愛之助が飛沫をあげ、ふたりの菊五郎が揃い、仁左衛門の『盛綱陣屋』が涙を誘い、巳之助が洒脱に踊る『錦秋十月大歌舞伎』第一・二部観劇レポート

16:30
レポート
舞台

第二部『盛綱陣屋』(左より)和田兵衛秀盛=片岡愛之助、佐々木盛綱=片岡仁左衛門、篝火=片岡孝太郎、高綱一子小四郎=中村梅枝、早瀬=中村時蔵、微妙=中村萬壽

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歌舞伎座『錦秋十月大歌舞伎』が、2026年10月2日(金)に開幕した。義太夫狂言の名作に、ケレンが楽しい作品や、風情を楽しむ舞踊が揃った公演だ。第一部では、片岡愛之助が小姓の志賀之助と、志賀之助に化けた鯉の精の二役を勤める『鯉つかみ』。八代目尾上菊五郎が佐藤忠信と、佐藤忠信に化けた源九郎狐の二役を勤める『義経千本桜』「川連法眼館」の場が上演される。第二部では、片岡仁左衛門と八代目尾上菊五郎がダブルキャストで主演する『近江源氏先陣館』「盛綱陣屋」と、坂東巳之助の舞踊『山帰強桔梗』が並ぶ。

■第一部 11時開演

湧昇水鯉滝
一、鯉つかみ(こいつかみ)

片岡愛之助の『鯉つかみ』が、歌舞伎座で初めて上演される。昨年他界された脚本・演出家の水口一夫は、『GOEMON 石川五右衛門』シリーズや『神の鳥』をはじめ、愛之助を主演にいくつもの作品を手がけた。『湧昇水鯉滝』を脚色した本作も、そのひとつ。

第一部『鯉つかみ』(左より)呉竹=市川門之助、滝窓志賀之助=片岡愛之助、小桜姫=中村壱太郎、篠村次郎公光=坂東巳之助

釣家の小桜姫(中村壱太郎)は、体調がすぐれない様子。局の呉竹(市川門之助)の推察どおり、原因は恋わずらい。清水寺で見かけた、小姓の志賀之助(片岡愛之助)に一目惚れをしたのだ。そんな小桜姫のもとに、志賀之助がやってくる。しかし、篠村次郎公光(坂東巳之助)が御家の重宝の刀、龍神丸を抜くと、志賀之助の正体が、実は釣家への恨みを持った鯉の精であると分かり……。

第一部『鯉つかみ』(左より)小桜姫=中村壱太郎、滝窓志賀之助=片岡愛之助

前知識がなくとも盛り上がり、歌舞伎を知っていれば、なお楽しめるに違いない作品だ。壱太郎の小桜姫は、ピュアさと上品で丸みのある色香をあわせもつ。恋にわずらう姿でさえ、舞台を華やかにした。愛之助は、この日の第二部では、もみあげと髭が繋がる身も心も雄々しい役を勤めているが、こちらの端正な小姓姿も目が離せない。涼やかな面差しでありながら、内から滲む色気が存在感を色濃くする。時代物らしいお芝居ではじまり、やがて志賀之助と小桜姫の幻想的な踊りへ。さらに呉竹と篠村が、物語を引き締めたかと思えば、アッと驚く展開へ。大薩摩が熱を高め、クライマックスの第二場へ。

第一部『鯉つかみ』滝窓志賀之助=片岡愛之助

ふたたび幕が開くと、雨の琵琶湖。本物の水をつかった立廻りだ。志賀之助は、古風にもロックにも見える絢爛な拵えで登場。拍手が迎えたのも束の間、最初に水に飛び込んだ瞬間は、水しぶきと同時に、弾けるような驚きと高揚感(と1階前方からは楽しげな悲鳴)が広がった。大きな鯉と格闘する愛之助は、豪快で華麗で、ともすればばしゃばしゃと水遊びをするような無邪気ささえあった。見得がきまるたび、客席がひとつになるような拍手が起こり、幕切れは本作ならではの泳ぎ六方で結ばれた。

二、義経千本桜(よしつねせんぼんざくら)

川連法眼館  

壇ノ浦の戦いで勝利した源義経だが、兄の頼朝から謀反を疑われる。鎌倉方や平家の残党から逃れ、都を落ちのびていく。『義経千本桜』は、その道中で義経を取り巻く人々を、各場面の主人公に描く大作だ。全五段のうち、四段目の切にあたる「川連法眼館」の場、通称「四の切(しのきり)」は、義経の家臣・佐藤忠信に化けた、狐の物語となる。八代目尾上菊五郎が勤める。

第一部『義経千本桜 川連法眼館』(左より)佐藤忠信=八代目尾上菊五郎、源義経=七代目尾上菊五郎

舞台は、川連法眼の館。ここに匿われている義経のもとへ、恋人の静御前がやってくる。静より先に対面したのが、お供の佐藤忠信だ。しかし義経が静の様子を尋ねても、忠信は、静を預けられた覚えはないという。そこに静と忠信の到着の報せ。忠信がふたり!? という謎を解決する手がかりが、静の携えてきた初音の鼓だった。

