駒木根葵汰「失う怖さは全くない。この作品の一部としても妥協せず、強気にトライしていきます」 舞台『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』インタビュー

インタビュー
舞台
2025.12.5

画像を全て表示(13件)


1985年の発表以来、全世界的に愛され続けている村上春樹の長編小説『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』が待望の舞台化! 「世界の終り」と「ハードボイルド・ワンダーランド」という異なる二つの世界が並行して描かれる本作で、主人公であり「ハードボイルド・ワンダーランド」の“私”を演じるのは藤原竜也。そして、「世界の終り」のメインキャラクター“僕”を演じるのは、今注目の若手俳優、駒木根葵汰だ(島村龍乃介とのWキャスト)。演出と振付はフランスを代表するアーティスト、フィリップ・ドゥクフレが担当し、新鮮且つアーティステックな解釈による村上ワールドを舞台上に展開する。誰もが注目する“日本初演”に向け、どのような思いで挑んでいくのか。早稲田大学国際文学館内村上春樹ライブラリ―にて行われた駒木根葵汰へのインタビューと、当日開催された朗読&トークイベントのミニレポートをお届けする。

──今作が初舞台。これまでご自身にとって「舞台」というフィールドに対してはどんな思いがあったのでしょうか。

この世界にいるからにはどこかで舞台をやる時が来るというのはデビューし俳優を目指したときから考えてはいました。でも思い返してみると、スーパー戦隊から始まって、5年経ってもまだできていないなぁと。個人的に舞台を観るのは好きでした。でもそれって、自分はプレーヤーじゃないですし、気楽にひとりの観客としていられたからなんですよね。

最初の頃はストレートの舞台、シェイクスピア系とかは僕にはとても難しかったです。1つの言葉とか、1つのピークを逃してしまったら、もうそこからついて行けなくなっちゃうことがすごくありましたので。少しずつ年を重ねていくにつれて、バレエやミュージカルなど、いろんなジャンルを見てみようという気持ちになり、ジャンルレスに楽しむことができて来ました。少しずつ「自分もいつか舞台に立ちたい!やらないといけない」という自覚が生まれた瞬間から、舞台を観に行ったときの視点が変わってきましたし、いろんな視点で考え始めるようになっていきましたね。

──意識の変化によって「自分ごと」になったんですね。

はい、客席に座っていても背筋が伸びてくるというか、舞台の上の俳優はどこまでも見られてるんだなっていうのはすごく思いました。お客さんはもちろん、その舞台を構築する全てのもの、演者だけじゃなくスタッフもそうだし、空間全部……例えば1000人いたら1000人の目があると思ってやらないといけないことですし、気が抜けない。「あ、今セリフがちょっと甘かったな」と思った時も、「自分だったらどうするんだ?」とか、それこそ「もしセリフが飛んじゃったら……」なんて想像して怖くなったり。また、最後にお客さんみんなが立ち上がって拍手を送っているのを見ても、「これ、みんなはどういう気持ちで立ってるんだろう」みたいに、あらゆることの裏側に気持ちが向いて。それもこれもまだ舞台に立っていない今は、あくまでも想像でしかないんですけど。

──では本作の出演が決まったときは、いよいよだな、という嬉しさなどは……

実はそこまで感情的ではなかったかもしれないです。決まって、一息ついて、「本当にやるんだ」って噛み締めていく感じでしたね。そこから今から自分ができることだったり、逆にわからないことっていうものをいろんな人に聞いて、自分に足りないところや心配な部分をどんどんどんどん埋めていく作業をしていましたね。

──『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』という原作についての印象は?

村上春樹作品に触れるのは今作が初めてだったんですけど、上下巻のものすごいページ数で、話も「世界の終り」と「ハードボイルド・ワンダーランド」の2軸で進んでいくので、最初の頃は今が「世界の終り」なのか「ハードボイルド・ワンダーランド」なのか、そこにいるのは僕なのか、私なのか、ちょっとよくわからなくなる瞬間というのはありましたけど……読んでいくうちに、「無駄がないな」というのはすごく感じました。表現に一切の無駄がなく、文章にもすごく個性がある。博士の笑い方、「ふおっほっほ」もちゃんと文字で書かれてストーリーが進んでいき、文字の中にもそれぞれに色がしっかりと分けられているという、とにかく僕じゃ全然想像もつかない表現なんです。

今までは自分にとって難しい作品って、難しい言葉で終わってしまうことがすごく多かったんです。だから「これって何なんだろうな。全然わからない」のまま進んでいくこともよくあったんですけど、この作品は複雑で難しいと思いきや読んでいるとすごくわかりやすいんです。わかりやすいのにすごく独特な表現、ちゃんと自分が自分の想像の中でイメージできる「何か」があるから、読み進めるのがとても楽しかったです。

女性に対する表現もすごくユーモアのひとつとして受け入れられるみたいなのもあって、ちょっと驚きでした。これって何の違いなんだろうなぁ……言葉の巧さ? そこの面白さもすごい!

