「隕石」は、もう尖っていなくてもいい? 2年目の舞台芸術祭『秋の隕石2026東京』をアーティスティック・ディレクターの岡田利規が語る

2026.10.6
インタビュー
舞台

岡田利規

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舞台芸術祭『秋の隕石2026東京』が2026年10月9日(金)~11月3日(火・祝)、豊島区・池袋の東京芸術劇場を中心に開催される。国内外から集まるのは、既存のジャンルや価値観にとらわれないさまざまな舞台芸術だ。

ダンスや演劇、パフォーマンス・アート作品などの「上演プログラム」、ワークショップやトークなどの「上演じゃないプログラム」、そして各種アクセシビリティの充実をはじめ誰もが楽しめるよう考えられた「ウェルカム体制(=来場サポートのこと)」の3つのカテゴリーから成る同芸術祭では、多様な舞台芸術作品の上演とともに、世界で活躍できる舞台芸術人材の育成をミッションに掲げ、ワークショップ、キャンプなどのプログラムも展開する。先鋭的な作品が並ぶ2年目の『秋の隕石』。昨年度に引き続きアーティスティック・ディレクターを務める岡田利規に、「隕石」と名づけた言葉の現在地や作品の選定、上演以外のプログラムについて考えを聞いた。

「隕石」という言葉を、もう一度問い直す

――岡田さんがアーティスティック・ディレクターに着任して、2年目を迎えました。「隕石」という言葉への捉え方は変わりましたか?

変化してはいますね。われわれチーム内でプログラムを考えるために「隕石み」というのを重要なタームにしてるんですね。たとえば、ある作品に対して、これは隕石みがあるか、ないか、というふうに。でも、そんなふうに原理主義的に「隕石」という言葉をゴリゴリと使っていかなくてもいいかもと最近思ったりもします。

――そもそも岡田さんにとって「隕石」とは何なのでしょうか?

ここにはないものが、よそから飛んできて、インパクトを与える。あと、ほんとうはここにすでにあるのだけれども、ないかのようにされているものというのも、ありますよね。そういう「暗渠(あんきょ)」のイメージも、実はコンセプトとして持っています。ここで紹介されるアーティストやプログラムは隕石です、それを見に来るお客さんのあなたも隕石です、と、そんなふうに「隕石」という言葉を用いてきています。​でも、「あなたは隕石だ」と名指すのがときに乱暴に感じられてしまうことがある。そういうとき、「隕石」って言葉はちょっと強すぎるなって思うんです。もっともその強さ・インパクトゆえに「隕石」と名づけたわけですけれどもね。だから、「秋の隕石」が認知されていって、「隕石」という言葉が形骸化してく、それは、いい意味で形骸化していくということなんだけれども、そんなふうになったらいいのかも、なんてことも考えたりします。

「東京で見たらどうなるか」という視点

クリストファー・リューピング『渇望』サラ・ケイン作 (C)Thomas Aurin

クリストファー・リューピング『渇望』サラ・ケイン作/日程:2026年10月17日(土)~10月18日(日)
現在ドイツ語圏演劇界で最も注目を集める演出家のひとり、クリストファー・リューピングの作品を初めて日本で上演。原作は、28歳でこの世を去ったイギリスの劇作家サラ・ケインの戯曲『CRAVE(渇望)』(1998年初演)。リューピングは、原作にはない5人目の役を考案し演出。その役は舞台上の椅子に座り、一言も発さない。他の4人が5人目に強いセリフを投げつけると、その度に大きなスクリーンに映し出される表情は細やかに反応し、変化する。息つく間もなく発せられ続ける時に残酷な言葉、それを受け止める5人目の俳優という〈媒体〉と、その5人の関係性――。30年前のケインの戯曲に描かれている人間の夢、不安、怖れ、暴力性、希望、救いを求める切実さという時代を超越した本質を、 この演劇という行為をもって今・ここの観客に改めて突きつける。


――今年の作品を選ぶときにどういったことを考えましたか?

海外で作品を観るって、その土地の観客と一緒に観るということで、たとえばブリュッセルで観ていると、自分の中にちょっとだけブリュッセルの観客としてみている感じが侵食してくるんですよね。そしてそのとき同時に、「これが東京で上演されたらどうなるかな」って想像しながら見るんですよね。

――東京で上演することで、作品そのものの意味も変わってくるのでしょうか?

