松岡和子&中島かずき シネマ歌舞伎『歌舞伎NEXT 朧の森に棲む鬼』公開記念スペシャル対談 悪の魅力—「リチャード三世」と「ライ」に迫る
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(左から)松岡和子、中島かずき
松本幸四郎と尾上松也、それぞれが主演した、シネマ歌舞伎『歌舞伎NEXT 朧の森に棲む鬼』「幸四郎版」(2026年1月2日(金)より公開)「松也版」(1月23日(金)より公開)の2バージョンが連続公開される。この度、本作を手掛けた、劇団☆新感線の中島かずきと翻訳家の松岡和子のインタビューが届いたので紹介する。
シネマ歌舞伎『歌舞伎NEXT 朧の森に棲む鬼』
「歌舞伎NEXT」シリーズ、待望の第二弾『朧の森に棲む鬼』。主演のライ役には松本幸四郎と尾上松也という、なんとも贅沢なダブルキャストが実現。2バージョンが映画館で連続公開の運びとなった今作は、シェイクスピアの戯曲「リチャード三世」などから着想を得た作品です。シネマ歌舞伎公開を記念し、今作の脚本を担当した劇団☆新感線の中島かずき氏と、日本人女性としては初めてシェイクスピア戯曲を完訳した翻訳家の松岡和子氏に、今作の魅力を語っていただきました。
※この対談はネタバレを多分に含みます。気になる方はご鑑賞後にお読みいただくことをおすすめいたします。
「シネマ歌舞伎でぜひ両方をご覧になっていただきたい」(松岡)
松岡和子
松岡:今回の『朧の森に棲む鬼』、幸四郎版も松也版も両方拝見して、脚本も読ませていただいたんですけど、主演が違うとこんなにも印象が変わるのか、と。脚本は一緒なんですよね。
中島:2007年の公演時からは変えていますが、幸四郎版と松也版の脚本は同じです。でも、実際に観てみると、やっぱり違うものになっていますね。今回は、幸四郎版の時はライが幸四郎さん、サダミツを松也さん、松也版はその逆と、共演する俳優は一緒のままで役を交換しているので、それぞれが舞台上で相手が演じるライを観られるわけです。そこで化学反応が起きるというのはありますね。
松岡:俳優どうしのライバル心がすごくいい形で出ていますよね。だから、両方観て欲しい。私 はライブの時は残念なことに幸四郎さん版しか観られなかったんですよ。でも、そういう(片方の版しか観られなかった)お客さんって、私以外にもいっぱいいらっしゃるのでは、と思うんです。両方観ようとなると、お金も結構かかりますし、上映時間も長いですからね。だから、このシネマ歌舞伎でぜひ両方をご覧になっていただきたいな、と。
シネマ歌舞伎『歌舞伎NEXT 朧の森に棲む鬼』(幸四郎版)
シネマ歌舞伎『歌舞伎NEXT 朧の森に棲む鬼』(松也版)
「高麗屋の血」を感じました(中島)
中島かずき
中島:幸四郎版ライは、最初から悪いやつなんですよね。でも、松也版ライは、朧の森に迷い込むまで、キンタといいコンビだったんじゃないかと思わせる。朧の森に入ってしまったことでどんどんおかしくなっていくその過程がより鮮明にわかる、というか。
松岡:松也版ライは、朧の森まではキンタと同等な印象です。キンタはライのことを「アニキ」と呼んでいますが、相棒みたいな感じですよね。幸四郎版ライは、最初からキンタが子分みたいな感じ。
中島:松也版ライのほうが、悪に覚醒していくポイントが割とわかりやすくなっています。あと、松也くんと(キンタ役の)右近くんは、プライベートでも仲がいいので、そういう関係性も出ているんじゃないかと思います。幸四郎版ライは、元々悪いやつが力を手に入れて「この悪がどこまで行けるか」みたいな、物語全体がライ主体というか、ライが朧の森を巻き込んでいくんですが、松也版ライは、「朧の森に翻弄されるライ」になっている。そうすると周りの役者さんたちの芝居も違う。役者さんどうしの関係性も効いてくる。特に(シュテン役の)染五郎さんが、(お父さんである)幸四郎版ライと戦う時と、松也版ライと戦う時では全然違う。
松岡:あぁ、そうですね。
中島:あの父子は本当に凄いと思いました。実はこの企画はコロナ禍前にやる予定だったんです。もともとの2007年の公演時は、シュテンは女性の役だったので、染五郎くんは女方のままで(シュテンを)いけるかな、という話をしていたんです。でも、それがコロナ禍を経て、染五郎くんもどんどん成長していったので、じゃぁ、(シュテンを)女性ではなく、薄幸の王子にしてしまおう、と。これが良かった。気品ってこういうことか、と思いました。