──読みながら作家性を大いに楽しんだ。

そうですね。純粋に目に映ったものを表現したらそうなった、みたいなものが文章から受け取れて、「そうか、こういう表現をすれば波風立てずに自分のやりたい表現ができるんだ。ただ、それって難しいな」のラインです。そういったところを本当に極限まで突き詰めて、うまく物語を進めていく感じが絶妙ですごく面白いんです!紙一重な感じにうなりました。

──駒木根さんが演じる“僕”というキャラクターについてはいかがですか? 周囲が高い壁に囲まれた街に暮らし、古い図書館で一角獣の頭骨に収められた夢を読む仕事をしている青年。

読んでいるときには何か特別なアイデンティティというか、「彼のここがすごく面白いよね」っていうのはあまり感じなかったんですけど、でも、それって普通でいいなと思いまして。今の時代、なんだか個性を求めすぎているというか、自分にないものまで無理やり探し出して「これが私のアイデンティティです」みたいなことを言う人が増えてきてるような気がするんです。……みんな一歩先に行き過ぎてるんじゃないかと。なので、“僕”のように別に何もなくたっていいじゃんっていうのは、すごく腑におちました。

灯台下暗しじゃないんですけれど、面白い人生を歩んだほうがいいみたいな思い込みではなくて、それぞれにいろんな人生があっていいんじゃないかと思うんです。本当に大事にしないといけないことって何かっていうと、作られた個性とかそういうものじゃなくて「心」が大事なんだよなって思います。そしてそれを失う怖さを自分も今まで知らなかったし、小説を読んで、“僕”を知って、心を失うこと、自分がなくなることってこんなにも怖いことなんだっていうのをすごい感じたんです。怖いというか、本当に心底ぞっとするような気持ち。それをちゃんと知ってからじゃないと、余計な個性だったり、あえての付加価値って簡単に得るべきじゃないのかもしれない。そこは特に強く感じました。

──確かに今は「盛る」ことが前提になりがちで、「素」のままであることが難しくなっている。

でもこのお話はそれを具体的な言葉として直接伝えるのではなく、違うニュアンスで包んで、強く問いかけてくれているように感じていて。文学の中でヒントしか出さない、みたいな。その感覚を僕らも舞台で、説教じみない形で伝えられたらいいなと思っています。赤を「赤です!」って伝えるんじゃなく、もっと、本当に複雑な作業や言い回しで、「君はこれをどう赤として提示していくのかな」みたいな表現でできたらと思っています。

──演出・振付のフィリップ・ドゥクフレ氏は、まさにそういう本作の世界観を、より文学としてアートとして増幅させてくれるようなクリエイターです。

うまく届けばとても気持ちよくいくと思うんですけど……でもそれは本当に繊細で、繊細であればあるほどちょっとずつズレていく可能性もあると思うので、そこは自分一人だけじゃなくチームとして何かひとつ、明確なゴールを掲げていくことが大切になるのではないでしょうか。

僕自身、今までこういう抽象的な表現をやったことがなくて……例えば『天狗の台所』(※駒木根が主演したドラマシリーズ)では「こんな生活もあるよ」という様子を具体的に提示するのが大事だったし、そういう表現だと、ここはどう構築すればいいんだろう、どう作り上げればいいんだろうという難しさもたくさんありました。自分の思想ではなく、村上さんやフィリップさんのような天才の思想と天才の脳みそで具現化するってなると、とてもハードルは高いなと思いますし、それを乗り越えた後のその達成感というものは、よりすごいものになるんじゃないかって期待もあります。

──お稽古が待ち遠しいですね。

稽古期間に入って自分の身体と心を使って表現したときに何を思うかは、今の自分には想像すらできないです。でも今回のチームは素晴らしい先輩方がいるので、稽古1分1秒が新鮮だと思いますし、その1分1秒の中に得られるものがたくさんあると思うので、それを見落とさずにしっかり自分のものにしていきたいと思っています。芝居の技術的なものにおいても、考え方においても、生き方においても、いろんな初めてに出会えると思うので、すごく楽しみにしてます。現時点ではいろんな未来が待ち構えているんだというのは確信していて、お稽古が始まることにめちゃめちゃワクワクしています。

──ちなみに原作者の村上春樹さんに対してはどんなことを思っていますか?

