中村鷹之資インタビュー 天王寺屋ゆかりの道成寺ものと、勘九郎との四段返しで第十回『翔之會』に挑む
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中村鷹之資(たかのすけ)の勉強会『第十回 翔之會(しょうのかい)』が、2025年10月に浅草公会堂で開催される。鷹之資にとって、記念すべき第十回目の公演だ。演目は、『奴道成寺(やっこどうじょうじ)』と『弥生の花浅草祭(以下、四段返し)』。どちらも見ごたえのある舞踊作品となる。
自ら選んだ演目だが、「なぜこんなにハードな公演にしてしまったんだろう」と笑う鷹之資。各演目への意気込み、『翔之會』に育ててもらったと語る思いを聞いた。
■天王寺屋ゆかりの道成寺もの『奴道成寺』
——10回目の開催、おめでとうございます! 演目はどのように選ばれたのでしょうか。
いま一番やりたいことは何かと考えた時、「とことん踊りたい」と思ったんです。第十回という節目ですから、天王寺屋(てんのうじや)ゆかりの道成寺ものより『奴道成寺』を。そして、かねてより憧れていた『四段返し(よだんがえし)』を選びました。
——『奴道成寺』は、女方舞踊の大曲『京鹿子娘道成寺(以下、娘道成寺)』から派生した作品ですね。
道成寺ものは、天王寺屋にとって大切な演目なんです。初代中村富十郎が女方の舞踊として『京鹿子娘道成寺』を初演し、その後、道成寺ものと呼ばれる派生作品が作られてきました。初代以来、富十郎は女方だったんですよね。五代目の父(五世中村富十郎。人間国宝)も、もとは女方でした。20歳の時に「武智歌舞伎」で『勧進帳』弁慶を勤めたことをきっかけに、立ち役もやるようになったのですが、襲名披露では『娘道成寺』を踊っています。いつかは僕も『娘道成寺』を、という思いもあります。
——『娘道成寺』には白拍子の花子が登場しますが、『奴道成寺』ですと白拍子のふりをした狂言師が、道成寺に現れます。
はじめは『娘道成寺』と同じように厳粛に、その後は狂言師らしいユーモアで踊ります。三ツ面(みつめん。3つの面を付け替えて踊る)の趣向もあり、最後は派手に鞨鼓(かっこ)と立廻りで結ばれます。後見は、中村いてうさんにお願いしました。『船弁慶』(2023年2月歌舞伎座)でも後見をしてくださったのですが、十八世中村勘三郎のおじさまにもついておられた方だけあり、僕はぜんぶを預けて、本当に安心して舞台をつとめることができました。お互いに『奴道成寺』は初めてですが、またお願いできてうれしいです!
『弥生の花浅草祭』は浅草の三社祭が題材
——ヒット中の映画『国宝』にも、道成寺ものの『二人道成寺』が登場しますね。
『奴道成寺』も『二人道成寺』も、演奏される曲は『娘道成寺』と同じなんですよね。そう考えると、やはり名曲なのだと思います。女方舞踊として『娘道成寺』が人気を博し、曲が良いから女方ではない役者も、この曲で踊りたいと多くの人が思った。そして“道成寺もの”という言葉が生まれるほど、たくさんの派生作品が創られた。皆が躍ることができ、万人に愛される曲なのだと思います。
■天王寺屋の『四段返し』を、僕なりに全力で
——舞踊『弥生の花浅草祭』は、出演者2人が異なる役柄を4役ずつ踊り分けることから、『四段返し』の通称で知られています。今回は相手として、中村勘九郎さんがゲスト出演されます。
『四段返し』をやろうと決めて、思い浮かんだのが勘九郎のおにいさんでした。なぜなら僕の父が、勘三郎のおじさま(勘九郎の父)と何度も『四段返し』を踊っていたからです。ふたりはふたりの『四段返し』を創り上げていました。僕も、勘九郎のおにいさんと踊ることができたらすごいことだな、と思ったんです。出演いただけることが決まった時は、飛び上がって喜びました!
