幸四郎と勘九郎で笑い、七之助に涙し、中村屋一家の踊り、玉三郎の地唄舞で夏の暑さを忘れる『八月納涼歌舞伎』歌舞伎座 第二部・第三部レポート

2026.8.12
レポート
舞台

第二部『らくだ』(左より)紙屑買久六=中村勘九郎、駱駝の馬太郎=片岡市蔵、手斧目半次=松本幸四郎

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2026年8月2日(日)に歌舞伎座で開幕した『八月納涼歌舞伎』。1日三部の入れ替え制による上演のうち、夏の暑さに真っ向勝負する第二部と、四季の情感があふれる舞踊で夏の暑さを忘れる第三部をレポートする。

■第二部(午後3時10分開演)

一、らくだ

「らくだ」とは、遊び人で乱暴者の馬太郎のあだ名だ。昨晩食べたフグが、良くなかったらしい。タイトルロールでありながら、幕が開くと同時にお亡くなりになっている、しかも死人(しびと)として板付きで登場する稀有な役だ。2025年11月に逝去した四世片岡亀蔵の当たり役のひとつでもあり、今月は、亀蔵を偲んでの上演。馬太郎を亀蔵の兄・片岡市蔵が勤める。

二部『らくだ』(左より)紙屑買久六=中村勘九郎、手斧目半次=松本幸四郎、駱駝の馬太郎=片岡市蔵

馬太郎(片岡市蔵)の貧乏長屋では、糊売り婆おぎん(中村梅花)が手をあわせていた。そこへ馬太郎の兄貴分、手斧目(ちょうなめ)の半次(松本幸四郎)がやってきて、お金はないが葬儀を出してやりたいと言い始める。その手法は荒っぽく、紙屑買久六(中村勘九郎)や家主佐兵衛(坂東彌十郎)、女房おいく(笹野高史)を巻き込んで……。

第二部『らくだ』(左より)手斧目半次=松本幸四郎、駱駝の馬太郎=片岡市蔵、家主佐兵衛=坂東彌十郎

“遊び人”ときくと、どこか軽くて薄い人を想像するが、幸四郎の半次は渋くて粋な江戸の遊び人だった。勘九郎の久六は、腰は低いけれど、時折したたかな態度が垣間見える。商売人らしい警戒心をよく働かせて、馬太郎がいかに困った人であったかを想像させた。半次と久六の掛け合いでは、幸四郎と勘九郎の自由な芝居と遊び心が弾み、肩ひじをはらず楽しめる。時代劇の某火付盗賊改方長官がオーバーラップする瞬間や、亀蔵にちなんだキーワードもあった。

二部『らくだ』(左より)紙屑買久六=中村勘九郎、家主女房おいく=笹野高史、駱駝の馬太郎=片岡市蔵、手斧目半次=松本幸四郎

梅花の糊売り婆がいれば、幕開きから舞台は、滑稽噺の長屋の空気になる。彌十郎の家主が大きな身体で翻弄されれば笑いに拍車がかかり、笹野は、個性強め、身体能力高めに女房を演じ、すっかり歌舞伎座の舞台に馴染んでいた。酒屋の丁稚の中村長三郎は、よく通る声と、誰にも邪魔をさせない“間”で、喜劇のセンスを光らせる。そして馬太郎は、亀蔵が何度も演じた役だった。ゾンビ映画から得た知見を生かし、動きや顔の色にもこだわっていたと聞く。エキセントリックな馬太郎は、市蔵を通していっそう「歌舞伎の馬太郎」に向かっていくようだった。見せ場となる「死人のカンカンノウ」は、落語なら最後は観客の想像力にゆだねられる。歌舞伎では、生身の俳優がやってしまう。とても不謹慎に見えて、でも歌舞伎の様式を盾に不謹慎さの責任を上手くすり抜けて、でも「やっぱり不謹慎だな!」と笑った。このくらい不謹慎でなければ笑い飛ばせない寂しさにも、あらためて気が付かされた。なんやかんや全員上手いのがいちいち可笑しく、自然と客席には手拍子が響き、賑やかな幕切れだった。

二、鬼神のお松(きじんのおまつ)

中村七之助が「鬼神のお松」と呼ばれた女盗賊を勤める。ダークヒロインとしての凄みと、ひとりの女性のいくつもの心情が、何重にも迫ってくるドラマだった。

第二部『鬼神のお松』鬼神のお松=中村七之助

一幕目、旅の途中の夏目四郎太郎(中村歌昇)は、手籠めにされそうになっている美しい娘を助け、目的地まで送り届けることにする。だが、その娘こそ「侍を狙い、刀を奪う盗賊」と噂の、鬼神のお松だった。歌昇の四郎太郎は凛々しくて、優しい。こういう魅力的な人物が理不尽な目にあうと、主人公の活躍を楽しもうにも、複雑な気持ちになることがある。七之助のお松は、親切な四郎太郎から容赦なく命と刀を奪い取った。しかし彼女の目には、迷いのない信念があった。殺しの場にぞっとしながら、お松に惹きつけられた。四郎太郎のお供の下部柴平(中村虎之介)は、主人を殺した犯人の手がかりとなる簪を拾う。

