「共闘」が「共感」に変わっていく、BRAHMAN『tour viraha 2026』埼玉・越谷EASY GOINGSをレポート
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BRAHMAN『tour viraha 2026』 撮影=Tsukasa Miyoshi (Showcase)
BRAHMAN『tour viraha 2026』2026.1.18(SUN)埼玉・越谷EASY GOINGS
『尽未来祭』はすごかったねぇ……などと思い出に浸っているうちに2026年が始まり、BRAHMANは今再び『viraha』ツアーの真っ最中である。今年3本目となる越谷EASY GOINGSを見てきた。幕張メッセを3日間満杯にできるバンドではあるが、300人キャパのハコで見る彼らはさらに濃くてよかった。当たり前だが、伝わる表情のリアリティが違うのだ。
ゲストはBray me。女性の4人組ギターロックバンドだ。パンク畑でもないガールズバンドとの共演は珍しいが、年代やシーンにまったくこだわらないのが今のBRAHMANの包容力。そこはファンも同じで、ボーカルこたにが「信じてることが二つある。音楽に嘘はつけない。あと、Bから始まるバンドは格好いい!」と断言すれば、フロアからは盛大な拍手喝采が巻き起こっていた。
華のあるルックスに反して、こたにの歌は驚くほど泥臭い。「人間らしく」という曲が象徴的だが、別に上手くいかないし毎日スウィートでもない、苦笑いだらけの人生を正面から歌い上げる。ピリッとするスパイスのようなハスキーボイスも魅力で、最初は様子見だった観客がどんどん引き込まれていくのがわかる。ラスト2曲はBPMをぐっと上げたパンキッシュなナンバー。普段のライブではほぼないことだろうが、ダイバーまでが出現する盛り上がりとなった。
「tour viraha 2026、3発目、越谷、正月気分なんて忘れて全力でBRAHMAN始めます!」。TOSHI-LOWの一言から始まるBRAHMANは、新作『viraha』の流れを主軸としつつ、過去の曲も随所に挟んでいくセットリストだ。ゆっくり熱量を上げてハイライトを作っていくような流れではない。最初から全力のフルスロットル。ほぼノンストップで続く楽曲と、ほぼノンストップで湧いてくるダイバーの数が半端ない。遠くから見る限りはキッズの狂騒であるが、至近距離で見るとよくわかる。子供なんて両親に連れられてきた数名くらいで、だいたいが家庭を持ったり親になったりして、それでもライブハウスとBRAHMANが大好きな中高年ばかり。彼らの目は今もびっくりするほどキラキラ輝いている。ともに歳を重ねただけでなく、今なお人生の何かをバンドに委ねているのだ。
そして、フロアの真ん中はぐちゃぐちゃの肉弾戦だが、周囲には案外いるのだ。暴れることもなくじっとステージを見つめている大人たちが。彼らの目を潤ませるのが故人に思いを馳せる歌。特に『viraha』に増えたもので、あんなにも好きだった、でももう会えなくなった誰かの歌が、それぞれの記憶と重なり合っているのだろう。ただ夢中だった熱狂とは違う、キッズ時代にはなかった追憶の数々。それらが具体的な質量となってフロアを満たし、TOSHI-LOWに向かっていく。おそらく彼もわかっている。思いを受け止め、フロアを見つめ返すその眼差しが、どこまでも優しい。
決して重苦しい話ではない。いつか死ぬ、だから今を全力で生きろというメッセージは初期からBRAHMANが言い続けてきたことだ。変わらないバンドの姿勢にファン世代のリアリティが追いついてきた、と言うべきなのだろう。だから声を上げる。できる限り手を伸ばす。今も動く肉体をめいっぱい感じようとする。繰り返しになるがフロアはぐちゃぐちゃのダイバーだらけ。ただ、そこにあるのは暴れたい衝動ではなく、今生きている、という喜びなのだった。
初期の名曲を連発したあとの後半、新作の曲たちがすごかった。もういない先輩バンドたちに捧げる愛の結晶。それらは疾風怒濤のハードコアでありつつ、普段はバラバラな個々をひとつにまとめる祭囃子として響く。KOHKIの和的なギターフレーズやRONZIのリズムパターンがキモで、チャンカチャンカ、ズンダズンダ、と続くビートにはパンクやハードコアの歴史をも超えていく肉体的作用がある。意味もなく踊れる。この瞬間だけは一体になれる。誰が格上で誰が格下だとか関係なく、みんなで踊りの輪を作る。そういう祭りの熱量だ。
祭りは毎回が無礼講。マイクかアンプにぶつけたのか、気づけばMAKOTOの額に血が滲んでいるが、それもまぁええじゃないか、血が騒ぐなら仕方ねえな、という感じである。メンバー、スタッフ、ファンを含めて誰一人動揺していないのが最高だ。ハイライトは「笛吹かぬとも踊る」。作品を聴く限りはどっしり構えたメロディアスな曲という印象だったが、ライブで繰り返すうちにこれまた最強の祭囃子となったのだろう。揺れまくるフロアを見ながら、TOSHI-LOWはなお「踊れ!踊れ!」と叫び続けていた。
少数派である若いファンには申し訳ないが、中高年の話をさせてもらう。今のBRAHMANが見せているのは、図らずとも生き残った、いずれ不自由になっていく肉体をリアルに感じている、アラフィフ世代の共闘である。ガチンコでぶつかり合うから「闘」の字を使うが、そのニュアンスがほどけていくのは「今夜」である。イベントなどでは〈恋人〉細美武士が登場することが多い曲だが、単体のライブになると、TOSHI-LOWはフロアの中に細美を見つけたような表情を見せながら、一人ひとりに笑いかけ、本当に幸せそうな顔になっていく。〈あぁ今夜終わらないで〉という歌詞も改めて心に沁みる。すべてはいつか終わる。こんなふうにライブハウスに来ることもできなくなる。そういうことがわかっている世代同士の契り、もしくは指切りのような歌。「共闘」が「共感」に変わっていく特別なワンシーンだ。別に目新しいトピックはない、長年ずっと歌われてきた定番曲だが、30周年アニバーサリーを超えた今、「今夜」がもたらすものは想像以上に大きいのだった。
ラストは『尽未来祭』最終日を彷彿とさせる流れ。長めのMCも含めて、今だから伝えたいことが溢れ出す。11月に幕張メッセで見た時は、3日間連続の疲れもあり「終わったぁぁぁ!」と感無量になったが、今回は違う。まだまだ全然終わらねえ。終わるとわかっているが簡単に終わらせたくない。まだまだ終わってたまるかと思っている。これはメンバーだけの話ではないだろう。誰もいなくなったステージに向けて「ありがとう!」と声が飛ぶのはいつものことだが、誰かが放ったこの一言がとてもよかった。「また来いよ、BRAHMAN!」。
取材・文=石井恵梨子 撮影=Tsukasa Miyoshi (Showcase)
ツアー情報
BRAHMAN tour viraha final