星野源 自分から発生した何かを徹底して面白がる、ミュージシャンとしてのスタンスを更新。6年ぶりのツアー『MAD HOPE』初日さいたま公演を振り返る
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星野源 撮影=藤井拓
Gen Hoshino presents MAD HOPE
2025.5.31 さいたまスーパーアリーナ
星野源はいつでもこちらの想像を超えてくる。コアファンでもちょっとこの内容を確実に予想することはできなかったんじゃないだろうか? それぐらい6年ぶりのツアー『MAD HOPE』は星野のあらゆる人生の時間を反映したとんでもない内容だった。だが、同時に最新作『Gen』の制作に通底しているマインドとして、彼はトレンドや新しい価値観を音楽で他人に提示することが心底どうでもよくなったとインタビューで語っている。それより、コロナ禍以降DAW(デジタル・オーディオ・ワークステーション)での音楽制作のスキルと解像度を高めたことや、心底協働することが楽しい内外のミュージシャンとの音楽づくりに喜びを見つけた。加えてこれまで避けていた自身のことも歌詞に落とし込むようになった。想像できなかったライブの展開も、むしろそうした創作に対するスタンスの変化を考え合わせると非常に腑に落ちる。あとはシンプルにギリギリまで制作していたアルバム『Gen』と、『MAD HOPE』というツアーを並行して推し進めていたことに驚きを禁じ得ない。
撮影=田中聖太郎
まず冒頭から意表を突く。暗転後、ボイスドラマが字幕を伴い展開するのだが、星野の現在の人生観とリンクするような練り込まれたもので、本人執筆の脚本であるこのドラマが本ツアーにおいて重要な意味を持つ予感にちょっと震える。星野の胆力に感銘すると同時に、本人が奈落からにじり上がり、あの“地獄セッション”から「地獄でなぜ悪い」がストリングスとホーンを擁するフルメンバーでダイナミックに放たれた。ちなみにボイスドラマは彼ゆかりの声優陣、種﨑敦美、安元洋貴、宮野真守が演じ、豪華さはもちろん、このオリジナル脚本の意図を表現してくれる彼らの信頼関係にも熱いものが込み上げた。続く「SUN」のイントロにも大歓声が上がる。ツアータイトルの背景と繊細かつ大胆なライティング以外はごくごくシンプルな演出だが、久々の再会は深く共感される楽曲の強度で必要十分だ。
場内を一望し、エネルギーを吸収して眩しそうな星野は深々とお辞儀をしたあと“すげえすね”とポツリ。“久しぶりのツアーなので昔の曲も新しいアルバム『Gen』からの曲もやっていこうと思います”、その当たり前の発言が当たり前には展開しないことをもはや冒頭で確信したファンはさらに大きな拍手で応えた。
『Gen』からの初めての1曲は「喜劇」。隙間の多いアレンジの上を武嶋聡のサックスがフックを付けていく。儚げなストーリーだが、そこに含まれる想いをおそらく多くのファンはエッセイ『いのちの車窓から2』で共有しているのだろう。パーソナルな出来事を歌詞に落とし込むようになったスタンスはむしろ普遍的な強度を生み出していた。さらに基本のドラム、ベース、ギター、キーボードのバンドメンバーによるシュアだが、肩の力の抜けたアンサンブルが「Ain’t Nobody Know」でも堪能でき、エンタメ性よりミュージシャンのセンスを、出音の良さを伴いアリーナで味わい尽くせるこのチームワークに感嘆した。「Pop Virus」では両翼のビジョンにMC WAKA(オードリーの若林正恭)が映し出され、このツアーバージョンのリリックを続々投下。のちにイ・ヨンジでも採用された手法だが、フィーチャリングラッパーのフォルムが強調されるこのやり方は、リアルでの共演が叶わない妥協案というより、もう一段レベルの高い表現だと感じた。
そして『Gen』の制作のなかでレジェンド、DJジャジー・ジェフの変わらぬ創作に向かうイノセントなマインドに感銘し、外野の声が気にならなくなった現在の星野を象徴するような楽曲「Eden(feat.Cordae、DJ Jazzy Jeff)」。天井の高い位置から降り注ぐミラーボールの光は、曲の前半では宇宙にひとりぼっちでいるような感覚を、後半のトランペットソロの展開ではその光とメンバーの演奏が呼応するような有機的な感覚を得た。ジェフのビートを生音で再構築する石若駿(Dr)と三浦淳悟(Ba)をはじめ、イノセントなジェフの魂を演奏で共有する慈しみ深い時間だった。このバンドのキャラクターやトーンは続く「不思議」に自然に接続されていった。
