2/25より解散公演「野鳩」の稽古場を覗きました
-
ポスト -
シェア - 送る
野鳩、期待の新作公演がまもなく開幕する。2016年2月25日(木)から28日(日)まで、下北沢駅前劇場で4日間5回だけの上演だ。実は野鳩にとって、これが解散公演となる。
野鳩は2001年、水谷圭一、佐伯さち子を中心に結成された劇団だ。水谷が主宰と脚本と演出を務める。当初は、中学生の「すこしふしぎ(=SF)」な恋愛物語を、記号的な演技・マンガ的な世界観で上演するという特異なスタイルの作品を上演。これが小劇場マニアや同業者にたいへんウケて、熱烈なファンを増やした。一時、活動休止の時期を経て、2013年にナカゴーとの合同公演をもって活動を再開。その後は、毎回上演スタイルを変える路線に転じて、様々な可能性を試行錯誤的に探り始めた…と思われた矢先の2015年末に突然解散がアナウンスされた。解散をスクープしたのは他でもない、このSPICEの記事だったのだが。
解散の理由は「劇団の寿命が来た」とのこと。わかったようなわからないような説明だが、いわば自ら劇団の死期を悟ったということなのか。ならば野鳩の新作とは、彼らにとっての遺作であり、或いは遺書や遺言書なのだろうか。そして劇団員はどんな心情でこれの稽古に臨んでいるのだろうか。…などなど少なからず興味が湧き、死期の迫った劇団・死期…もとい、劇団・野鳩の稽古場をちょいと覗いてきた次第である。
野鳩にとって最終作品となる新作のタイトルはその名もズバリ『野鳩』である。自らの集団名をそのまま作品の題名にするとは、音楽のレコードアルバムみたいではないか。それも、何かに区切りをつける時、「これが今の私たちそのものです」「総決算です」「集大成です」と腹を括って付けた特別なタイトルのように思える。今回の野鳩の稽古場にも、そんな特別感が漂っているのかな、と編集子もいささか緊張気味にそこを訪ねた。
冷雨のそぼ降る都内某所。旅館のような畳敷きの大部屋だと予め聞かされていた。近づくと襖の向こうから騒々しい物音と笑い声が聞こえて来る。楽しそうなので襖を開けると、眼前に飛び込んできたのは、子どものようにケタケタと笑い転げる作・演出の水谷圭一の姿だった。
水谷圭一
劇団結成以来の看板女優・佐伯さち子が慌ただしく走り、矢野昌幸とぶつかって、「わーっ」と驚いているシーン。キャラクターの風貌といい、表情といい、ポーズといい、いかにもマンガっぽい絵になっている。これが前述の記号的演技、初期から続く野鳩らしさなのである。水谷はこれを見て、指示した本人が笑い転げてしまっていたのだ。
(アラキさん)、矢野昌幸、佐伯さち子
続いて、佐伯・矢野に対して、ゾンビと化したワタナベミノリが襲い掛かろうとする場面の実演が試された。
この時点(2月初旬)で新作『野鳩』の台本はわずかばかりしか出来ていなかったけれど、今回の芝居では、ゾンビが人間社会の中に「日常」的に存在する世界が描かれる。そこでは、ゾンビと人間の共存が探られる。野生のゾンビと、人間に飼い馴らされたゾンビが登場が登場するが、ワタナベの演じたゾンビは、まだ「なりたて」ホヤホヤの野生(?)のほうだ。
佐伯さち子、矢野昌幸、ワタナベミノリ
演出の水谷は、三人の動きを見るうちに「ゾンビに抗う動きを社交ダンスのようにしたら面白い」と言い出し、自らワタナベの手をとって、「こんなふうに」と嬉しそうに踊ってみせる。緊迫のシーンが優雅な所作と偶然重なり、そこから新たな笑いが誕生する瞬間に立ち会うのは、心ときめくものがある。
(手前)ワタナベミノリ、水谷圭一
ゾンビに襲われる佐伯と矢野に対しても、「こんなふうに」と水谷自らがやってみせる。佐伯が体を反らしすぎて倒れそうになるのを矢野が間一髪で支えて食い止める。これがまた絶妙で爆笑が生じる。
矢野昌幸、佐伯さち子、水谷圭一
こうした過程を経て、一つのシーンの流れが出来上がる。従来の野鳩といえば、「ほのぼの」や「淡々」の印象が比較的強く、動的なスラプスティック(ドタバタ)のイメージはあまりなかったが、今回ゾンビを投入させたことで身体的なアクションを際立たせるシーンが多い。水谷の演技メソッドのベースにあるのが、マンガっぽさなので、活劇調な要素が入ることで、いっそうの輝きを増す。