演劇構成要素の半分は観客ですからね。だとしたら、観客が変われば相当演劇はとても変わりますよね。

山城知佳子『リコーリング(ス) ― シアトリカル・バージョン』Photo by Hideaki Higa (C)Chikako Yamashiro 那覇文化芸術劇場なはーと公演記録

山城知佳子『リコーリング(ス) ― シアトリカル・バージョン』/日程:2026年10月30日(金)〜11月3日(火・祝)那覇出身の映像作家・山城知佳子は、写真やビデオ、パフォーマンスを駆使し、沖縄の歴史や政治、文化を視覚的に探求してきた。植民地化や激しい地上戦を経験した沖縄は、現在に至るまで複雑な政治的・社会的状況を抱え続けている。本作は、その歴史の層を、異なる語りや身体、さらには語られない〈沈黙〉までも含めて並置し提示する。
内容と形式の両面で歴史と記憶の多層性を表現し、比類なき強度を獲得している本作は、2025年にアーティゾン美術館でインスタレーションとして発表。その後、戦後80年特別企画として那覇文化芸術劇場なはーとで劇場空間にあわせ再構成され、今回の「秋の隕石2026東京」では、さらに東京芸術劇場に応答するかたちで構成を更新する。本バージョンでは観客は移動しながら本作を鑑賞する。上演が進むに従って観客の立場や感覚は変化し、劇場空間の中には、複数の記憶や声、身体が重なり合う経験が立ち現れる。
空間に散りばめられたスクリーンから重なり響く、証言、再現、演奏、漫才などさまざまな声や身振り。それらに取り囲まれた観客は、第二次世界大戦が、ひとつの過ぎ去った出来事ではないことを身体的に体感していく。


すごく誠実で、すごくチャーミングで、すごくクレバー

アナカルシス・ラモス/ポルノトラフィコ『オカンとカネ』(C)INBAL CITRU Gabriel Morales

アナカルシス・ラモス/ポルノトラフィコ『オカンとカネ』/日程:2026年10月16日(金)〜10月18日(日)​
メキシコの劇作家・演出家アナカルシス・ラモスとその母ホセフィナ。二人の地元ユカタン半島西部カンペチェは、スペイン植民地時代の要塞都市で、世界有数の石油資源を擁する地域として発展した。一方、過去数十年にわたりメキシコで最も貧困層が多い州の1つでもある。この町でホセフィナは1960年より60年間、理髪師・チョリソ売り・ビデオブロガーなど40以上のありとあらゆる仕事を生活のために次々とこなしてきた。一方息子アナカルシスは、演劇活動に専念するため、また、カンペチェに蔓延する暴力や抑圧から逃れるため、そしてゲイの男性としてのアイデンティティと向き合うためにメキシコ・シティに移る。カンペチェの社会経済の盛衰のなかで、貧困の蔓延や社会福祉制度の欠如、ラモス自身の創作活動の困難など、様々な要因により家族は離れ離れになっていた。


――ここからいくつかのプログラムについてお伺いさせてください。『オカンとカネ』には、どんなところに惹かれたのでしょうか?

(この作品は)メキシコの演劇です。母と息子の話で、実の母子によって演じられます。母親のホセフィナさんがのたまらなくチャーミングなんです。東京の観客にホセフィナさんを見てほしいと思ったし、ホセフィナさんに来てほしいと思ったんですよ。温かみのある作品です。でも一筋縄には行かない。そこがいいんですよね。経済的に豊かではない地域のアーティストが、ヨーロッパの舞台芸術シーンの中で、ある種「見せ物」にされるような構造を、作品自身が自覚的に用いている。自己言及性が強くて、それでいてすごく誠実。すごくわかりやすい。すごくクレバーです。この人に東京を見てもらいたいなって。

――作品タイトルの日本語訳がキャッチーです。

原題は、『MI MADRE Y EL DINERO』。これはスペイン語で「私のお母さんとお金」です。スカしていない人懐っこい作品なので、少しそういうニュアンスにしたくて、こういう日本語タイトルにしました。

