岡田利規×葛西敏彦、『秋の隕石2025東京』インタビューが到着 なぜ舞台芸術祭に音楽のイベント『ユーバランス』を招聘したのか

2025.10.11
インタビュー
音楽
舞台

岡田利規、葛西敏彦

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10月1日、舞台芸術祭『秋の隕石2025東京』が開幕した。東京芸術劇場を中心に開催される、舞台芸術祭だ。このフェスティバルにおいて、10月24日と25日の2日間にわたり、サウンドエンジニア・葛西敏彦がディレクションする『ユーバランス』が開催される。なぜ舞台芸術祭である『秋の隕石』に、音楽のイベントである『ユーバランス』を招聘したのか。『秋の隕石』のアーティスティック・ディレクターを務める岡田利規と、葛西敏彦に話を聞いた。

岡田:『秋の隕石』という舞台芸術祭をやるにあたって、いろんな文脈のものを――支配的ではない文脈のものを特に集めたいと思っていたので、葛西さんにお願いしたのは僕にとってわりと自然なことだったんです。そもそも舞台芸術じゃないものが欲しかったというのもありますけど、去年『ユーバランス』に参加したときに感じた、企画全体が持っている態度を、『秋の隕石』というフェスティバルの一部にしたいなと思ったんです。

――去年1月に渋谷のWWWで開催された初回の『ユーバランス』では、たくさんの演目が披露されて、そのひとつがチェルフィッチュの『消しゴム草』だったんですよね?

葛西:そうですね。『ユーバランス』っていうのは、「スタッフ主導で企画を立ち上げよう」ってアイディアが最初にあったんですよね。そこにコアメンバーとして関わってくれていたのが、チェルフィッチュの音響を担当されている中原楽さんで。楽さんと「舞台芸術的な演目もあったほういいんじゃないか」って話をしたときに、私たちが一緒にやるんだったらチェルフィッチュかもねってことで、『消しゴム草』を上演してもらったんです。

岡田:もしかしたら、お互い同じことを考えてるのかもしれないですね。葛西さんは音楽イベントの中に演劇を入れて、僕は舞台芸術祭の中に音楽イベントを誘っている、っていう。

葛西:たしかに。同じことをやってる(笑)。

ユーバランス@WWWでのチェルフィッチュ 
撮影=西村理佐

わかりやすくすることで、失われるもの

――さきほど岡田さんは、『ユーバランス』に参加したときに感じた「態度」を、『秋の隕石』というフェスティバルの一部にしたかったとおっしゃいました。その「態度」というのは?

岡田:お客さんに委ねる、ってことですね。それってもしかしたら、「不親切」とか「わかりづらい」とか思われるかもしれなくて。それを今、たぶん皆おそれてると思うんですよ。でも、わかりやすくすることで失われるものもあって、それってかなり大きいと思うんですよね。

――『ユーバランス』は、いろんな演目が同時多発的にいろんな場所で展開される仕掛けになってますよね。つまり、お客さんはそのすべてを観ることはできない。それもきっと、ある意味では「わかりづらい」と思われかねないですよね。

葛西:たしかに、ちょっと不親切ですよね(笑)。普通に考えたら、全部観れたほうがいいですよね。そりゃそうだなと思うんですけど、「新しい感覚って、どうすれば手に入れられるんだろう?」ってことを考えていて。情報量が増えれば増えるほど、何を取って、何を取らないかって取捨選択が生まれる。そうすると、人によって見る景色が変わってくると思うんです。そこに僕は期待しているところがあるんですよね。

岡田:去年参加したとき、チェルフィッチュは『消しゴム山』から派生した「消しゴム草」ってパフォーマンスをやったんです。その時間、僕はもちろんそれを観てるわけです。それと同じ時間帯に、他にもいろいろやってるんですよ。僕はそれを観てないけど、面白いコンサートとかやってるはずなんですよ。でも、そっちじゃなくて、チェルフィッチュのパフォーマンスを観てる人たちがいる。「なんでこの人たちはこっちに来てるんだろう?」って思うんですよね。これってなんかすごいことだな、って。

――すごいこと?

