2/24開幕『思い出を売る男』主役の松本博之にインタビュー
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松本博之
浅利慶太プロデュース公演の第3弾として、『思い出を売る男』が2月24日(水)から28日(日)まで、東京は浜松町の自由劇場で上演される。『思い出を売る男』は、浅利慶太の慶應高校時代の恩師であり、演劇における精神的支柱となった故・加藤道夫が、第二次大戦終戦から6年後の1951年に発表した戯曲。戦後の新たな価値観のもとで人々が生きていく様を瑞々しく描いた幻想的な詩劇だ。
浅利演出による初演は1992年。劇団四季創立40周年記念公演として上演され、「想像力に希望を託した原作の忠実な再現」との高い評価を得た。以後、節目ごとに上演が重ねられてきた。
物語は、敗戦後の、どこか不思議な雰囲気の漂う薄暗い裏街が舞台。一人の男がオルゴールとサクソフォンを奏でながら“思い出”を売っている。ここを、戦争によって「過去」と「現在」を大きく隔てられた人々が通り過ぎる。音楽によって思い出を呼び覚まされた人間たちは、そこに何を思うのか。
本作でタイトルロールを演じるのは、オーディションを経て今回初めて浅利演出作品に参加する松本博之。この舞台に臨むにあたっての意気込みを聞いた。
---松本さんは、どうして本作品のオーディションを受けたのですか?
松本: 事務所の社長から「挑戦してみない?」と言われました。浅利慶太さんと言えば、日本を代表する演出家で、あの劇団四季を創られた人。僕とは縁のない雲の上の人だと思っていたので、オーディションを受けるなんて、自分だけだったら全く考えもしなかったと思います。だから背中を押してくれた社長にとても感謝しています!
---故・加藤道夫氏の書いた戯曲の印象は?
松本: 最初に台本をいただいて読んだ時、なんて美しいお話なんだろう、って思いました。悲しみと優しさに満ちていて、どこか儚げで、幻想的な世界。浅利先生が稽古場でよく「加藤先生は繊細で純粋な方だった」とお話しされるのですが、この戯曲からもそんなお人柄が感じ取れます。
この作品には、戦争のために心に傷を負った人や戦後の混沌とした世の中で逞しく生きようとしている人たちが登場します。僕がいま稽古をつけていただいている、思い出を売る“男”は復員兵で、やはり戦争で傷ついた一人だと思います。お会いしたことはありませんが、何となく思い出を売る“男”と加藤道夫さんご自身を重ねてイメージしています。
松本博之
---浅利慶太さんと会われていかがでしたか?
松本: 最初にお会いしたのはオーディションの時だったのですが、とにかく存在感がすごい!僕たちがあまりに固い表情をしていたからなのかもしれませんが、緊張をほぐすために色々気さくに声をかけてくださいました。でもオーディションは撃沈でした(笑)。「基本ができていない。台詞が聞こえない。ちゃんとした訓練を受けていないんだなあ」と言われました。
オーディションの後、ちょうど『ミュージカル李香蘭』の稽古をされていて、「よかったら見学していきなさい」と仰ってくださったので、見学させていただきましたが、そこでの浅利先生は、先ほどのオーディションとは別人のようでした。鋭い視線で俳優たちを見つめ、椅子から立ち上がり直接指導をされたり、台詞の一つ一つに厳しいダメを出したり、作品の時代背景について、ご自身の体験談を語りながら丁寧に伝えたり…、ものすごい空気で、ただただ圧倒されるばかりでした。
後日、浅利先生がもう一度僕と話をしたいとおっしゃっている、とご連絡をいただき、事務所の社長と一緒に面接に伺いました。「今のままではダメだ。基本的な訓練からやらなければならないし、相当なチャレンジにはなるが、挑戦してみるか?」と仰っていただき、もう本当にびっくり。でも絶対やりたい!と思い、「はい!お願いします!」と即答しました。
翌日から李香蘭の稽古を見学しながら勉強し、『ミュージカル李香蘭』の公演が終わると、さっそく浅利先生自ら母音法を教えてくださり、野村玲子さんや坂本里咲さん、畠山典之さんが発声法や呼吸法など指導してくださいました。年末ギリギリまで、そして年明け早々から、ほとんど付きっきりで。でもなかなか結果が出ない。浅利先生が求めるレベルには遠く及ばない。何度も「これじゃあダメだ」と言われましたが、その度にチャンスをくださったのも先生。いまだにその繰り返しですが、厳しい指導の中で、先生の優しさをとても感じています。
松本博之
---浅利さんから受けた演出や指導のうち、特に印象深いことは何ですか?