松岡:本当に。今年、私の翻訳をお使いいただく『ハムレット』に染五郎さんが主演なさるので、歌舞伎も拝見しておかないと、と染五郎さんの歌舞伎を追いかけ始めたんですが、ほとんど毎月出ていらっしゃるのね。もう、仕事というよりも、「推し!」という感じ(笑)
中島:シュテンの最後なんか、衣裳なんかボロボロになっているんですが、もう、本当にかっこいい。僕が「高麗屋」って凄い、と実感したのは、2000年に幸四郎さんと『阿修羅城の瞳』を新橋演舞場で公演した時、休憩中にいらしたお父さま(松本白鸚)に、「この芝居いいね。10年若かったら僕がやりたかった」とおっしゃっていただいて。
松岡:あら、それは凄い。
中島:「高麗屋の血」というのはこういうことなんだな、とその時思いました。
松岡:染五郎さんは、次のライですよね。
中島:そうなれば面白いですね。色々と夢が広がる。行く末が楽しみです。
シネマ歌舞伎『歌舞伎NEXT 朧の森に棲む鬼』(松也版)
シネマ歌舞伎『歌舞伎NEXT 朧の森に棲む鬼』(幸四郎版)
「悪役の台詞を訳す時ってめちゃくちゃ乗るんです」(松岡)
松岡:この作品は、もともとシェイクスピアを取り入れるおつもりだったんですか?
中島:そもそも、いのうえ(ひでのり・劇団☆新感線主宰。演出家・劇作家)が『リチャード三世』を好きなんです。以前、幸四郎さんに「天魔王」(劇団☆新感線『髑髏城の七人~アオドクロ』の主演)を演ってもらったんですが、それがすごく良かった。それで、いのうえと「幸四郎さんにまた悪役を演ってもらいたいね」と話していたんですね。ベースを『リチャード三世』でというのと森で力を得るという設定は、いのうえのリクエストなんですよ。「森で契約」ならば、これは『マクベス』だな、と。それで魔女や予言をモチーフに入れようと考えました。さらにそこに、もともとやりたかった酒呑童子伝説をくっつけました。「ライ」には「嘘」という意味だけではなくて、源頼光の「頼」からの「ライ」でもあるんです。
松岡:あぁ、そうなのね。『リチャード三世』を取り入れるとなった時、どこをどう取り入れようと思われたんですか? もちろん、あの亡霊が沢山出てくるところは、「あ、5幕3場だ!」と思いましたけど(笑)
中島:他には、王妃を口説く場面ですね。『朧の森に棲む鬼』では牢獄の場面に変換しています。ただ、ライはスマートに見せたかったので、『リチャード三世』で一番要となる身体的コンプレックスはオミットしました。
松岡:地位が低い=社会的なコンプレックス、ということに置き換えたんですね。
中島:そうです。それ以外のストーリーラインや登場人物の行動は『リチャード三世』からとっています。
松岡:ライが言う「女なんてちょろいもんだな」というのは、『リチャード三世』の求愛の場の後よね。そういうオマージュの要素がちりばめられているのも楽しめました。
中島:2007年の『朧の森に棲む鬼』の公演時のパンフレットに、松岡さんが寄稿してくださって、その時に「リチャード三世の内在化」と書いてくださったんですが、まさに、そういうところを狙っていました。同じ台詞を使うのではなく、根底にある関係性とか人間性とかを翻案することに気を配りました。
松岡:「俺が俺を殺す」という台詞があるじゃないですか。私、あれがすごく芯の部分だなと思っていてね。『リチャード三世』の場合、乱反射していた憎悪が、最後にリチャードに向かって、リチャード自身が彼を憎むというところにいくんですが、その構造は『朧の森に棲む鬼』でも同じ流れになっていると私は感じました。そこが「内在化」という言葉を使った源だと思います。
中島:あの言葉は、すごく嬉しかったです。あと、『マクベス』からはマクベスが呪いの言葉で滅ぶ、というのも取り入れました。
松岡:作品全体を通してですけど、台詞がいい! すごくシェイクスピア! と思いました。
中島:それは嬉しいです。なんというか、結局、僕が書いているんじゃなくて、キャラクターが(脚本を)書かせるんですよね。そのキャラクターが、ちゃんと自分の中で腑に落ちていると、どんどん乗ってくるというか。ライのセリフに関しては、自分でもよくここまで嘘をつき通せたな、と思います。
松岡:悪役の台詞をお書きになっている時って、乗ってきませんか?