普遍的な能の形式に忠実な英語能

シアター能楽 英語能『青い月のメンフィス』

シアター能楽 英語能『青い月のメンフィス』/日程:2026年10月10日(土)〜10月11日(日)
シアター能楽はアメリカ、日本、イギリス、スウェーデンを拠点とするメンバーで構成された国際的なパフォーマンス・カンパニー。2000年にリチャード・エマート氏と、能の高度な技法を修めた英語話者のパフォーマーたちによって設立され、今も国際的に活動している。
「秋の隕石2026東京」に招致されたシアター能楽が、英語で上演するプログラム・創作能『青い月のメンフィス(Blue Moon Over Memphis)』。アメリカの劇作家デボラ・ブレヴォートが能に着想を得て、「キング・オブ・ロックンロール」と称され音楽史に多大な影響を与えたエルヴィス・プレスリーを題材に執筆した戯曲を下敷きとしている 。死者と生者の邂逅を描く夢幻能そのままに、エルヴィス(シテ)の熱烈なファンである女性ジュディ(ワキ)が、命日に墓を訪れ、青い月の光に導かれてその亡霊と出会う物語である。


――岡田さん自身も能のフォーマットをつかった演劇作品を手がけています。

能ってめちゃくちゃトンガった形式ですよね。どうかしてると思う(笑)。それでいて実に理にかなっているし、汎用性が非常に高いフォーマット。そんな能を、日本固有の古典文化としてのみ捉える仕方に閉じ込めないで、汎用性のあるもの、カッティングエッジなものだとわかります。

――英語能『青い月のメンフィス』を選んだ理由とは?

『青い月のメンフィス』は、能のフォーマットをかなり忠実に使っていて、そこにエルヴィス・プレスリーの要素を入れている。能を「日本文化」として扱うのではなく、そのフォーマットの汎用性や異様さを使っているところが面白いと思います。

――海外のアーティストによる英語能ですが、言葉のハードルはありませんか?

全然ないです。字幕が出ますから。むしろ伝統的な能の演目の古い言葉より聞き取りやすいかもしれないですよ。

英語能自体が、能というフォーマットのクレバーさ、スマートさ、汎用性の高さを証明していると思うんです。『青い月のメンフィス』は、エルヴィス・プレスリーがシテなんです。これも大変理にかなっている。能は、主人公が歌ったり舞ったりしますからね。

もともとの能も、短歌の一部を謡曲(能のテキスト)の中に引用したりしてます。この作品もエルヴィスの歌の歌詞の一節をテキストに織り込んでる。能のフォーマットに、とっても忠実なんですそういうところも、おもしろいんですよ。

芸術監督同士の往復書簡から生まれた実験的パフォーマンス

岡田利規&山田和樹 東京芸術劇場芸術監督 コラボレーション企画『静寂のガツンとした一撃』/日程:2026年10月25日(日)
2026年度より東京芸術劇場の新芸術監督に就任した岡田利規(舞台芸術部門)と山田和樹(音楽部門)による、劇場の地下1階から5階までの大きな吹き抜けを大胆に使った一度きりの無料パフォーマンス作品。初めてのコラボレーションにあたり、ジャンルの異なるふたりは往復書簡を重ね、その対話のなかから「公共空間における小さな音・沈黙」というテーマへとたどり着いた。このテーマに基づきながら、岡田により書かれたテキストの朗読と、山田の指揮による音楽によって、アトリウムに新たな聴覚体験を立ち上げる。劇場の開かれたスペースを舞台に、その新たな可能性を探る、実験的かつ詩的なパフォーマンス。


――2026年度から東京芸術劇場の演劇部門の芸術監督に就任した岡田さんと、おなじく音楽部門の芸術監督の山田和樹さんとのコラボレーションもあります。

とりあえず、これが初めてのコラボレーションです。

――会場が往来の多いアトリウム(東京芸術劇場の屋内型広場)で、「静寂」をテーマにしているのが印象的です。

アトリウムって、別に静粛さを要求できる場じゃないですよね。だからそもそも要求しません。そのうえで、静寂を扱う。そういうことやってみましょうよ、ということになりました。

山田さんとは往復書簡を交わしました。そのやりとりは東京芸術劇場の公式ホームページで公開される予定です。往復書簡の中で、静寂のこととか、時間のこととか、いろいろと話しました。時間について、クロノスとカイロスーーつまり「時計で測れる時間」と、そうではない「体験としての時間」についてもやりとりをしています。

初めから「静寂」というテーマがあったわけではなく、脈絡のないやりとりの往復書簡の中で面白い方向に転がって出てきたんです。二人の関心が共鳴したというか。

多岐にわたる入口を用意する

――「上演じゃないプログラム」も芸術祭の大きな柱になっています。上演とは何が違うのでしょうか?