第二部『鬼神のお松』(左より)鬼神のお松=中村七之助、夏目四郎次郎=尾上右近

二幕目になると、お松はまるで別の顔をみせる。芸者時代に深い仲になった、夏目四郎次郎(尾上右近)との子をもうけ、浄瑠璃のお師匠さんとして暮している。四郎次郎は、宝刀の行方を追っているが、今は目が見えていない。そこでお松は、四郎次郎と乳飲み子の世話をしながら、浄瑠璃で生計を立て、一方では、大勢の子分を従える女盗賊となり宝刀を探しているのだ。そこへきて、四郎次郎の許嫁・藤浪(中村米吉)が現れて、さらに自らの罪とも対峙することに……。

背負うものが多すぎる。そんなお松にも、仲間がいると分かった時は場内に広がる高揚感で、歌舞伎座全体が揺れるようだった。気の良い奉公人と思われた小助(中村歌之助)も実は盗賊木鼠。とある合図で、子分たちが思いがけない方向から集まってくるのだ。「頭」とよばれ、絢爛な盗賊の姿を見せた時は、これでもう万事解決! とさえ思えた。赤ん坊には「おっかさん」の顔になり、四郎次郎には女房らしい情と、芸者だった頃の洒落っ気をのぞかせた。歌舞伎の本興行では62年ぶりの上演になるという本作。こんなに面白いのに、なぜ上演されなかったのか不思議だ。しかし演じるとなれば、娘にも、芸者上がりの女房にも、賊の頭にもなれ、圧倒的に華のある六方を踏むことができ(しかも子連れ)、台詞とは裏腹の感情で大劇場を引っ張っていく力量が求められる。大変な役なのかもしれない。そんなことを、今この瞬間まで感じさせない、初役とは思えない、七之助の当たり役となっていた。

第二部『鬼神のお松』(右より)主水妹藤浪=中村米吉、下部柴平=中村虎之介、鬼神のお松=中村七之助、夏目四郎次郎=尾上右近

右近の四郎次郎は、哀れな身の上ながら、姿にも声にも、芝居を陰鬱にしない美しさがある。まぶたの裏には、芸者のお松がいたのだろう。賊の姿となったお松との会話は、初めは可笑しく、次第に涙を誘うものだった。米吉の藤浪は、ともすれば横恋慕にも見える立ち位置。それでも嫌われない誠実さが、結末の印象をより深いものにしていた。虎之介の下部柴平は、声、身体つきが頼もしい。存在感を自在に出し入れし、ストーリーを力強く繋ぐ(なお、虎之介は今月で23ヶ月連続で歌舞伎に出演!)。大詰には、中村福之助が悪党の篠原一学、中村扇雀が捌き役の牧村主水を格調高く勤め、古風な女盗賊の物語に厚みをつくる。

第二部『鬼神のお松』(中央左より)鬼神のお松=中村七之助、篠原一学=中村福之助(後方)主水妹藤浪=中村米吉

幕切れの花道。鬼神のお松の最後のせりふは、盗賊の姿なのに母親心を抑えられない、自分自身に吐き捨てているようだった。同時に、我が子へのあらん限りの愛情からこぼれた叫びにも聞こえた。

■第三部(午後7時開演)

一、舞鶴雪月花(ぶかくせつげっか)

十七世中村勘三郎ゆかりの舞踊作品だ。「上の巻」で春、「中の巻」で秋、「下の巻」で冬を描く。2024年12月に上演された時は、勘九郎が「さくら」「松虫」「雪達磨」の三役を踊った。このたびは、「さくら」を中村七之助、「松虫」を中村勘太郎と中村長三郎、そして「雪達磨」を勘九郎が踊る。

第三部『舞鶴雪月花』より桜の精=中村七之助

第三部『舞鶴雪月花』より(左から)松虫=中村勘太郎、中村長三郎

「さくら」は、格調高く響く鼓の音に続き、満開のしだれ桜の陰から、七之助の桜の精が姿を現す。ちょっと顔をみせただけでも、視界がふわっと明るくなるようだった。桜の名所が詞に織り込まれた唄とともに、艶やかに踊る。つづく「松虫」は、長三郎の松虫から。まだ幼い松虫が、秋の夜の寂しさを描き出す。続いて勘太郎の松虫も登場。指先までピンとハリがあり、それでいて動けば長三郎は柔らかに、勘太郎は精悍に息をあわせる。

