吉澤嘉代子 MCなし、80分間の演劇的音楽体験、プライベートな世界観を表現したアルバム『幽霊家族』の世界へ誘ったツアー東京公演を振り返る

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レポート
音楽

吉澤嘉代子

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吉澤嘉代子 幽霊家族 “Ghost Family Tour”
2026.5.9 NHKホール

それは、今はもうない家から始まる、家族との再会の物語。5月9日、『吉澤嘉代子 幽霊家族“Ghost Family Tour”』ファイナル公演が、東京・NHKホールで開催された。これまでで最もプライベートな世界観を表現したアルバム『幽霊家族』に閉じ込めた、記憶が現実に変わる時、それは今。

「昔々、川の流れる道の片隅にある古い家に、少女が住んでいました」

背後のスクリーンに映る、古いホームビデオの中で笑う少女の嘉代子、逆回転する時計の針。薄い紗幕の向こう側、巻き紙式オルゴールの音色と共に歌いだす「Into the dream」。ステージの片隅に置かれたちゃぶ台、ブラウン管テレビ、愛犬ウィンディ、少女、そして上がる幕。演劇的要素を盛り盛りに、冒頭から『幽霊家族』の世界へと観客を誘うナレーション。舞台設定は完璧だ。

主役はアンティークの白いワンピース。いつもの凄腕メンバーたちによるバンドをバックに、「あの家はもうない」から、白いエレクトリックギターを弾きながら歌う「おとうと」。ステージを降りて客席へ、観客と手を振りあいながら、にこやかに歌う「わたしの犬」。そしてピーマン色の緑のライトがきれいな「ピーマン」の、後半のにぎやかなサンバ・パートでは観客を巻き込み、楽しいコール&レスポンス。いしいしんじと共作した「ピーマン」から「ぶらんこ乗り」に繋げたのは、敬愛する作家へのリスペクトの表れだろう。ゴンドウトモヒコの吹くユーフォニアムの、ノスタルジックな音色が胸にしみ入る。

「夢とうつつを行き来して、夢の中で遊んでいると、少女には少女だけの、友達ができました」

印象的なナレーションを経て、再び『幽霊家族』の楽曲へ。イマジナリーフレンドをテーマにした「幽霊」は、自らを含めて3本のエレクトリックギターがうなりを上げる、アルバム中随一の派手なロックナンバー。少し大人になった、セーラー服の少女のモノローグをはさんで「うさぎのひかり」へ。《いつかのわたしに伝えてあげたい あなたの夢は叶うと》。素敵な歌詞が、ライブでより一層力強く届き、白くまばゆい光がステージを包み込む、ここがライブの前半のハイライトだ。

そして中盤、予想外の展開が待っていた。セミアコースティックギターをかき鳴らす、「みどりの月」から始まる5曲のうち4曲は、ミニアルバム『六花』からのセレクトだ。青春の光と影をテーマに、“影”の部分を描写した『六花』の世界観は、『幽霊家族』と、補完関係にあったのかもしれない。ピアノとトランペットが映えるバラード「すずらん」、七色のライトを背景に、舞うように歌う「オートバイ」、そして名曲「泣き虫ジュゴン」。ラウドなドラム、広がるシンセ、叫ぶような歌、これまで以上にラウドで激しいジュゴンの涙。続く「ゆとり」も迫力あるスローバラードで、子供の私と今の私が対話する歌詞が、『幽霊家族』と響き合う。というより、吉澤嘉代子の作る歌の世界は、たぶんすべてが繋がっている。

「そして、家はすっかり静かになりました。もうここには誰もいません」

ひとりぼっちのちゃぶ台、もの悲しいナレーション。「ほおづき」から始まる終盤セクションは、家族の物語の終幕と、少女の独り立ちの物語の始まりが重なり合い、ラストシーンへ突き進む。下りた紗幕の前でひとり歌う吉澤嘉代子。原曲の電子音が乱舞するパートを生楽器中心に展開するバンド、幕に映るぼんやりした景色と光のゆらめき。歌、音、映像があいまって、不穏で不安なムードを作り出す、イメージ喚起力が素晴らしい。