岡田:だって、あっちに行ったっていいんですよ。でも、ずっとチェルフィッチュを観ているお客さんがいる。これは別に、チェルフィッチュのパフォーマンスがどうだってことを言いたいわけじゃなくて、パフォーマンスっていうのはある種の持続なので、その持続そのものが体験として強いっていうことなんですよね。「この演目をちらっとだけ観て、ふらっと別の場所に行こう」ってことは可能なんだけど、たぶんあんまりそうやって過ごしている人はいないんですよね。これってすごいことだなと思ったんですよね。

ユーバランス@WWWの様子 撮影=西村理佐

効率化されたものに対して、疑いを持つこと

――冒頭のお話にもあったように、前回の『ユーバランス』では音楽イベントに舞台芸術を招聘して、今回は舞台芸術祭に音楽イベントが招かれるかたちになっています。演劇と音楽、ジャンルの壁をどう横断するかということに関して、おふたりはどんなことを考えていますか?

岡田:舞台芸術のフェスティバルという枠組みの中で、音楽のイベントである『ユーバランス』をやるっていうことで、『ユーバランス』にとっていいことがあればいいなと思っているんですよね。もちろんまだ本番はやってないからわからないですけど、そういうことは起こりそうですかね?

葛西:起こりそうだと思ってます。やっぱり、今回の『ユーバランス』に関しては、この場所じゃなきゃできないことをやろうってところから全部始めてるので。

岡田:それって、東京芸術劇場っていう場所のハード的な部分ですか?

葛西:そうですね。最初はそれが大きかったですね。

岡田:ですよね。それはね、そりゃそうだと思うんですよ。舞台芸術以外の人たちが劇場に来ると、皆喜ぶんですよね。やっぱり、設備がすごいから。ただ、そういうハード的な面以外で、何かが起こって欲しいなと思ってるんですけど、それは簡単なことじゃなくて。「秋の隕石」は、やっぱり舞台芸術のフェスティバルなんですよね。舞台芸術に関心がある人たちにとって、音楽イベントである『ユーバランス』がどう見えるのか。それは逆の話もあって、『ユーバランス』を面白いと感じる人たちからすると、『秋の隕石』でやっている他のプログラムはどう見えているのか。そこが交差するようなところは、もちろんやりたいと思っているんです。ただ、そこには強固な壁があって、それは心の壁みたいなものだから、むしろ強固なんですよね。

葛西:僕はでも、そこはあんまり考えてないんですよね。音楽の要素があるイベントを、舞台芸術祭の中でやる。っていう。僕の態度はあんまり変わってなくて。

岡田:うん、葛西さんはそれでいいんです。

葛西:ただ、ライブハウスっていうのは音楽をやることに特化した場所なので、そこに行くと音楽を聞くことにフォーカスしやすいんですよね。それに比べると、音に最適化されてない場所で開催することになる。そこでどういうものが提示できるのかってことから、今回は考えているんです。そういう場所でやることで、さっき話した態度のようなものの提示できる場所になるんじゃないかなって気もします。

岡田:今の話、面白いですね。つまり、ライブハウスのほうが良い音が出せるけど、今回はその音は出せないわけですよね?

葛西:そうですね。ただ、これは「良い音って何なのか?」って話でもあると思っていて。ライブハウスは、メインスピーカーが置かれる場所を境に、世界がふたつに分断されてしまうんですね。そこからお客さん側のエリアは、大きいスピーカーで大きな音を、音楽がわかりやすいバランスで聞きやすいように最適化されている。そこからミュージシャン側には、それぞれモニタースピーカーを置いて、お客さんとは違う演奏しやすいための音を聞いている。同じ空間にいるのに、演者とお客さんがまったく違う音を聞いていることに、ずっと違和感があって。このメインスピーカーを大きくすれば大きくするほど、聞いているお客さんを増やすことができる。それは音楽をなるべく多くの人に届けるための最適解として生み出された方法なんだろうなと僕は解釈してるんですけど、それがちょっと気持ち悪い瞬間もあるんですよ。最適化され過ぎていて、居心地が悪いっていうか。

岡田:音楽のライブハウスに行って、そういうふうに考えたことがなかったです。僕は演劇が専門だから、演劇を観に行ったとき、舞台と客席のインタラクションがうまく行っているかどうかってわかるんですよ。でも、ライブを聞きに行って――もちろん理屈としてはわかるんです。ステージ上での音の聞こえ方と、オーディエンス側での聞こえ方が違うのは知ってるんですけど、葛西さんからすると、ステージ上とオーディエンス側の音が違っているときに起きることと、そこを同じにしているからこそ起きることっていうのがわかるわけですよね。僕にはその違いがわかんないですけど、そう考えると、同じになっているもののほうがいいってなりますよね。

