アフロの『逢いたい、相対。』ゲスト糸井重里「こうありたい自分」の声に従うために──思惑ではなく、自然であるほうを選びながら進んでいく

12:00
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アフロの『逢いたい、相対。』ゲスト:糸井重里 撮影=森好弘

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アフロの『逢いたい、相対。』第四十六回目のゲストは糸井重里。アフロとUKによるMOROHAは、2024年12月21日に東京・恵比寿ザ・ガーデンホールで行われたワンマンツアー『MOROHA 単独ツアー 2024』最終公演にて活動休止を発表した。それにより、2018年から始まった当連載も打ち切りなのかと思った。しかし、アフロの希望により連載続行が決定。そして『逢いたい、相対。』再開一発目のゲストに招いたのは、以前から交流のある糸井重里だ。コピーライターとして一世を風靡し現在は、『ほぼ日手帳』をはじめ生活にまつわる様々なコンテンツを手掛ける「ほぼ日」の代表である。この日、アフロは対談場所の「ほぼ日」に重そうなバッグを持って登場した。スタッフが「預かりましょうか?」と尋ねると「いや、これは側に置いときたい」と言った。その中身は何なのか?ーーそして糸井を相手にアフロは何を話そうとしているのか? 1時間30分に及んだ濃密な対談をお届けする。

簡単に実践できる見栄は張っちゃった方が楽だった

アフロ

アフロ:どうして、ほぼ日は青山から神田に移ったんですか?

糸井:青山はブランドの旗艦店や美容院が立ち並んでいて、何が今新しいのか、かっこいいのか、文化の中心にいるおもしろさがあるんですよね。日常的に刺激を感じることができて、みんなが来たがってる場所に何があるかのを、近くで見られるじゃないですか。でも、ほぼ日はもっと普通の人がいっぱいいるところで、当たり前のものが見えている場所に移りたいと思って。それはどこだろうと探していたんです

アフロ:それでここに行き着いた。

糸井:そう。実は神田って一番都心だし、いろんな人がいるじゃない? 千代田通りの向こうは皇居で、反対側には下町がある。

アフロ:学生もいますしね。

糸井:東大とか一橋大の発祥の地なんですよね。落語に出てくるのもこの辺りが多いし、あとは駅が5つあるんです。神田・神保町・竹橋・小川町・淡路町もそう。繋がっている線も多くて、東京駅だって近い。ラーメン屋や喫茶店、カレー屋も多いんです。年に1度開催される『神田カレーグランプリ』もあって。

アフロ:神保町にはボンディ(※昭和48年創業されたカレーの名店)がありますね。

糸井重里

糸井:それに本屋もたくさんある。神田はすべての要素がてんこ盛りで、それでいて青山よりも家賃が安いんです。青山の辺りは新規の美容院・洋服屋・飲食店がどんどん参入するけど、入れ替わりも早い。それは高い家賃を払うほど、利益を出し続けることがむずかしいってことなんです。どちらかというと青山は門前町みたいに、街にいること自体を楽しむような場所ですから。

アフロ:それでも青山にいたのはどうして?

糸井:そこにいれば「臆さないでいいぞ」と思えたからですね。田舎者であるが故に、社名に東京(東京糸井重里事務所)を付けるくらいですから

アフロ:これ以上の東京がないから。

糸井:でも、人から「ほぼ日はオシャレな場所にいていいな」と思われるのはいいけど、「そういう人達の会社なんだ」と誤解されるのは嫌だったんですよ。社会に対して「こんな俺って良いでしょ?」とアピールするより、もっと見てる側でありたい。だからこそ、わざわざそこにいる意味はなくなった。でも自分がフリーでコピーライターをやっていた頃は、高い車に乗っている方が、ギャラが高そうじゃないですか。深く考えたわけじゃないけど、どこか同業者同士で見栄を張っていたよね。

アフロ:個人だからこそ見栄を張っていた。

糸井:代理店だってチームの中に制作者がいるのに、それでもフリーランスの俺を雇うってことは、本当に困っているから声がかかるわけで。そこに汚い格好でふらっと来て、汚い字でコピーを書いているのはね。そこは身なりや形を整えないと、みんなに悪いじゃない? ギャラを払ってくれる人に対して。

アフロ:相手もお金を払う価値があると思いたいですもんね。

糸井:正直「どう見られても構わない」という気持ちはあるけど、簡単にできる見栄は張っちゃった方が楽だったんですよね。

少し危ない橋を渡ってみせないと“お兄さんの仕事”じゃなくなる

アフロ、糸井重里

アフロ:「どのタイミングで見栄を張ることから抜け出すか?」は、俺らの商売にも通じる道だと思うんですよ。

糸井:芸能はいつまでも見栄を張っていていいんじゃないかな

アフロ:そうなんですかね?