撮影:田中聖太郎
アルバム新曲を2曲続けて披露したところで、メンバー紹介を挟むと、「今年デビュー15年なので、久しぶりにこの曲をやろうかと思います。1曲目は13年前ぐらいに作った曲で、2曲目は9年前」というヒント(?)に記憶を総動員するファン。そこに鳴らされた同じリズムでリフが刻まれるイントロに沸き立つフロア。歌詞の定石を超えていく「夢の外へ」への歓声は大きく、裏表が混在するクラップすら楽しい。さらにここまでで一番の歓声がイントロにあがった「恋」では“恋ダンス”をする客席に続いて、星野も後半でその姿を見せてくれた。その後、フロア中央のセカンドステージに移動する旨を伝えた後、おなじみ“赤えんぴつ”(バナナマンがコントで演じているフォークデュオ)のふたりからの祝福メッセージが流れた。
撮影=藤井拓
青いシャツに着替え、自転車でステージ移動を果たした星野。弾き語りのセンターステージというと2015年の武道館公演『ひとりエッジ』を思い出すが、この日はなにか面白いことを言うとか面白い演出があるわけではない。鍵盤での曲作りが増え、DAWも駆使するようになったとは言え、『Gen』にもアコギ弾き語りの「暗闇」という核心をなす楽曲もある。今回の弾き語りはこの曲の孤独感を軸にした必要不可欠なセクションだったのではないか。フォーキーで、でも消え入りそうな爪弾きと声による「ひらめき」、照明を可能な限り落とし、遠くからの淡いスポットで星野がほのかに浮かび上がり、音響も限りなく生に近い静けさで聴くことに集中させた「暗闇」。未来も世の中も音楽を作るうえでの矜持みたいなものもどうでもいい。《どうでもいいぞと勇ましく》という歌詞が生まれた背景が、この広いアリーナが星野の部屋のように感じられる表現で届いた3分だった。孤独の深淵にともに降りた弾き語りのあとに星野は地元であるさいたまについて話し、ジャズが流れる家庭の影響で音楽を作り始め、「カセットテープに作った曲を入れて『ファーストアルバム』って書いたりして。非常に暗い人間なのでそれを人に聴かせたりもせずに。はじまりってひとりだし、でも続けてると雪だるまのように大きくなって、いまは何万人の人に聴いてもらってるのは異常。怖い」と笑う。と、同時にひとりぼっちで作っていたときと気持ちが変わらないことを認識できるとも。弾き語りのラストはここにいる何万人がおのおのひとりのまま「くせのうた」に共振したように見えた。
撮影=藤井拓
続くライブの後半戦のスタートを切るのは弾き語りと地続きの感触もある、低音の歌唱に迫力と新鮮さを見せる「Sayonara」を披露。ピアノとストリングスのレイヤーがこの世とあの世の境界をぼかす。一転、『Gen』の実験性の象徴であり、ツアータイトルにもなった「Mad Hope(feat. Louis Cole、Sam Gendel、Sam Wilkes)」はライブメンバーのアレンジにこちらも新たにシナプスが続々繋がるような楽しさがあふれる。曲中、星野がエレクトリックギターを持ち長岡亮介(Gt)とふたりでソロを展開したり、武嶋が音源でサム・ゲンデルが書いたサックスのフレーズを再解釈して演奏するなど、バンドがツアーを通じてスリリングに変化・成長する瞬間を目と耳で楽しめた。星野が意図したことを歌詞から完全に理解できはしないのだけど、幸せも不幸せもうまくいくこともいかないことも等価でただまだこんなこともあんなこともやりたいし作りたいし、見たいし……という己の欲望が刺激される。それはこのあと披露される「創造」もなのだが、実験的なだけじゃないポップネスが普遍的な感情を呼び起こすのだと思う。
撮影=藤井拓
立て続けにアルバムの先行配信曲「Star」は星野のレパートリーの新たなスタンダードといっていいほど、オーディエンスはおのおの好き勝手に揺れているし、英語、日本語、韓国語を駆使するイ・ヨンジのラップをフィーチャーした「2(feat. Lee Youngii)」はかなりの人気曲。新旧のレパートリーいずれもビビッドなリアクションに星野をはじめ、ステージのバイブスが俄然上がっていく。一旦暗転すると、この会場にドラえもんとのび太、しずかちゃん、さらにジャイアンとスネ夫も観に来ている設定のラジオドラマが展開。もはや次の曲は言わずもがななのだが、「助けて、ドラえもん!」と全員で助けを求めなければ演奏が始まらない事態に。さいたまスーパーアリーナでまさか「助けて、ドラえもん!」と叫ぶことになるとは。久々の「ドラえもん」をわれわれで召喚した気分だ。