葛西:もちろん効率化することによって良くなる音楽もあると思うんで、全部がそうじゃなくていいとは思うんですけどね。でも、演者とお客さんが同じ音を聞いてる方が、しっくりくる瞬間もあって。たとえば、お客さんが演者のまわりを囲むようなステージにすると、演者が聞いている音とお客さんが聞いている音が近くなって、その良さっていうのはある。だから、そこには疑問を持ち続けたいっていうのはありますね。

ユーバランス@WWWの様子 撮影=後藤武浩

ユーバランス@WWWの様子 撮影=後藤武浩

公共劇場という場所を、使い倒してみる

岡田:最初に『ユーバランス』を開催した渋谷WWWと東京芸術劇場とでは、空間が違うっていうこと以上に、東京芸術劇場は公共の施設だっていうところの違いがあって。葛西さんはきっと、そこに今直面してると思うんですけど――。

葛西:はい。飛び込んでます(笑)。

――東京芸術劇場は公共劇場で、だからこそ実現できることがある一方で、そのぶん制約もありますよね、きっと。

葛西:そうですね。でも、スタッフには申し訳ないんですけど、そういう場所でやるからこそ面白いなと思うんですよね。どうしても、音楽でもコアになればなるほど、そのイベントに足を運ぶ人は限られてくる。それを公的な場所でやるのが面白いなと思うし、大変なのは承知の上で積極的に使いたいなと思ったんですよね。毎日芸劇に通われている方もいるって話を聞くと、そういう人たちがふらっとコアな音楽に触れると、何が起こるのか。

岡田:すごく小さなスペースでやってるパフォーマンスを観にいくと、「良いな」って思うことが多いんですよ。そういう場所でやっているパフォーマンス自体に対して「良いな」もあるし、自分自身がそっち側に属している意識っていうのが、それなりに今もあって。もちろん、今は実質そうじゃないってことに目をつぶっちゃいけないし、自分がこれから仕事をしていくのはそういう場所では全然ないので、小さい場所でおこなわれているものを「良いな」と思っている気持ちはどうなるのか、それを活かすことができるのかっていうのは、大きな問題としてあるんですよね。そこをどうしていけばいいのか、まだノーアイディアではあるんですけど、そういう問題意識を持ってはいるんです。だからこそ今回、『ユーバランス』が持っている態度を持ち込みたかったっていうのはあるんですよね。

葛西:僕としては、今回は場を使い倒すのが一番だと思ってます。場所をどうつくっていくかってほどのことは、今回は考えてないっていうのが正直なところなんですけど、せっかくタイミングと場所を与えてもらえたっていうのは、いかにこの場所を面白く使えるかって発想をたくさん出す係かなと思ってます。ちょうど芸劇が新しくなったタイミングだし、「こういう使い方があるんだ」ってアイディアの1個でも残せたらいいなって気持ちです。

ユーバランス@WWWでの葛西敏彦 撮影=後藤武浩

答えを提示するのではなく、勝手に過ごしてもらうために

――『ユーバランス』も、『秋の隕石』も、今この時代にどう応答するのかって意志が根底に強くあるように感じます。それは岡田さんがフェスティバルの開催にあたって書かれた「隕石み」というテキストにも強く滲んでいるように思いました。今の時代に支配的な文脈に対して、どう応答していくのか、おふたりが考えていることを最後に伺えたらと思います。

葛西:僕はわりとシンプルに、「どうすればたくましく生きていけるのか?」ってことを日々思っているんですよね。僕が一番怖いのは、思考停止してしまうことなんです。なるべく考えることをやめたくないな、と。それで言うと、効率化するっていうのが一番の思考停止だと思っていて。もちろん、効率を良くすることで生産性を高めることができるし、音楽はお金をたくさん生みやすいジャンルでもあるので、効率化しがちなところもあって。そこに乗っかって日々生活している部分もあるんだけど、考えることをやめないために思考実験する場所みたいな感じなんですよね、『ユーバランス』は。思考の実験をして、明日から日々たくましく生きていくにはどうしたらいいんだろうってことを、一番考えてますね。