幕開きは、桜満開の吉野の風景におっとりした気持ちになる。しかし川連法眼(河原崎権十郎)と飛鳥(上村吉弥)がみせた緊迫感が、義経の危うい立場を肌に感じさせる。義経を勤めるのは、七代目尾上菊五郎。公演初日に84歳の誕生日を迎えたばかりだ。館の奥から響かせた美声、格調高い佇まいが、この一幕の格を上げる。中村雀右衛門の静御前は、可憐さと健気さと芯の強さをもつ。義経の愛妾としての説得力があった。

そんな中、気の毒なのは佐藤忠信だ。身に覚えのないことで責められ、「黙れ」と一喝される。それでも偽の忠信が来ると知れば、不満でも怒りでもなく、刀を手に揚幕へ鋭い目を向ける。忠信という武士の頼もしい一面が見えた。

第一部『義経千本桜 川連法眼館』佐藤忠信実は源九郎狐=八代目尾上菊五郎

第一部『義経千本桜 川連法眼館』(左より)静御前=中村雀右衛門、源義経=七代目尾上菊五郎、佐藤忠信実は源九郎狐=八代目尾上菊五郎

八代目菊五郎が狐の忠信となってからは、舞台の色合いが変わる。義太夫とともに紡ぎ出されるような身のこなしは、優美な舞踊を観るよう。狐が消えたかと思えば、思いがけない方向からまた現れ、高欄を飛び越えていく。ケレンの演出に客席が沸いた。鼓に秘められた親狐の物語を語る声には神秘的な響きがあり、真っ白な狐の姿となってからは、親への慕情が溢れていた。その思いは義経と静、そして観る者にもたしかに届き、源九郎狐が「うれしやなあ」と喜んだとき、応えるように客席で大きな拍手がおきた。狐は花道を駆け、爽快な幸福感を残して幕となった。

■第二部 14時30分開演

一、近江源氏先陣館(おうみげんじせんじんやかた)

盛綱陣屋  

佐々木家の盛綱と高綱は実の兄弟。しかし、それぞれが仕えた主君が敵対関係となり、兄弟も敵味方に分かれてしまう。戦の前線に構えた、盛綱の陣屋が舞台となる。

この日が初陣の盛綱の子・小三郎は、手柄をあげた。敵方の大将、高綱の子である小四郎を捕らえたのだ。盛綱にとっては、敵の大将の子であり甥でもある。盛綱は武士としての忠義、肉親への情、家への責任に直面する。主人公の盛綱を演じるのは、片岡仁左衛門(Aプロ)と八代目尾上菊五郎(Bプロ)だ。

第二部『盛綱陣屋』佐々木盛綱=片岡仁左衛門

第二部『盛綱陣屋』佐々木盛綱=八代目尾上菊五郎

高綱は敵であるがその前に弟。そんな印象を受けたのは、仁左衛門の盛綱だった。忠義だけでは割り切れない。家族への情が深く、戦場にあっても人間は人間なのだと思わされた。また仁左衛門の盛綱は、奥の襖が開き登場した瞬間から、輝くような格好良さだったことも印象的。時政を迎える時の白の着付に黒の裃では、長い袴の裾の先まで美しさが行き届くようだった。首実検では、その顔に浮かぶ表情の鮮やかさが、観客の目をぐっと惹きつけていた。

八代目菊五郎が盛綱を勤めるBプロは、戦場の緊張感がより生々しく迫った。日常とは異なる精神状態で、人間としての苦しい判断を迫られる。菊五郎の盛綱は、表に出る感情を抑制しながらも、明確に物語を伝えていく。首実検では、目線ひとつ見逃せない。その緊張感が、そのまま劇中の緊張感に重なっていく。北條時政を見送ってから、小四郎の呼びかけに声を出さずに応じる姿にも、兄弟であり敵の武将である。その線引きが変わらない、武将としての覚悟を想像した。だからこそ高綱・小四郎親子への賛辞が重く響いた。

第二部『盛綱陣屋』(左より)早瀬=中村時蔵、篝火=片岡孝太郎

盛綱の苦境を、より深く描き出すのが、周囲の人物たちの存在だ。和田兵衛秀盛(片岡愛之助)は高綱側の武将。この豪胆な男を従える高綱は、やはり只者ではないと思わせた。篝火(片岡孝太郎)は母としての情愛を、早瀬(中村時蔵)は武家の妻としての美学を貫く。その情愛と美学の板挟みを、微妙(中村萬壽)が引き受ける。圧倒的な緊張感をもたらすのが、盛綱の上司にあたる、北條時政(中村歌六 )だ。神々しさと物々しさを纏い、花道から登場する。有無を言わさぬ権力の大きさを目の当たりにし、思わず姿勢を正した。

