洗練と円熟と無限の情熱 カンパニーの最高傑作、K-BALLET TOKYO Spring Tour 2025『白鳥の湖』観劇レポート
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K-BALLET TOKYO Spring Tour 2025 『白鳥の湖』日髙世菜、石橋奨也 (C)K-BALLET TOKYO
K-BALLET TOKYO Spring Tour 2025『白鳥の湖』が、2025年5月10日(土)東京文化会館で幕を開けた。大人気の初日マチネを鑑賞。この一年で見た『マーメイド』『シンデレラ』『海賊』で、現在のカンパニーのかつてないほどの勢い、超絶的なレベルの高さと作品の批評的な面白さに度肝を抜かれてきたが、初演から22年目となる『白鳥の湖』は、レパートリーの中でもトップ・オブ・ザ・トップの輝きを放っていた。この日のマチネ・ソワレの
K-BALLETのプロダクションは、再演のたびにどの作品も初めて観たような感慨に襲われる。今回もバレエの「密度」の濃さに驚かされた。熊川哲也版はうっかり見過ごしてしまいそうな愉快なシーンにも高度な技術がごっそり(!)盛り込まれていて、何度も「もう一度巻き戻して観たい!」と叫びそうになる。主役級のダンサーは勿論、コール・ド・バレエの技術が破格の水準で、第1幕でジークフリード王子の城に集う若者たちが活気ある踊りをする場面では、男性ダンサー全員がアントルシャ・シスを何度も楽し気に飛ぶ。男女のペアが踊るときのステップもとても複雑で、「ダンサー泣かせ」と言われたアシュトン・スタイルの伝統を引き継いでいるのか、それにしてもバレエ団全員がソリスト級の技術を持っているカンパニーというのは、世界でも注目されてしかるべきだ。パ・ド・トロワの長尾美音、武井隼人、岩井優花がチャーミングな演技で魅了した。
K-BALLET TOKYO Spring Tour 2025 『白鳥の湖』 (C)K-BALLET TOKYO
ジークフリード石橋奨也はノーブルなオーラを放ち、一幕から王子の優しさや徳の高さを表現していた。仲間に花を捧げ、家臣や家庭教師にも優しく気遣い、城での調和のとれた暮らしに満足している。照明デザインが秀逸で、「すべてが幸福で満ち足りている」はずのジークフリードが、宵の闇が迫る中で突然メランコリックな予感に襲われる様子が見えた。「自分には何かが欠けている…」という焦燥感が、第二幕のオデットとの出会いにつながっていく。
オデット/オディールの日髙世菜は、白鳥登場の瞬間から凛とした王女で、可憐さや繊細さを美しい手足で表現しながらも、高貴で特別な女性であることを隠さない。ジークフリードとオデットが「引き合う」のは、王子が弱った鳥を助けようとしたからではなく、お互いを対等な存在と認め合ったからではないのか。オデットの身の上語りのマイムは自然で、一気にロマンティックな愛の世界が立ち現れる。パ・ド・ドゥの音楽はゆったりとしていて、第1幕、第2幕ともオーケストラはかなりテンポを落として鳴らしていたように感じた(井田勝大指揮・シアター オーケストラ トウキョウ)。ダンサーにとってはきついテンポだったかも知れないが、白鳥たちも「勢いで踊り飛ばす」ということが出来ないので、丁寧に一つひとつの技術をこなし、一糸乱れぬ群舞を見せなければならない。これに気づいたときは雷で撃たれたような気持ちだった。クラシック・バレエこそ、ダンスの中で一番過激なジャンルなのだ。少しでも気を抜けば破綻する「型」を、毎秒ごとに完璧に見せていく。
K-BALLET TOKYO Spring Tour 2025 『白鳥の湖』日髙世菜、山本雅也 (C)K-BALLET TOKYO
K-BALLETの古典は、慣習的に使われている音楽の洗い直しも毎回徹底的に行われるが、22年前に既に熊川がやっていた「批評」にも驚かされた。「大きな三羽の白鳥」が踊る音楽では二羽の白鳥が優雅に踊り、第三幕のオディールのグランフェッテも打楽器を強調したメジャーなドリゴ編曲の版を使用しない。チャイコフスキー音楽への緻密な探求は、のちの『眠れる森の美女』(ニュー・ヴァージョン)でも大きく活かされていく。