岡田:たくましいって言葉は素晴らしいなと思ったんですけど――僕自身は、自分がたくましいと思ってないし――なんだろう。たくましくなくても、ぬるっと。僕はもう、なにか支配的なものに合わせて頑張るってことができないんです。その努力ができないし、そんな努力をしないで生きていきたい。これは一見、たくましいと全然違うように思えるけど、もしかしたら一緒かもしれなくて。でも、自分の言葉で言うと、そういう感じになるんですよ。ぬるっと生きていきたい。ずっとそうやっていたいっていう、全部それなんですよね。でも、これはただ、僕個人の話でしかないですよね。

――個人の話。

岡田:僕は今、『秋の隕石』というフェスティバルのディレクターなんですよね。その立場から、芸術祭に来てくれるお客さんに対して、態度や考え方を押し付けるとまでは言わないけれども、提示したり推薦したりするってことをしたくないなって思っているんですよね。だから、ちょっと今、モニョモニョしてるんです。なんか、勝手にすりゃいいじゃんって、いつも思ってるんですよ。ただ、とはいえ、読んでくださった「隕石み」ってテキストでは、言うことは言ってるんですよね。「じゃあここで言えよ」って話かもしれないけど、なんかね、そういうことをしゃべるためには、ある種のフィクション性が自分の中にないと、それを表現できないんです。フィクションというか、メタファーというか、それなしでベタに話すことにためらいをおぼえるんですよね。

――だからこそ、作品をつくられているわけですね。それに、『ユーバランス』という企画もまさに、「勝手にすりゃいいじゃん」というものですよね。企画する側が楽しみ方を提示するのではなく、お客さんが好き勝手に楽しみ方を見つけていく。

葛西:そうですね。今回の『ユーバランス』でやる演目も、音楽のフォーマットもさまざまですし、「いろいろいていいんじゃない?」って思ってるだけなんです。その中には、好きなものもあれば、苦手なものも絶対あると思うんですけど、それでいいんじゃないか、って。いろんなミュージシャンがいて、いろんな過ごし方ができる場所を用意しておくので、そこで好きに過ごしてもらえたらいいな、と。そこで何を感じるのか。良いなと思えるものもあれば、理解できないものもあったりするのが、すごく健康的だと思うから。

岡田利規、葛西敏彦


取材・文・撮影=橋本倫史

公演情報

『ユーバランス』
 
日程:
2025年10月24日(金)15:30〜21:30
2025年10月25日(土)14:30〜21:00
受付は開演の60分前、開場は開演の30分前

会場:
東京芸術劇場 シアターイースト、ロワー広場、アトリウム
ディレクション:葛西敏彦

出演:
【10月24日(金)】
網守将平、井上銘、小田朋美、音無史哉+カニササレアヤコ、澤部渡(スカート)× 街裏ぴんく、蓮沼執太チーム、松丸契、マーティ・ホロベック+ermhoi、we//e[梅林太郎+Rico(LAUSBUB)]
【10月25日(土)】
梅林太郎、青梅怪道、岡田拓郎+香田悠真、坂口恭平、崎山蒼志+ユザーン、想像力の血、原元由紀 × 皆神陽太、日野浩志郎、福原音
【10月24日(金)・25日(土)】
スタジオ三浦康嗣ゴンドウトモヒコ:三浦康嗣+ゴンドウトモヒコ
音楽時報:香田悠真
詩的なラジオ:詩的な食卓(石塚周太+イトケン+大崎清夏+葛西敏彦)ユーバランス連続ラジオドラマ*:小西遼+市川大貴
*ユーバランス連続ラジオドラマ
音楽:小西遼(象眠舎, CRCK/LCKS, シタチノ)
脚本・演出:市川大貴(シタチノ)
出演:池田大輔、山脇辰哉、小西遼、市川大貴、財前優一、澤井愛里、綾津ユリ、花崎那奈、ヲサダコージ、若松春奈、松浦康太、Q本かよ、西部さやか

料金:
<1日券>一般:6,000円、U29:3,000円、U18:1,000円
<2日券>一般:11,000円、U29:5,500円、U18:2,000円
未就学児:無料
障害者割引:一般料金から10%引き
 
プログラム詳細はこちら
『秋の隕石2025東京』ユーバランス 公演情報:https://autumnmeteorite.jp/ja/2025/program/youbalance
ユーバランス公式WEBサイト:https://youbalance.net/
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