また、小四郎を勤める中村梅枝は、捕まった姿でも伸びやかに身体をつかい、飛び出す時は思いきりが良く、せりふは清らかだった。仁左衛門に背負われていた初お目見得の舞台から6年で、仁左衛門の『盛綱陣屋』で重要な役を担う。その頼もしさにも、こみ上げてくるものがある。小三郎の中村秀乃介は、その愛らしさで、観る者の心をひととき和ませる。

第二部『盛綱陣屋』(左より)和田兵衛秀盛=片岡愛之助、佐々木盛綱=八代目尾上菊五郎、篝火=片岡孝太郎、高綱一子小四郎=中村梅枝、早瀬=中村時蔵、微妙=中村萬壽

幕切れは、舞台上の全員の思いが辛く響く。敵味方に分かれたからといって、親子きょうだいの関係が消えるわけではない。割り切れない心を持つ人間同士が、命のやりとりをする。そんな戦の残酷さを、忠義や手柄と評価した時代があったことに、怖さを覚えた。10年前、5年前より、今の方がその危機感を強く覚えた。その痛みまで届けた充実の舞台に、幕切れは万雷の拍手が送られた。

二、山帰強桔梗(やまがえりまけぬききょう)  

『山帰強桔梗』は、1823年に三世坂東三津五郎が初演した清元舞踊で、『山帰り』の通称でも親しまれている。描かれるのは、大山詣りを終えた男の帰り道。神奈川県にある大山は、江戸から見て富士山と重なる方角にある。信仰対象となる山であり、江戸っ子にとっては人気の旅先だったのだ。

第二部『山帰強桔梗』山帰り大吉=坂東巳之助

幕が開くと、野の向こうに山並みが広がる。ちゃきちゃきと花道に登場する坂東巳之助は、その姿だけで「江戸っ子だ! 職人かな」と分かる。色んな遊びを知っていそうだ。しかし悪びれたところのない、軽やかさ。艶やかな清元節にあわせて手拭いをかぶれば、どきっとするような眼差しをみせる瞬間もある。梵天を担ぎ、ラッパをならし、彼にとって大山詣りが、「信仰<娯楽」であることは間違いなさそうだ。江戸の町並みではない景色を背に、江戸訛りのせりふがあるわけでもない。それでも、昨日もその前もこうして生きてきた、江戸っ子にみえた。なぜなのかは、もはや謎だ。小旅行にでも出たような、のどかな短い舞踊の中に、江戸っ子のとある一日が、涼しい顔をして息づいていた。

『錦秋十月大歌舞伎』は、10月20日(火)まで。


取材・文=塚田史香

公演情報

『錦秋十月大歌舞伎』
日程:2026年10月2日(金)~20日(火) 【休演】9日(金)
会場:歌舞伎座

第一部 午前11時~
 
水口一夫 脚色
湧昇水鯉滝
一、鯉つかみ(こいつかみ)

釣家下館の場
琵琶湖中鯉退治の場

滝窓志賀之助/滝窓志賀之助実は鯉の精:片岡愛之助
篠村次郎公光:坂東巳之助
小桜姫:中村壱太郎
呉竹:市川門之助
 
 
二、義経千本桜(よしつねせんぼんざくら)
川連法眼館

佐藤忠信/佐藤忠信実は源九郎狐:八代目尾上菊五郎
静御前:中村雀右衛門
駿河次郎:市村橘太郎
亀井六郎:上村吉太朗

飛鳥:上村吉弥
川連法眼:河原崎権十郎
源義経:
七代目尾上菊五郎
 
 
第二部 午後2時30分~
 
一、近江源氏先陣館(おうみげんじせんじんやかた)
盛綱陣屋
 
佐々木盛綱:片岡仁左衛門(Aプロ)
     :
八代目尾上菊五郎(Bプロ)
篝火:片岡孝太郎
和田兵衛秀盛:片岡愛之助
信楽太郎:坂東巳之助
伊吹藤太:中村種之助
高綱一子小四郎:中村梅枝
盛綱一子小三郎:中村秀乃介
古郡新左衛門:嵐橘三郎
竹下孫八:中村萬太郎
早瀬:中村時蔵
微妙:中村萬壽
北條時政:中村歌六

※Aプロ(10月2・3・6・7・11・12・15・16・20日)
※Bプロ(10月4・5・8・10・13・14・17・18・19日)
 
 
二、山帰強桔梗(やまがえりまけぬききょう)

山帰り大吉:坂東巳之助
 

第三部 午後6時~
 
一、義経千本桜(よしつねせんぼんざくら)
渡海屋
大物浦

渡海屋銀平実は新中納言知盛:尾上松緑
女房お柳実は典侍の局:中村時蔵
源義経:中村種之助
武蔵坊弁慶:中村吉之丞
入江丹蔵:中村萬太郎
相模五郎:坂東亀蔵

 上 屋敷娘(やしきむすめ)
二、
 下 近江のお兼(おうみのおかね)
 
娘お壱/近江のお兼:中村壱太郎
娘お秀:尾上眞秀
 
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