映画『国宝』所作指導担当・中村壱太郎が『壽 初春歌舞伎特別公演』で女方の大役3つに挑戦「やりたいと名乗り出てできるものではない有難さ」

2026.1.8
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中村壱太郎 大阪松竹座にて 撮影=キョートタナカ

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実写邦画で歴代1位の興行収入を記録した映画『国宝』(2025年)で、女方の所作指導を担当した歌舞伎俳優・中村壱太郎が、1月7日(水)から25日(日)まで大阪松竹座にて上演中の『壽 初春歌舞伎特別公演』に出演する。同公演で壱太郎は、「祇園祭礼信仰記 金閣寺」(昼の部)、「仮名手本忠臣蔵 祇園一力茶屋の場」(夜の部)、「京鹿子娘道成寺」(夜の部)でいずれも女方の大役を勤める。3月には京都・南座にて、イープラスの貸切公演(3月21日(土)15時開演)を含む『花形歌舞伎 特別公演』「曽根崎心中物語」にも出演。『国宝』ブームで湧き上がるなか、壱太郎はどのような芝居を見せるのか、話を訊いた。

中村壱太郎

●「好きなものの根本には古典がある」(中村壱太郎)

――2025年は『国宝』で歌舞伎が注目されたほか、大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』では江戸の芝居に浄瑠璃や浮世絵、そして連続テレビ小説『ばけばけ』では怪談が描かれるなど、古典芸能・文化への理解を深める機会が多い1年でした。

さまざまなキッカケがあって古典が注目されたことは、これまでもあったはず。重要なのは、単体ではなく、なにかとなにかを掛け合わせると、人が興味を持つものが生まれるということ。『国宝』ももしかすると、人気の俳優さんが出ていることだけでは、あれほどまでヒットはしなかったかもしれない。そこにはやはり、かつて起きた事件などを扱った歌舞伎の演目との“掛け合わせ”があったからではないでしょうか。

――あらためて古典から得られるものはなんだと思いますか。

私たちが好きなもの、興味があるものの根本には古典があるということではないでしょうか。たとえば遊園地にはお化け屋敷があり、映画ではホラーがヒットしています。その原点には怪談があります。古典にはいろんな物事の原点が詰まっています。つまり、自分が好きなものの本質を知ることにもなります。

――なるほど。

推し文化も、古典が原点にあると思います。『べらぼう』の浮世絵はまさにそういうことです。「好きな役者のグッズが欲しい」ということから浮世絵は生まれています。古典を知ることは、推し文化の確認ということでもあるんです。

中村壱太郎

――壱太郎さんが今、推している歌舞伎俳優はどなたでしょうか。

まず、『壽 初春歌舞伎特別公演』の「菅原伝授手習鑑 車引」(昼の部)と「京鹿子娘道成寺」(夜の部)​に出演する上村吉太朗くんですね。吉太朗くんはほぼ同世代で、一緒に切磋琢磨しています。上方の女方を継いでいく仲間であり、また『刀剣乱舞』(膝丸役)、『歌舞伎交響曲第急番 エヴァンゲリオン』(碇シンジ役)​など新作歌舞伎にも果敢に挑戦をしています。これからどんどん輝いていく俳優です。女方として負けていられないぞと言う気持ちも生まれます。そして後ほどお話ししますが、3月の『花形歌舞伎 特別公演』「曽根崎心中物語」で共演する尾上右近くん。尾上右近くんは舞台上での輝きが尋常ではありません。人を巻き込む爆発力がすごい。2026年放送の大河ドラマ『豊臣兄弟!』で足利義昭役も勤めますし、触発されるところがたくさんあります。

――ちなみに壱太郎さんは、自分自身の“推しポイント”をどこだと思いますか。

自分で言うのもなんですが(笑)、私が女方で大事にしているのが“うつむき加減”なんです。「曽根崎心中物語」のチラシをご覧いただくとよく分かりますが、そこに女方の美しさと美学を感じていただけると思います。自分としては“伏し目”をとても大事にしています。