糸井:「俺ってカッコいいでしょ」と思いつくこと自体が大仕事だから。今日のアフロくんは、蛇とかの刺繍が入った服を着ているけど「これがカッコいいだろ? 俺はこれがいいと思う」と探せること自体が技術なんですよね。楽器をうまく演奏するのと、オシャレをして「俺もこうなりたい」と人に思わせるのは同じことで、芸能の人にはそれがないと。

アフロ:程度はあるよなと思うんです。

糸井普通の服をカッコよく見せるのも技術ですよねたとえば、木村拓哉さんが普段着で犬の散歩をする時に「俺、こんなもんっすよ」と言ったとして、その「こんなもの」にみんなは憧れを持つわけです。

アフロ:そうですね、抜け感っていうかね。

糸井:その服がいくらしようが20年着ていようが、「こういうのがカッコいいんだ」と思わせるのが芸能の人間だから。だからキミは降りなくていいです

アフロ:そうなのか。どこにビルを構えるかというのは、ミュージシャンにもあって。やっぱりカッコいいゾーンがあるんですよ。例えば「ここには青山とか表参道のインテリジェンスなお客さんが来てるんだろうな」みたいなところと、「ラーメン屋で働いてる兄ちゃんばっかりが来るんだろうな」みたいなところには、大きな隔たりがある。どこに自分たちの意識を向けるというか、ビルを建てるべきなんだろうと。

糸井:自分の本拠地をね。

アフロ:そうなんです。最初は、インテリジェンスなところに建てたがるんですよ。実際に、俺も敷居の高そうな媒体に取材してほしいから、インタビューでもそっちに向けたことを喋っていたこともあって。家でカップラーメンを食べてる話よりも「多国籍料理を食べ行くのが最近の趣味で」と。本当は吉野家に行ってるのに「知らない国のカルチャーを口にするのが刺激的です」みたいなことを言っちゃう。掲載する写真も白黒で撮ってもらったりして。そんなことしていたら、だんだんと俺も青山に疲れてきちゃって。「そもそも、らは青山だったっけ?」と疑問を持ち、ちょっとずつ下町の方にビルを立てるようになったんですね。それまでは世間のイメージみたいなところを使って、商売していた気もするんですよね。糸井さんは青山から神田に移る時、反発する声はありました?

糸井:誰も反対しなかったですね。

アフロ:国になったという感覚はありました? ほぼ日という国ができたから、どこに行ってもほぼ日はほぼ日であるという。

糸井:少し昔の言葉で言うと、ブランドが確立したんでしょうね。逆に言うと、少し危ない橋を渡ってみせないと「お兄さんの仕事」じゃなくなるんです

アフロ:なんですか? お兄さんの仕事って。

糸井重里

糸井:周りの人が「よく、それをやりましたね」と思うような、ちょっとした勇気。「あの時はビックリしましたよ」とか「俺もドキドキしたんだよ。でもあの橋を超えたんだよ」というのは「やらなかったんだよ」よりも、やった方が弟や妹たちは嬉しいじゃないですか。

アフロ:そっか、お兄さんの仕事か。

糸井:アフロくんのことを、お兄さんとして見てる人はいるわけで。長野県のどこかでマイクを持った若者が「あの時、アフロさんはピョンってあんなに遠くへ行ったんだ」「思い切って大変だったろうな」って。

アフロ:「兄貴はすごいな」と。

糸井:ただし、そこに気を取られすぎると、すべてを見栄でやっちゃうことになる。

アフロ:今、めちゃくちゃしっくりきた! お客さんは自分の年齢が上がることによって、ライフステージに合った音楽を聴くようになる。でも、バンドマンはやり始めてウケてしまったら食い扶持もかかっているし、それをずっとやっていくことになる。それって、もしかしたらお兄さんの仕事ではないのかもしれない。

