「『不撓』とは何があっても屈しないということ!」永田裕志が先輩・天山広吉の引退、そして自身の大会への思いを語る! 9・6『永田裕志 Produce Blue Justice XIX ~青義不撓~』開催

2026.9.1
インタビュー
スポーツ

58歳になる永田裕志が、天山広吉が引退から9月8日(火)に地元・東金で開催される自身プロデュース大会への思いまでを語る

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永田裕志 Produce Blue Justice XIX ~青義不撓~』が9月6日(日)、千葉・東金アリーナ(千葉県)で開催される。

『永田裕志 Produce Blue Justice XIX ~青義不撓~』が9月6日(日)、千葉・東金アリーナ(千葉県)で開催される

6月の君津大会を成功させた後、デビュー戦の相手であった天山広吉が引退。その翌日、天山の元付き人だった大岩陵平が『G1 CLIMAX』初優勝を果たした。2つの出来事を見届けた永田に、2002年の大量離脱時に天山と道場で交わした握手の記憶、新世代が見せたプロレスの可能性、58歳の現在地、故郷・東金で自主興行を続ける思いを聞いた。

「天山さんの強い意志を握手から感じました」

――6月に初開催した君津大会を終え、どんな手応えが残りましたか。

永田 初めての土地でしたが、君津市議でもある大和ヒロシ選手に助けてもらって、1000人を超えるお客様に入っていただきました。ウルフ・アロンがパートナーになり、ジョシュ・バーネットも駆けつけてくれ、本当にありがたかったです。

――8月15日には、長く同じ時代を歩んだ天山広吉選手の引退もありました。最後の試合はどう映りましたか?

永田 天山さんは僕らが入門した時から、本当にお手本になる先輩でした。相手の技を正面からしっかり受け止め、その上で戦い返す。それを体現していたのが天山さんです。長年それを続けて、体はボロボロになっていた。最後の9分22秒は、すごく重かったですね。見ていて、時間の数字以上に重く感じました。これまでも多くの先輩の引退を見てきましたけど、本当によく知る人の引退は、やはり感じ方が違いました。

――1992年9月14日、永田選手デビュー戦の相手も、当時の山本広吉選手でした。

永田 デビュー戦だから力が入りまくって、早々に息が上がってしまって。天山さんに食らったチョップや頭突きが重かったことは覚えています。フロントスープレックスが決まって、ちょっとその気になったり(笑)。ただ、緊張していたので試合そのものはあまり覚えていないんですよ。

――天山選手の引退当日、2002年の大量離脱時に道場で偶然会い、「一緒に新日本プロレスを支えていこう」と固い握手を交わしたことをSNSに記していました。当時の光景は憶えていますか。

永田 天山さんが道場にいるのが珍しかったんです。僕も外から戻って道場へ行った偶然ら天山さんがいて、2人きりになりました。小島(聡)さんをはじめ仲間が離脱するという情報が入り、天山さんはつらそうな顔で「なんで小島が辞めてしまうんだ」と話してました。僕も辞めるつもりはなかったので、「一緒に支えていこう」と固く握手しました。

――軍団としては敵同士でも、新日本を思う気持ちは同じだったと。

永田 そうですね。新日本を愛する気持ちはお互いに重く、強かった。その後は敵として戦いましたけど、天山さんは頼もしかったです。握手をした時、「力が強いな」と感じました。その強い握手から、天山さんの意志も感じて、強い握手というのはずっと記憶に残るものなんですね。

――引退試合の相手はいま名前も上がった小島選手でした。

永田 天山さんの最後を戦う相手が小島さんだったのはやっぱりよかったです。天山さんと小島さんの間には、我々が割って入れない強い絆がありますから。僕も自分の試合があって、準備をしている天山さんに「最後、しっかり思いっきり戦ってください」みたいなことを言いました。その時には、もう戦う目をされていましたね。

天山を「本当にお手本になる先輩」と語る永田裕志

永田裕志初の三冠戴冠となった宮原健斗戦

宮原健斗と睨み合う永田裕志

――天山選手が引退した翌日、かつて天山選手の付き人を務めた大岩陵平選手がG1初優勝を果たしました。

永田 つながっていますよね。大岩は天山さんの昔の技も使ってましたし、天山さんも嬉しかったんじゃないですか。G1を3度制した天山さんの引退翌日に、付き人だった大岩が優勝する。偶然としか言いようがないですけど、すごくドラマチックですよね。