聞いてみたいことはいっぱいあります。日々どういうことを考えながら生きているのか。僕と同い年だった25歳のときに持っていた悩みって何なんでしたか?とか、何に対して葛藤を抱いたのか、どういったものに影響を受けていたのか。どういう人生を送ってきたらこういう物語が書けるようになるんですか?っていう興味は尽きないので、もしお会いする機会があったら、時間が許す限り根掘り葉掘りたくさん聞きたいです(笑)。

──劇場にはさまざまなお客さまがいらっしゃいます。中でも今まで応援してくださったファンのみなさんは、これが初めての観劇になるという方も多いかもしれません。

お客様には絶対に後悔をさせたくないですし、やるからには一生懸命向き合っていきます。今はこのチームでやることが楽しみでしょうがないです。新しい挑戦で自分が何者でもない世界に入って作り上げていくということが久しぶりなので、失う怖さは今は全くありません。まずは初めての舞台に向かって、強気に、どんどんどんどんトライしていきたいです。フィリップさんの身体的な表現法や、アートな要素というのもすごい強いと思っています。今までにないスタイルの舞台にはなると確信しています。「舞台を観るぞ」というよりも、「何か楽しいことが待ってるぞ」っていう軽やかな気持ちで観に来てくれたほうが、いろんなサプライズがあるんじゃないかなって思っています。

──そして、なかなか見れない駒木根さんもそこにいる、と。

はい。僕も俳優としてのプライドはあるんで、だめだったなとは思われたくないですし、この作品の一部としても妥協は絶対にしません。「初舞台」、これこそが自分にとって最初で最後の「初舞台」です。後悔がないよう、できる限りのことをしていきたいと思ってます。

朗読会レポート

左から駒木根葵汰、富田望生、寺島哲也氏(新潮社)

左から駒木根葵汰、富田望生、寺島哲也氏(新潮社)

11月5日(水)早稲田大学国際文学館(村上春樹ライブラリー)地下1階にて、小説『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』の朗読会が開催された。参加者は富田望生(「ハードボイルド・ワンダーランド」の“ピンクの女”役)と駒木根葵汰(「世界の終り」の“僕”役)。トークの進行は『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』を出版した新潮社の編集者・寺島哲也が担当し、村上春樹一色に染まった特別な場所で、小説と舞台、それぞれの視点から「村上文学」の魅力を再確認する時間となった。

朗読会の舞台は地下1階のラウンジ。舞台『海辺のカフカ』で使用された土星のネオンサインの前に俳優が座る椅子を置き、その向かい側には一般の参加者たち。いわゆるホールでの朗読会とは違い、互いの距離が近いアットホームな雰囲気はちょっと別世界な気分だ。

小説に大きな影響を与えている楽曲でアメリカのカントリー歌手、スキーター・デイビスが歌う「The End of the World」の調べがスピーカーから流れ、まずは富田が「第一章 エレベーター、無音、肥満」を、駒木根が「第二章 金色の獣」を読む。短い解説トークを挟み、続いて富田が「第十七章 世界の終り、チャーリー・パーカー、時限爆弾」を、駒木根が「第三十六章 手風琴」へと進んでいく。

「今まで感じたことのない緊張感。役ではなく、自分として物語を声にしたい」と語った富田は、少しゆっくり、そして柔らかくてチャーミングな声の響きで「ハードボイルド・ワンダーランド」のSF感と、世界が終わるかもしれないヒリヒリした世界の様子を声に乗せた。村上春樹の“ひとつの状態を表現を重ねながらズラしながらじわじわと進めていくあの文章のリズム”が、音読だとまた少し違う感覚で伝わってくるのは新鮮な発見かも。

