片岡仁左衛門が語る心残りと希望「これからも上方の文化を守っていきたい」――大阪松竹座が約100年の歴史に幕

2026.3.19
レポート
舞台

片岡仁左衛門 撮影=福家信哉

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大阪松竹座が、今年5月の公演をもって約100年の歴史に幕を下ろす。「大阪松竹座さよなら公演」と銘を打ち、4月3日(金)開幕の『御名残四月大歌舞伎』、続く5月2日(土)から始まる『御名残五月大歌舞伎』に出演する、人間国宝の歌舞伎俳優 片岡仁左衛門が、長年舞台に立ってきた劇場への思いを舞台に刻む。

演目はいずれも、自身と大阪松竹座の新たな節目の折に演じた時代物の名作。上方の歌舞伎俳優として劇場と共に歩んできた仁左衛門は、大阪市内で行われた会見で開口一番、胸中をこう語った。「大阪の公演については、いつもでしたら楽しい気分でお話しするのですが、本日は寂しい思いでここにおります」。

1997年の新築開場記念公演、翌98年の襲名披露公演――。大阪松竹座は、俳優人生の節目ごとに立ってきた舞台でもある。

■道頓堀と共に歩んだ舞台

片岡仁左衛門(オフィシャル提供)

かつては芝居小屋が並び、歌舞伎や人形浄瑠璃を楽しむ人々で賑わった道頓堀。「記憶に残っているのは、初舞台を踏んだ中座(1999年閉館)です。ロビーに中庭があって、今では考えられませんが、薪で炊くお風呂の匂いが舞台まで漂ってきたり、大雨が降ると芝居中に雨音が聞こえたり。良き時代の温もりを感じました。父(十三代目片岡仁左衛門)が「関西の歌舞伎の火を消したくない」という思いで立ち上げた、『仁左衛門歌舞伎』の旗揚げも道頓堀でした」。

大ヒットした映画を舞台に移すーー。十三代目仁左衛門は、当時はまだ珍しい試みも取り入れた。「嵐寛寿郎さんの主演映画『明治天皇と日露大戦争』(1957年)を歌舞伎の芝居にした時には、父が明治天皇を演じました。現人神のお役を勤めるからと、舞台に上がる前は水を被って身体を清めていた。新しいことを受け入れながらも、そういうことを大切にする人でした。父との時間も道頓堀の良き思い出です」。

思い出は同志にも及ぶ。「当時は冷房がなかったので、夏は氷柱を楽屋に立ててね。今は亡き勘三郎(十八代目中村勘三郎=当時 勘九郎)君や三津五郎(十代目坂東三津五郎=当時 八十助)君と汗だくになって勤めていた頃も懐かしいですね。あの頃、ご一緒した方々がほとんどいなくなってしまいました」。

大阪松竹座はリニューアル後、中座に代わり歌舞伎公演の中心になった。「たくさんのお客様に足を運んでいただくことを望んでおりましたので、中座よりも立地の良い大阪松竹座で歌舞伎が打てたらいいと思っていました。それが叶って嬉しい気持ちでした」。

建て替えの際は演者の立場から細かな要望も伝えたという。「お客様が観やすい劇場、演者が働きやすい劇場を考慮いただくようお願いしました。楽屋の部屋の配置や窓の位置など、細かい点も希望を聞いていただき、結果、とても働きやすい劇場となりました」。そして「この場所で「新しい仁左衛門」のお披露目(平成9年4・5月の十五代目片岡仁左衛門襲名披露)、2カ月にわたって襲名披露公演ができたことは幸せであり、今の自分に自慢できることです」と振り返った。そして「松竹に育てられた人間として、寂しい。もう一度、道頓堀に歌舞伎を打てる劇場を再建できるように頑張りたい」と胸中を吐露した。

◾️最後に舞台に選んだ義太夫狂言

今回の「さよなら公演」で仁左衛門が選んだのは、2作の時代物の名作。『御名残四月大歌舞伎』では、自身の襲名披露公演で演じた「菅原伝授手習鑑 寺子屋」松王丸を勤める。2組の夫婦の忠義と悲劇を描いた名場面、我が子への情と忠義のはざまで揺れ動く松王丸の覚悟は観る者の胸を打つ。