――大岩選手と上村優也選手の決勝は、ヘッドロックを軸にしたベーシックな攻防で観客を沸かせました。

永田 ベーシックでクラシックというか、アメリカンプロレスに通じる試合の組み立てを、日本で活かしていました。2010年代は、相手の必殺技をかわして自分の必殺技で仕留めるスタイルが多かった。その中で、彼らのスタイルが今後のスタンダードになるかもしれないと感じました。

大岩は腕が太くてそんなに長くないから、ヘッドロックがガッチリ入るんです。太く短い腕だからこそ、技に説得力が出る。自分の体型的な特徴をうまく技に使ってますよね。今の世代は、それぞれのキャラクターやスタイルがしっかりできてきたと感じます。

「前の日に負けても、次の日はもっと元気なファイトを」

――今回の大会名は「青義不撓(せいぎふとう)」です。どんな思いを込めたのですか。

永田 大会名は毎回自分で考えていて、「不撓」は何があっても屈しないということです。プロレスラーは勝つ時もあれば負ける時もある。でも、翌日にはまた試合がある。前の日の負けを引きずって試合をしたら、その日楽しみに来てくれたお客さんに失礼です。昨日負けたからといじけるのではなく、次の日はケロッとして前日より素晴らしい、元気なファイトをしなければいけない。プロレスラーとして、そういう使命感はなければダメですよね。

――現在の永田選手にとっても、「不撓」は大切な言葉になっているのではないですか。

永田 それもあります。年齢を重ねた中で、通常の58歳ではない強さをどこまで見せられるか。それが日々のテーマですね。一般の方には、我々よりつらいことがたくさんあると思います。それでも元気に、前向きに生活している方がいる。ちょっと寂しい、元気が欲しいという時は、ぜひプロレスを見に来てほしい。元気を与えられるところが、プロレスのすごくいいところです。

――メインでは真壁刀義選手、矢野通選手と組み、Yuto-Ice選手、OSKAR選手、永井大貴選手と対戦します。

永田 今の世代で僕が一番惹かれるのがYuto-IceとOSKARのKnock Out Brothersです。いろいろな大一番で見ていると、彼らは心に刺さる試合をしている。昔、猪木さんが言っていた怒りや闘い、喧嘩というのを、今風のやり方で実践していると思います。だから彼らと触れてみたい。真壁、矢野とKnock Out Brothersの前哨戦という部分はありますけど、僕もところどころで存在感を出していきます。

新日本のリングで闘う機会は多くありません。だからこそ、このチャンスを逃さず存在感を見せたい。他団体にはそれぞれの世界観がありますが、ホームの新日本はリング上の緊張感や、相手と向き合った時のビリビリした感覚が一味違う。「これが新日本だよな」と思うし、自分は新日本プロレスの人間なんだと感じます。

「負けても次の日はケロッとして闘う」と永田

「全国からお客さんが東金に来てくれる」

――2007年に始めた東金での自主興行は19年目。地元との関係も変わりましたか。

永田 興行を始めたことで、地元の人たちとつながりができました。両親が教員時代に教えた方々や、地元の仲間にも力を借りながら、20年近くやって人脈を作ることができたので、東金での開催は慣れてきました。君津は初めてだったので、一からいろいろな場所を回りましたから。でも最初はそれが当たり前で、何かを手がかりに新しい土地で関係を作っていくしかないと思います。

東金大会は定着したイベントになり、今は地元だけでなく全国からお客さんが来てくれます。今年8月には東金PR大使にも任命していただきました。東金がプロレスファンの頭にインプットされてきた結果かもしれません。これまで以上に東金をPRしていきたいです。

棚橋弘至に必殺の関節技ナガタロックIIを極めている永田裕志

昨年の東金大会で行われた永田裕志 vs 棚橋弘至の最後の一騎打ち。中央は長男の裕生さんで東金大会などで登場する

――最後に、東金大会へ来場する方たちへメッセージをお願いします。

永田 まずは8月の線状降水帯による大雨で被害に遭われた方々に心よりお見舞い申し上げます。夏休み中の出来事で、子どもたちも十分楽しめなかったかもしれません。夏休みが明け、9月最初の日曜日となりますが、東金大会でプロレスを観て楽しんで、嬉しい気持ち、元気をもらって帰ってほしいです。ぜひご来場ください。

「元気をもらって帰ってほしい」と語る

イベント情報

『永田裕志 Produce Blue Justice XIX ~青義不撓~』

日時:9月6日(日)16:00開始
会場:東金アリーナ(千葉県)

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