黒田博&黒田祐貴バリトン親子響演に向けて、二人が語った率直な思い
日本を代表するバリトン親子、黒田博、黒田祐貴(左から)(2024.10.9 浜離宮朝日ホール) (C)松尾淳一郎
日本のオペラ界を牽引して来たレジェンドバリトンの黒田博と、新時代のオペラ界を背負って立つ気鋭のバリトン黒田祐貴。そんな黒田親子によるリサイタルが、一昨年に続き開催される。親子にして、同じ声種を持つ先輩と後輩。二人の関係はどのようなモノなのか。リサイタルの聴き所だけでなく、デリケートな あんなコトやこんなコトにまで迫ってみた。
「中学生まで、地元の京都市少年合唱団に入っていました」(黒田博)
ーー正月恒例の『NHKニューイヤーオペラコンサート2026』に祐貴さんが初出演されました。祐貴さんの『メリー・ウィドウ・ワルツ』、博さんはどこでご覧になられましたか。
黒田博:京都の実家で見ていました。自分が出演していた「NHKニューイヤーオペラコンサート」に息子が出演し、それをテレビの前で応援する。もっとドキドキするかと思いましたが、意外と冷静に見る事が出来ました。祐貴は落ち着いて歌っていました。私が初めて出演した時、TVカメラの赤いランプを見た瞬間、口から心臓が飛び出しそうになったことを覚えています。「良かったよ!」と一言、LINEしておきました。
バリトン 黒田博
黒田祐貴:もちろんあの大きなホールに、満員のお客様です。カメラの向こうで、どれほど多くの方が見ているのかなど頭をよぎりましたが、思いの外緊張せずに歌えました。歌よりも、隣でプロのダンサーがワルツを踊っているので、「ダンサーさんのアップにして欲しいですね」ってお相手の伊藤晴さんと話していました(笑)。
バリトン 黒田祐貴
ーー父親としての横顔が少し見られましたが、博さんのご両親は音楽をされていたのでしょうか。博さんが音楽を始めるきっかけを教えてください。
博:母親は、京都芸大が短期大学だった時代の1期生で、私の先輩にあたります。中学校の教員をしていて、家には母が弾くピアノや、母が歌う滝廉太郎の『花』なんかが鳴っていました。父親も教員で、コチラは社会科を担当。楽器をやる訳ではありませんが、学生時代から学生寮に住んで居たクラシック好きの仲間と、蓄音機でゲルハルト・ヒッシュの『冬の旅』などを聴いていたそうです。父と母が出会ってくれたおかげで今の私があります(笑)。姉が小学5年生から京都市少年合唱団に通い出し、練習がある毎週土曜日が本当に楽しそうだったので、自然と私も入りたいと思うようになりました。小学5年生になるのを待って、オーディションに受かって入団し、中学3年まで合唱三昧。プロの音楽家をたくさん輩出している名門合唱団で、1学年上に佐渡裕さん、1学年下には東京フィルの元フルート首席奏者 吉岡アカリさんが在籍していました。
ーー音楽を生業としてやって行こうと思ったのはいつですか。
博:高校3年の段階でも特に音楽に進もうとは思っていませんでした。ピアノの弾き語りをやっている友人が、女の子に囲まれている姿を見ていて、自分も『レット・イット・ビー』くらいなら簡単に弾けるんじゃないかと思い、夏休みに入ってすぐにツェルニーを引っ張り出して弾き始めました。ある日、母親が部屋に入って来て「音大に行きたいなんて言うんじゃないやろね」と言われて、「なるほど、その手が有ったか」と思ったのです。母親に頼み込んで歌の先生を紹介してもらったのが、高校3年の夏休みが明ける直前。無理やり声を聴いてもらい、「これからだと準備が間に合わない。一浪を覚悟するなら見てあげますよ」と言って頂いたのが、関西二期会元理事長の蔵田裕行先生でした。
ーーデビューは何年ですか。
博:大学院を出た1988年です。京都芸大から東京藝大の大学院に進学し、3年間勉強しました。終了した年に、蔵田先生から「ドン・ジョヴァンニ、歌わへんか?」と関西二期会として声を掛けて頂いたのがオペラデビューとなりました。
黒田博、大貫瑞希(ピアノ)(2024.10.9 浜離宮朝日ホール) (C)松尾淳一郎
「父を尊敬していますが、別の人格なので切り離して考えるようにしています」(黒田祐貴)
ーー祐貴さんは幼い頃、お父さんがスター歌手だったことは意識されていましたか。