糸井:そう、つまり自然かどうかなんですよね。

アフロ:思惑よりも「本当にそれをやりたい」が勝っているかどうか。

糸井:俺は「こうありたい自分」の言うことを聞きたい。とあるシチュエーションに直面した時、自分にとってカッコいい自分の方を選びたい。理想の自分に近づきたいというのは、思惑以上にカッコつけかもしれないですね。自分の本職がコピーライターでありクリエイティブディレクターだから、ここをこうするとこうなってああなって……みたいに考えるのが仕事でもあるんだけど、実はそれより前に、もっと直感的なことがあるんですよね。そっちの方がどう考えても自然だな、というのを先に感じて、そこからこうしてああしてを考える。

アフロ:心強い! でも、それで失敗した人もいるからな。糸井さんはよかったけど。

糸井:俺も失敗してるよ。

アフロ:でも、今も第一線でやられているじゃないですか。

糸井:もっと長いこと活躍している人はいるけど、同じような職種の人はいないですね。それは自分に無理しないことを、一生懸命やったからじゃないかな

アフロ:自分にとって自然なことを続けてきたから、か。それこそ今、MOROHAの活動を止めて、次は何をやろうとなった時に、このままツッパリ続けて「生きるか死ぬか」みたいなことを伝え続けるのと、今まで歌にできなかった、もっと日常めいた柔らかいことを歌うのかを考えた時に、見栄と食い扶持を考えると、前者のような気がしたんです。だけど、なんとなく自分がなりたい大人とか、カッコいい俺の言うことを聞くならどっちかとなった時、今の新しい方向でやってみようと思ったから、糸井さんの言ってくれたことはすごく勇気になります。でも、こっちで失敗した奴も絶対にいて。しかも、失敗した奴の言葉は耳に入ってこないわけじゃないですか。だから、今ホッとした直後に「……でも待てよ」という気持ちにもなりました。

MOROHAを活動休止していろんな人から連絡をいただいた中で、テンプレートの文章が一番ありがたかった

アフロ

糸井:もともとMOROHAは「ピカピカに磨いた武器をいつも手入れをしてる」というのと、その武器を持ってる手の指紋を見て「これでいろんなことしてきたな」と思いながら「いい奴がいたな」とか、「時には粘土をこねたな」と思う2つの側面があったじゃないですか。その両方があるチームは、中々いないんですよ。UKくんの聴く人を圧倒するギターと、アフロくんの「いいよね、こういうの」と皆さんと共感する歌が混じっていて。キミと彼のそういう部分が編み物みたいになっていて、いいチームだったよね

アフロ:うん、あのチームはよかったんですよ。

糸井:人間が1色で生きてるなんてありえなくて。白か黒かだけじゃない。でも、人は他人については白か黒を求めたがるんですよ。なぜなら、そこに頭を使いたくないから。「MOROHAといえば素晴らしい怒りを持ったチーム」みたいに思えば、自分も悩まずについていける。

アフロ:潔さがありますしね。

糸井:だけど変化はするよね。ずいぶん前のことだけど、1人で銭湯へ行った時、青年と近所の親父の会話が聞こえてきたことがあって。そのやり取りが忘れられない。青年が「子供ができたんです」と言ったら、親父が「それは頑張らなきゃな」と返して「そうなんですよ。子供ができると、これまでと全然違う気持ちになるんですよ」と話してい。青年は変節したわけだよね。そして、その変節を受け入れる覚悟をした。それは大事な気持ちだな、と思ったんです。

アフロ:糸井さんはお子さんが産まれて変わりました?

糸井:俺はそうはなれなくて。昔の自分は本当にふざけていたからね。

アフロ:ふざけなくなったのはいつなんですか?

糸井:最近だね。

アフロ:ハハハ、そうなんだ。

糸井:そうは言っても25、6年ぐらい前の話だよ。40代の中盤ぐらい。

アフロ:それは何があったんですか?

