Billboard Live海外ブッキング担当・智子ムーアインタビュー――世界のレジェンドを招聘する交渉の裏側、海外からみた日本の音楽市場を語る
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現在はロンドンを拠点にBillboard Liveの海外ブッキング担当を務める智子ムーア(旧姓 萬木)。大阪ブルーノート時代からそのキャリアをスタートさせ、Billboard Liveへの移行と共にアメリカへ駐在。現在は英国へ拠点を移し、SXSW(サウス・バイ・サウスウエスト)など多岐にわたるフィールドで活動を続けている。アレステッド・ディベロップメント、コモン、エリカ・バドゥ、トッド・ラングレンなど、名だたるビッグアーティストの来日を次々と実現させ、日本の音楽ファンを唸らせてきた。今回SPICEでは、日米欧のビジネス構造の違いやタフな交渉の裏側、海外から見た日本の音楽市場など、たっぷりと語ってもらった。
ーーまずは智子ムーアさんのキャリアについて教えてください。
私が勤務している阪神コンテンツリンクに入社したのが1995年です。もともと音楽業界志望だったわけではなく、帰国子女で関西に戻った際、バイリンガルで働ける仕事が少なくて。たまたま新聞の求人広告で阪神ブルーノート(現ビルボードライブ大阪)のアーティスト担当(要英語)という募集を見つけて応募したのがキッカケです。当時の大阪ブルーノートは、北新地の狭い地下にあり、隣にはビジネスホテルがあるような場所でした。私はジャズの知識も全くなく飛び込んだので、逆にすごい大御所アーティスト相手でも怖気づくことなく、人と人として接することができました。もし熱狂的なファンだったら、緊張して話せなかったかもしれませんね(笑)。
ーー最初はアーティストのアテンド業務からスタートされたのですか?
そうです。うちの会社の風習として「現場を知らないとダメだ」というのがありまして。アーティストへの対応もお客様への対応も、必ず現場経験を経てから事務職に就く流れでした。当時は事務所も少人数で、アーティスト担当は3人ほど。ブッキング担当の上司について、交渉からライセンス契約まで、英語にまつわる業務はすべて上司の手足となって学びました。その上司もブッキングをしながら、空港に自らアーティストを送迎に行くなど、少人数でなんでもやっていました。
2006年8月にビルボードとのライセンス契約が決まり、ビルボードライブとして東京・大阪・福岡(当時)の3店舗を直営でやることになりました。それに伴い、ロサンゼルスに支店を出すことになり、私が支店長として現地へ行くことになったんです。 ロサンゼルス支店では、私が主にブッキング交渉を担当し、他の日本人スタッフがツアーのロジスティクス(フライト手配など)やビザ関係を担当するというチーム体制でした。当時はまだ海外アーティストの公演数が多く、物流業務も膨大でしたね。当時は日本側に英語ができるPRスタッフが足りていなかったので、私がアーティストのラジオ収録に通訳として同行したり、インタビューの立ち会いをしたりしていました。おかげで窓口業務だけでなく、プロモーションも含めた業務の全貌が見えるようになったのは良い経験でした。
ーー現在はどのような体制でブッキングを行っているのでしょうか?
ビルボードにはビルボードジャパン(メディア)とビルボードライブと大きくわけて2つありますが、ライブのブッキングは東京にいるブッキング・ディレクターが中心となり行っています。 海外担当は、ロンドンにいる私を含め2名。日本国内には5〜6名の担当者がいます。基本的には、東京のディレクターが「誰を呼ぶか」「予算はどうするか」を総合的に判断します。集客見込みや、アーティストのパフォーマンスも複合的に精査します。 国内では日本のレコード会社との連携も行いますし、海外担当の私たちは、海外のブッキング・エージェントと情報交換を行い、アジアツアーの情報をキャッチしたり、逆にこちらからこのアーティストを呼びたいと提案したりします。海外ではアーティストにアーティストマネジメントがついており、その先にブッキング・エージェントがいて、彼らがアーティストを売り込むんです。海外アーティストのブッキング担当である私たちはほとんどの場合、このブッキング・エージェントと連携してブッキングをする事になります。このように色んな角度から検証したブッキングしたいアーティストをテーブルの上に1つに並べ、チームで精査していくという作業が行われます。
ーー智子ムーアさんが現地でライブを見て、「これは!」と思ったアーティストを提案することもあるのでしょうか?
あります。ただ、自分が現場で見て感動したアーティストを提案する時も、必ず日本のブッキング・ディレクターのフィルターを通します。私は日本を離れて長いので、今の日本の観客にどう刺さるかという肌感覚がどうしても薄れている部分があるからです。 ビルボードライブには20年程のデータがあるので、照らし合わせてこのアーティストならこの層に響くといった緻密な計算も行っています。
ーーアーティスト選定の基準や、交渉の難しさについて教えてください。
日本と欧米では、音楽の消費スピードや価値観が大きく異なります。例えば、海外で爆発的に売れている新人が、必ずしも日本で同じ規模で集客できるとは限りません。例えばオリヴィア・ディーンは今イギリスでは爆発的に売れていますが、日本では同じ温度感ではないですよね。
ーー確かに。
Olivia Dean - Man I Need
金銭面でも「海外でこれだけギャラをもらっているから、日本でも同額欲しい」と言われても、日本の市場規模では出せないことも多い。そこをどう説得し、日本で長期的にキャリアを築くためのものとして納得してもらうかが重要です。また、ジャズクラブの名残ですが、ビルボードライブのような食事をしながら1日2回ライブを行うというスタイルは、実は海外にはあまりないんです。ビルボードのライブを理解してもらう作業というのが、新規のアーティストには毎回必ずありますね。 「コンサートホール並みの音響機材を備えている」「スティーリー・ダンのようなレジェンドも出演している」といった実績を伝えて安心してもらいます。こけら落としでスティーリー・ダンを呼んだのは大変でしたが、あれで「ビルボードライブはジャズだけでなく、ロックやR&Bのトップアーティストが出る場所なんだ」というブランディングができたのは大きかったですね。(2007年のBillboard Live TOKYOのこけら落とし公演がスティーリー・ダン)
ーー最近はデータ重視の選定が増えているのでしょうか?