祐貴:子供の頃から、毎年『NHKニューイヤーオペラコンサート』に出ているのを見ていましたが、それがどれほど凄いことか分かっていませんでした。私は歌やオペラには興味が無く、父親のCDの中から交響曲や協奏曲といったオーケストラものを選んで聴くようになり、中高は吹奏楽部でトロンボーンを吹いていました。楽器によるアンサンブルが凄く気に入って、このままオケマンとしてやって行きたいとトロンボーンで藝大を受験することを父に相談したところ、「音楽でやって行くのは大変だけれども、その覚悟はあるのか」と尋ねられました。もちろん真剣に考えていることを伝え受験したのですが、見事に落ちました。そこで初めて、音楽で何かを表現する人になることを前提として自分の適性を冷静に考え、選択肢の一つとして父に声を聴いてもらい、声楽の道を志すことになりました。
ーー声楽で進むと、お父様の偉大さがわかったのではないですか。
祐貴:私のオペラデビューは、2021年の兵庫県立芸術文化センター『メリー・ウィドウ』のダニロ役だったのですが、その前2008年のダニロ役は父だったことを後で知りました。また、びわ湖ホールで『死の都』のフランク役をやりましたが、渡された衣裳が、父が以前フランク役の時に着ていたものでした。昨年、神奈川フィルでセミステージ形式のワーグナー『ラインの黄金』のドンナーを歌ったのですが、「お父さんのドンナーの時もご一緒しました」と楽員の方に声をかけられました。父が音楽家として如何に真摯に、そして周囲の人を大切に生きて来たかはよくわかりました。もちろん父の事は尊敬していますが、私は別の人間なので、特別そこに意識があるわけではありません。ただ、出演者やスタッフの皆さんがニコニコされていて、それはそれで嬉しいのですが。
黒田祐貴、大貫瑞希(ピアノ)(2024.10.9 浜離宮朝日ホール) (C)松尾淳一郎
ーー博さんの当たり役でもあるダニロやフランクを祐貴さんが次々に演じて話題になっていることを、どのように思われていますか。
博:もちろん嬉しいですよ。同時に、まだ自分でも歌えると思っているところもある訳で(笑)。ダニロやフランクは、祐貴の年齢が歌うべき役柄。これがヴェルディ『オテロ』のヤーゴやプッチーニ『トスカ』のスカルピアなら心配に思ったと思います。祐貴はクールな反応ですが、以前私が着ていた『死の都』フランクの衣裳姿の祐貴を見て、グッと来るものはありました。
黒田博、黒田祐貴(2024.10.9 浜離宮朝日ホール) (C)松尾淳一郎
ーー4月に行われる東京二期会の『ルル』で、祐貴さんはシェーン博士役を演じられます。この役も博さんのイメージが強いのですが。
博:シェーンはある程度、年齢が必用な役でしょうね。2003年の東京二期会と日生劇場共催の、全3幕完成版日本初演の時は、この役をやるには若すぎると思いました。2009年、びわ湖ホールで沼尻竜典芸術監督より再度指名していただいた時は、年齢的にもちょうど良かったと感じていたのですが、手術のために緊急降板しました。オペラをやっていて思うのは、いつも年相応な役が来る訳ではありません。バリトンに振り分けられる役は幅が広い。声を大切にしつつも、背伸びした役を演出家と共に作り上げることで成長する部分もある。祐貴のシェーンは楽しみにしています。
黒田博(2024.10.9 浜離宮朝日ホール) (C)松尾淳一郎
ーー祐貴さんからはお父様にレッスンをしてもらうことは無いのですか。
祐貴:対面でのレッスンは無いですね。LINEでメッセージを送って感想や注意点を求めることはありますが、その程度ですね。
博:コンサートを聴きに行き、気になる事を休憩時間にLINEすることはありますが、技術的な事より立ち姿やポーズのことが多い。今、祐貴は家を出ていますが、実家に居た時は部屋でレッスンをしていて気になる事があると、壁を叩いてアドバイスをするようにはしていました。しかし部屋に入ってじっくり聴く事は、まず有りませんでした。
ーーお二人はバリトンの声種としては違いがありますか。
祐貴:もちろん年齢が違うので今の声は違うのですが、父の若い頃の声は、今の私に似ていたようです。古い録音を聴くとそう思います。
