【コラム】第68回グラミー賞では何が起きたのか? 音楽ライター/ジャーナリスト・粉川しのが総括する

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バッド・バニー Photo by Eric Rojas

「第68回グラミー賞の真の勝者は言論の自由(free speech)だった」と米メディアのRolling Stoneが書いたように、今年のグラミー賞は「音楽の祭典」の枠を大きく超えて、時代の激動を映し出し、政治的緊張の只中にあるアメリカを象徴するイベントとなった。昨年のグラミーもLAの山火事の影響を受け、人々の団結を促すメッセージ性に満ちた授賞式だったが、グラミー賞が模索してきた多様性への適応と、トランプ政権による移民政策への反発がシンクロした今年のメッセージ性は、より鋭角でアグレッシヴだった。多くのアーティストが「ICE OUT」(ICE=移民・関税執行局)のピンバッジを付けて臨んだ授賞式は、音楽の闘う力を問うものだったと言える。

まずは主要部門の結果から振り返っていくと、今年のグラミーを象徴するウィナーが『DeBÍ TiRAR MáS FOToS』で「最優秀アルバム賞」を受賞したバッド・バニーだろう。全編スペイン語で歌われたアルバムのグラミー受賞は、同作が史上初。かつてのグラミーではマイナーなサブ枠扱いされていたラテンポップが、遂にアメリカのメインストリームを制した象徴的な瞬間だった。それは、主に南米から来る移民へのICEの対応が議論を呼んでいる現状に対して、大きなNOを突きつけた瞬間でもあった。「僕らは野蛮人じゃない、人間でありアメリカ人だ」とスピーチしたバッド・バニーは、2週間後のスーパーボウルのハーフタイム・ショーのステージも絶賛され、視聴率も史上最高に迫るなど、まさに激動のアメリカに相応しいアイコンになった。

「最優秀レコード賞」はケンドリック・ラマー ft. SZAの「luther」が受賞。ケンドリックはこれでグラミー27冠、ジェイ・Zを抜いてラッパーとしての史上最多受賞アーティストに上り詰めた。一方、ビリー・アイリッシュの「Wildflower」の「最優秀楽曲賞」については批判も少なくなかった。同曲が収録されたアルバム『HIT ME HARD AND SOFT』は2年前の作品であり、シングルカットのタイミングで無理やりノミネート対象に捩じ込んで受賞させたことに対し、実際のシーンとの乖離を指摘されたのも無理はないだろう。レディー・ガガの「Abracadabra」やサブリナ・カーペンターの「Manchild」など、正真正銘の2025年ヒットと競合したのだからなおさらだ。

昨年はサブリナとチャペル・ローンの事実上一騎打ちだったのが「最優秀新人賞」。今年は事前予想からして圧倒的にオリヴィア・ディーンの一強であり、もちろん彼女が誰もが納得のウィナーとなった。イギリス出身のR&Bの新星であるオリヴィアが「私も移民の孫です。彼ら(移民)こそが祝福される存在であり、蔑まれるべきではないのです」とスピーチし、アメリカのアーティスト達とプロテストの足並みを揃えた意味も大きいだろう。

その他の部門にもいくつか特筆すべき受賞者がいる。例えば「最優秀ロック・アルバム」を受賞したターンスタイル。ポップ全盛の時代に彼らのような現役のハードコア・パンク(=究極のアンダーグラウンド)がメインストリームで評価されたことは、ロックのニッチ化が著しい昨今にあって、強烈なカウンターパンチになったのは間違いない。

一方、昨年はビヨンセのカントリー・アルバム『Cowboy Carter』が最優秀アルバムを受賞し、風穴を開けたかに見えたカントリー部門が再び保守化、反主流のShaboozeyの大ヒットがあったにもかかわらず、主流派の白人男性アーティストが順当に受賞したのは、「グラミーの(再びの)退行」と批判されている。受賞者の一人であるジェリー・ロールがスピーチで信仰と救済を語りつつ、受賞後にICEの移民取り締まりについて聞かれ、「俺はレッドネック(田舎者)だから何が起こっているか知らない」とはぐらかしたこと自体も、今年のグラミーで沸騰していた政治性を裏側から補強する結果になったのは皮肉なことだ。そう、多様化と保守化の間で揺れ動いたのが今年のグラミーであり、多様化の最たる例としてはNetflixのアニメ映画、『K-POPガールズ! デーモン・ハンターズ』の楽曲「Golden」が最優秀映像作品楽曲賞を受賞したことが挙げられる。BTSですら届かなかったK-POPアーティスト初のグラミー受賞であり、今年はパフォーマンスでもロゼ&ブルーノ・マーズの「APT.」が授賞式のオープニングを飾り、KATSEYEのメドレーが良くも悪くも話題を呼ぶなど、K-POP勢の存在感はいよいよ極まった感がある。

今年のグラミー賞のメッセージの強度は、授賞式の豪華パフォーマンスにも表れていた。タイラー・ザ・クリエイターはステージに出現したガソリンスタンドに車で突っ込み、ダイナマイトで自分ごと爆破するという、度肝を抜かれるパフォーマンスを披露。グラミーという「権威」に対する強烈なアンチをパフォーミング・アートに昇華していた。巨大なアンコウのような衣装と共にゴスの美学を突き詰めたガガのステージも圧巻だった。ガチガチに作り込んだタイラーやガガとは対照的に、ボクサーパンツに靴下というシュールなミニマリズムでギター1本歌い上げたのがジャスティン・ビーバーだ。彼らの過激な演出と剥き出しの表現のコントラストは、今年のグラミーのハイライトの一つだったと思う。また、「ドタキャンの女王」ことローリン・ヒルが遂に降臨し、昨年10月に亡くなったディアンジェロへの美しいトリビュートを表現したのも忘れ難い瞬間だった。哀しみを祝祭へと昇華する音楽の力。闘いの傍で、それもまた今年のグラミーが見せてくれたものだったのだ。

文=粉川しの

主要6部門 受賞結果

▼年間最優秀レコード 
ケンドリック・ラマー & シザ「luther」

▼年間最優秀アルバム
バッド・バニー『DeBÍ TiRAR MáS FOToS』

▼年間最優秀楽曲
ビリー・アイリッシュ「WILDFLOWER」

▼最優秀新人賞
オリヴィア・ディーン

▼年間最優秀プロデューサー(ノン・クラシック)
サーカット

▼年間最優秀ソングライター(ノン・クラシック)
エイミー・アレン

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