第三部『舞鶴雪月花』より雪だるま=中村勘九郎中村七之助

これから観劇される方は、公演チラシの勘九郎をまず確認してほしい。白塗りに、白の着付に黄色い縄の鉢巻き。そこに真っ黒のクレヨンで力いっぱい線を引いたような眉と目。「色の白いは七難隠す」というが、これだけ白くても全然隠しきれない滑稽さがある。しかし恋を語り、洒脱に踊れば、男前に見えてくる。お囃子と一体になり、粋にくだけ、きりっときめたかと思えば、雪達磨の宿命。熱くなると、溶けていく。朝日がのぼり、想像以上に溶け切ったところで、少しの寂しさと冷たさを残して幕となった。春のうららかさ、秋の夜の静けさ、冬の朝焼けの心地よさ。ファンタジックな題材を通し、一家で舞踊の楽しさを届けていた。

二、雪(ゆき) ・ 三、残月(ざんげつ)

坂東玉三郎が一人で舞台にたつ舞踊作品が、二曲続けて上演される。どちらも峰崎勾当(こうとう)の作曲によるもの。『雪』では、玉三郎が俗世を捨てながら、俗世への思いを断ち切れない女性を。『残月』では、この世を去ってしまった女性を偲んで踊る。

『雪』

第三部『雪』坂東玉三郎

幕が開くと、舞台中央に玉三郎。傘を手に立っている。奥には屏風、左右に燭台。歌舞伎座の舞台と客席が、ひとつのお座敷のように繋がった。すぐ目の前で踊る芸者を観るような感覚ではじまった。ふと花道の奥の方へ、目線をやる。その時、かつて芸者だった“彼女”が、誰かを待ち、寂しく過ごした夜の記憶に引き込まれた。ひとりを見ているはずなのに、いくつもの面影が重なって見えた。舞台に立つ玉三郎がいて、座敷で舞う芸者がいて、その芸者を通して『雪』の“彼女”の記憶に立ち会った。胡弓の音色が侘しさを、情感豊かに響かせた。

『残月』

第三部『残月』坂東玉三郎

勾当が愛弟子の死の一周忌につくった曲だと言われている。舞台は、『雪』以上に削ぎ落されたものだった。何もなくなったのではなく、無限の広さを手に入れたようだった。先ほどとは別の白の着付で、帯の金糸が、月明かりのような淡い光を滲ませる。終盤は、静かに昇った朧月を客席から見上げた。感覚がさらに遠くまで拓かれていくようだった。玉三郎を通し、会ったこともない誰かの面影を偲び見送った。

歌舞伎座の『八月納涼歌舞伎』は、8月26日(水)までの上演。なお、2階ロビーや筋書(公式プログラム)には、当月ならではの趣向がこらされている。舞台だけでなく、幕間や観劇の前後まで楽しんでほしい。

取材・文=塚田史香

公演情報

『八月納涼歌舞伎』
 
■日程
2026年8月2日(日)~26日(水)
休演日:8月10日(月)、18日(火)
 
■会場 歌舞伎座
 
■演目
第一部 午前11時開演

三遊亭円朝 原作・大西信行 脚本
通し狂言

怪談 牡丹燈籠(かいだん ぼたんどうろう)
 
伴蔵:坂東巳之助
お峰:尾上右近
お国:坂東新悟
宮野辺源次郎:中村橋之助
萩原新三郎:市川染五郎
お露:尾上辰之助
乳母お米:尾上緑
仲働お六:尾上菊三呂
医師山本志丈:澤村精四郎
女中お竹/酌婦お梅:中村玉太郎
酌婦お絹:澤村宗之助
飯島平左衛門:河原崎権十郎
三遊亭円朝/馬子久蔵:松本幸四郎
 
第二部 午後3時10分開演

四世片岡亀蔵を偲んで
岡鬼太郎 作
眠駱駝物語

一、らくだ
 
紙屑買久六:中村勘九郎
手斧目半次:松本幸四郎
家主女房おいく:笹野高史
糊売り婆おぎん:中村梅花
駱駝の馬太郎:片岡市蔵
家主佐兵衛:坂東彌十郎
 
百千鳥沖津白浪
二、鬼神のお松(きじんのおまつ)
 
鬼神のお松:中村七之助
夏目四郎次郎:尾上右近
主水妹藤浪:中村米吉
下部柴平:中村虎之介
茶屋女お福:中村歌女之丞
盗賊小助実は木鼠:中村歌之助
篠原一学:中村福之助
夏目四郎太郎:中村歌昇
牧村主水:中村扇雀
 
 
第三部 午後7時開演
 
萩原雪夫 作
一、舞鶴雪月花(ぶかくせつげっか)

上の巻 さくら
桜の精:中村七之助
 
中の巻 松虫
松虫:中村勘太郎
松虫:中村長三郎
 
下の巻 雪達磨
雪達磨:中村勘九郎
 
二、雪(ゆき)

坂東玉三郎
 
三、残月(ざんげつ)

坂東玉三郎
 
 
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