——鷹之資さんが、悪玉(ほか、武内宿禰、野暮大尽、石橋)、勘九郎さんが善玉(ほか、神功皇后、通人、石橋)です。
セオリー通りに上演するなら、悪玉は大先輩の勘九郎さんです。でも、今回は僕が自分で主催する会。最後は主催者の僕が、芝居のシンに立っていた方がいいのかもしれない。藤間(勘十郎)のご宗家からは『どちらでもやれるね』とアドバイスをいただき、そのまましばらく決めかねていました。結局、勘九郎さんに『どっちをやるの? 悪玉をやったらいいよ。大ちゃん(鷹之資の本名)が悪玉をやりなさい! いい? 分かったね? ハイ!』と速攻で決まめてくださいました(笑)。
この先、勘九郎さんが善玉にまわる機会は多くないように思います。勘九郎さんの通人なんて、絶対に素敵ですよね。僕はそれを客席から観ることができません。それが今回、唯一残念なことです!
「今年の三社祭では、おみこしを担ぎました!」と鷹之資
——4役を、衣裳も音楽も次々とかえながら踊り続ける『四段返し』。ハードな演目としても知られています。
父と勘三郎のおじさまの映像を見ると、細かい理由抜きにカッコイイんです。ふたりともペース配分も考えず、初めからトップギア(笑)。これだけ踊ってみたいな! と思いました。
父と勘三郎さんの間には、26歳も年の差があります。こういう場合は若い方が体力と若さで押し、年長者は余裕のある風格で見せるもの……だと思うのですが、全然違う。年上の父がすごい熱量と力で押しまくり、当時40代だった勘三郎さんも、父に容赦なく力で食ってかかる。ある映像では、悪玉の父がバーっと舞台の端まで行ったと思ったらバーッと戻ってきて、その往復には何の意味もない!っていう(笑)。でもそれが面白いし、観ていても本当に興奮するんです。『四段返し』には、変化舞踊の面白さや音楽の華やかさなど、見どころはたくさんありますが、究極は、歌舞伎俳優2人が競い合うように、とことん踊る姿を楽しんでいただくものなのでは、と思いました。天王寺屋の『四段返し』を、僕なりに全力で、勘九郎のおにいさんにぶつけられたらと思っています。
■『翔之會』という学びの場
——2013年に始まった『翔之會』。コロナ禍で開催を見送った年もある中、26歳ではやくも10回目の開催です。
父は生前、僕と妹(舞踊家・芳澤壱ろは)が勉強できる場をつくるように、と母に伝えていたそうです。母のおかげです。第一回は、会場は国立能楽堂でしたから、勝手も違います。母は苦労もしたと思いますが、当時13歳だった僕が、風当りや苦労を感じることはありませんでした。当日は父の代から応援してくださるお客様でいっぱいの中、温かい雰囲気を感じながら舞台に立ったことを覚えています。
——第一回は、舞踊だけでなく、能のお仕舞も披露されたのですね。
お仕舞は、小さい頃から片山幽雪先生(能楽師・人間国宝)のもとでお稽古をしていました。どれだけ稽古をしても、発表の場があるのとないのでは、まるで違います。今では、お仕舞で培ったものが自分の強みになっていますが、最初は、お仕舞の稽古が好きではなかったんです。進んで、戻って、くるくる回って……難しいし、覚えられなかった(笑)。
それでも幽雪先生は、月1、2回東京へ来られるタイミングでみてくださり、手とり足とり丁寧に教えてくださいました。終わったあとには家族で食事に連れて行ってくださったり、数少ない恩師と呼べる方です。父も幽雪先生も亡くなられた後、片山九郎右衛門先生(幽雪長男)のもとで『安宅』を習っていた頃だと思います。ふと、苦手でも一生懸命やると自分で決めて、必死で稽古をするようになりました。そのうちに物語が分かってきて、『安宅』と『勧進帳』で繋がっているんだとか、分かることも増えていきました。父は、『その時は意味が分からなくても、後々分かってくるものがある』と話していましたが、まさにそれですね。「翔之會」があったから、今の僕があります。会をきっかけに、多くの先生方や先輩方、お客様に育てていただくことができました。
富十郎が眠る大徳寺塔頭・龍翔寺の「翔」の字をとって「翔之會」。題字は、大徳寺15代管長・高田明浦老師によるもの。
——第七回開催の頃から、ご自身で企画から運営まで関わるようになったそうですね。
大学を卒業した後からですね。チラシを作るにしてもカメラマンさんとの打ち合わせから、衣裳さん、大道具さんとのご相談まで。「ここに、これだけの方々の労力がかけられているんだ」と分かることで、おのずと「ありがとうございます」の重みも変わってきます。
——チラシといえば、今年は『奴道成寺』の写真を使ったデザインです。最後のぶっ返りの衣裳の写真の鐘は、まるで合成とは思えません!
