関取花、独立を経てたどり着いた新境地――「自分のため」から「誰かのため」へ、最新作『気づいたら始まっていた』に込めた思い
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撮影=大橋祐希
関取花が、ミニアルバム『気づいたら始まっていた』を10月7日にリリースした。CMソングのオファーやPodcastでリスナーから寄せられたメッセージ、自身がラジオで何気なく発した言葉など、思いがけないきっかけから生まれた7曲を収めた本作には、ありのままの自分を受け入れながら生きる、現在の彼女の姿が映し出されている。昨年独立し、新たな環境へと踏み出した彼女は今、どんな音楽を鳴らそうとしているのか。『気づいたら始まっていた』の制作背景、30代を迎えて以降の心境の変化、そしてツアーへの思いまで、じっくりと話を訊いた。
「誰かに花束をあげたい」肩の力を抜いて見つけた新しい音楽のかたち
――今、独立2年目ですよね。最近はいかがお過ごしですか?
去年は、独立して初めてのツアー(『ひとりぼっちもわるくない』)で14箇所まわって、本(『うたってなんだっけ』)の出版もあって。今年に入ってからラジオDJのレギュラー(FM YOKOHAMA『Kiss & Ride』)が始まって……思った以上に忙しくさせていただいています。本の出版やラジオDJは狙ってできるものではなく、いただいたお仕事なので、本当にありがたいですね。今年の夏も「何してたんだろう?」って、もう記憶がないくらい(笑)。ずっとライブしてたし、ちょうどアルバムの入稿時期でもあったので、制作周りもいろいろやってて。休みがあまりなかった分、暇さえあれば海を見に行ってました。週に2回、ラジオの生放送に合わせて横浜のみなとみらいに行くので、その時ちょっとだけ海を見に行く、みたいな。今回のジャケットも葉山の海で撮ったんですよ。なんだか海に呼ばれてましたね。開放的な気持ちになるんでしょうね、多分。
――確かにこのポーズからも開放感が伝わってきます(笑)。独立したことで、いわゆるアーティストらしい仕事だけではなく、バックオフィス業務も増えたんじゃないですか?
そうですね。メールを返したり、資料を作ったり、スプレッドシートというものを初めて触ってみたり。やってみたらすごく楽しくて。苦だと思ったことは、今のところ一度もないですね。
――そうなんですか。
強いて言うなら、ギャラ交渉が難しいです。元々あんまり頓着がない方というか、「何事も経験だから、機会をいただけること自体がすごく豊かなことだしな」と思うので、何を基準に設定したらいいのか分からなくて。そこらへんは以前のマネージャーさん、もしくはインディーズの時のマネージャーさんに忌憚なく聞いて。本当に周りの方に恵まれているので、困ったらきちんと誰かに頼りながら、学び多い日々を過ごさせていただいてますね。
――そしてこのたび、ミニアルバム『気づいたら始まっていた』が完成しました。どの曲もシンプルで、聴いた瞬間にスッと入ってきて、だけど芯を食っていて。もはや童謡や唱歌の域ですよね。「それいけ!ランドセル」とか、一度聴いたら、このメロディとこのリズムで口ずさみたくなっちゃいますよ。
私、CMの歌を書き下ろさせていただく時は、その商品を手に取りたくなったり、お店に行きたくなったりするような曲を作ると決めていて。無駄に自分の我を入れないというか。「子どもが歌えてナンボでしょう!」みたいな気持ちで、〈ランドセル〉って言葉は絶対にサビに入れるぞって自分で勝手に決めました。
――親しみやすくて安心して受け取れる作品だけど、この境地に至るまでの蓄積が関取さんの中にはあるわけで。だけど作り手の苦労みたいなものが全く透けて見えない。自己犠牲ではなく、自分を生ききった先での利他という感じがする。「関取花はここまで来たか」と思うような素晴らしい、そしてある意味では恐ろしいアルバムでした。
嬉しいです! 最高の褒め言葉をいただきました。自画自賛する意味ではないんですが、おっしゃる通り、「ああ、もうここまで来たか」と私も思いました。言葉もアレンジも、ここまで削ぐことを恐れずにいられるようになったのか、と。「爪痕を残そう」みたいな意識を捨てて、純粋に自分から出てきたものだけで組み立てられるのであれば、そこに無駄に足し算とかする必要はないのかなと思えたんですよね。前作の『わるくない』はあの時の自分に合った作品で、あれはあれで、いい作品ができたなと思っています。だけどリリースしてツアーをまわったあとに、ふと「次はもうちょっと気楽な作品が作りたい」という気持ちになったんですよね。
――歌詞も、自分を奮い立たせたり慰めたりする言葉よりも、誰かに向けた言葉が増えていますね。私も関取さんと同世代なんですが、30代に入ってから周りの友人たちが“自分のため”より“人のため”に動くようになったなと感じていて。関取さんにとって、そういう変化はいつ頃訪れたんでしょうか?
