【残り2週間!!】「坂本龍一が複合現実(MR)の世界によみがえる」坂本が生前最後に企画していたプロジェクト『KAGAMI+』の日本公演をレポート
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KAGAMI+
『KAGAMI+』グラングリーン大阪うめきた公園ノースパーク「VS.」
坂本龍一が生前最後に企画していたプロジェクト『KAGAMI+』の日本公演が開幕して、およそ1か月が過ぎた。SNSなどですでに多くの体験談や批評を読むことができるが、控えめに言って好評、率直に言って絶賛の言葉が溢れている。「坂本龍一が複合現実(MR)の世界によみがえる」というキャッチコピーの意味は、実際にどういうものなのか。真実を体験すべく、臨んだプレス向け内覧会を振り返る。
JR大阪駅、阪急梅田駅からほど近いグラングリーン大阪うめきた公園ノースパークに位置する「VS.」(ヴイエス)は、建築家・安藤忠雄の設計監修による文化施設で、建物の地下に1400㎡の展示空間と独自のサウンドシステムを擁する。1Fカフェに隣接する階段から地下へ進むと、地上からは想像もつかない広大な空間が目の前に広がる。コンクリート打ちっぱなしのモダンでクールな内装、壁には巨大な坂本龍一のポートレート。建物全体が別次元への入り口のような、『KAGAMI+』の世界はすでにここから始まっている。
「Ryuichi Sakamoto & Tin Drum | KAGAMI+」VS.、2026年《KAGAMI: BLUE – ESSENCE》 (C)2026 Tin Drum / KAB Inc. / commmons / VS. / WOWOW 撮影:浅野豪
「Ryuichi Sakamoto & Tin Drum | KAGAMI+」VS.、2026年《KAGAMI: BLUE – ESSENCE》 (C)2026 Tin Drum / KAB Inc. / commmons / VS. / WOWOW 撮影:浅野豪
『KAGAMI+』には二つの鑑賞方法がある。約60分のMR体験『KAGAMI:RED』と、約30分の『KAGAMI:BLUE』で、それぞれ「RED TICKET」(15000円(税込み) /限定特典EP付き)、「BLUE TICKET」(一般4500円(税込)学割2500円(税込))を購入すれば、どちらも別部屋に設置した映像などの展示鑑賞が可能だ。今回体験した「RED」は15メートルの天井高を持つSTUDIO Aで上演され、参加者は特殊な透過型ヘッドセットを着用して、ぐるりと円型に配置された椅子に腰かけて開演を待つ。目の前には何もない。ただ白い空間が広がるだけだ。
その空間の真ん中に突然グランドピアノが現れ、それを弾く坂本龍一の鮮明な姿が現れた瞬間の驚きを何と表現したらいいだろう。晩年の、あの特徴的な眼鏡をかけた端正な顔立ちと凛としたたたずまい。黒いスーツの裾の揺らぎまではっきり見える。おそるおそる、という感じで近づいてみる。鍵盤を押さえる小指が少し跳ね上がっている。横顔も、斜め後ろからも、下から覗き込んでも、様々な角度から自由に近づける。他の観客の姿は、透明人間のように透過して見える。ぶつからないように気を付けながら、ゆっくりとピアノの周りを回る。映画ともコンサートとも違う、まったく新しい体験だ。
「Ryuichi Sakamoto & Tin Drum | KAGAMI+」VS. 、2026年 《KAGAMI: RED – COMPLETE》 (C)2026 Tin Drum / KAB Inc. / commmons / VS. / WOWOW 撮影:浅野豪
「Ryuichi Sakamoto & Tin Drum | KAGAMI+」VS. 、2026年 《KAGAMI: RED – COMPLETE》 (C)2026 Tin Drum / KAB Inc. / commmons / VS. / WOWOW 撮影:浅野豪
目の前に現れるのは、ピアノと坂本龍一だけではない。足元に雲が湧き、雨が降り注ぎ、床に波紋が広がる。ホタルのような光が宙を舞う。絵画や彫刻など様々なアート作品が現れては消える。天井近くに設置されたサウンドシステムから、360度に均等に美しい音が降り注ぐ。時折、坂本龍一自身の声で楽曲解説が語られる。穏やかで親密な口調に、今彼がここにいることを実感する。
ここであまり書きすぎて、これから参加する人への興味を削いでしまっては本末転倒だから、あとは黙って観よう。ただ一つ伝えたいことは、MR体験のクライマックスを経て「あなたは宇宙を体感する」ということだ。そしてそれは、坂本龍一が生涯の最後に追い求めた、平和と共生のメッセージにぴたりと重なる。自分はそう受け取った。もう一度、ピアノを弾き続ける坂本龍一の近くへ行く。前を向く目線は鍵盤をすり抜けて、宇宙のどこかを見つめている。やがて映画館やプラネタリムのように、夢から覚めた感覚と共に灯りが戻って来る。部屋の真ん中には何もない。月並みな言い方だが、60分が本当にあっという間だ。