糸井:そこは心の問題だから。自分の中で上手にこねて言うことはできるけど、Q&Aみたいには言えない。言う時は自分から喋るから。

アフロ:今の回答も、糸井さんのすごさだと思うんです。核心は言えないにしても、ちょっと外側のところをカリカリ剥がして伝えることもできるじゃないですか。でも「それはうまく言葉にできないから」という旨をしっかり言う。この前も、俺が今やってるユニットの曲を聴いてもらった時、言いづらいこともちゃんと伝えてくださったじゃないですか。「取り繕ったことも言えるけど、それはしたくない」という姿勢は、ずっとそうしてきたんですか?

糸井:そうですね。なるべく嘘をつかない方が、自分にも相手にもいいケースが多いんですよ。

アフロ:その瞬間は取り繕えても。

糸井:ただし、傷つけることもあり得るので、嘘をつかないことをウリ物にしちゃうのはダメですよね。これは本当のことだけど、それを言われて彼はどうすればいいんだっていう、途方に暮れるようなことは言っちゃダメだと思う。その場合は、本当のことを言いつつ、それを素晴らしい箱に入れて渡す。例えば「渋柿を甘くするには、皮を剥いて干すといいよ」と伝えておいてから、「で、これがその渋柿なんだよね。渋いぞー!」って。その人がかじって渋いと思ったら、言われた通りに干そうと思うじゃないですか。俺はキミと喋っている時はずっと本当のことを言ってるつもりなんだけど、「可能性としてこういう危険もあるけど、怖くないの?」と散々言ってるよね?

アフロ:うんうん、言ってる。

糸井:そうなれと言ってるわけじゃなくて、「そこをよく突破するな」と感心してる。自分なら辞めるなって思うことと擦り合わせてるんですよね。この人はこれをやれちゃう人だから偉いなと思うし、もしかしたらコケちゃうかもしれないけど、本人がそこに行くと言ってるんだから行けばいいんだ、と。ただ、その時に地面に叩きつけられて、立ち上がれないと困るわけだから。「失敗しても全然平気だよ」みたいな話は、お互いにしておいた方が愉快にできるじゃないですか。バーンと転んでも「ハハハ、青くなってる」と笑える。そういうことを喋れたら一番いいですよね。ただ、本当のことを言う人って「俺って鋭いでしょ」みたいな下心が混じることも多い。

糸井・アフロ:ハハハ。

糸井重里

アフロ:そこは俺も気をつけないといけないですよ。やっぱりラッパーだから、新しい角度がないかなと探っちゃう。それこそMOROHAを活動休止して、いろんな人から連絡をいただくじゃないですか。テンプレートの文章が一番ありがたかった。本当に使い古された「お疲れ様。また気持ちが乗ってきたら、一緒に飯を食おうな」みたいな。

糸井:テンプレートは本当にいいんだよ

アフロ:自分が一番センシティブな時に、新しい角度を探して鋭いこと言ってくる人たちにうんざりした時に「俺もやってきたかもしれないな」と思って。例えるなら、相手のドラマなのに自分も出演者として登場しようとしてるんですよね。

糸井:ハハハ、そうだね。図々しいよね。

アフロ:エンドロールに役名をつけてもらおうと思っちゃうんですよ。

糸井:俺も今までに結構やってきたと思うんですよ。特に、子供に対してはやらないように気をつけていたけど、社内の親しいメンバーには思い切って言っちゃって「あとで取り返せばいいや」みたいなところもあった気がするね。

アフロ:相手との関係にもよるんですよね。

糸井:一番難しいのは夫婦の間だよ。ちょっとした機嫌の良さ悪さというのが、すごく重要じゃないですか。一緒に暮らしてる人の間というのは、一番気づかないし一番気を使うよね。それは相手もそうだと思う。以前ほぼ日でアルバイトしていた人に最近子供が産まれたんだけど、すごいのがさ、奥さんのことも生まれた娘のことも「さん付け」なんだよ。それってカッコよくない?