やっぱり30歳を越えたくらいですかね。ちょうどその時期がコロナ禍で、我々ミュージシャンは――特に自分はライブがメインの人間だから、事務所に所属させていただけることのありがたさを実感しながら、いろんなことを考えたんですよ。そこで「私、自分のことで必死過ぎない?」「社会のことを何も知らないのでは?」「このままでいいのか?」という恐怖みたいなものを感じて。それもあって、独立しているんですけど。
――その感覚が、今回の歌詞の変化にもつながっているんでしょうか?
そうですね。私が音楽を始めた理由は、自分を好きになるためだったんですよ。人に合わせちゃって本音を言えないのが昔から嫌で。だけど歌なら、正直なことを言える。そんな感じで、自分のために歌い続けてきました。だけど、前作を出したことで「もう大丈夫だ」と思えて。同時に「これは困ったぞ」とも思っちゃったんですよね。ミュージシャンとしては一旦、自分の心をどうにかしてあげるフェーズは終わったなと。最初に掲げていた目標を達成してしまったけど、じゃあ次は何をすればいいの?っていう。
――ああ、なるほど。
前作を出したあとに、いきものがかりの水野(良樹)さんと対談をする機会があって。その時に「これから関取花はどうなっていくと思う? どんな作品を出していきたくなると思う?」と聞かれたんです。その時の私は本当に何も考えてなかったんですよ。「これからツアーまわるけど、
誰かの幸せを願う気持ちと、人との対話から生まれた歌
――収録曲の中で、最初に着手したのはどの曲でしたか?
去年の10月に配信リリースした「わたしのねがい」ですね。曲自体は前からあったんですけど、元々は仲のいい友達に向けて書いたものだったので、個人の域を出ないような感覚があって。どうアレンジしたらいいのか分からず、ずっとストックの中にあったんです。だけど水野さんとの対談を経て、「ああ、次はこの曲の出番なんだろうな」と。〈私は願う 私は願う/太陽よ あの子を照らしておくれ〉という歌詞を歌う時、今までの私だったら、自分を愛してくれた人、どこかで出会ってくれた人、過去の自分自身に向けていたかもしれないけど、今だったらもっといろんな人の幸せを本気で願えるかもと思いました。
――アレンジについては、どのように形になっていったんですか?
去年の12月にバンドセットでのツアーファイナル公演を控えていたので、その少し前の時期に、同じメンバーで作りました。私はアレンジトラックを作らず、弾き語りのデモだけをバンドメンバーに渡して、スタジオに入った日にせーのでドーンと鳴らしながら、みんなで決めていくのが好きで。この作り方って人によってイメージがバラバラだと収拾つかなくなっちゃうんですけど、この曲は全員の解釈が完全に一致していて。みんながすぐに、大地を踏みしめながら前へ歩いているような印象を受けるアレンジを作ってくれました。「私が今まで出せてなかった雰囲気ってこれか」と納得したし、「もうこれじゃん!」って感じでした。バンドが入ることで、パッと景色が開けましたね。
――2曲目の「わたしの手のひらで」は、本当はこうありたいと誰もが思っているような振る舞いを歌ってくれている曲だと感じました。この曲は、西松屋のCMソングですよね?