ロットバルト栗山廉は悪魔でありつつ、鳥類の痙攣的な動きもマイムに混ぜ込んで、時折ユーモラスに、明らかに官能的にこの役を踊った。悪の源泉に見えるロットバルトもまた、それより深い暗黒の闇の存在に呪われた化身なのではないかと思わせる。ロットバルトは大きく風に翻る衣裳が素晴らしく、白鳥コールドたちのくるぶし近くまであるチュチュも個性的で新鮮。
K-BALLET TOKYO Spring Tour 2025 『白鳥の湖』 (C)K-BALLET TOKYO
第3幕のはじまりはベンノを演じる栗原柊の高速スピンで幕を開け、「まだまだ回る…のか?」という観客の驚きが爆発的な喝采となった。オーケストラは3幕以降スピードを上げ、狂騒的なエキゾティック・ダンスの数々~ナポリ、チャルダッシュ、マズルカ、スペインと続いていく。同じダンサーが踊るとはいえ、オディールはどう見てもオデットとは別人なのだが、ロットバルトが差し出した一本の羽根が「姫の落とし物と同じだろう」と強引にジークフリードを納得させる。あの悪魔の所作がないと浮気男の心変わりに見えてしまうほど、オデット→オディールの変貌は見事だった。日髙の蠱惑的な視線、空間に張り付いたかのような見事なバランス、音楽の休止とぴったり合った氷の塑像じみたポーズ、どれもが心を撃ち抜かれる。そして魅惑のグランフェッテでは、ダブル、トリプルを華麗に取り混ぜて「魔術に取りつかれているように」見事に魅せた。子供の頃、初めてTVでバレエを観て魅了されたのがこの「黒鳥の32回転」だったことを思い出した。
休憩なしで短い4幕が始まり、悲嘆に暮れた白鳥たちの中に現れるロットバルトとジークフリードが、一瞬双子の兄弟に見えたのにヒヤリとした。悪魔とは、善で出来ていると信じられている世界の中で、どうしようもなく存在する「必然」なのではないか??
K-BALLET TOKYO Spring Tour 2025 『白鳥の湖』 (C)K-BALLET TOKYO
果たして「悪」ロットバルトはどう死滅するか。オデットが翼を引きちぎったり、ジークフリードが成敗したり、様々な演出があるが、熊川版ではそのようなことは起こらない。オデットが湖に身を投げ、王子も後を追う。太陽が輝き、人間に戻ったオデット姫はジークフリードと結ばれる…この世界は死後の世界のことで、人間となったオデットは魂の幻影だ。最近バレエで泣くことが多いが、この日も大いに泣いた。チャイコフスキーだって泣くだろう。バレエダンサーの志の高さ、「超えていく」意志の強さが、毎秒ごとに華やかな美のオーラとなって舞台を埋め尽くしていた。一階席はほぼ総立ち。何度もカーテンコールが続いた。
取材・文=小田島久恵
公演情報
熊川哲也 K-BALLET TOKYO Spring Tour 2025
『白鳥の湖』
[東京]
2025年5月10日(土)・5月11日(日)
東京文化会館 大ホール
オデット/オディール:日髙世菜
ジークフリード:石橋奨也
オデット/オディール:飯島望未
ジークフリード:山本雅也
オデット/オディール:日髙世菜
ジークフリード:石橋奨也
2025年5月14日(水)18:30
オーバード・ホール 大ホール
ジークフリード:栗山 廉
2025年5月17日(土)・5月18日(日)
愛知県芸術劇場 大ホール
オデット/オディール:日髙世菜
ジークフリード:石橋奨也
5月18日(日)14:00
オデット/オディール:飯島望未
ジークフリード:山本雅也
2025年5月23日(金)~5月25日(日)・5月31日(土)・6月1日(日)
Bunkamuraオーチャードホール
オデット/オディール:飯島望未
ジークフリード:山本雅也
オデット/オディール:日髙世菜
ジークフリード:石橋奨也
オデット/オディール:長尾美音
ジークフリード:堀内將平
オデット/オディール:飯島望未
ジークフリード:山本雅也
オデット/オディール:日髙世菜
ジークフリード:石橋奨也
オデット/オディール:岩井優花
ジークフリード:栗山 廉
2025年6月4日(水)・6月5日(木)
フェスティバルホール
オデット/オディール:飯島望未
ジークフリード:山本雅也
オデット/オディール:日髙世菜
ジークフリード:石橋奨也
オデット/オディール:飯島望未
ジークフリード:山本雅也
塚越恭平 5月23日、24日、25日12:30、31日、6月4日、5日
主催
[東京]TBS