「関西の役者にとって義太夫狂言は基本ですから、襲名時はこのお役をしっかり勤めたいという強い気持ちがありました。あれから幾度も演じてきましたけれど、役者に集大成はありません。常に途上であり、いくらがんばっても完成はない。ただし、月日を経て身についてきたものはありますので、それを活かしてこの度も演じることができたら、と思っています」。

『四月大歌舞伎』は、他にも多彩な演目が揃う。「彦山権現誓助剱 毛谷村(けやむら)」は時代物。剣豪・六助が師の仇を討つ、仇討ちの物語でありながら、六助と師の娘・お園との恋物語ともいえる。剣術の達人・六助に中村獅童、許嫁のお園に片岡孝太郎、仇となる弾正を中村隼人が演じる。

「夕霧名残の正月 由縁の月」は、上方歌舞伎の象徴である和事の狂言。この世を去った遊女・夕霧が、恋人を思うあまり在りし日の姿に戻り、束の間の逢瀬を楽しむ舞踊劇。坂田藤十郎七回忌追善狂言として、夕霧を中村壱太郎、恋人・伊佐衛門を中村虎之介。「大當り伏見の富くじ」は、終始笑いにあふれる喜劇調の世話物。大阪松竹座で初演した際は大きな笑いに包まれ好評を得た。一攫千金を夢見る男が、富くじを買うと見事大当たり! 松本幸四郎演じる紙屑屋幸次郎が再来。

続く『御名残五月大歌舞伎』では、「近江源氏先陣館 盛綱陣屋」佐々木盛綱役を勤める。戦乱の中、敵味方に分かれて戦うことになった兄弟の葛藤、その息子たちの身に起こる悲劇は兄弟の年老いた母をも巻き込む。大阪松竹座の新築開場(柿葺落)公演で演じた大役をもって、さよなら公演を担う。

「大好きな狂言のひとつです。芝居運びもいいし、役の性根もいい。盛綱の人物像に魅力を感じています。私が子役としてこの作品に出演した時、盛綱を演じておられた(三代目)市川壽海さんを間近で見ていて「やりたいな」「かっこいいな」と感じた役でした。子どもだから上手い下手はわからなかったとは思うのですが、セリフが素敵だと思いましたね。とにかく壽海さんの盛綱は魅力的でした」。

忠義、戦乱、現代とは違う親子の情愛、壮絶な最期。現代人には理解しにくい題材だが……。「芝居は、心情を理解することが重要だとは思いません。舞台を見て感じてください、ということです。特に寺子屋の場合、納得することは難しいと思います。芝居によってはお客様がわかりやすいよう筆を入れる場合もありますが、この2作については筆を入れる余地はまったくないんですよ。稽古をしながら磨きをかけることはあっても、基本を変えることはありません。松王丸の気持ちを少しでも感じてくだされば、とは思っています」。

2カ月にわたり義太夫狂言の重厚な人物を演じることになる。なぜ義太夫狂言なのか。「やらなくてはいけない。そう育てられたんです。歌舞伎の演目は他のジャンルの方が演じることもできます。けれど義太夫は歌舞伎役者にしかできない。身についていなければ演じることはできません。一目置かれる特別な演目です。歌舞伎役者とは名前だけではないと思っています」。受け継いできた歌舞伎の芸を後進に伝える厳しさものぞかせた。

「盛綱陣屋」の後に上演されるのは、「心中月夜星野屋」。落語「星野屋」を下敷きにした新作歌舞伎で、中村七之助演じるおたかと中村扇雀演じる星野屋照蔵が、勢いで心中を約束する。しかし、おたかには実際に死ぬつもりはなく、男女の駆け引きが笑いを誘う喜劇だ。初演の2018年以降、“必ず笑える演目”として観客に人気を博している。

◾️上方の歌舞伎役者として

5月公演夜の部の最終演目「當繋藝招西姿繪(つなぐわざおぎにしのすがたえ)』では監修を務める。さよなら公演の掉尾をどんな思いで飾るのか。「道頓堀への思い、上方歌舞伎への思い、歌舞伎の弥栄への願い、多くの方への感謝を込めて構成しています。お客様との距離を縮める、華やかな一幕にしたい。そして、大阪で生まれた文化を守り、また歌舞伎が打てる劇場を再建することは演者としての希望。何よりの願いです」。

