同時通訳者・田中慶子が語る「通訳の仕事」と「言葉の力」──書籍『言葉にすれば願いは叶う〜私に勇気をくれる英語フレーズ』に込めた想い
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田中慶子
同時通訳者としてダライ・ラマ、テイラー・スウィフト、ビル・ゲイツ、デビッド・ベッカムなどの通訳を経験し、数々の国際的な現場で活躍しながら、英語の魅力や言葉の力を綴った書籍『言葉にすれば願いは叶う〜私に勇気をくれる英語フレーズ』を出版した田中慶子。通訳という仕事に向き合う姿勢、日々の暮らしの中で育まれてきた英語への想い、そして一冊の本に込められた人柄と哲学が丁寧に語られる。書籍に登場する「I deserve it」「It’s over」といった印象的な英語フレーズの背景や、現場で求められる判断力、相手との距離感を見極める通訳の裏側も興味深い。どうすれば英語がうまくなるのかというシンプルな問いにも、田中らしい実直な答えが返ってくる。読むだけで心が少し軽くなり、自分の言葉にも耳を澄ませたくなる。そんな言葉の力を信じる田中に、FM802のDJ・深町絵里が話を聞いた。
ーー『言葉にすれば願いは叶う』を読ませていただきました。英語を勉強しなきゃと思いつつも、毎日コツコツ続けることができていなかったので、本の中に出てくる英語のフレーズの使い方がとても分かりやすかったです。
さらに、学ばせていただくだけでなく、田中さんご自身の人柄が伺えるようなほっこりするエピソードもありました。とても素敵で、気持ちが柔らかくなるような本だと感じました。
そういうふうに思ってもらいたいなと思って、一生懸命書いたので嬉しいです。
ーー心に残るフレーズばかりで心のお守りになるというか。
ほんとに全部私にとってもお守りみたいな言葉でもあり、状況に応じて思い浮かべる言葉なんですよね。自分に言い聞かせたり、思い浮かべたりする言葉たちです。実はこれ以外にもたくさんあったんですけど、編集者の方が選んで本という形でまとめてくださって、選んだ言葉がここに入ってるものなんです。
ーーご自身でも大切にされてる言葉ばかりなんですね。ちなみに同時通訳者さんの頭の中って、いつもは日本語なのか英語なのか、どういう感じなんですか?
日本語です!ただ、英語で得た知識は英語で出てきたりすることがあったり、ここに書いたフレーズなんかは日本語にするとちょっとニュアンスが違うんだよなと感じるんです。そういう言葉は英語の方が心に入ってくる感じがして。なので、頭の中が日本語か英語かというご質問とは少し違いますが、自分が迷ってる時や、忘れたいことがある時にふと思い浮かべるのは、英語のフレーズが結構あったりしますね。
ーー私自身1年間だけですがイギリスに留学していたことがあります。先日、日本人で英語を学んでる友人と話していて、「普段は日本語だけど、英語が必要な環境に行って英語を話しているとそれが楽しくて、別人格がもう1人出てくるような感覚があるよね」という話をしていてすごく共感したんです。英語を話している時の自分と日本語で話している時の自分とでは、やっぱりキャラクターが違ったりしますか?
違うなと感じることもあります。仕事の時は英語で話していることが多いので、どうしても職業上、仕事の時と普段の自分の違いというのもあって、海外出張に行ったりしてると仕事モードで色々やってもらわなきゃいけないことがあると、すごい強い口調で英語で話しているので、「怖いね」と言われることがあります。なので、英語で話してる時にキャラクターが変わるということに加えて私の場合は仕事環境というもあるのかもしれません。
田中慶子
ーー今、洋楽の専門番組をやっているので海外アーティストと接する機会が多いのですが、海外の方はすごくラフで。大物ミュージシャンの方はピリッとするかなと思うんですけど、すぐにアイスブレイクしてくれて。やはり日本のアーティストさんと空気感が違うなと。
違うと思います。日本語だとまず敬語とか、英語にももちろん丁寧な言い方ってあるのですが、日本語って年齢や、立場によって言葉の使い方で上下関係というか、距離感を感じることもあるのかなと思ったりもします。英語の方が気が楽というのはあります。
ーーなるほど。この本の中では同時通訳者として、あとコーチングのお話などいろんなエピソードが散りばめられてますよね。その中でご自身はどういったポリシーでされていましたか?