中島:乗ってきますねぇ(笑)
松岡:やっぱり!(笑)実はね、私も、悪役の台詞を訳す時って、めちゃくちゃ乗るんですよ。本当に不思議なんだけど、自分の中でこう、燃えてくるんです。
中島:シェイクスピア自身も、楽しんで書いているんでしょうね。主人公って、どうしてもきれいごとを言わなきゃいけないじゃないですか。でも、悪役のほうには本音で切り込んでいくようなセリフが書ける。その本音の台詞の気持ち良さがあるんじゃないでしょうか。
松岡:私は、自分が翻訳する時は自然とそうなるので、ご自分でクリエイトされる方の場合はどうなのかな、と思っていたんです。なんだか裏がとれたようで嬉しいというか、今、シェイクスピアの言葉を聞いているみたい。
中島:いやいや、そんな(笑)。
シネマ歌舞伎『歌舞伎NEXT 朧の森に棲む鬼』(幸四郎版)
シネマ歌舞伎『歌舞伎NEXT 朧の森に棲む鬼』(松也版)
「お客さんには、『あぁ、楽しかった』と思って帰って欲しい(中島)
中島かずき
中島:シェイクスピアは座付き作家だったわけで、目の前のお客さんをいかに楽しませるか、ということを考えていた人ですよね。僕も気をつけているのは、歌舞伎も新感線の芝居も、高いお金を払って観にきていただいているわけですから、それに見合うだけのものを受け取って、劇場から帰って欲しい、ということなんです。悪役が好き放題やって、最後は罰せられて滅びるんだけど、どこかそこに、ある種の爽快感を得て欲しい、「あぁ、楽しかった」と思って帰って欲しい、と考えて脚本を書いているところがあります。「観て良かった」と思って欲しいんですね。
松岡:良いことであれ悪いことであれ、現実の私たちにはできないことを、舞台の上でキャラクターが演ってくれることの爽快感とか、こちらの願望が叶う喜びってあると思うんですよね。今回のライの突き抜けた感じは、まさにそれだと思いました。私たちの欲望が「昇華」されるというか。
中島:特に今回は、ラストが宙乗りですからね。歌舞伎の宙乗りって、なにかとんでもないものを観ている、という気持ちになりますよね。2007年の公演だと、最後の宙乗りはないんです。槍が身体に突き刺さって、朧の森に飲み込まれてしまうことで、ライが負けるという形です。今回、歌舞伎にすることになった時、いのうえが「最後は宙乗りだ」と言ったので、だったら大きく意味が変わるなと。
松岡:そこは決めていらっしゃったのね。
中島:はい。最後は鬼となって、宙乗りをする、と。なので、今回はライが勝った話になる。そういう組み替えをやりました。そうすると、ライの最後の台詞、「血よ! 俺の中から流れ出る赤い血よ! 朧の森を真っ赤な嘘に染め上げろ! 鬱蒼と静まりかえったこの森を嘘の森に染め直せ。 それが俺の最後のペテンだ!!」というのが、2007年の公演では(ライの)負け惜しみに聞こえるんですが、宙乗りで朧の森を見下すことによって、ライが朧の森を掌握したことになる。
松岡:あの宙乗りは、観ているこっちまで一緒に高く昇っていくような感じがしますものね。
中島:芸ですよね。歌舞伎俳優の芸の力だと思います。
「結ばれる男女の言語的相性の良さ」(松岡)
松岡和子
松岡:芸の力といえば、今回の『朧の森に棲む鬼』では、女方もまたいいですよね。ツナとシキブの違いもいいですし。