会見の終盤、毎年『七月大歌舞伎』開幕前に行われてきた船乗りこみについて問われると、「楽しみにしてくれているお客様も大勢いましたから、無くなるのは残念です。11月下旬の京都南座『吉例顔見世興行』まねき上げと共に、今では関西の夏と冬の風物詩。非常に残念」。そして最後に、「歌舞伎をご覧になったことのない方にも観ていただきたい。「歌舞伎はつまらない」とは思われない公演にします」ときっぱりと言葉を結んだ。

道頓堀の劇場文化を支えてきた舞台に、最後の幕が下りる。その花道に、上方歌舞伎の矜持が刻まれる。

取材・文=田中奈都子 撮影=福家信哉

上映情報

大阪松竹座さよなら公演『御名残四月大歌舞伎』
 
日程:2026年4月3日(金)~26日(日) ※10日(金)・20日(月)は休演
会場:大阪松竹座
昼の部 午前11時~
 
 <イープラス貸切公演>
日程:2026年4月19日(日)昼の部
会場:大阪松竹座
の詳細・お申込みはこちらから
https://eplus.jp/shochikuza2604_kk/
 
一、
彦山権現誓助剱 毛谷村(けやむら)
 
毛谷村六助:中村獅童
微塵弾正実は京極内匠:中村隼人
弥三松:中村夏幹
杣斧右衛門:澤村精四郎
お幸:上村吉弥
お園:片岡孝太郎
 
二、
坂田藤十郎七回忌追善狂言
今井豊茂 脚本
夕霧名残の正月(ゆうぎりなごりのしょうがつ)
由縁の月
 
藤屋伊左衛門:中村虎之介
扇屋夕霧:中村壱太郎
太鼓持鶴七:中村亀鶴
扇屋女房おふさ:中村扇雀
扇屋三郎兵衛:中村鴈治郎
 
三、
「鳰の浮巣(におのうきす)」より
齋藤雅文 脚本・演出
松本幸四郎 演出
大當り伏見の富くじ(おおあたりふしみのとみくじ)
お稲荷様ご神託より霊験あらたか「抜け雀」まで
 
紙屑屋幸次郎:松本幸四郎
鳰照太夫:中村鴈治郎
黒住平馬:中村獅童
幸次郎妹お絹:中村壱太郎
喜助:大谷廣太郎
芳吉:中村虎之介
初音:上村吉太朗
信傳寺住職呑海:片岡松之助
島原の太夫千鳥:澤村宗之助
熊鷹のお爪:上村吉弥
伏見稲荷の神官:片岡進之介
信濃屋傳七:市川門之助
絵師雪舟斎:中村歌六
 
 公式サイト:https://www.kabuki-bito.jp/theaters/osaka/play/960

上映情報

大阪松竹座さよなら公演『御名残五月大歌舞伎』
 
日程:2026年5月2日(土)~26日(火) ※11日(月)・19日(火)は休演
会場:大阪松竹座
夜の部 午後4時30分~
 
<イープラス貸切公演>
日程:2026年5月22日(金)夜の部
会場:大阪松竹座
の詳細・お申込みはこちらから
https://eplus.jp/shochikuza2605_kk/
 
一、
近江源氏先陣館(おうみげんじせんじんやかた)
盛綱陣屋
佐々木盛綱:片岡仁左衛門
高綱妻篝火:片岡孝太郎
和田兵衛秀盛:片岡愛之助
盛綱妻早瀬:中村壱太郎
竹下孫八:中村隼人
高綱一子小四郎:中村種太郎
盛綱一子小三郎:中村秀乃介
古郡新左衛門:嵐橘三郎
伊吹藤太:中村歌昇
信楽太郎:中村勘九郎
北條時政:中村歌六
盛綱母微妙:中村魁春
 
二、
落語「星野屋」より
小佐田定雄 脚本
今井豊茂 演出
心中月夜星野屋(しんじゅうつきよのほしのや)
 
おたか:中村七之助
星野屋照蔵:中村扇雀
和泉屋藤助:中村虎之介
母お熊:中村鴈治郎
 
三、
片岡仁左衛門 監修
當繋藝招西姿繪(つなぐわざおぎにしのすがたえ)
幹部俳優出演
 

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