矢野昌幸、佐伯さち子、ワタナベミノリ
この日、稽古に臨んでいた役者は、佐伯さち子、ワタナベミノリ、濱津隆之、矢野昌幸、滑川喬樹、佐竹奈々、そして(アラキさんという)公式サイトにまだ名前が出ていない女優さんの計7名だけだった。実際は他に4名が出演するが、この日は諸事情で全員揃っていなかった。稽古で或る役を演じる俳優が不在の場合は他の俳優がしっかり代演する。解散を前にしての特別に張り詰めた感じとか逆に投げやりな感じとか、そういったものは一切ない。みな、ひたすら役を演じることに打ち込んでいる。
濱津隆之、(アラキさん)、ワタナベミノリ
役者陣は男優も女優も、水谷が厳選しただけあって、みなとてもピュアな良い顔で、良い風情を醸している。野鳩の世界を表現するにこれほどベストな面々はいないと思った。これが解散してしまうのは、もったいないなあと思え、そこからふと一抹の淋しさを覚えてしまったりもした。
矢野昌幸、佐竹奈々、滑川喬樹
水谷は用意した台本を実際の役者の身体で試し、そこからさらに最も面白くなる展開を模索して、新たに戯曲を紡いでゆく。野鳩のマンガ的劇世界は、新劇的な「重みのあるリアリティ」とは無縁ではあるが、俳優の身体を通ったリアリティには相当なこだわりを持っていると、水谷の演出を眺めながら改めて確信した。と同時に、時に子どものように笑い転げ、時に自ら手本を見せ、時に戯曲の書かれたMacの前で呻きながら考え込む演出家の姿は見ているだけでも実に面白い。そこにこそ演劇的「野生」を感じる。そこが単なるおとなしい「鳩」ではなく「野鳩」たる所以だとも思う。通常、観客は完成形しか見ることができないが、出来上がるまでの作り手のダイナミックな思考の動きを知ってこそ劇世界をより深く堪能することができるのだと、今回、取材を通して改めて思った。また、そのプロセスを知ってしまうと、どんな形で完成されるのか期待値もよりいっそう高まるというものだ。
水谷圭一
人間とゾンビとの共生。現代的なテーマだと思う。ゾンビそのものが現代的というのではないけれど、いま世界は、文化や生き方、価値観の全く異なる者たち同士のディスコミュニケーションがそこかしこに横たわっている。そこにおいて悪い相手と戦い、悪い相手をただ抹殺したりするのではなく、いかに共存が可能かという相対的問いかけが投げかけられている。これはいま演劇が最も扱うべきテーマのひとつに違いない。それを真正面から堅苦しくやるのもよいが、ファンタジーの中に滲ませて問いかけるというのも一段上級の洗練された手法である。編集子は先日韓国で『フランケンシュタイン』『レット・ミー・イン(邦題:モールス)』という芝居を見てきたばかり。前者は怪物的人造人間、後者は少女吸血鬼の話だが、それぞれホラー的要素の先に深みのある相対的な問いかけを読み取ることができた。『野鳩』にもそういった異類共生譚を期待している。
野鳩のみなさん
野鳩にとって『野鳩』は最後の作品ではあるが、稽古場に重苦しい空気や湿っぽさは全く感じられなかった。常に和気藹々として笑いが絶えない。これが死期を目前に控えた劇団の稽古場なのだろうか、というほどに。実のところ劇団の解散とか、本人たちにとっては「どーでもいい」ことなのかも知れない。いやむしろ、その態度こそ野鳩の劇世界にふさわしい。ということで、この解散を当事者も観客も共にとことんエンジョイすべきであろう。
「『野鳩』、観に来てね! ワーッ!」
解散告白動画
■日程:2016/2/25(木)~2/28(日)
■作・演出:水谷圭一
■出演:
佐伯さち子、すがやかずみ、佐々木幸子、ワタナベミノリ、村井亮介、
濱津隆之、矢野昌幸、滑川喬樹、佐竹奈々、堀口聡
2/25(木)19:30★ 終演後トーク開催 しまおまほ(エッセイスト)&島尾伸三(写真家)
2/26(金)19:30★ 終演後トーク開催 九龍ジョー(ライター、編集者)&黒岡まさひろ(ホライズン山下宅配便)
2/27(土)14:00
2/27(土)19:00★ 終演後トーク開催 うにたもみいち(演劇エッセイスト)&鎌田順也(ナカゴー)
2/28(日)15:00☆ 開演前ムービー上映&解散カーテンコール