そうですね。Luminateという音楽データ会社のデータを活用し、ストリーミングの数値などは必ずチェックします。ただ、ストリーミングの数字とライブの動員は必ずしもリンクしないので、最終的には「肌感覚」を重要視しています。
ーー智子ムーアさんの「肌感覚」で重視するポイントは?
歌唱力や演奏力のクオリティです。イギリスでもパフォーマンスだけで圧倒できるアーティストを見ると、「これは日本でもいけるんじゃないか」と感じます。イギリスにレイというアーティストがいて、彼女がレーベルと決裂した時から私はライブの提案をしていたんです。しかし、その頃は日本では知名度があまりありませんでした。現在では日本でも知名度があがってきていると思いますが、世界的には大型フェスのヘッドライナーを務める様なビッグアーティストになっているので、なかなか難しい状況です。
RAYE - WHERE IS MY HUSBAND! (Official Music Video)
ーーアジアの音楽市場が世界的に注目される中で、現在の日本の立ち位置をどう見ていますか? 一昔前とは変化していますか?
かなり変わりましたね。15年ほど前までは、アジアツアーといえば、まず日本を押さえて、その追加で他の地域(韓国や中国など)を入れるのが定石でした 。しかしデジタル配信が主流になってからは、日本の立ち位置が相対的に弱くなり、特に中国市場に注目するアーティストが増えました。大きなツアーを中国などで決めて、そのハブとして日本に寄る、という傾向がここ数年ずっと続いています 。
ーー日本の洋楽シェアの少なさが影響しているのでしょうか?
そうですね。アリーナやスタジアム級のアーティストならどこでも呼べますが、それ以外の層はなかなか広がりづらい。欧米のアーティストは、新譜が出たらまず欧米を回り、日本やアジアに来れるのはその翌年になることが多いんです 。そうなると、リリース直後の熱量が消えかけた頃にしか来日できないというジレンマがあります 。
ーーアジアのプライオリティを上げて、ツアーの最初に来てもらうことは難しいのでしょうか?
先日もカンファレンスでその話題になりましたが、やはり「地元(欧米)での足固めをしないという選択肢はない」というのが結論で、なかなか変わらないのが現状ですね 。
ーー一方で、ここ数年で日本人アーティストの海外ツアーも増えていますよね。
はい。実は現地で感じるのは、K-POP専門のプロモーターも新しいネタを欲しがっていて、J-POPのアーティストを取りに行く動きが増えています 。また、昨年の大相撲ロンドン公演がすごく盛り上がったように、日本ブランド(食やカルチャー全体)への関心が高まっているのも追い風になっています 。
ーーただ、ストリーミングで人気が出ても、実際のライブ動員に繋げるのは難しいという話も聞きます。
おっしゃる通りです。単にストリーミングで流れてきたからといって、現地での地場のプロモーションを熟知しているスタッフが日本チームにいるかというと、そこまで育っていないのが現状です 。結果的に、アーティスト側がすべて自腹で宣伝費を出し、体力のある大手しか海外公演が打てないという構造的な課題があります 。
ーーそこを突破するには何が必要でしょうか?
現地のブッキング・エージェントと組むことですね。最近は海外の大手エージェントも、日本人アーティストとの契約を積極的に進めています 。一本釣りでライブハウスを予約して回るよりも、現地のバイヤーとコネクションを持つエージェントを通すことで、フェスへの出演交渉などもスムーズになります 。
そうなんです。実はビルボードの親会社が、SXSW(サウス・バイ・サウスウエスト)のオーナー会社とも一緒なんです。 その縁で、「ビルボードの名前を使って、日本人アーティストがもっと海外に出やすくできないか」と考え、SXSW Londonの立ち上げに関わらせてもらっています。出演アーティストの審査チームに入ったり、日本をフィーチャーした企画のアドバイザーをしたり。 ロンドンにいると、日本の音楽への注目度が上がっているのを肌で感じます。
ーービルボードという看板の影響力も変わってきましたか?
変わりましたね。昔は「またジャズでしょ?」と言われていましたが、今は世界中にビルボードのメディアパートナーができ、グローバルブランドとして浸透しました 。 特に日本(ビルボードジャパン)は、メディアとチャート、そしてライブハウス(箱)の両方を持っている世界でも稀有な存在なんです 。 だからこそ、私がロンドンにいてもビルボードジャパンの担当者として注目してもらえますし、逆に海外メディアから日本に進出したいから手伝ってくれと相談されることも増えました 。
ーー最後に、ブッカーとして一番嬉しい瞬間を教えてください。
公演が終わった後に、アーティストからお礼のメールをもらう時ですね。「本当に良くしてもらった、素晴らしい滞在だった」と言ってもらえると嬉しいです。 私はロンドンにいるので、日本の現場でお客さんが喜んでいる姿を直接見ることはできません。だからこそ、アーティストからのフィードバックや、チームのスタッフから「無事に終わりました」と報告をもらうことで、チームワークの成功を感じられるのが一番のやりがいです。
取材・文=竹内琢也
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