まさに“真髄”味わう極上のひととき! 国内外トップ奏者が集い奏でる『モーツァルトの真髄』公演レポート
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2026年1月17日(土)・18日(日)の二日間、東京の浜離宮朝日ホールで『モーツァルトの真髄』と題された演奏会が開催された。ドイツを拠点とする指揮者 太田雅音と在京オーケストラのトップ奏者たちが集う特別編成オーケストラ「モーツァルト・ジャパン」によるモーツァルト作品を堪能するひととき——今後の継続的活動を視野に入れたプロジェクトとして始動した同オーケストラによる極上の演奏会の模様をお伝えしよう。
国内外の実力派が集う、特別編成オーケストラ「モーツァルト・ジャパン」
『モーツァルトの真髄』と題されたこの演奏会は、文字通り、協奏曲三題を含むモーツァルトの名作品が立て続けに演奏されるという贅沢な内容だ。加えて、プレーヤーはプレーヤーはNHK交響楽団(以下、N響)第1コンサートマスターの長原幸太をはじめ、在京オーケストラの各セクション首席級メンバーが集う編別編成オーケストラ。そして精鋭部隊を率いるのは指揮者の太田雅音。太田は若くして日本センチュリー交響楽団のコンサートマスターを務めた後に指揮に転向し、小澤征爾やクリスティアン・ティーレマンに師事した俊英だ。さらに協奏曲では太田が高く評価する国内外の実力派のアーティストたちが華を添え、まさに ‟モーツァルトの真髄”を堪能するにふさわしい会となった。
指揮者 太田雅音
演奏曲目は以下の通り―――トップバッターは、今回の特別編成オーケストラにおいてもコンサートマスターを務めるN響の長原幸太がソロ演奏を披露する「ヴァイオリン協奏曲 第4番」、続いて続いてハンガリー出身でドレスデン国立歌劇場管弦楽団(シュターツカペレ・ドレスデン)首席ホルン奏者のゾルタン・マーチョイがソロを務める「ホルン協奏曲 第4番」、そして現在、飛ぶ鳥を落とす勢いで活躍中のピアニスト髙木竜馬がソロを務める「ピアノ協奏曲 第20番」、最後に「交響曲 第36番《リンツ》」というモーツァルトファンにはたまらないラインナップだ。
では、約2時間を優に超えた密度の濃いコンサートの模様をお伝えする。
艶とみずみずしさを兼ね備えた「ヴァイオリン協奏曲 第4番 ニ長調」
長原幸太
第一曲目、長原がソリストを務める「ヴァイオリン協奏曲 第4番 ニ長調」。艶とみずみずしさの両方を兼ね備えた長原の力強い音は凛として芯があり、モーツァルトの世界を表現するにふさわしい品格を湛えていた。渋みのある色合いを感じさせる格調高い音でモーツァルトの若き日の(18~19歳の作品とされる)情熱のほとばしりを、余すところなく、しかし、様式の枠組みを逸脱することなくダイナミックに表現する。秀逸な調べに寄り添うように応える指揮もオーケストラもさすがだ。
コンサートアリアを思わせる第二楽章(アンダンテ・カンタービレ)では、長原は骨太ながらも、天上の歌声を清らかに歌い上げる。小カデンツァのソロでは、貴婦人が漏らすため息のごとく、旋律に描きだされた繊細な心の襞を美しく引き出していた。
終楽章(ロンド)では、“アンダンテ・グラツィオーゾ”という曲想にふさわしく、明るく、軽やかな響きで息の長いフレージングを描きだす。若さあふれる溌溂とした音楽の中に、時として現れる短調のメロディにおいても深い情感を滲ませていた。
“いぶし銀”の響きと美しきスタイル「ホルン協奏曲 第4番 変ホ長調」
続いてはハンガリー出身のホルン奏者ゾルタン・マーチョイをソリストに迎えての「ホルン協奏曲 第4番 変ホ長調」。ザルツブルク・モーツァルテウム管弦楽団を経て、現在はシュターツカペレ・ドレスデンの首席を務めるマーチョイ。ソリストとしてもティーレマンやボルトンなどの指揮者たちと共演している世界のトップホルン奏者の一人だ。全編を通して、ドイツ圏のホルン奏者たる伝統とも言うべき輝かしい音とそのスタイルの美しさを余すところなく披露した。
第一楽章(アレグロ・マエストーゾ)では、伸びやかでスケール感のある響きとフレージングを際立たせ、この楽章の魅力を引き立たせた。ただ、ダイナミックなだけではなく、旋律が描きだす細やかな心情の揺れや機微を、ホルンという楽器でここまでも繊細に描きだせる技は、さすがにヨーロッパにおけるトップレベルのホルン奏者の面目躍如たるところだ。長大なカデンツァでは艶やかながらも燻したような色合いの響きで優美な歌を高らかに歌い上げ、シュターツカペレ ドレスデン伝統の“いぶし銀”の響きを担うトップメンバーの一人としての実力を見せつけた。