アフロ:カッコいい。自分の一部ではなく、ちゃんとイチ人間として向き合うという覚悟の表れな気がしますね。

糸井:その気持ちは俺にもあるかもしれないけど、自然に「さん付け」で呼ぶ彼のことをとても尊敬しているんです。踏み入らないというかね。どこかで、この人が自由にやっていくことに対して止めるというよりは、「何でそうしたいんだろう?」と考えているのが分かる。子供は所有物じゃないと俺はずっと思っていて。自分の娘に対してもそういうつもりではいたけど、多少は所有物だと思ってしまうんですよ。「ウチの子だから」って。その点、子供をさん付けで呼ぶ彼の方が俺よりもカッコいいし、全然上だなと思いますよ。自分の上っていう人が俺にはいっぱいいて、憧れているんですよね。俺はバカ出身だから、気づくのが遅いんだよ。

アフロ:だから一生勉強するんだ。

糸井:不覚にもバカだったことに今頃気づく。あの人に対して悪かったな、と思うことがいっぱいある。今になると恥ずかしいこととか、「いい気になっているんじゃないよ」と自分に言いたいことは山ほどしてるよ。それは全部押入れに隠してあって、開けたらこぼれてくる。

アフロ:ハハハ、それを細やかに聞くのは怖いですけど。

糸井:まず、それを教えてくれる人もいなかった。仮に教えられたら、反発するにしても何しても考えてはいたよね。

ギリギリの状態からどう立ち上がるか、ばかり見ていて。彼女がどうやって卵を割るかとか、そういうところに目がいってなかった

アフロ

アフロ:糸井さんは、休止した日のライブを観に来てくださったじゃないですか。あの日のライブが終わった後、相方とも「お疲れ様!」と言って、スタッフの人にもバーっと挨拶して。「打ち上げやる?」という話になったけど「あー、やらないやらない! じゃあね!」と言ってすぐに帰ったんです。俺、あの会場にいる誰よりも早く家に着いてて。というのも、スタッフとか相方に「やっぱりアフロは振り向かないんだ」と思われたくて、そっちの方がカッコいいと思ってそうしたんです。で、家に帰ってもやることがなかったから、風呂に入る前に風呂掃除をしたんですよ。その時、掃除用のスプレーを吹きかけながら「あぁ、俺って無職なんだ。これが無職の音だ」と思って。これからきっと、こういう細やかなことをやり始めるんだなと。それでお風呂に浸かって浴槽を出たら、ライブを観に来てた彼女が帰ってきて。

糸井:彼女の方が遅く帰って来たんだ。

アフロ:家にいる俺を見て「なんでいるの?」と。そこで俺が「活動休止したばかりのバンドマンに、風呂掃除なんてさせるなよ。もう(お風呂が)沸いてるぜ」と言ったんですよ。ひと笑いほしいなと思ったんですけど、彼女はクスリともしなくて。「あ、そう」だけで労ってもくれないし、なんなら機嫌が悪くて。どうしたんだろうと思ったら、俺がライブのMCで空気を和らげたくて「女の人って、誕生日とか記念日とか全然気にしないって言うくせに、実は気にしてるよね。あれ、マジで面倒くさいよな」と相方と話したんですよ。その件について「私、確かに付き合う前にそう言ってたもんね。誕生日とか記念日は気にしない、って。面倒くさくてごめんね」とめちゃくちゃ怒られて。

糸井:ハハハ。風呂掃除をした後に。

アフロ:「ちょっとウケるかも、と思うと何でもかんでもMCでベラベラ喋っちゃって。俺の良くないところだね。ごめんね」とひたすら謝りました。活動休止は俺にとって大きなことなんですよ。でも、一緒に住んでる彼女からしたら、バンドが止まるぐらいのことなんて、自分の個の感情よりも全然小さくて。私を怒らしたことの方でかい、という状況に対して「俺は偉そうだったな」と思いましたね。

糸井:それは教えてもらえた話じゃない? 

アフロ:まさにそうですね! 気合いが入り過ぎると大きな出来事にしか、興味がなくなってしまうんです。ギリギリの状態からどう立ち上がるか、ばかり見ていて。彼女がどうやって卵を割るかとか、そういうところに目がいってなかった。そういう細々としたところで教わることが、すごく多いですね。これまでは歌詞と脳みそが連動しすぎちゃっていて、アンテナが極論のフレーズを拾うというか。これからは少しずつ行間を解像度高く読み取れるようになりたいですね。MOROHAではでかい筆でデカい出来事を歌ってきたので、活動中は難しかったかもしれないです。

自分の中にいるプロデューサーが「今日、糸井さんに会うならば1曲歌え」と言った

糸井:業界のセットされた世界があって。そのパノラマから出るわけにはいかない、というのがあるんでしょうね。お笑いの人たちの中で、無理をしてでも先輩が後輩のメシ代をおごる、みたいな風習があるというけど、それもセットですよね。

アフロ:ちなみに、ほぼ日のパノラマってどこからどこまでですか?

