上岡敏之を迎える新日本フィル、新シーズンプログラムを発表
-
ポスト -
シェア - 送る
挨拶する上岡敏之・新日本フィルハーモニー交響楽団第4代監督
創設の原点に立ち返って、さらなる高みへ
2月12日午前、すみだトリフォニーホール大ホールのステージを会場に、新日本フィルハーモニー交響楽団 2016/2017シーズン発表記者会見が開かれた。2014年12月の発表以来注目を集めていた新音楽監督、上岡敏之と迎える最初のシーズンがいよいよヴェールを脱いだのだ。
この記者会見は、冒頭の宮内義彦理事長のあいさつから最後の質疑応答まで、全篇が新日本フィルハーモニー交響楽団 YouTubeチャンネルにて配信されているので(約一時間強/記事末尾に掲載)、楽団のファンの皆さんはよろしければそちらもご覧いただきたい。配信との内容的な重複を避けるため、ここでは音楽面に絞り、2015年4月からはミュージック・アドヴァイザーとしてオーケストラを見守ってきた上岡敏之新音楽監督と、ソロ・コンサートマスター崔 文洙の二人がこの会見で語ったこと、そして新シーズンを迎える新日本フィルハーモニー交響楽団の変化について焦点を当てて再構成してみたい。
宮内義彦理事長、山本亨墨田区長、すみだトリフォニーホール、そして新日本フィルの各位が登壇した
2015年4月からはミュージックアドヴァイザーとして、そして今年の9月からはいよいよ第4代音楽監督として新日本フィルハーモニー交響楽団を率いる上岡敏之は、「日本よりドイツでの生活が長くなってしまった」と自ら語るとおりそのキャリアのほとんどをドイツの歌劇場、そしてオーケストラ、音楽大学での指導が築いてきた。2007年、2010年に行われたヴッパータール交響楽団との来日公演でその成果の一端が聴かれたことをご記憶の方も多いだろう、丁寧に織られた織物のように密度が高い有機的な音楽の流れ、そして劇的なコントラストが印象的な彼の演奏は、一度聴けば忘れようもなく強い印象を残すものだ。昨年末、読売日本交響楽団を指揮した第九でのユニークな名演は記憶に新しいところだろう。
そんな彼は、新日本フィルの音楽監督に就任する理由として「日本で活動したい」という年来の思いがあったと語る。それもドイツでこのまま活動を続けて引退同然の歳になってしまってからではなく、力のあるうちに機会があれば、と。そう考える中、ヴッパータールでの任期の区切りの時期にタイミングよく、新日本フィルからのオファーがあったのだという。そして2009年からのオーケストラ、室内楽での共演の中で作られてきた関係が彼の決断を後押しし、今回の就任に至ったわけだ。加えて、東京にありながら墨田区に根づいた活動を展開している新日本フィルの活動に、ドイツ各地で音楽監督(GMD)として培った経験を活かせないかと考えた、と語る言葉は実績に裏打ちされた力強いものだ。
対して、新日本フィルの楽員代表として登壇した、おなじみのソロ・コンサートマスター崔 文洙は、音楽監督不在の三年が厳しいものだったことをはじめに吐露した。オーケストラというひとつの「生き物」をいい状態にしておくためには、その音楽に最終的に責任を持つ存在である音楽監督が必要なのだ、と彼は語った。ダニエル・ハーディングやインゴ・メッツマッハーは頑張ってくれたけれど、客演に近いポストではオーケストラの外からはわからない”限界”があった、ということだろうか。上岡敏之を音楽監督に迎えてオーケストラとして成長し、ここ墨田からアルミンクとの10年とはまた違う、新たなオーケストラ音楽を発信できるよう努めたい。そう語る口ぶりはどこまでも真摯なものだった。
「日本でクラシック音楽を演奏することの意味にまで立ち戻って様々な検討を」と語る彼の言葉に、このオーケストラの創設者のひとりであり桂冠名誉指揮者である小澤征爾の存在を想起したのは私だけではないだろう。新日本フィルハーモニー交響楽団の原点にある精神は今も息づいており、その根幹を保ちつつ新時代を目指そう、という熱い意気込みを彼の言葉に感じた次第である。
さて、心構えも新たに上岡敏之新音楽監督の最初の年となる2016/2017シーズンは、初共演の際にも演奏したリヒャルト・シュトラウス作品による演奏会で始まる。それも「ツァラトゥストラはかく語りき」と「英雄の生涯」を一つの演奏会で取り上げるという重量級のプログラム(2016年9月9日)なのだから、その気合の程を感じないわけにはいかないだろう。