――『国宝』をきっかけに歌舞伎に初めて興味を持った方もたくさんいらっしゃるはず。そういった方々に“推し”を見つけてほしいですよね。そういう意味でも1月の『壽 初春歌舞伎特別公演』はぴったり。壱太郎さんは『国宝』の劇中劇として登場した「二人道成寺」の元になる演目「京鹿子娘道成寺」で白拍子花子を演じ、さらに「祇園祭礼信仰記 金閣寺」(昼の部)で雪姫、「仮名手本忠臣蔵 祇園一力茶屋の場」(夜の部)で遊女おかるを勤めます。

これだけの女方の大役を1日で三役も演じるのは人生で初です。なんだかトライアスロンみたいな気持ちです(笑)。この三役をやり切った後、自分がどうなっているのか想像もつきません。とにかく、一つ一つの役に向かい切るしかありません。

――しかも、雰囲気も見せ方も大きく異なる三役です。

そこが女方としてのやりがいでもあります。雪姫は腰元ではありますが、お姫様という人物像。おかるは遊女。花子は白拍子​。この三役を約1ヶ月、一気に演じ分けるのは女方冥利につきます。とてつもない大きな役なので大変ですが、「やりたい」と名乗り出てできるものでもありません。有難いです。私が経験を積ませていただいたことが、ここで試されると感じています。

●『国宝』の中で拍手喝采を浴びた演目の元になった「京鹿子娘道成寺」

――中でも「京鹿子娘道成寺」は、『国宝』の影響もあって楽しみにされている方も多いはず。

「金閣寺」の雪姫、「七段目」のおかるを演じた後、「道成寺」で花子というのは、自分でも「いったいどうなるんだろう……」と思います。ただ「道成寺」は華やかな演目。新年の公演でもありますし、「綺麗で美しい、良い演目を観た」とご満足いただけるように努めます。詳しい「京鹿子娘​道成寺」の演目内容について詳しくは、松竹のYouTubeチャンネル『かぶチャン〜歌舞伎のミカタch〜​』の解説動画をぜひご覧ください。衣裳や大道具の華やかさなどについてお話ししています。ちなみに『国宝』のポスターにもある、まさにあの赤い衣裳で登場します。そういったところからも“国宝感”を楽しんでいただけると思います。

――そして3月には、イープラスの貸切公演回も含む『花形歌舞伎 特別公演』「曽根崎心中物語」が京都・南座で上演されます。『曽根崎心中』もまた、『国宝』の主人公・立花喜久雄による「死ぬる覚悟が、聞きたい」の台詞で広く知られるようになりました。

今回は桜プログラム、松プログラムという形で、尾上右近くんと昼夜で役を入替えて上演します。今までやったことがないスタイルですが、どちらも観ていただくと、“本当の曽根崎心中”を味わっていただけるはず。右近くんと僕とでは、女方、立役のアプローチは異なります。立役は右近くんがはるかに多く経験を積んでいます。逆に僕は、女方から出てくる立役の形をお見せしたい。同じセリフ、同じ台本でも「違う演劇じゃないか」というくらい、色の違いが出ると思います。なにより僕は立役の化粧をするのも久しぶり。いろいろ研究をしてやっていきたいですね。これまで僕がお初をやらせていただくときは、父(中村鴈治郎)​が徳兵衛を演じていました。今回も父が監修に入るので、徳兵衛について聞いてやっていきたいです。

――壱太郎さんは、日本舞踊・吾妻流の七代目家元である吾妻徳陽としても活動し、そのお名前で『国宝』の所作指導を担当されました。2014年の徳陽襲名時「吾妻流をどう残していくか、その答えを見つけていきたい」と語っていらっしゃいました。吾妻徳陽として『国宝』に携わったことは、その答えを手繰り寄せる重要な出来事になったのではないでしょうか。

日本舞踊という生業は、素人さんも含めたお弟子さんたちに踊りを教えるもの。かつては嫁入り道具として日本舞踊を習うこともありましたが、昨今はそういった習慣が少なくなりました。

――確かに。

日本舞踊で生きていくために、ほかの道も見つけていかなければいけない。そんなとき、『国宝』で歌舞伎の所作指導に携わり、流儀の名前がクレジットされて「吾妻」の二文字を知っていただけたのは、私やお弟子さんにとってバイタリティにつながりました。近年は、野村萬斎さんの舞台でも振付を担当させていただきました。自分で作るだけでは発見できない世界に身を置くことで、柔軟な考えができるようになった気がします。そういった良い影響を、今後にしっかり生かしていきたいです。

