ヴァイオリニスト・松田理奈「覚悟を決める時が来た」 バッハ×イザイ、珠玉の無伴奏リサイタル
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2025年10月10日(金)東京文化会館 小ホールにて、ヴァイオリニストの松田理奈が無伴奏リサイタルを行う。思い入れの深いイザイの楽曲、そして久方ぶりとなる無伴奏でのリサイタルに臨む心境について、松田に話をきいた。
――無伴奏のバイオリン・リサイタルを開くのは、久しぶりだそうですね?
いつかは無伴奏のリサイタルをやりたいと、ずっと考えていました。今年のリサイタルは、東京文化会館の小ホールで開催することが決まり、「その覚悟を決める時がついに来たかな」と感じました。
――無伴奏のリサイタルの難しさを教えていただけますか。
孤独を感じますね。たくさんの弦を持つピアノとの共演が多いので、無伴奏のリサイタルでは、2時間のコンサートの中で、ヴァイオリンの弦4本だけでホールの空間を作るわけです。やはり、覚悟が必要です。
――今回は、イザイとバッハのプログラムですね。松田さんは、以前にイザイの「無伴奏ヴァイオリン・ソナタ」を全曲レコーディングしています(2010年リリース)。コンサートでの演奏は?
フル・リサイタルでまとめてイザイを演奏する機会はあまりありませんでした。1度くらいかな。イザイとバッハの作品のみの無伴奏リサイタルは、今回が初めてだと思います。
――イザイの作品がお好きだそうですね。
とても好きです。イザイは自身の情熱的な面をヴァイオリンのさまざまな演奏技巧や奏法を通して作品に注ぎ込んでいます。そこに彼の音楽の魅力を感じます。
彼自身がヴァイオリニストでしたから、そんな彼が作曲した曲は、演奏していても手に負担が少ないところも好きなところです。彼の身長は、2メートルほどあったと言われています。私の手はわりと大きい方なのですが、身体の大きなイザイが書いた曲ですので、小さな手の方よりも弾きやすいのではと思います。彼の作品を演奏するのはとても難しいですが、指が届かないという箇所はそんなにありません。
イザイの「無伴奏ヴァイオリン・ソナタ」には、ふたつのコンセプトがあります。まず、バッハへのオマージュという大きなテーマ。イザイは、バッハの作品のメロディを実際に自身のソナタに用いています。それから、6曲はそれぞれヴァイオリンの名手に献呈されていますが、各奏者をイメージして作曲しています。なので、イメージがとてもつかみやすいです。
――初めてイザイの「無伴奏ヴァイオリン・ソナタ」を弾いたのは、いつごろですか。
小学校の終わりごろで、コンクールがきっかけだったと思います。それから、高校1年生の時、トッパンホールのランチコンサートシリーズに出演しました。その時、イザイの作品だけのプログラムを組みました。
――初めてイザイを演奏した時の印象を教えてください。
彼の作品は、感じたままに弾くことができます。彼の音楽は情熱的で、そこに秘められた感情をダイレクトに表現しやすいと思います。それから、譜読みがパズルを読み解くようで面白かったですね。イザイの楽譜は指示がとても細かく書き記されていて、それを汲み取っていくのがとても面白い。ただ、細かいからこそ、逆に解釈が分かれるところも結構あります。
私の場合、実は、小学校高学年のころにレッスンを受けていた小栗まち絵先生とドイツで師事したダニエル・ゲーデ先生はイザイの愛弟子ジョセフ・ギンゴールドのもとで勉強したヴァイオリニストです。ですから、おふたりからイザイについてたくさんうかがうことができました。イザイの作品をレッスンに持っていくと、「ギンゴールド先生はこう言っていたよ」とさまざまなポイントを教えてくださいましたね。お二人とも共通するアドヴァイスを伝授してくださり、イザイの言葉を身近に感じました。
――ということは、松田さんはイザイのひ孫弟子ですね。イザイは「無伴奏ヴァイオリン・ソナタ」を6曲書き上げていますが、今回のリサイタルでは、その中から第3番、第6番、第2番が取り上げられます。
まず、バッハの作品で、イザイの作品を挟むプログラムを考えました。
単純な動機ですが、明るく始めたかったこと、そして、バッハの「シャコンヌ」でプログラムを閉じたかったのです。バッハの「無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第3番」で明るくなったあと、イザイの中でも一番起伏が激しい「無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第3番《バラード》」を置きました。そして、「無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第6番」。この曲は難しいですけれども、ヴァイオリンの和音で明るい花火をたくさん打ち上げることができる……そのような技術的な要素も詰め込まれている1曲を、前半の最後に演奏したいと思いました。
後半の冒頭、イザイ「無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第2番」は、プログラムの最初に弾いたバッハ「無伴奏パルティータ第3番」のメロディを借用しています。つまり、コンサート前半1曲目のメロディと、後半1曲目のメロディは同じです。イザイの「無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第2番」には、第1楽章から「怒りの日」のメロディがたくさん出てきて、第4楽章のなかで大爆発します。そのあと、バッハ「無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番」を演奏し、魂を少し鎮めるというストーリーを考えて、プログラミングしました。
――もしイザイが生きていたら、どんなことをお話したいですか。
イザイに訊くことができない前提で、作品をずっと見てきて……いま初めて考えてみましたが、奏者として訊いてみたいことはいっぱいありますね。
まず、どれぐらい手が大きかったのかは、弾けば弾くほど気になります。簡単にあの技術がさらっと演奏できたのかな?あの楽曲を苦労なく弾けたのかな?ということを訊いてみたいですね。それから、バッハの「無伴奏ヴァイオリン・ソナタとパルティータ」6曲について、イザイはどのように思っていたかを知りたいですね。
イザイの録音はいくつか残っていますが、彼の音はあたたかいのです。音と音のつながり方や距離感がしっかりと伝わり、さらっと軽く演奏しない感じがします。そのような面に、彼の人としてのあたたかみを感じます。
――バッハの作品についてはいかがですか。
「今」と「個」と「バッハの書いた音楽」とをまとめなければいけないと感じます。もっと強くバッハと向き合う自信を持って、ステージに臨みたいですね。
――ステージでバッハと積極的に対話しているように感じますよ。それは、演奏者としてとても重要なことだと思います。そのような対話も、松田さんの魅力ですね。
ここ数年で、やっとそれを体感できるようになってきましたが、もっと近くなれるように今後もバッハを演奏していきたいと思っています。
イザイとバッハは、アプローチがまったく異なる曲の作り方をしているので、その対比が面白いと思います。バッハの構築美、そしてイザイの情熱的なヴァイオリンのもつ魅力的なサウンドも含めての美学……この2つを、しっかりと切り替えて演奏することを心がけています。
取材・文=道下京子
公演情報
J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリン・パルティータ 第3番 ホ長調 BWV1006
イザイ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ 第3番 二短調「バラード」
イザイ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ 第6番 ホ長調
イザイ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ 第2番 イ短調
J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリン・パルティータ 第2番 二短調 BWV1004