そして今回のセットリストで最もいい流れを感じたのが「ドラえもん」と「創造」の曲順。星野が「続いてはめちゃくちゃ難しい曲やります」と言っただけで、ファンは理解してざわつく。「応援お願いします」とまで言う。なのに「ホーン隊は前半お休みなのでゲームしといてください」という最強の演出がぶち込まれる。さあ、走り出したら止まれない「創造」の始まりだ。全員、ものすごい集中力だが、特に急カーブのハンドリングを任された感じの石若のドラミングがすごい。そしてホーン隊は前半、おのおのゲームボーイなどをプレイしている様子がビジョンに映る。爆笑しながらストリングのピチカートが躍動し、珍しくラストは星野のロングトーンが渾身の力で発されると、一緒に障害物競走を走り切ったように大歓声と喝采が沸き起こった。
沸き立つ熱をさらに上昇させる「Week End」は乾いたクラップがアリーナを埋め尽くし、星野がラララのシンガロングを促し、ラストは「最後、狂えーーっ!」と、「MAD HOPE」で新たに生まれた煽りに誰も彼もが自分の動きに身を任せていた。そして久々のツアーを実感したのが最後の曲だと言いつつ、「大丈夫です。僕のコンサートはアンコールがあるからです」というお決まりのセリフが登場し、ここだけは少し懐かしい気分になった。アンコールはアンコールでお楽しみだが、本編をどう終えるのかも注視するファンに届けられたのはアルバム同様「Eureka」だった。基本のバンドメンバーとファンのシンガロングで作る演奏が、キャラクターの作り込みも過度な演出も必要としない今回のツアーに相応しい。
ここにいる何万人の歌声の重なりで育った新しい「Eureka」が充満したラストだった。
撮影=藤井拓
さて、アンコールといえばあの人の登場を期待せずにいられないのだが、そこにうやうやしく登場したオールブラックのニセ明。なんと星野の「異世界混合大舞踏会」を歌ったのだ。さらにこれはニセ本人も話していたが、『Gen』初回盤の映像を観ていないと“?”でしかないのだが、ニセ6年ぶりの新曲「Fake」もここで披露された。仲間である雅マモル(宮野真守)、ウソノ晴臣(ハマ・オカモト)、上白石まね(上白石萌音)が映像で共演。さらにもう1曲のオリジナル「REAL」も披露してくれた。うそとほんとという2曲もそうだが、本編を貫通していたメッセージがニセの存在に凝縮されていたのは錯覚じゃないと思う。よくぞアルバム制作と並行してここまでツアーの内容を詰めたな、と再び笑いながら唖然としてしまった。
撮影=藤井拓
「Memories」に乗ってスタッフクレジットがビジョンに流れる。でもまさかニセ明で終演ってことはないだろうと待ち構えていたら、星野とメンバー全員が再登場。「6年開いて、懐かしい気持ちも少しはあるけど、こないだまでやってた感じで演奏できるのは嬉しいです。またいつ会えるかわからないし、何があるかわからないなかで、こうやってみんなで空間を作れるのは幸せです。星野源の今までの生き写しみたいなアルバムなので、これからも聴いてください」と、今回のツアーを展望したうえで、「いつ会えるかわからないから、ハローって言おう」と、ラストに「Hello Song」を選ぶ。《いつかあなたにいつかあなたに、出会う未来》と小さく歌っていたら、決して短くなかった6年とその中身が去来した。幸せかどうかじゃなく、自分を肯定できるエンディングだったと思う。さて、6年ぶりのツアーの先は何が待っているんだろう。アルバム『Gen』をもっと味わい尽くすアプローチにも自ずと期待が募ってしまう。
取材・文=石角友香
撮影=田中聖太郎、藤井拓
ライブ情報
●追加公演
9月21日(日)大阪・京セラドーム
10月18日(土)- 19日(日)神奈川・Kアリーナ横浜
※全席指定
※4歳以上
不要です。お座席を必要とする場合は、
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リリース情報
2025年5月14日(水)発売
“Gen” Box Set “Poetry” [VIZL-2438]/税込価格 ¥7,480
“Gen” Box Set “Visual” Blu-ray [VIZL-2436]/税込価格 ¥8,910
“Gen” Box Set “Visual” DVD [VIZL-2437]/税込価格 ¥8,910
通常盤 [VICL-66033]/税込価格 ¥3,410
▼購入はこちら
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