糸井:かなり広いと思いますね。例えば会社の行動指針を「やさしく、つよく、おもしろく。」にしたのは、そのくらい曖昧に捉えていたいと思ったからで。

アフロ:あ、なるほど! パノラマの境界線をぼやけさせるように、あえてでかい言葉にしたんですね。

糸井:そうですね。

アフロ:そこに糸井さんらしさを感じるな。

糸井:ただ、本当はそれを言葉にするの嫌だったんですよね。

アフロ:もっと曖昧にしたかったんだ。

糸井:だけど、新しい人も入ってくるし、前からウチにいた人が必ずしもそのカルチャーを体現しているとは限らないじゃないですか。だとしたら、ある程度ぼんやりした言葉で、この大きなドームの中にいるぐらいに思っていればいいかなと。

アフロ:じゃあ、パノラマの境界線が何でできているのかを探っているんですね。

糸井:人からどう見えているのかは、間違わない方がいいよなと思って。どう思われてもいい、というのはないんだよね。

アフロ:糸井さんはロマンチックだったり、ロマンチックじゃなかったりしますよね。

糸井:いろんな経験をしてるからね。

アフロ:ロマンチックの境界線も引いているんだ。

糸井:やっぱり自分の中にもう一人の自分がいるんじゃないですかね? 片方だけになってしまうと面白くないから、自分を見てる自分とこうありたい自分を持ってる。要はプロデューサーですよ。

アフロ:俺にも自分の中にプロデューサーがいて「今日、糸井さんに会うならば1曲歌え」と言われたんですよ。バッグの中にスピーカーとマイクを入れてるんですけど、ここで小さい音でラップしてもいいですか?

糸井:すごいなぁ……もちろんいいよ。

アフロ:このスピーカーを持って、全国を行脚しようと思ってるんですよ。俺たちは生演奏でやってきたから、オケを流してライブをする人のことが理解出来なかったんですよ。生でやる緊張感とか、それこそライブって相方と俺の間で音が鳴っているから、それがいいと言ってもらえていたんですけど、ヒップホップってどうしてもオケになりがち。それだとライブの伝わり方が半減しちゃうと思ったんですけど、今の俺はこうやって歌を聴かせたい人のところに、このスピーカーとマイクを持って、それ以外の臨場感を届けたいなって。……じゃあ、始めます。

(アフロは糸井の前でマイクを握って、汗を流して足を少し震わせながら、少年が笑いの道に憧れて芸人になる生き様を描いた歌を披露した)

ふぅ……ありがとうございました。

アフロ

糸井:(拍手をしながら)おー!

アフロ:かっこいいでしょ! 

糸井:はっきりとフィクションにしましたね。そこのジャンルは全部広がりますよ。エッセイじゃなくて小説にしたっていう。これはお笑いの人にも聴いてもらったの?

アフロ:芸人さんはすごい長文の返信をくれましたね。でも、生で聴いてもらったのは今日が初めて。

糸井:フィクションに行くのは方法だよな、とつくづく思うんです。

フロ:フィクションの中からにじみ出てくるノンフィクションみたいなのが──。

糸井:うん。そのフィクションを書く理由が、ノンフィクションだと思う。

アフロ:ウチの親父も言ってたんですよ。活動休止した日、俺はMOROHAを止めることを親にも言ってなかったんです。そしたら母ちゃんがライブを観た後に「37歳の息子が無職になる親の気持ちを考えたことがあるか? それからさ、私たち親にも活動休止することを内緒にしたけど、それがカッコいいと思ってんの?」と言った後、親父がボソッと「まあ……刺身で出せる曲はもう出したのかもな」と言ったんですよね。その時は何を言ってんだろうなと思ったけど、刺身ってノンフィクションのことを言ってたんですよね。

糸井:そうですね。刺身が一番うまいわけじゃないんだよ。「採れたての魚は生が一番美味しい」と港町の人は言うんだけど、それは視野を狭くしてるよね。ちなみに、次の曲はできてるの?