合成ではありません!(笑) 大道具さんの愛が詰まった鐘なんです! 当初は、鐘の上で握る紐だけをお借りするつもりでした。でも大道具さんにご相談したところ「それなら鐘がいるでしょ! いるよ! もっていくよ!」とご用意くださって。本番用より一回り小さい鐘に合わせて、特別に足場も作ってくださいました。両足はのせられなかったので、あとは体幹で支えて撮りました(笑)。
合成ではありません!
自主公演を開催しなければ、しなくて済んだ苦労も失敗もたくさんあります。でも、ある先輩からは「自主公演をすると、色々と分かるようになるよ。役者としてやっていく上で絶対に大事」ともうかがいました。役を勉強するだけなく、舞台裏の経験も含めての「勉強会」なんですね。やった分だけ得るものは確かにあると感じています。
■身体がくすぶっている気がします!
——お父さまは舞踊の名手でした。ご自身も、舞踊のうまさに定評があります。その評価を、ご自身はどのように受け止めていますか。
自分の武器の一つにしていかなくては、と感じています。
——この1年は、踊りよりもお芝居に出演する機会が増えていますね。
歌舞伎『刀剣乱舞』第二弾でも同田貫正国役!
昨年は、舞台『有頂天家族』で初めて現代劇の主演をしました。そこで新作づくりの難しさを実感した翌月に、片岡仁左衛門のおじさまの『元禄忠臣蔵 仙石屋敷』に出演し、大石主税役をつとめました。セリフの多い役ではありませんが、1ヶ月間、仁左衛門のおじさまと同じ舞台に出させていただけたことは、大きかったです。役を研究し、深めるとはどういうことか。なぜ主税はここで言葉に詰まるのか。その時、頭に何を思い浮かべているのか。そうした一つひとつを、日々お教えいただきました。
——その後も「新春浅草歌舞伎」や、八代目尾上菊五郎さんの歌舞伎座での襲名披露興行では『勧進帳』で四天王、『車引』で松王丸など。現在は、歌舞伎『刀剣乱舞』でストーリー上とても重要な役をおつとめです。
歌舞伎『刀剣乱舞』第二弾で、公暁役を勤める中村鷹之資。鎌倉時代の実朝暗殺を題材にした物語。
僕は決して器用な方ではないので、お芝居も踊りも一つずつ取り組ませていただいています。あらためて実感するのは、場数に勝るものはないということ。以前は踊りの演目でお役をいただくことが多く、お芝居をする機会が少なかったんです。ですから、お芝居が増えたことは、本当にありがたいことです。でもその反動でしょうか。最近は踊りが減っている気がしなくもありません(笑)。今は歌舞伎『刀剣乱舞』の同田貫国正役として、大喜利所作事にかけていますが、まだまだ踊れます。踊り足りなくて、身体がくすぶっている気がします!
歌舞伎『刀剣乱舞』同田貫正国=中村鷹之資。鮮やかな立廻りも!