「古典から新しい作品まで、皆様のよく知っている作品、あまり知られていない曲、ゲスト指揮者、ソリストも私の知人・友人だけではなく、様々な方向から選びました」と上岡が語るシーズンプログラムは、派手ではないがどの演奏会をとってもオーケストラには厳しい、それだけに鍛えられるものとなっている。この年にはできないが、と断りつつも将来的には新作の初演やオペラの上演などにも意欲を示した上岡敏之の言葉は、将来の展開に期待をもたせるものであった。
そして新日本フィルハーモニー交響楽団がこれまで開催してきた定期演奏会、シリーズ演奏会は開演時間など全体に見直され、それぞれに貴金属からとった愛称が付けられた。本拠地すみだトリフォニーホールのシリーズが「TOPAZ」、サントリーホールの定期演奏会は「JADE」、そしてこれまで「クラシックの扉」として開催されてきた金曜・土曜の名曲シリーズは「RUBY」と名付けられ、それぞれに聴きどころのあるプログラムが編まれている。また、先日最終公演を行った多摩定期に代わって、新シーズンからは横浜みなとみらいホールでの特別演奏会が開催されることが発表された(三重県、岐阜県可児市での活動は今後も継続される)。
……なお、もしかすると公式サイトでプログラムを詳細に確認した上で「マーラーが一曲もない!」と思われる方もいらっしゃるかもしれないが心配は無用である。2017年3月に開催される「すみだ平和記念コンサート2017」で、上岡敏之の指揮で新日本フィルが交響曲第六番を演奏することはすでに発表されている。ヴッパータール交響楽団との第五番の個性的な名演のあと、彼が新日本フィルと聴かせる「悲劇的」交響曲は果たして如何なるものだろうか、期待するしかないではないか。
ほかの上岡敏之が自ら指揮する演奏会では、今年12月にストラヴィンスキー、チャイコフスキーにプロコフィエフを演奏するプログラムが目を引くところだ。音楽監督就任前の7月に開催されるサマーコンサートではこれまで日本では披露してこなかったフランス音楽を演奏することが決まっており、ここからは上岡&新日本フィルの取り上げる作品も時代的・地域的広がりを見せていくことが予見できるだろう。そしてそんな上岡敏之との演奏は今後レコーディングが予定されているという。詳細の発表はまだ先になるとのことだが、高みを目指す彼らの音楽的成果が広く聴かれるのは喜ばしいことだ。
演奏会のプログラムに併せて、この日はアウトリーチ活動についても発表されている。これまでも展開されてきた「”すみだ”のオーケストラ」としてのさまざまな活動に加え、「チャンス・トゥ・プレイ」として市民演奏家との合同演奏会の開催(2017年7月を予定)、そして「NJP オーケストラ・アカデミー」として若き音楽家たちを専門的な教育へと導く活動を今後展開していくという。現在の聴衆に加えて次世代までの育成を視野に入れたドイツ流のアウトリーチ活動に期待したい。
この日は定期演奏会のシリーズロゴの展示なども行われた
この日は、新日本フィルハーモニー交響楽団の新たなロゴマークも発表されている。新ロゴは、名称の前に添えられたシンプルな棒に「琴線」や「指揮棒」、そして演奏家と聴き手の間の「架け橋」、そんな想いが込められた、見やすく覚えやすいものだ。また、この日の会見には登場しなかったが、昨年秋から広く一般に人材を求めたインテンダントもすでに決定済み、新年度からは団の経営に参画するという話も質疑の中で飛び出した。このように、新日本フィルハーモニー交響楽団が上岡敏之を迎える準備は着々と整いつつある。あとは彼らが創りだす音楽だ。
幸いなことに、3月にはサントリーホールでの定期演奏会、そして倉敷、大阪での特別演奏会が予定されている。シューベルトとマーラー、それぞれの交響曲第一番によるプログラムは間違いなく新時代への最高の「予告編」、いや、半年早く訪れた「本編」として指揮者、オーケストラともども入魂の演奏を聴かせてくれることだろう。我々聴き手も心して待とうではないか、上岡敏之と新日本フィルハーモニー交響楽団が創りだす新時代はもうすぐそこまで来ているのだ。