ロイヤル・オペラ、オペラ部門ディレクターのオリバー・ミアーズ『トスカ』を語る~「英国ロイヤル・バレエ&オペラ in シネマ 2025/26」
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ロイヤル・オペラ『トスカ』
英国はロンドンのコヴェント・ガーデン、「ロイヤル・バレエ&オペラ(RBO)」で上演された、ロイヤル・オペラ、ロイヤル・バレエ団による世界最高峰のオペラとバレエを、特別映像を交えて映画館上映する「英国ロイヤル・バレエ&オペラ in シネマ」。このほど新シーズンを「英国ロイヤル・バレエ&オペラ in シネマ 2025/26」と題し、2025年12月19日(金)から2026年7月9日(金)までの期間中、全9演目を各1週間限定にて全国公開する。ライブ観劇とは一味違う、贅沢で至福の時間を映画館で味わえる。
英国ロイヤル・オペラの新シーズン開幕を飾るのは、音楽監督に就任してから初となるヤクブ・フルシャの指揮に加えて、オペラ部門ディレクターのオリバー・ミアーズの新演出で贈る『トスカ』だ(2025年12月19日(金)~12月25日(木)TOHOシネマズ 日本橋 ほかで1週間限定公開)。本作は、近年において劇場が最も力を注いだ話題のプロダクションである。
ロイヤル・オペラ『トスカ』
さらに、オペラ・ファンが待ち望んでいたトップ・スター、アンナ・ネトレプコがロイヤル・オペラに帰還。2019年の『運命の力』以来、コロナ禍とウクライナ情勢を背景に、英国の舞台から遠ざかっていた彼女が、ついに復帰を果たした。劇場前ではわずかな抗議活動も見られたが、公演はソールド・アウト。観客が固唾をのんで見守る中、ネトレプコは自身最高のトスカを歌い上げた。彼女はスター歌手としての自信と絶好調の歌声で舞台を務め、「歌に生き、愛に生き」では繊細なピアニッシモの美しさで観客を圧倒した。敬虔で女性らしく、かつ力強いトスカ像はまさに圧巻である。
ロイヤル・オペラ『トスカ』
カヴァラドッシ役のデ・トマーゾは、明るく張りのある声で好演。スカルピアを演じたフィンリーは見事な演技で引きつけた。スポレッタのボージ、堂守のコルベッリなど脇役の芸達者ぶりも見事である。フルシャの指揮は、歌手をしっかりと支えながら、オーケストラから深みと緊張感に満ちた音楽を引き出し、新音楽監督としての確かな手腕を印象づけ、高く評価された。
ロイヤル・オペラ『トスカ』
そしてミアーズの新演出は、現代に近いローマを舞台にしている。第1幕では、爆撃で半壊した教会で祈る人々の姿を、第2幕では白い大理石と真鍮の大扉が印象的な部屋でスカルピアの暴力的欲望を、第3幕では陰惨な処刑場を描き出す。そんなミアーズのオフィシャル・インタビューがこのほど届いた。
Oliver Mears ©2024 Sebastian Nevols
──シネマを通してオペラを初めてご鑑賞される方がたくさんいます。オペラの楽しみ方、魅力を教えてください。
ただ座ってリラックスしていてください。何も準備する必要はありません。ドラマと音楽そのものが語り、あなたがこれまでに味わった中で最も魅了され、酔いしれるような体験になるでしょう!
──今回の新演出版『トスカ』は恋の悲劇のヒロインという伝統的な要素より、政治・暴力・権力構造の理不尽と真っ向勝負に挑むキャラクターが印象的でした。対するスカルピアはその国家権力を象徴していました。これは現代の社会情勢なども反映されているのでしょうか?
トスカには確かに両方の側面がありますが、根本的には“芸術家”であり“恋する女性”で、思いもよらない状況に巻き込まれていきます。彼女はそれまではとりわけ政治的な人物ではありませんが、スカルピアが体現する“悪”と“腐敗”の現実を突きつけられることで、否応なく政治の領域に踏み込まざるを得なくなるのです。
スカルピアについて言えば、彼は政治や国家権力の階層を利用して自らの性的欲望を満たそうとする“機会主義的なサディスト”です。残念ながら、こうした存在は決して新しいものでも珍しいものでもありません。
──オペラを見慣れない方々にとっても現代的で非常にわかりやすい演出でした。トスカ、カヴァラドッシ、スカルピア像をつくるときにイメージした人物はいますか? 映画の登場人物や実在の人物など。
トスカは典型的な“ディーヴァ”(歌姫)の原型であり、もちろんカラスのような人物から影響を受けますが、現代のアーティストや私が実際に知っている人々からも影響を受けています。ただし、ここで名前を挙げることは控えます。
カヴァラドッシは芸術家肌のボヘミアンでありながら、特権的な貴族階級の人物で、これはヨーロッパの芸術界──美術、映画、演劇──でよく見られるタイプです。
ロイヤル・オペラ『トスカ』
スカルピアに関しては、『ゴモラ』のような映画に登場するマフィア像から影響を受けました。彼は結局のところシチリアの農民階級の出で、たまたま“その場に居合わせた”だけの人物で、真の“男爵”とは言い難いのです。
ロイヤル・オペラ『トスカ』
──トスカはなぜ最後に愛するカヴァラドッシではなく、スカルピアに「スカルピアよ、神の御前で!」と叫んだのでしょう?
彼女は追い詰められながらも、最後まで反抗の意志を失いません。これは、宿敵によって決められた運命に抗い、自らの運命を自分の手に取り戻すために、彼女に残された唯一の手段なのです。
ロイヤル・オペラ『トスカ』
──本作の見どころを教えてください。
私たちは『テ・デウム』の場面をまとめ上げるのがとても楽しかったです。あの場面をこの作品では少し異例な形で扱っていて、この社会が“戦時下にある”ことを示したかったからです。個人的には、第2幕をあの素晴らしいアーティストたちと作り上げるのが最も楽しかったです。彼らは本能的でありながら、細部にわたって高いレベルで取り組んでくれました。そして第3幕は、相応しく残酷で不穏なものになっていると願っています。
ロイヤル・オペラ『トスカ』
──トスカの物語は1880年代に初演されましたが、現代の観客に響かせるために最も重要だと感じる普遍的テーマは何でしょうか。
政治や戦争が市井の人々の生活を腐敗させ、破壊してしまうというテーマは、いつの時代でも共感を呼ぶものです。一方で、トスカとカヴァラドッシが互いに抱く愛は、今でも人々に深い感動を与え続けます。
──今後のラインアップ(『椿姫』、『ジークフリート』、『魔笛』)の見どころを教えてください。
『ジークフリート』は、コスキー/パッパーノによる《リング》サイクルをさらに発展させる、非常に優れた続編となるでしょう。キャストは卓越しており、演出と音楽づくりも見事です。また、『魔笛』と『椿姫』は、私たちの最もクラシックで愛されているプロダクションで、初めてオペラを見る方にもぴったりです!
ーー演出家として、オペラ演出に影響を与えた映画、舞台、美術作品などはありますか?また今回のトスカで特に取り入れたインスピレーションがあれば教えてください。
先ほど『ゴモラ』に触れましたが、イタリア映画全般──特に、古典性とモダニティを見事に兼ね備えたパオロ・ソレンティーノの美しく現代的な作品群──から大きな影響を受けています。
Oliver Mears ©2024 Sebastian Nevols