黒田祐貴(2024.10.9 浜離宮朝日ホール) (C)松尾淳一郎
博:確かにそうですね。先ほども言いましたが、バリトンは求められる役が多いです。若い頃は、モーツァルトを中心に歌って行こうと思っていました。まさか自分がヤーゴやスカルピア、ワーグナー『ローエングリン』のテルラムントを歌うようになるとは夢にも思わなかった。全て年齢と共に、「この役、黒田さんで聴きたいのですが如何ですか」と声をかけていただき、悩んで決めた結果です。役の幅が広がったことは、周囲に感謝しています。色々な役をやって来ましたが、自分の陣地は今でもモーツァルトです。学生時代、最初に『フィガロの結婚』の伯爵を勉強し、イタリアでも伯爵を徹底的に教え込まれました。ドン・ジョヴァンニ、アルマヴィーヴァ伯爵、ドン・アルフォンソ……。もちろんフィガロもグリエルモも歌えますが、年齢的にね。このあたりが歌えなくなったら、歌うのをやめる時だと思います。
黒田博(2024.10.9 浜離宮朝日ホール) (C)松尾淳一郎
祐貴:私も藝大のオペラ科ではモーツァルトをたくさん歌って来ました。大学院のオペラでは『フィガロの結婚』の伯爵をやりましたし。やはり父とレパートリーは被ります。ただ自分はオペラと対を成すもう一方として、ドイツリートに巡り合いました。2023年、リートを勉強しにドイツに渡りました。1年間、オペラは全く歌っていませんでした。5月に2年振りになりますが、シューマンとベルクの歌曲のリサイタルを開催します。
黒田祐貴(2024.10.9 浜離宮朝日ホール) (C)松尾淳一郎
デュオ・リサイタル前半は「日本の歌」、「昭和の子どもの歌」
後半はオペラアリアをお届け
ーーリサイタルのプログラムについて教えてください。注目のオペラアリアは後半なんですね。
祐貴:バリトン二人のリサイタル自体そもそも少ないのですが、プログラム選びは大変です。デュエットがまずありません。前回のリサイタルで出し尽くしてしまった感はありますが、構成は前回を踏襲しています。今回新しいのは、お客様にリクエスト曲を募ったこと。誰で何を聴きたいか? それを本編でも参考にしていますし、リクエスト曲を紹介するコーナーも考えています。
博:例えばモーツァルト『フィガロの結婚』の「もう飛ぶまいぞ、この蝶々」は私自身、色んな所で歌って来たので皆さま飽きておられると思って祐貴が歌い、3幕のアリア「目を見開け、男どもよ」を私が歌おうと思っていたのですが、私に「もう飛ぶまいぞ」を歌って欲しいというリクエストがあったので逆にしました。コルンゴルト『死の都』からフリッツが歌う「ピエロの歌(わが憧れ、わが幻想)」は、アルバムにも収録しているので祐貴が歌い、人気のワーグナー『タンホイザー』から「夕星の歌」はヴォルフラムもやった事があるので私が歌います。
(2024.10.9 浜離宮朝日ホール) (C)松尾淳一郎
祐貴:チャイコフスキー『スペードの女王』から「あなたを愛しています」は、リクエストをいただきました。学生時代に取り上げたことはありますが、本番のステージで歌うのは初めて。この辺はリクエストに忠実に応えています。そして最後は、ドニゼッティ『ドン・パスクワーレ』の早口言葉対決。このドン・パスクワーレとマラテスタによる「静かに、静かに」は前回もやりましたが、お客様の人気が高いので今回も取り上げます。
黒田祐貴、黒田博((2024.10.9 浜離宮朝日ホール) (C)松尾淳一郎
ーー前半は「日本の歌」と「昭和の子どもの歌」がずらっと並びます。
博:私が子供の頃に母親が歌ってくれた歌ですが、現在ではNHKの『みんなのうた』や『おかあさんといっしょ』で流れているくらいで、聴く機会が減っている素晴らしい曲たち。中田喜直、山田耕筰、團伊玖磨といった錚々たる作曲家が作り、詩も素晴らしい曲を、30年後、50年後も歌い続けていく必要があると思います。日本語の歌詞はバリトンが歌うことで、言葉が明瞭になり魅力が増します。
黒田博、黒田祐貴(2024.10.9 浜離宮朝日ホール) (C)松尾淳一郎