一つ付け加えると、「RED」が完全版で「BLUE」が短縮版だと思っている方がいれば、すぐに修正したい。「BLUE」には「RED」には含まれない楽曲がある。そして「V Space」と呼ばれる、開放感ある場所で上演される「BLUE」には独自の魅力がある。さらに、どちらの
「Ryuichi Sakamoto & Tin Drum | KAGAMI+」VS.、2026年 Ryuichi Sakamoto: Playing the Piano 2026 – D (C)2026 Tin Drum / KAB Inc. / commmons / VS. / WOWOW 撮影:浅野豪
「Ryuichi Sakamoto & Tin Drum | KAGAMI+」VS.、2026年 Ryuichi Sakamoto: Musics - open reel listening room (C)2026 Tin Drum / KAB Inc. / commmons / VS. / WOWOW 撮影:浅野豪
そして、坂本龍一が残した演奏データを、彼の愛したグランドピアノの音を通して再生するプログラム『Ryuichi Sakamoto:Playing the Piano 2026-D』。昨年この会場で開催された『sakamotocommon OSAKA 1970/2025/大阪/坂本龍一』での好評を受け、新たに7曲をピックアップ。奥まった暗がりに置かれたグランドピアノの前で、参加者は室内のベンチに腰掛けてゆったりと時間を過ごすことができる。部屋の反対側には『Ryuichi Sakamoto:Musics-open reel listening room』があり、代表作『音楽図鑑』を始め6枚のアルバムの非圧縮のマスターファイルを元にした、実際に坂本龍一がスタジオで聴いていただろう音質を体感できる。MR体験で高揚した気持ちをチルアウトするには最適の空間かもしれない。
内覧会の最後に、『KAGAMI+』を坂本龍一と共に制作した映像制作チーム「TIN DRUM」代表のTodd Eckert氏が代表質問に答えてくれた。プロジェクトの発端や制作の過程などのエピソードは既報の通りだが、『KAGAMI+』の鑑賞に役立ついくつかの新たな情報について追記しておこう。
Todd Eckert Photo by Rachel Louise Brown
「龍一は、ビジュアル面に関しては僕の世界ではないのでお任せしたい、と言いました。その代わり、選曲についてはよく話し合いました。こうしたショーの場合、グレイテストヒッツ的な選曲になりがちだと思いますし、実際に坂本龍一の最もよく知られている曲も含まれています。ただ私は、あまり知られてない曲にフォーカスを当てたいと思っていましたので、「The Seed And The Sower」を入れたいと言ったんですが、彼は笑って「いいよ」と言ってくれました。ただ後になって、実はライブでパフォーマンスしたことのない曲だったということを知りました。「BB」も、私のリクエストに応えてもらって選曲した曲です。この曲をライブで聴いたことがあるのは、彼がこの曲を演奏した、BB(ベルナルド・ベルトルッチ)の葬儀に参加したBBの家族と親戚だけだったはずです。選曲に関しては本当にいろんなエピソードがありますが、基本的には私と龍一のコラボレーションになっています」
「大阪が、このショーにふさわしい開催地だという理由はいくつかあります。例えば映画であれば、どんな空間でもスクリーンがあれば上映できますが、Mixed Reality(複合現実)に関しては、観客も空間の中に含まれますし、上映されるものに関しても全てがミックスされるので、どんな空間であるかによって大きく変わります。その中で、最も美しい空間だと感じることができたのがこの会場でした。しかも、この会場は私が最も好きな建築家である安藤忠雄さんの作品で、それ自体が作品の一部になっていると思います。それともう一つ、日本でこのショーを行うためには、1、2か月では足りないという思いがありましたので、約4か月の上演が可能な場所として、ここが最適だったという理由もあります。そういう意味で、スタッフの協力体制も含めて、大阪が完璧だと私は思っています」
Ryuichi Sakamoto&Tin Drum『KAGAMI+』の上演は、10月12日まで。「彼の演奏を見たことのない様々な場所や時代の人にも届く作品を」ということが、坂本龍一とTodd Eckertの共通の認識だったという。その思いを乗せた坂本龍一のレガシーとして、MR体験の最先端として、『KAGAMI+』が今日本で上演されていることは素晴らしい機会だ。まだ間に合う、是非見てほしい。聴いてほしい。感じてほしい。
取材・文=宮本英夫