幕が上がる、「たそかれ」が始まる。TVアニメ『誰ソ彼ホテル』のために書かれた曲だが、記憶と時間というテーマは『幽霊家族』の他の曲と同じ。リズミックにはじける歌のあと、ピアノと歌だけで送る「時の子」は、祖母と祖父の若い日々をモチーフに、万感の思いを込めて歌う、『幽霊家族』のハイライトと言える永遠の愛のバラード。初めて聴かせた時に祖母が泣いた、というエピソードを本人から聞いたが、家族でなくとも感動は共有できる。だんだんとフィナーレが近づいてきた。

ゆったり流れるミドルバラード「刺繍」は、『幽霊家族』の曲ではないが、次の曲へと繋ぐ絶妙なアクセント。あたたかいエレクトリックピアノの響き、力強いリズム隊の支えが耳に残る「メモリー」は、『幽霊家族』の物語の最終章だ。《やっと見つけたの わたしのほんとうの名前を》。曲の終わり際、手を大きく広げ、高く伸ばし、誇らしげに歌う姿に、少女の面影はもうない。幽霊家族は記憶の中へ帰った。今は2026年5月9日、19時20分の東京・渋谷だ。

灯りが消え、幕が下り、逆回りだった時計の針が正しい方向へと動き出す。本編最後の1曲「Out of the dream」は、薄い紗幕の向こう側、巻き紙式オルゴールの音色と共に。オープニングと対をなすラストシーンを経て、大きく浮かび上がる“Ghost Family Tour”“Fin.”の文字。それはアルバムの曲順通りに、過去曲を織り交ぜた全19曲、MCなしで送る、80分間の演劇的音楽体験だ。

「私にとって、今までで一番大きな会場です。来てくださってありがとうございます」

本編の緊張感から解き放たれ、アンコールはなごやかに自然体で。頼れる5人、バンドマスターのゴンドウトモヒコ(Horns, Sequence)を筆頭に、伊澤一葉(Key)、伏見蛍(Gt)、伊賀航(Ba)、伊藤大地(Dr)という素晴らしいバンドと共に、「一角獣」を歌ったあとにもう1曲。オープニングとエンディングで巻き紙式オルゴールの演奏を披露したNovelty Box Orchestraを呼び出して、彼が弾くアコースティックギターと共に「抱きしめたいの」をのびのび歌う。ご存じ、Novelty Box Orchestraは吉澤嘉代子の実の弟で、今日は客席に家族や親戚もわんさか来ているらしい。観客もきっと、吉澤家を見守る近所の人々のような気持ちで、これまで以上に自伝要素の強い音楽を楽しんだはずだ。

アンコールで吉澤本人の口から情報解禁された『吉澤嘉代子“歌う星ツアー2026”』は、10月から11月にかけて、東京、大阪、名古屋で開催される。メンバーは弓木英梨乃(Gt)、関根史織(Ba)、YUNA(Dr)で、ガールズバンドらしい華やかでフレンドリーなライブにきっとなる。吉澤嘉代子は会うたびに「まだまだやりたいことがたくさんある」と必ず言う。ライブが終わったばかりなのに、次のライブと次の作品が今から待ち遠しい。

取材・文=宮本英夫 撮影=山川哲矢

 

ライブ情報

吉澤嘉代子 “歌う星ツアー2026”
10月25日(日) 東京 Zepp Shinjuku
11月16日(月) 大阪 BIGCAT
11月17日(火) 愛知 DIAMOND HALL

【バンドメンバー】
弓木英梨乃(Guitar)
関根史織(Bass)
YUNA(Drums)

他詳細は後日解禁

リリース情報

アルバム『幽霊家族』
2026年3月18日(水)発売
配信:https://jvcmusic.lnk.to/YureiKazoku

【完全生産限定盤】VIZL-2514 ¥13,200(税込)
【通常盤】VICL-66130 ¥3,520(税込)
【VICTOR ONLINE STORE限定セット】
・完全生産限定盤+CD+アクスタ ¥18,150(税込)
・通常盤+CD+アクスタ ¥8,470(税込)

<CD収録曲>
01. Into the dream
02. あの家はもうない
03. おとうと
04. わたしの犬
05. ピーマン
06. 幽霊
07.うさぎのひかり
08. ほおづき
09. たそかれ
10. 時の子
11. メモリー
12. Out of the dream
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