祐貴:両親に歌ってもらった記憶はあまりありませんが、どこかで耳にして記憶に残っている美しい日本歌曲が好きです。私は自分のリサイタルでも中田喜直さんの曲はよく取り上げますが、こういった素晴らしい曲は後世に残して行くべきだと思い、今回も取り上げます。童謡「やぎさんゆうびん」では、真剣に歌っている傍らで一方が「メェー」と鳴く。それを受けてもう一方も「メェー」。前回のステージでは、バリトン二人が大真面目にふざけて歌う姿にお客様は喜んでいただいたように思います。今回も更にパワーアップするのでご期待ください。
黒田祐貴、黒田博(2024.10.9 浜離宮朝日ホール) (C)松尾淳一郎
ーーリサイタルに向けたメッセージをお願いします。
博:童謡も凄く真面目に歌います。リクエストコーナーもきっと楽しんでいただけるはず。先日二人で合わせてみたのですが、どんどん発想が膨らみハードルは上がるばかり。神戸公演は小学校1年生~18歳以下の方を対象に文化庁の無料招待枠もあるので、一度ホールに問合せしてください。若い人たちに聴いて欲しいのです。よろしくお願いします。
祐貴:何でも言い合える二人の声楽家が、本気で楽しませにかかるリサイタルです。皆さんからいただいたリクエストが、全体の流れのどこで登場するか。若い人ももちろんですが、昭和世代の皆さんも楽しんでいただける内容です。会場でお待ちしています。
黒田祐貴、大貫瑞季(ピアノ)、黒田博(左から)(2024.10.9 浜離宮朝日ホール) (C)松尾淳一郎
取材・文 = 磯島浩彰
公演情報
『黒田 博 & 黒田祐貴 バリトン・デュオリサイタル2026』
■日時:2026年2月1日(日)15:00開演(14:30開場)
■会場:神戸朝日ホール
■出演:黒田 博、黒田祐貴(以上バリトン)、大貫瑞季(ピアノ)
■曲目:
~ 日本のうた ~
團伊玖磨/花の街
山田耕筰/待ちぼうけ、赤とんぼ、からたちの花、鐘が鳴ります
平井康三郎/とんぼのめがね
中田喜直/めだかのがっこう、大きなたいこ、かわいいかくれんぼ、とんとんともだち
團伊玖磨/ぞうさん、やぎさんゆうびん
大中恩/おなかのへるうた、いぬのおまわりさん
芥川也寸志/小鳥のうた
越部信義/おもちゃのチャチャチャ
高嶋圭子/せなかのさかみち、いろはにつねこさん
曲目は当日に発表します!
モーツァルト/歌劇《フィガロの結婚》より「もう飛ぶまいぞ、この蝶々」
歌劇《フィガロの結婚》より「男どもよ、ちょっと目を見開け」
ワーグナー/歌劇《タンホイザー》より「夕星の歌」
コルンゴルト/歌劇《死の都》より「わが憧れ、わが幻想」
ヴェルディ/歌劇《リゴレット》より「悪魔め、鬼め」
チャイコフスキー/歌劇《スペードの女王》より「あなたを愛しています」
ドニゼッティ/歌劇《ドン・パスクワーレ》より「静かに、静かに」
■料金:4,000円
■問合せ:神戸朝日ホール 078-333-6540
■公式サイト:https://www.kobe-asahihall.jp/
日程:2026年1月30日(金)19:00開演(18:30開場)
会場:浜離宮朝日ホール
出演:黒田 博、黒田祐貴(以上バリトン)、大貫瑞季(ピアノ)
曲目:
~ 日本のうた ~
團伊玖磨/花の街
山田耕筰/待ちぼうけ、赤とんぼ、からたちの花、鐘が鳴ります
平井康三郎/とんぼのめがね
中田喜直/めだかのがっこう、大きなたいこ、かわいいかくれんぼ、とんとんともだち
團伊玖磨/ぞうさん、やぎさんゆうびん
大中恩/おなかのへるうた、いぬのおまわりさん
芥川也寸志/小鳥のうた
越部信義/おもちゃのチャチャチャ
高嶋圭子/せなかのさかみち、いろはにつねこさん
曲目は当日に発表します!
モーツァルト/歌劇《フィガロの結婚》より「もう飛ぶまいぞ、この蝶々」
歌劇《フィガロの結婚》より「男どもよ、ちょっと目を見開け」
ワーグナー/歌劇《タンホイザー》より「夕星の歌」
コルンゴルト/歌劇《死の都》より「わが憧れ、わが幻想」
ヴェルディ/歌劇《リゴレット》より「悪魔め、鬼め」
チャイコフスキー/歌劇《スペードの女王》より「あなたを愛しています」
ドニゼッティ/歌劇《ドン・パスクワーレ》より「静かに、静かに」
■料金:一般 5,000円 U30 2,000円
■問合せ:朝日ホール・
■公式サイト:https://www.asahi-hall.jp/hamarikyu/