■歌舞伎の基礎を叩きこみたい
——来月は、京都南座で新作歌舞伎『流白浪燦星(ルパン三世)』。話題作へのご出演が続きますね。
新作歌舞伎をやるほどに、古典歌舞伎の面白さ、すばらしさが身に沁みるんですよね。
——そういったお話を、他の歌舞伎俳優の方々からも聞くことがあります。古典歌舞伎のすばらしさとは、どういったことでしょうか。
100年以上受け継がれている演目には、やはりそれだけの力があるんですよね。話の面白さだけでなく、芝居の運びやセリフまで、本当に巧みにできています。ただ「古いから素晴らしい」と言いたいのではありません。長く上演されつづけ、そのたびに磨かれてきたから、素晴らしい作品になっているんですよね。海外の戯曲でいえば、シェイクスピア劇と現代の新作を「どちらが上か」と比べないのと同じです。
そして歌舞伎の場合、新作を創る時に、古典の手法を生かしていく部分が多くあります。100年以上かけて古典で磨かれてきた演出や型が、新作歌舞伎でも効果的に働く。それによってお客様が感動されている姿などを目にすると、やっぱり古典はすごい! と思うんです。
もちろん歌舞伎には、新作創りも必要です。いずれは僕も何かを創りたいと思う時がくるでしょうし、だからこそ今は、古典歌舞伎の舞台で、歌舞伎の基礎を自分に叩き込みたい。そして最終的には、やはり「古典ができる役者」と言われる歌舞伎俳優になりたいです。
■予定調和ではない相乗効果を
——『翔之會』、楽しみにしています!
堅田喜三久先生(邦楽囃子方・人間国宝)は、「昔の舞踊演奏会は、喧嘩をしてるみたいだった」とおっしゃっていました。長唄がこんなに弾くなら、こっちも負けじとこうしてやる! みたいな。予定調和ではない相乗効果、取っ組み合いのようなセッションを、お客さんも舞台上の演者も興奮して楽しんだのだと思います。そんな熱い舞台を目指すには、『四段返し』では、勘九郎のおにいさんに頼るばかりではいけません。舞台上で、先輩に遠慮するのは返って失礼だと僕は思っています。
今回は相手が、あの、中村勘九郎さんです! 今の僕に勝ち目はありません。死ぬ気でぶつかっても、ぶつかった分を倍にして返してくれるぐらいの、度量のある先輩です。すべてをかなぐり捨てて挑んで、敵わないけれどそれでも何とかしようと思い切りぶつかる。そういう時、踊りは本当に楽しいです。『翔之會』を誰よりも楽しみにしているのは、僕自身なのかもしれません!
第十回 「翔之會」は、2025年10月3日に浅草公会堂で開催。
取材・文・撮影(インタビュー人物写真):塚田史香
公演情報
白拍子花子 実は狂言師左近・・・中村鷹之資
神功皇后と武内宿禰
三社祭
通人・野暮大尽
石橋
■歌舞伎美人サイト:https://www.kabuki-bito.jp/news/9610
公演情報
モンキー・パンチ 原作(「ルパン三世」より)
戸部和久 脚本・演出
『流白浪燦星(ルパン三世)』
■日程:2025年9月2日(火)~26日(金)
昼の部 午前11時~
夜の部 午後4時~
【休演】9日(火)、16日(火)
【貸切】日程詳細をご確認ください
※下記日程は学校団体様がいらっしゃいます
昼の部:11日(木)、17日(水)、18日(木)、19日(金)、20日(土)、25日(木)
流白浪燦星(ルパン三世):片岡 愛之助
石川五右衛門(石川五ェ門):尾上 右近
次元大介:市川 笑三郎
峰不二子:市川 笑也
銭形刑部(銭形警部):市川 中車
長須登美衛門:中村 鷹之資
見浦の虎蔵:市川 青虎
唐句麗屋銀座衛門:市川 猿弥
真柴久吉:坂東 彌十郎