上演がある種の完成品だとすれば、ワークショップやキャンプ、人的交流は、その先にある何かにつながるための経験になります。ですから、上演プログラムよりもより未来に射程を置いたプログラムだと言えます。

――CCBTとのFuture Ideations Campにどんな面白さを感じていますか?

このプログラムは、デジタルテクノロジーと舞台芸術が共同することで、これまで潜在的には存在していた舞台芸術の可能性を開花させる、ということを目指しています。

CCBTには「キャンプ」という枠組みの経験がすごくあるので、異文化交流みたいに、そこに入っていくことも面白い。CCBTの説明が、普段、自分が使っている言葉遣いと違って。僕らのなかで出てこない言葉があるんです。といっても舞台芸術の作法は、概ね変わりませんが。「あ、こんな感じで違うな」と思います。相手のやっていることの全てがわからなくても、別に困りません。それも面白いと思っています。

――若いアーティストを育てる場としてのミッションも掲げています。

若いアーティストはやりたいこと好きにやるのがいいんです。ただ、僕としては、その発想のレファレンスとなるかもしれないものを少しでも色々と紹介できたらな、と考えています。東京芸術劇場の芸術監督であることも「秋の隕石」のアーティスティック・ディレクターであることも、自分がこれまで受けてきた恩恵を還元する機会として用いたいです。若い人たちにも、自分たちがウェルカムされているんだって、思ってもらいたい。そう思ってもらえていなかったとしたら失敗です。

『次はどこ?みて、はなすレジデンシー』(日程:2026年10月22日(木)〜11月2日(月))は、世界の舞台芸術の創作に関わる若手を招聘する、未来に向けた発見と交流のためのプログラム

期間中は誰もが立ち寄り、休み、気ままに過ごせる場所として『ウェルカムぎんが』が芸劇のロワー広場に登場。誰でも来られて、誰でもいられて、誰でなくてもいられる場所。なんだかよくわからないけれど、すごく落ち着く。そんな、休憩と交流の自由なスペースだ。

――音声ガイドや字幕、託児も充実させています。この芸術祭が「開かれている」場にするために、具体的にどう考えていますか?

舞台芸術を、そのフェスティバルを楽しみたいという気持ちを持ってくれている人がいて、その気持ちの実現を阻害する要因があるのなら、それは無くしていきたいし、舞台芸術を自分と関係あるものと思っていない人にも訪れてもらえるような文脈付けというか、ウェルカムをしたいです。上演作品だけではなく、ワークショップやキャンプなど、いろんな入口を用意することが、フェスティバルを開いていくことだと思っています。

――幅広い客層を見越しているんですね。では、まだ「秋の隕石」に来たことがないという人へ、最後にメッセージをお願いします。

あなたの好奇心をウェルカムし、満たします。ぜひ来てください!

取材・文=石水典子 撮影=森岡悠翔(SPICE編集部)

イベント情報

舞台芸術祭『秋の隕石2026東京』
Perfor ming Ar ts Festiva l: Autumn Meteorite 2026 Tokyo
 
会期:2026年10月9日(金)〜11月3日(火・祝)
会場:東京芸術劇場、GLOBAL RING THEATRE〈池袋西口公園野外劇場〉
 
プログラム:
上演プログラム13演目
上演じゃないプログラム4事業
ウェルカム体制(=来場サポートのこと)4事業
★プログラム詳細はこちら:https://autumnmeteorite.jp/ja/2026/program
 
主催:東京舞台芸術祭実行委員会〔東京都、東京芸術劇場(公益財団法人東京都歴史文化財団)〕
共催:豊島区
助成:文化庁文化芸術振興費補助金(舞台芸術等総合支援事業(国際芸術交流))、独立行政法人日本芸術文化振興会
ゴールドスポンサー:アサヒグループジャパン株式会社
シルバースポンサー:東武鉄道株式会社、三菱地所株式会社
ブロンズスポンサー:株式会社イープラス、株式会社ローソンエンタテインメント(五十音順)
メディアパートナー:Tokyo Art Beat
 
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