最初の朗読で「一度詰まってしまうと頭の中がパニックになって、自分がどこにいるのかわからなくなりました(笑)」と、緊張感を素直に伝えてくれた駒木根は、青年らしい少し早口なところがこの物語に似合い、綺麗に響く声質も「世界の終り」の童話感にマッチしていた。流石の筆致で楽器を手にし、ひとつずつ音を探し、コードを見つけ、やがて歌にしていく様子が描写されるこの章は、「世界の終り」と「ハードボイルド・ワンダーランド」の世界観の違いがより明確に受け取れる匂いのするエピソードだったようにも思う。最後に流れたビング・クロスビーの「DANNY BOY」のメロディーも、場内を優しい余韻で包み込んでくれた。

会場は村上春樹を愛する文学ラバーの大人たちがメインで、緊張感というよりは、読書をしている時のような心地良い「しん」とした空気に満ち、目を閉じて俳優たちの声に耳を傾けたり、ふたりの表情をじっと見つめながらストーリーに入り込んだりと、それぞれ自由なスタイルで朗読や解説トークを楽しんでいた。

外は夜。「もしかしたら“やみくろ”がいるかもしれませんね」と寺島氏。好きなものを共有する同士がゆったりと暖かく村上春樹ワールドに浸った時間。舞台稽古の前、ニュートラルな状態で出演者が原作を朗読する。なんとも贅沢で豊かな試みであった。

【インタビュー】取材・文=横澤由香 撮影=山崎ユミ
【レポート】取材・文=横澤由香 撮影=板場 俊 写真提供=ホリプロ

公演情報

Sky presents 舞台『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』
 
<スタッフ>
原作:村上春樹
演出・振付:フィリップ・ドゥクフレ
脚本:高橋亜子
音楽:阿部海太郎
美術:石原敬
照明:吉本有輝子
音響:井上正弘
映像:上田大樹
衣裳:前田文子
ヘアメイク:鎌田直樹
演出補:田中麻衣子
振付補:鈴木竜
通訳:上野茜
演出助手:河合範子
ステージマネージャー:徳永泰子/森 和貴
プロダクションマネージャー:平井康将
プロダクションスーパーバイザー:金井勇一郎
 
<キャスト>
藤原竜也
森田望智
 
宮尾俊太郎
富田望生
駒木根葵汰/島村龍乃介(Wキャスト)
藤田ハル
松田慎也
 
池田成志
 
上松萌子、岡本優香、冨岡瑞希、浜田純平、原衣梨佳、古澤美樹、堀川七菜、山田怜央、吉崎裕哉、Rikubouz (五十音順)
 
<東京公演>
期間:2026年1月10日(土)~2月1日(日)
会場:東京芸術劇場プレイハウス
特別協賛:Sky株式会社
共催:東京芸術劇場(公益財団法人東京都歴史文化財団)
 
<宮城公演>
期間:2026年2月6日(金)~8日(日)
会場:仙台銀行ホール イズミティ21
主催:仙台放送
共催:仙台市市民文化事業団
お問い合わせ:仙台放送事業部 022-268-2174(平日11:00~16:00)
https://www.ox-tv.jp/sys_event/p/details.aspx?evno=1010
 
<愛知公演>
期間:2026年2月13日(金)~15日(日)
会場:名古屋文理大学文化フォーラム(稲沢市民会館)大ホール
主催:メ~テレ、メ~テレ事業
共催:一般財団法人稲沢市文化振興財団
お問い合わせ:メ~テレ事業 052-331-9966(平日10:00~18:00)
https://www.nagoyatv.com/event/entry-45310.html
 
<兵庫公演>
期間:2026年2月19日(木)~23日(月祝)
会場:兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール
特別協賛:Sky株式会社
主催:梅田芸術劇場/兵庫県、兵庫県立芸術文化センター
お問い合わせ: 梅田芸術劇場 0570-077-039(10:00~13:00、14:00~18:00)
https://www.umegei.com/schedule/1319/
 
<福岡公演>
期間:2026年2月28日(土)~3月1日(日)
会場:J:COM北九州芸術劇場 大ホール
主催:インプレサリオ/RKB毎日放送
提携:北九州芸術劇場
お問い合わせ:インプレサリオ
Eーmail:info@impresario-ent.co.jp
TEL:092-600-9238(平日11:00~15:00)
URL:https://www.impresario-ent.co.jp
 
協力:新潮社・村上春樹事務所
主催・企画制作:ホリプロ
 
公式HP=https://horipro-stage.jp/stage/sekainoowari2026/
公式Instagram=https://www.instagram.com/sekainoowari_stage/
公式X=https://x.com/sekainoowari_jp
#世界の終りとハードボイルドワンダーランド舞台
シェア / 保存先を選択