松本: それはもう、たくさんありすぎて…。
台本の感動を正確に、丁寧にお客様に伝えること、これが俳優の役割だとおっしゃったことでしょうか。だから俳優が余計な感情で台詞をしゃべってはいけないし、ましてや何を言っているのがわからないのはありえない。
「一音落とすものは去れ」「居て、捨てて、語れ」、これは、浅利先生の演出を受けた人は皆さん聞いていらっしゃる、知る人ぞ知る格言! 言葉は一音も落としてはならない、でも決して棒読みではダメなんですよね。言葉のニュアンスを大切にしなければならない。先生はいつも「実感をともなって台詞を言え」とおっしゃいます。
この作品に関していえば、ファンタジックな詩劇であると同時に、戦後の日本の現実的な部分も描いていますので、発する言葉に嘘っぽさがあってはならないんです。台詞をしゃべる時、ひと言も、一瞬たりとも気が抜けない。もう本当に必死の一言です!
演出家の話を聞く松本博之
---今回の経験で、松本さんご自身の内部で「何かが変わった」と思えることはありますか?
松本: この作品に関わる前と今では何もかも違っているように思います。まだ技術は伴っていないけれど、意識は変わりました。例えば、声の出し方。こうやってお腹で支えて声を出すんだ、って。息の取り方もそう。台詞を言うときに、お腹から声を出す、ってことは漠然とわかっていたつもりでしたが、“こう”やって“ここ”に息を取って…ってことを具体的に意識することはありませんでしたから。
台本への意識も全く変わりました。日本語ってすごく難しいんですね。言葉を話すのがこんなに大変だなんて思ってもみませんでした。台本に書かれている言葉一つ一つの音を分解し、母音と子音の組み合わせや連結を意識して、改めて音にするんです。そんなこと今までやったことがなかったので、最初は戸惑いました。でもこれで言葉が一音一音粒立って、明瞭に客席に届けることができるんです。大変ですよ。台詞のすみずみまで意識しないと、すぐに浅利先生の鋭い指摘を受けます。音に集中しすぎると、今度は台詞が不自然になってしまいます。ここが最大に難しいところ。言葉のニュアンスを出し、実感を待ちながら、音を落とさない。まだまだできていないけれど、意識することを知りました。
目が血走ってるって皆に言われます(笑)。やらなければならないことが山ほどあるんですよ。課題ばかりです。寝ている時も台本は離せないくらい、穴が開くほど読んでます。
できなくて悔しいし、辛いし…でもこんな幸せな時もないって感じています。浅利先生の指導をこんなにたくさん受けられて、周りの俳優さんに厳しく且つ温かくサポートしていただき、素晴らしい俳優さんたちと一緒に舞台に立てて。ここで経験したこと、学んだことは将来の僕にとって大きな財産になると思います!
稽古中の松本博之
---SPICE読者の皆様に、観劇お誘いのメッセージをお願いします。
松本: この戯曲を書かれた加藤道夫さんを慕って、音楽の林光さん、照明の吉井澄雄先生、そして演出の浅利先生と、日本のすごい才能が結集した作品です。劇の冒頭から、林光さんの、どこか懐かしく、やさしいメロディがお客様を作品の世界へ誘ってくれます。
現代を生きる僕たちにもそれぞれ大切な“思い出”があると思いますが、『思い出を売る男』をご覧いただき、そんな懐かしく愛おしい“時間”をひと時でも思い出して、温かな気持ちになっていただければ嬉しいです。ぜひご覧ください。劇場でお待ちしております。
松本博之
(インタビュー・文/安藤光夫)
■日程:2016/2/24(水)~2016/2/28(日)
■作:加藤道夫
■演出:浅利慶太
■音楽:林光
■照明:吉井澄雄
■装置・衣裳:土屋茂昭
松本 博之
中村 伝
佐久間 仁
山口 嘉三
斎藤 譲
勝又 彩子
野村 玲子
観月 さら
田代 隆秀
畠山 典之
山口 研志
石毛 美帆
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