ポリシーというほどではないのですが、やはり考えてることはどうすればクライアントさんが1番輝けるかとか。ビジネスの場であれば、その目標を達成するお手伝いを私がどのようにできるだろうかということは考えてますね。なので講演会とかで通訳させていただく場合は、クライアントさんのお洋服の襟が曲がっていたりすると気になっちゃいますし、場合によっては直させてもらったりしたりしてますね。
ーー今までどういう現場でどういう方々を担当してこられたんでしょうか。
あらゆる現場に行くんですよ。フリーランスの通訳者って。国際会議での通訳や商談などもあります。
ーー一番緊張した現場ってありますか?
毎回緊張しています。その中でも政府関係の仕事は緊張しますね。なので、ご依頼をいただいてからとにかく情報収集をします。どういう方が参加されて、どんな趣旨で何を目的としているのか。講演会だったりするとスライドを使ったりするので、事前にスライドをいただいたり。あとは通訳させていただく方のことも調べて、本を出版されていたら読んだり、取材を受けてらっしゃっていたら、記事を読んで、どんな考え方でどういった発言を過去にされているのかとかまで、ひたすら調べますね。
ーー海外アーティストの取材の際に通訳の方に入っていただいた時、私が言ったことを全部通訳してくださる方と、意訳して重要なポイントだけ通訳してくださる方がいらっしゃいますが、田中さんはどういう手法でやっていますか?
その場で求められていることをやります。例えばスピーチの通訳などでは意訳で美しく訳してほしいというリクエストをいただいたり。その一方で、多少訳出する言葉が不自然になってもいいけど、一言一句とにかく全部訳して欲しいと言われることもあります。なので、その場の目的によって求められることが違うと思うんですよね。求められる形で訳しますが、ほとんどの場合は指示されることはないんですよね。
ーー私もあまり注文したことはないですね。
そうですよね。気持ちとしては全部訳したいところなのですが、全部訳すとまどろっこしいと感じられる方もいらっしゃいますし、英語の聞き取りはある程度できるという方に全部訳してしまうと、一生懸命に英語を聞いてるのに注意力が削がれるという方もいらっしゃいます。なので、顔を見ながらどうだろう……と空気を読みながら行っています。正解がないので、終わってから「あれで良かったのかな」と悶々と考えることもあります。
田中慶子
ーー私は収録時間が短いことが多くて、30分間と言われてもフェスなどの楽屋だと実際10分、15分になることが多くて。そこに通訳の方が入るとなると5分程度になることもあるため、「とにかく巻きでお願いします」とすごく無茶なお願いをしてしまってることも。なので同時通訳していただけるとすごく助かります。
時間がないときにはウィスパリングという形式で同時に訳すこともあります。状況を見て切り替えることも大事だなと思うんですよね。ただ、良かれと思ってウィスパリングにしたら同時に話されることが辛いからやめてと言われることもあります。
ーーなるほど! それもありますよね。あと英語の使い方で代名詞がsheとかheの使い方ってどうしているのだろうと思っていたんです。例えばYouTubeとかでペットの動画が上がっていて「He is cute!」と言っていて、なんでheってわかったの?と私は思ったりして。
そうですね。実はこれも難しくて例えば日本語だと姉、妹、兄、弟を使いわけるじゃないですか。でも英語は年上も年下も関係なくbrotherはbrother、sisterはsisterだから、たまに年上?年下?とか聞くとsisterはsisterよと言われます。
ーー性別のことで言うと、最近はジェンダーの話でtheyを使いますよね。
はい。そこは結構気を使うところでもあって、前準備の段階で確認します。ご本人がtheyを使いますと言ってくれれば、それが1番ですし、確認できる資料を探します。見つからない時は人と会話してる映像とかを見つけて、どう呼ばれているのかを確認したり。結構気を使うところですね。
ーーそういう点で言うと、日本語、英語を比較した時に、それぞれの言語の魅力や持ち味ってどういうところだと思われますか?