アフロ:できてます。

糸井:病気になったり大失敗したりして、そこから立ち上がった人って強いじゃないですか。今のアフロくんは、そういう匂いがするんです。ちなみに、石川啄木は貧乏で女遊びふざけたことばっかやっていたけど、自分が書いているのは「辛いなあ」という内容ばかり。それを人がお金を出して読んでいたところに、大事なヒントがあると思う。キミが作るモノの中には、どこか石川啄木が入っていると前からよく思っていたんだけど、もっとなれるような気がします。「頑張れ」という歌ばかりを求める人はいないわけで。でも、今の世の中の詞がそんなことばっかりじゃないですか。通り一辺の景色をみんなが順番に歌ってる。それじゃなくて、俺はカメラの歌(「エリザベス」)がすごい好きなんだけど。あれも言ってしまえば、フィクションだよね? 自分のことではないから。ああいう生活詞みたいなのが、アフロくんはダサくなくちゃんと聴こえてくるので、すごく楽しみですね。

人って夢とか憧れの大きさじゃなくて、いいなと思うポイントをちゃんと見つけるんですよね

糸井重里

糸井:フォークソングが流行った時、ロックを聴いている若い人らは、フォークシンガーのことをダサいと思っていた。赤提灯とか、小さな石鹸がカタカタが鳴ったとか、それを聴く理由が分からないと思ったんじゃないかな。だけど、そこに「ある憧れ」があったんですよ。何かと言ったら、貧乏な話をしてるんだけど女はいるじゃん、と。

アフロ:ハハハ、『PERFECT DAYS』(※2023年公開の映画)みたいですね。

糸井:RCサクセションも、フォークからの流れだから構造は似ていて。例えば「君が僕を知ってる」にしても、好きな子とは一緒にいるんだよ。それは、ちょっとモテなかったりする人の憧れなんだよね。だから金はないけど女がいる。実は、辛い毎日を歌っているかのようだけど「それはモテてるじゃん、それがいれば、あとはいらないじゃん」という。人って夢とか憧れの大きさじゃなくて、いいなと思うポイントをちゃんと見つけるんですよね

アフロ:それを信じるのは、すごく勇気がいることですね。

糸井:以前、アフロくんに「“幸せそうな男女”を歌ってウケるのはすごく難しいよ」と話した覚えがあるんです。どこかで他人事になっちゃうから、そこに俺がいるというのが見つけにくくなる。とっても難しい道なんです。それこそお笑いの人達って、モテない話ばかりするじゃない? 実際はすごくモテていても。やっぱり、お笑いは失敗の話でお客と仲良くなりたいんですよ。大衆も「幸せなんだ」という人の話はあまり聞きたくない。RPGゲームにしても、次から次へと強い敵を倒して経験を積み、最後はラスボスに勝つ。実は、勇者って生まれついての王様の息子だったりするんだよね。でも、そこの裕福な部分にはフォーカスせずに、苦労を見せていく。だからフィクションで「幸せなんですよね」と届けるのは、なかなか難しくて。みんなが見つけていない幸せを発見して、「おお、それはいいな!」と思わせるとかね。それを、キミがどうやっていくのかは楽しみ。この前、初めて出した曲はそこを逆にとって「もう叫んじゃえ」みたいな感じだったよね。

アフロ:そうなんですよ。糸井さんの話で言うと、やっぱりいい大人が聴いたら「歌詞だけ読んだらラブラブだけど、今きっとこの2人は別れてるよな」と思うところに、きっと活路があったんですよ。「そういう彼女・彼氏が昔はいたな」と思わせることに共感するポイントがある。

糸井:そうやって意識的にロープを張って渡っている最中なんですね。「てんとう虫のサンバ」みたいな曲もやれるだろうけど、それはキミが今までやってきたことと矛盾し過ぎちゃう。例えば(「エリザベス」の)写真を撮った時に、実は写真じゃないものが映るみたいなさ。みんなは、そういうのを探したくてしょうがないんです。「どの服がカッコいいか見せるのも技術だよ」と言ったけど、言葉でそれを見つけるといいよね。さっきの曲はお笑いの設定だけど、この主人公が今後どう変化していくのか興味がある。

アフロ:いいですね。あの歌が、第何章みたいに続いていくこともありますからね。

アフロ、糸井重里

取材・文=真貝聡 撮影=森好弘

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アフロ自主企画「再就職」
2025年12月27日(土)東京都 Spotify O-EAST
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