●鴈治郎「古典を見て、腑に落ちて楽しんでいただける公演に」

また壱太郎は今回のインタビュー前、父・鴈治郎も同席した記者会見にも出席。

鴈治郎といえば『国宝』で歌舞伎指導を担当した、大ヒットの立役者の一人。また、劇中では大物歌舞伎俳優の吾妻千五郎役も勤めている。鴈治郎は、古典の演目が披露される『壽 初春歌舞伎特別公演』と『国宝』を絡めて、「(主人公が)女方だから興味を持ってもらえたところがあると思います。もし立役だったら、あれほどまで興味を持ってもらえなかったかもしれない。今は“『国宝』効果”で「舞台でやっているから見てみたい」に繋がっています。1月の大阪松竹座では、そういうお客様が古典を見て、腑に落ちて楽しんでいただける公演にしたい。そういう点でも『国宝』は良いキッカケになっています」と話す。

中村鴈治郎、中村壱太郎

壱太郎も「『国宝』の流れを含めて言うと、今は女方の魅力を見せるとき。『国宝』で主演俳優のお二人が女方になって映画に登場している中で、女方とはどんな魅力なのか、1月の大阪松竹座『壽 初春歌舞伎特別公演』、3月の南座『花形歌舞伎 特別公演』ではそれを最大限に発揮する公演にしたいです」と意気込みを口にした。

取材・文=田辺ユウキ 撮影=キョートタナカ

公演情報

大阪国際文化芸術プロジェクト
『壽 初春歌舞伎特別公演』
日程:2026年1月7日(水)~25日(日)※16日(金)休演
劇場:大阪松竹座
演目:
昼の部
一、菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ) 車引
松王丸  中村 種之助
梅王丸  中村 歌之助
桜丸   上村 吉太朗
藤原時平 市川 猿弥
 
二、祇園祭礼信仰記(ぎおんさいれいしんこうき) 金閣寺
松永大膳       中村 鴈治郎
此下東吉後に真柴久吉 片岡 愛之助
雪姫         中村 壱太郎
狩野之介直信     上村 吉弥
十河軍平実は佐藤正清 中村 亀鶴
慶寿院尼       片岡 孝太郎
 
三、らくだ
紙屑屋久六    市川 中車   
やたけたの熊五郎 片岡 愛之助
家主女房おさい  市川 猿弥
らくだの宇之助  中村 亀鶴
家主幸兵衛    中村 鴈治郎
 
夜の部
一、女鳴神(おんななるかみ)
鳴神尼     片岡 孝太郎
佐久間玄蕃盛政 市川 中車
雲野絶間之助  中村 鴈治郎
 
二、仮名手本忠臣蔵(かなでほんちゅうしんぐら) 祇園一力茶屋の場
大星由良之助 片岡 愛之助
遊女おかる  中村 壱太郎
寺岡平右衛門 中村 種之助
大星力弥   中村 歌之助
鷺坂伴内   市川 猿弥
斧九太夫   市川 中車
 
三、京鹿子娘道成寺(きょうかのこむすめどうじょうじ) 鐘供養より押戻しまで
白拍子花子  中村 壱太郎
所化     中村 歌之助
同      上村 吉太朗
大館左馬五郎 中村 鴈治郎
 
観劇料金(税込)
一等席 16,000円/二等席 9,000円/三等席 5,000円
 

公演情報

『花形歌舞伎 特別公演』
「曽根崎心中物語」
 
日程:2026年3月3日(火)~25日(水)
劇場:南座
 
演目: 
近松門左衛門 原作 曽根崎心中物語
花形歌舞伎特別対談
 
出演:
中村 壱太郎
尾上 右近
 
観劇料(税込)
一等席 12,000円/二等席 7,000円/三等席 4,000円/特別席 13,000円
 
  • イープラス
  • 中村壱太郎
  • 映画『国宝』所作指導担当・中村壱太郎が『壽 初春歌舞伎特別公演』で女方の大役3つに挑戦「やりたいと名乗り出てできるものではない有難さ」