そうですね。本当にいろんな方が携わってくださったんですけど、曲を書くにあたって、オンラインで会議をさせていただいたんですよ。その会議では「どんな曲にする?」みたいな話ではなく、「西松屋にお世話になるくらいの年齢のお子さん、および親御さんにとって、どんな社会であってほしいか」ということを一人ひとり教えていただいて。そうやって人と人としての会話ができたのがすごく大きかったですね。人同士の会話から生まれるクリエイティブほど信頼できるものはないなと改めて思ったし、今後仕事で困った時とか、何も浮かばない時に何度でも思い出すんだろうなっていう、大切な日になりました。
――いろんな人から話を聞きながら、どんなことを感じましたか?
ひとえに子育てと言っても、お子さんの性格も家庭の状況も人それぞれだし、その会議には子どもがまだいない方も、もう孫がいるような方もいらっしゃいました。それでも共通して出てきたのは、「優しい世界であってほしいと誰もが願っているけど、何から始めればいいのかわからないよね」ということだったんです。「自分はまだ子どもがいないから、当事者の気持ちがわからない」とか「もしかしたら迷惑かもしれない」という理由でためらってしまったり。でも、何ができるかは考えられるよね、という話になって。
――だからこの曲は、〈わたしの手のひらでできること〉という一節から始まり、具体的な行動を並べていく構成になっているんですね。
歌詞は実際に自分の手のひらをじっくり見ながら考えたんですけど、この手のひらでできることって、めっちゃいっぱいあるじゃんと思って。CMの映像にもなってるんですけど――例えば、レジの列に並んでいるお母さんに抱っこされている赤ちゃんが泣いていたら、後ろの人がちょっと手を振ってあげるとか。それだけでその場の空気がパッと変わるじゃん、と思ったんですよ。大きなことを歌おうとすると、「結局何から始めればいいんだ?」ってなっちゃうから、なるべく歌詞の世界を狭めようと思いました。
120点を目指さなくてもいい。ありのままを受け入れる強さ
関取花「趣味です」MV
――3曲目の「趣味です」は、どのようなきっかけで生まれた曲ですか?
私、Podcastで『関取花もわるくない』という番組やってて。リスナーさんにモヤモヤすることを送ってもらって、モヤモヤがちょっと楽になるような歌を返すという感じで、毎週1曲作っているんです。この曲は、その中でできた曲なんです。毎回ほぼ即興で作っているんですけど、この日はたまたま、リスナーさんからのモヤモヤが家を出る30分くらい前に届いて。ちょっと時間に余裕があったから、「じゃあ出かける前に1曲書いてみたい」と思って、キッチンに椅子を置いて作りました。だから、歌詞にカレーとか出てくるんですよね(笑)。
――アルバムタイトルの『気づいたら始まっていた』は、この曲の歌詞から来ていますよね。
そうですね。自分の人生を振り返ると、だいたいのことは、気づいたら始まっていたなと思って。しっかり計画を立てて、強い意思を持ってこのタイミングでこれをスタートさせますという人もいるんですけど、自分はそうじゃなくて。今回のアルバム、本当にそういう感じでできていった曲ばかりだなと思ったんですよね。たまたまCMのお話をいただいて、とか。たまたまPodcastでモヤモヤが来て、とか。で、気づいたら曲ができていた、みたいな。それって自分発信ではないってことなんですけど、与えられた球を打ち返して結果を出せているなら、そこに引け目を感じたくはないなと思って。あれこれ言わずに「私ですけど?」って感じでなんかそこにいる人が一番カッコよくないか?みたいな。めっちゃパンプアップして、「160km/h出せます!」みたいなピッチャーももちろんカッコいいんですけど、私が目指したいのは、「大谷くんが急に来られなくなっちゃった! どうしよう? 花ちゃん、いける?」と言われた時に「はい!」と出ていけるような……(笑)。
