみ離れていくエネルギー」になってしまうのでしょうか。
寺島 やっぱり“自分の分身”だと思い過ぎちゃうのかな。
稲葉 そうだと思います。割り切れないんだと思うんですよね。生物学上、異性であることで割り切れるところと、同性であるから割り切れないところは絶対的にあるだろうなと思うんですよ。私自身も、母親がすごく憎たらしいと思った時がありますし(笑)。子供の頃ピアノを習っていて、弾いている時に良くない癖が出て、母に手をパン!って叩かれたことがあったんですね。それがえらくショックで(笑)。でも大人になってから理由を聞いたら、自分の癖と同じだったんですって。
寺島 へえ〜、手の癖が似ていたんだ。
稲葉 似ていたらしくて、「反射的に叩いちゃった」と。私もショックだったけど、たぶんその時の私の手を見た母親も、すごくショックだったんですよ。血の繋がっている娘が、自分の悪いところを受け継いでいると思った瞬間に、自分を叩いているような感覚だったんだろうなと(笑)。最初に『リンス・リピート』を読んだ時、そうした母親のことをすごく考えたんですよね。
寺島 母親の意見というのはいちいち刺さるんですよ、いまだに!(一同笑)良かれと思って言っていることが刺さるんです。とくに弱っている時に、今じゃない!って時にそういうことを言うんですよ。少し前、ちょっと病気になった時に、母が「アンタ弱いのよ、心が!」とか言ったんです。おっと、今そこでそれを言うか!というのが私の心の声で。(一同笑)もっと強くありなさいと言いたいのだろうけどね。これも思い出した。分娩室に入った時に母がガッと入って来て、「絶対に叫び声を出しちゃダメよ!」って。
稲葉 ハハハハハハ!
寺島 「強くいなさい。叫び声なんて出したら負けよ!」って……なんで私こんなこと言われなきゃいけないんだろうと思いましたよ。「お母さんも頑張ったんだからあなたも頑張れる!」みたいな。
稲葉 ああ〜(納得)。
寺島 こっちがウェ〜ッてなっている時に言うから、この人すごい人だな!と逆に感心しちゃいました。だから、そういう経験も芝居に足していけるじゃないですか。たとえばジョーンがレイチェルに「買い物に行かない?」って声かけるシーンで、断られたら「でも、あの服まだ入る?」って言えてしまう感覚。そういうの、ウチのお母さんは絶対に言うんですよ。(一同笑)
寺島しのぶ
――稽古場で母親ジョーンとして奮闘されている寺島さんを、稲葉さんはどのように見ていらっしゃいますか?
稲葉 自分の仕事を放棄するようなことを言いますが(笑)、極論として演劇って、シンプルに、その状況に人間が置かれて何をするか、それだけだと思っているんです。でも、その場にスッと立って何かをする、これが出来る方はそうそういなくて。舞台で生きるとはどういうことなのか、私にはまだ分からないところもいっぱいありますが、俳優さんを見ると分かることがあるんですね。寺島さんの立ち姿を見て、稽古の一番最初からこんなに豊かなものを伝えてくれる、どうしたらそんなふうになれるのかなと思うくらいです。私にとってとても贅沢な時間ですね。
――寺島さんは、稽古を通して稲葉さんを始め、座組の方々に感じていることは?
寺島 稲葉さんに関しては何も心配していませんね。私たちのやっていることをしっかりまとめ上げてくれるだろうと思っています。私たち演劇人って……松尾貴史さんもそうだし、文学座の先輩の名越志保さん、稲葉さんも文学座だけど、360度すべてをお客さんに見られてもいいように訓練されているじゃないですか。だからこの稽古場には「演劇ってこうだよね!」という安心した時間の流れがありますね。若い二人(吉柳咲良、富本惣昭)は自然な芝居がとても上手で、それはそれで良さがあるけれど、客席にまで伝わる芝居というものをさらに教えていけたらと思っています。あと、この作品ってリアクションの芝居だと思うんですよ。ジョーンの言葉が心にグサッと刺さって、そこからレイチェルが、ブロディが、ピーターがどう振る舞うか。そこにかかっているから、私は言うだけです。(一同笑)人のせいにしているわけじゃないけど、でも本当に、そのための“間”でもありますよね。演劇ってあまり考えるところを客席に見せないけれど、この芝居は見せたほうが面白いような気がして。稲葉さんもそうした場面で「間を取ってください」とおっしゃるし。刺さることを言われた側がどうリアクションするのか。“なんでもありませんよ”と振る舞うけれど、その振る舞いもちゃんと舞台的に振る舞わないと、客席には伝わらない。そこはもう技術なので、若い二人が演劇として“自然に伝わる”技術をどこまで身につけるか、ですよね。二人とも芝居に対してすごくハングリーだから、期待できると思いますよ。
稲葉 そう、二人ともとてもクレバーですよね。今は映像作品とか観たいものをすぐに観られる時代だから、若い方たちはたぶん複雑で面白い物語をたくさん観て来て、物語への解釈がとても早いな、と感心します。ただその代わり、その結果をちゃんと演じようと自発的に動いてしまって、待てないところがちょっとあるかなと。相手の介在する隙間がないというか。演劇って人と人とが作り上げる原始的なものだから、相手に触れるのは怖いけれど、触れることに慣れてもらうしかないんですよね。確かにそこにいる人間にどう手を広げ、関わっていくか。
寺島 レイチェルの居方は本当に繊細で難しいなと思うので、きっと吉柳さんのキャリアにとって、この経験は非常にプラスになると思う。芝居の最初、この家に入って来た時とは違う顔で、最後は出ていってほしい。私も最後の場面で、変わりたいと思います。
――観客の皆さんには、そうした家族4人それぞれの繊細な変化をしっかり目撃していただきたいですね。
稲葉 寺島さんが今おっしゃった通り、レイチェルが家に帰って来てまた出ていくお話ですが、その間には、この家族のジェットコースターのような変化が散りばめられています。人がその状況に立たされた時に、どういう決断をするのか。それを体現している俳優さんたちを見ることで、お客さんも疑似体験出来ると思うんですね。目の前で起きている想像したこともないような出来事を、本当に自分ごとのように感じ取れる時間にしたいと思っています。
寺島 以下同文です!(一同笑)今、休憩なしで90分の上演時間を目指して頑張っていますので、きっと見やすい芝居になっていると思います。ぜひ楽しみに、劇場にいらしてください。
取材・文=上野紀子、撮影=番正しおり
公演情報
日程:2025年4月17日(木)~5月6日(火・祝)
会場:紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA
主催・企画制作:ホリプロ
公演詳細>>https://horipro-stage.jp/stage/rinserepeat2025/
日時:2025年5月10日(土)~11日(日)
会場:京都劇場
主催:キョードーエンタテインメント
問い合わせ先:キョードーインフォメーション 0570-200-888(12:00~17:00、土日祝休み)
https://kyodo-osaka.co.jp/search/detail/10367
脚本:ドミニカ・フェロー
翻訳:浦辺千鶴
演出:稲葉賀恵
照明:横原由祐
音響:星野大輔
ヘアメイク:高村マドカ
演出助手:城田美樹
舞台監督:大刀佑介
<キャスト>
ジョーン:寺島しのぶ
レイチェル:吉柳咲良
ブロディ:富本惣昭
ブレンダ:名越志保
ピーター:松尾貴史
公式HP:https://horipro-stage.jp/stage/rinserepeat2025/
#リンスリピート