もうこれは本当に色々だなと思います。日本語は主語がなくても通じる言語じゃないですか。その代わり尊敬語があったり、謙譲語があったり、丁寧語があったりと、主語がなくても話している相手との関係性や立場がわかる言語だと思うんですよね。それってある意味、日本人の人との関係性の概念、捉え方を表してるなと思うので、すごく面白いポイントだなと思います。それに対して英語は比較的、目上の人にでもyouって言葉を使うんですよね。日本語では話していて、目上の人に「あなたは?」とか言わないじゃないですか。なので、呼び方一つにも英語のフラットな関係性が言葉に表れていると思うんです。言葉1つとっても、その言語が使われている文化とか人との関係性を表すものだなというのは面白いと思います。
田中慶子
ーー田中さんはそれこそコーチングをされているので、心を整えるということに関しても言葉ってすごい威力を発揮するんだろうなと、この本を読んで感じました。私は「I deserve it」という言葉がすごく大好きで。自分を卑下しそうになった時とか、奮い立たせるという意味でも使えるなと。
実は出版の記念イベントなどで、本にサインをさせていただいたりするときに好きな言葉を書いてくださいと言われるのですが、その中で「I deserve it」が多いんです。だけど決して英語の言葉の中では、「I deserve it」は、美しい前向きな言葉というよりは少し開き直りじゃないけど・・・例えば卒業式にこの言葉を送りますというので「I deserve it」はあまり書かないんですよ。でも、本を読んだ方にこの言葉が良かったと言ってくださる方が多くて。逆に言うと「I deserve it」普段あまりちゃんと思えないというか、私なんかが……とか、私には贅沢だとか、わがまま言っちゃいけないということが自然に染み込んでる人が多いんだとも思うんですよね。
ーーそうですね。どうせ私なんか……とか遠慮しちゃいます。
「I deserve it」って、それを欲しがってもいいとか、チャレンジしてもいいとかいう意味もあって、意外に自分に許可していない人が多いのかもということを感じますね。
ーーすごいですね。この「I deserve it」3つのワードで覚えやすいし、染み込みやすいし、いいフレーズだなと思います。あと私は「It’s over」も、すごくいいと思いました。
そう。この言葉も本にサインと一緒に書いてくださいと言われることあって、通常はポジティブな言葉じゃないけれど、私がブータンに行って、その言葉と出会った時に、「It’s over」というのは、終わりの言葉じゃなくて、区切りをつけて次に進むための言葉なんだというふうに私は解釈したんです。「It’s over」って、文脈によっては言われたら傷つくと思うのですが、そこに込められた意味によっては自分の気持ちを整理させてくれる言葉だなと思うんですよね。
ーーこの田中さんが書いてらっしゃるエピソードと合わせてその言葉を聞くことで、「なるほど!」とこういう意味だとすごく前向きな使い方ができるなという新しい発見がありました。他にもたくさん素敵なフレーズが入ってましたが、最後に英語を上達するにはどうするのが良いでしょうか?
これはね、とにかく使うことです。
ーーそれは話すということですか?
話すこともそうですし、英語がうまくなるとか、上達するって、上達する状態が何なのかというのを、まず自分で明確にするということが大事だと思うんですよね。なので、先ほど「話すことですか?」とおっしゃったのですが、喋るのがうまくなりたい、会話ができるようになりたいと思っているのであれば、会話をたくさんすることだし、映画を観て英語で聞けるようになりたいというのであれば、やっぱりこれは聞くというのが、その人にとっての英語が上達している状態なので、まず英語が上達している状態が何かを考えて、その状態に近づくには何をしたらいいのかを逆算的に考えていく。いずれにしても言葉は使わないと絶対に使いこなせるようにならないので、とにかく場数が大事です。
ーーそうですよね。恥ずかしがらずに。
そうです!恥ずかしい気持ちを克服するのも場数なんですよ。恥ずかしい思いをしたけれどなんとかなるもんだとか、この言い方だと通じなかったとか、こうやって話したら通じたとか、そうやって場数を踏むことでトレーニングになるというか、経験が大事な練習なんですよね。
ーー成功体験も失敗体験も進んでいく。
そう、恥をかくことに耐性をつけることも、上達のプロセスの中ですごく大事だと思います。私は今でも赤っ恥をかきながら生きています。(笑)とにかく恥をかくとことも成長だと思うくらいが良いかもしれません。
ーー私も通訳の方を介さずに直接インタビューするのが夢なので、そこに向けて頑張ります。恥ずかしがらずに自分の言葉で話したいと思います。今日はありがとうございました!
田中慶子、深町絵里(FM802 DJ)
取材=深町絵里 撮影=福家信哉 文=SPICE(河邉有珠)