――(笑)。
160km/hは出せないかもしれないけど、「この人に任せておけばこの試合は絶対にいい感じになる」という安心感をみんなに持ってもらえる人になりたくて。そのために即興で歌を作るっていう。さっき話したPodcastの企画は、実は自分で提案したんですよ。とにかく私はずっと、地肩を強くしたくて。ミュージシャンとしても、人間としても。
――160km/h出せる日にしかマウンドに立たない、ではなく、どんな日でもマウンドに立つぞと。自分個人の満足度や完成度、パーフェクトでいられているかどうかは、もう重要な尺度ではなくなっているということですよね。
そうですね。自分のことを好きか嫌いかじゃなくて、今生きていることをただ受け入れているような状態になれたら、人としてめちゃくちゃ強いんじゃないかという気持ちがあって。そういうふうになれてきているのかなと思って、『気づいたら始まっていた』というタイトルをつけました。
――きっと今の環境が、関取さんを強くさせたんでしょうね。
そうですね。やっぱり独立したのが大きくて。お金も体調も、何から何まで、全部自己責任なので。最初に話したように助けてくれる人はいるけど、責任を負うのは自分だけだから、「いざやってみたらめちゃくちゃ大変だった」ってことも引き受けたらもうやるしかないし……そんな状況が、自分をすごく身軽にさせてくれましたね。責任が伴う状態だからこそ、「まあ、ダメな時もあるよ。しゃーない」ってなれるというか。今までは、120点とか150点を目指しすぎてたなと思うんですよ。100点のさらに先の20点、50点ってところまで、全部自分の力で持っていこうとしてたというか。でも独立してみると、自分で持っていくのは80とか100までで、そこから先は、誰かとの化学反応とか、その場の状況とか、今日の天気とか……そういう無自覚なものの方がみずみずしくて魅力的だし、記憶にも残ると思うんですよね。
――それこそ7曲目の「ときめき」は、とてもみずみずしいですよね。歌詞もメロディも、生まれた瞬間のまま、ふっと終わるような作りになっていて。
「ときめき」はまさに、無自覚なものを残しておきたいなという思いで書いた曲で。ある日ラジオの生放送で、私が「ときめきって、小さな惑星が誕生する瞬間のことだからね」と言ったんですよ。自分としては何か特別なことを言った感覚はなかったんですけど、その瞬間にDJのパートナーの方が「花ちゃん……!」ってなって。SNSのタイムラインを見ると、リスナーさんも「ちょっと待って、今、花ちゃんがすごくいいこと言ったよ」みたいな流れになってたから、「えっ? 今、私、いいこと言ったんだ!」と思って。大人になると、行動も言葉も、どんどん自覚的になっていくじゃないですか。この曲は説明しすぎず、この状態のままパッケージするのが一番美しいと思ったので。解決もさせないで、そのまま浮かんだコードで一発録りしたって感じですね。
――『関取花 TOUR 2026「気づいたら始まっていた」』は、どんな内容になりそうですか?
去年のツアーはMCは少なめでガッツリ曲をやったんですけど、今回は曲も短いですし、自分自身すごく肩の力が抜けている状態なので。よく喋りよく歌う、原点回帰な、自分の人柄が去年以上に伝わるようなライブができればいいなと思っています。
取材・文=蜂須賀ちなみ 撮影=大橋祐希
リリース情報
発売日:2026年10月7日(水)
品番:NKT-10002
価格:2200円(税込)
1.それいけ!ランドセル
2.わたしの手のひらで
3.趣味です
4.あなたはきれい
5.ご報告
6.わたしのねがい
7.ときめき
公式サイト:https://www.sekitorihana.com/
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