第二楽章では“ロマンス”という曲想にふさわしく、内に秘めるその想いを密やかに描きだしていた。短い尺の楽章だけに、よりいっそう至福の音の世界の美しさが濃密に感じられた。
“狩り”の楽章としても知られる終楽章(ロンド)では、ホルンという楽器の持ち味である、温かみのある輝かしさを思う存分に味わせてくれた。マーチョイの躍動的な息づかいと華やかな音捌きが、オーケストラのみならず、音楽全体を牽引しているかのような印象を与え、情緒豊かで、多彩な表情をも滲ませていたのは見事だ。精鋭オケもまたその世界観に同調して美しい背景を描きだしていたのも印象的だった。
緻密かつ流麗な響き「ピアノ協奏曲 第20番 ニ短調」
後半の一作品目は、ピアニスト髙木竜馬を迎えての「ピアノ協奏曲 第20番 ニ短調」。第一楽章(アレグロ)——モーツァルトのレクイエムを思わせる劇的な要素が凝縮された冒頭のくだり――指揮者の太田はこの精鋭オーケストラを巧みにリードし、骨太な輪郭の中に人間の深層心理の中にあるドロドロとした感情をも滾らせる。しかし、それはあくまでも“品格ある情念”であり、モーツァルトの語法や世界観を決して逸脱することはない。
その流れに乗せて髙木がみずみずしい程に情感に満ちた“言葉”で応答する。髙木の奏でる旋律は緻密ながらも、音の粒の美しさが際立ち、流麗な響きとともに一つひとつのフレーズへの愛おしさすらも深く感じられた。長大なカデンツァにおいても髙木は緻密にダイナミクスを築きあげ、感情の起伏を、時に激しく、そして時に繊細に描きだす。尺の中にすべての要素を余すところなく凝縮させる緻密さも、またこの知性あふれるピアニストらしい。
第二楽章(ロマンツェ)では、髙木の優美でたおやかな息づかいが耳に心地よい。その調べに寄り添い伴走するオーケストラ。そして、それを巧みに導き出す太田の見事な三者プレーが感じられる好演。髙木も最高の牽引者とパートナーを得て、揺れ動く感情の襞を悠然と描きだし、モーツァルトのピアノ・コンチェルトの醍醐味である両者の対話の美しさを余すところなく堪能させてくれた。
終楽章(ロンド)では、冒頭、アレグロの情熱的なピアノの旋律に応えてオーケストラが劇的かつ激情を込めて旋律を歌い上げる。オーケストラとピアノが交互に刺激し合うように高揚感を高めてゆくプロセスは、両者一体となってフィナーレへと突き進んでゆく過程でよりいっそう輝かしさを増してゆく。それはあたかも精神の光り輝く瞬間のようでもあり、音楽が鳴り終わった後のカタルシス的な余韻もまたひと際、大きかった。
まさに ‟モーツァルトの真髄”「交響曲 第36番 ハ長調《リンツ》」
プログラムを締めくくるのは、「交響曲 第36番 ハ長調《リンツ》」。第一楽章(アダージョ・アレグロ・スピリトーゾ)——冒頭のくだりから、このオーケストラがトゥッティ(オーケストラ全員で奏でること)で鳴らすと、「このような緊張感と輝きに満ちた音がでてくるのか!」としばし感心させられるほどだった。
太田はマエストーゾ(“荘厳な・荘重な”の意)と例えるにふさわしい重厚で霊感に満ちた音を引き出す。この指揮者はヴァイオリン出身だが、オペラティックで劇的な音楽づくりが得意なようで、セクションごとに、そしてその中の一人ひとりの奏者の豊かな表情までも引き出す術を心得ているようにさえ感じられた。導き出す音楽は、骨格がしっかりとしており、明快でモーツァルトの天才性があふれでる主題そのものの魅力とその展開をシンプルに最大化させてゆく。特に全編にわたって霊感満ちた動機があふれるこの作品においては、それぞれのモチーフが湛える自然な情動をストレートに描きだそうとする姿勢が好ましかった。
オペラの旋律が散りばめられたような第二楽章(アンダンテ)、典雅な第三楽章(メヌエット)両楽章ともに、対話的に旋律を語り紡ぐ管楽器奏者たちを伸び伸びと歌わせ、親密な音楽づくりの中にも端正な様式美と構築美をつくり上げていた。
終楽章(プレスト)では、まさに序・破・急的な構成美を際立たせ、有終の美を飾った。オーケストラが一つになることによって生みだされる強烈なエネルギーと波動は、まるでこの作品を描き上げた時のモーツァルトの表情や精神の輝きをも感じさせるかのように力強く、霊感に満ちたものだった。先にも述べたが、旋律が湛える情動の一つひとつをも見逃すまいとする太田の緻密な、それでいて大らかであたたかみのある音楽づくりもさらに冴えわたり、この壮大なモーツァルト・プロジェクトを締めくくるにふさわしい堂々たる、華麗な演奏だった。
なお、本公演は映像でも記録されており、今後公開が予定されている。大きな反響が期待されそうだ。
取材・文=朝岡久美子 撮影=荒川潤