中島:2007年の公演では、秋山奈津子さんが演じたのは硬派なツナだったんですが、時蔵さんのツナはたおやかというか、女方が演じるからこその儚さもありますよね。ライと女性たちの関係も、幸四郎版と松也版では少し違います。松也版では、ライが成り上がるほどに、地位が上の女を口説き落とす、という感じがより出ましたね。反対に、幸四郎版のライは圧倒的に悪い男なので、女性側がダメだと分かっているのに引っ張られてしまう。気持ちの揺れ方が違うんです。現実でも、周りから「やめておいたほうがいいよ」って言われるような男性に惹かれる人って、いるじゃないですか。それは、相手の悪いところも含めて魅力的に見えることがあるからだと思うんです。突き抜けて自由な人に憧れる気持ち、ってある。憎んでいたとしても、ダメだとわかっていたとしても、その吸引力に心揺さぶられてしまう。その相手の自由さ、どこまでも生き抜くぞ、という生命力の強さみたいなものに、無意識に引っ張られてしまうのかもしれません。
松岡:シェイクスピアの場合、男女が惹かれ合う過程は台詞で表現されています。例えば『リチャード三世』の求愛の場の台詞を見ると、相手との会話が対になっているようなやりとりなんです。阿吽の呼吸というか、(この二人は)言語的相性がいいんですよ、というのがわかるようになっているの。言っていることの中身は全然逆なんだけど、言葉遣いが同じだから、それに乗っていくうちに……、という。
中島:まさに口車に乗る、というやつですね。
松岡:そう、そう(笑)。私は中島さんの(脚本の)書き方にも、そういうところがあるんじゃないかと思うんです。ライとツナ、ライとシキブにも、その言語的相性の良さが出ていました。だから、観客も納得するというか、一緒に口車に乗ってしまう。
中島:僕は「あぁ言えば、こう言う」という台詞のやり取りが好きなんです。Aというロジックに対して、そのロジックを引っくり返すようなBというロジックをぶつける。で、またそのAが言い訳をすると、その言い訳に対してBがロジックの弱さを突く、みたいな。それがライの文法のメインだと思っていました。でもそれは、ちゃんと相手の言うことを聴いているということなんですよね。聴きながら、どこに突っ込みどころがあるのかをずっと探っているわけだから。
シネマ歌舞伎『歌舞伎NEXT 朧の森に棲む鬼』(幸四郎版)
シネマ歌舞伎『歌舞伎NEXT 朧の森に棲む鬼』(松也版)
「映像ならではの意図や演出があります」(中島)
松岡:シネマ歌舞伎はアップで撮るので、俳優さんたちの表情も楽しめるのがいいですよね。
中島:劇場でだと、なかなか顔の表情までは見えませんからね。そこに加えて、映像ならではの意図や演出がありますから。
松岡:そうですよね、その意図や演出がないと、ただの舞台中継になってしまいますものね。私は、NTライブとの共通項をすごく感じました。ロンドンのナショナルシアターという劇場の良い作品を、映画館で見せるんです。舞台版を観ていても、更なる細部が観られるし、客席以外のアングルもあったりと、NTライブでしか観られない表現というのがあるんです。今作ではとりわけ、朧の森の魔女三人が、ツナ、シキブ、シュテンと同じ顔だ(一人二役で演じている)というのがちゃんとわかるのもすごくいいと思いました。新感線の「いのうえ歌舞伎」が、歌舞伎でやるとこうなるのか、というのがわかるので、「いのうえ歌舞伎」ファンにこそ、このシネマ歌舞伎を観て欲しいと思います。
中島:ありがとうございます。歌舞伎俳優さんたちのポテンシャルを、ぜひ観ていただきたいです。
上映情報
シネマ歌舞伎『歌舞伎NEXT 朧の森に棲む鬼』本予告 二作共通版<30秒>
■料金(税込) 一般2,200円 学生・小児1,500円 / ムビチケ1,900円
■出演 松本幸四郎、尾上松也、中村時蔵、坂東新悟、尾上右近、市川染五郎、澤村宗之助、大谷廣太郎、市川猿弥、片岡亀蔵、坂東彌十郎 ほか(令和6年11,12月新橋演舞場公演を収録)
■シネマ歌舞伎HP:https://www.shochiku.co.jp/cinemakabuki/