『PORTAL』京都公演主演・志人インタビュー
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志人 撮影:吉永美和子(人物すべて)
観ている人に「どう思ったか?」を委ねることができたらいいかな。
関西で都市論的な演劇に挑む「維新派」の松本雄吉(演出)と、「極東退屈道場」の林慎一郎(脚本)がタッグを組んだ注目の舞台『PORTAL』。謎の男・クラウドをナビゲーターに、実在の都市の上に様々な地図を重ねていくというその舞台は、すでに大阪&沖縄で上演されて大きな評判となっている。この後京都&高知で公演を控えているが、京都公演のみ詩人・ラッパーの志人(シビット)がクラウドを演じる。天空から語りかけてくるような言葉と節回しで異彩を放つアーティストが、初めて経験する演劇の舞台の上で、どのような姿を見せるのか。直接会っての取材自体がレアだという、志人の独占インタビューが実現した。
参照→林慎一郎×山中崇(京都公演以外出演)のインタビュー記事。
■舞台が作られていく姿を、参加しながらも客観的に見てみたい。
──今回の出演のいきさつは?
維新派の制作の方から「京都で舞台があるんですが、やってみませんか?」という話が、一番最初にありました。僕は維新派の舞台は観たことがなかったんですが、以前からすごく心に引っかかっていたんです。劇団員の人が僕のライブをよく観に来て下さってましたし、松本さんのやってらっしゃる活動にも興味があって。それで自分の人生経験の一つとして、やってみようかということに至りました。
──維新派以外の演劇は観たりしていたんでしょうか?
それが劇を観るということをしたのが、幼少期以来(松本が演出した)『レミング』が初めてだったんです。でもそれを観た時に、松本さんの作る世界と、スタッフの方々…照明だったり音響だったりのすべてが作り出す世界というのに「ああ、これは!」と思って。映像では収めることのできない生き物という所で、本当に素晴らしいものだなあと。
──ほぼ初めて観たにも関わらず、物語とか役者でなく、真っ先にそういう総合芸術としてのスタッフワークの部分で感銘を受けたというのが、やはり鋭いですね。
そうですか? でもやっぱりどうしても、自分自身が今までやってきた(音楽の)ステージでは、そういう部分の試行錯誤が足りなかったという部分が露呈されました。リハーサルの時に、照明さんと音響さんとその場で作り上げていくという世界なんで。それによって、偶然の一致だったりで、普段じゃ起こりえないようなことが起こるということもあるんですが、その逆もしかりですよ。
──上手くいかない時もあると。
そうなんです。でも演劇だと、偶然を期待しない所から、さらに偶然生まれるモノというのがある。長い稽古期間があって、繰り返し繰り返し同じことをやることによって出てくる即興というのが、あるじゃないですか? そこがね、面白いなあと思いました。
──最初に脚本を読んだ時の印象はいかがでしたか?
僕は自分の心から生まれた言葉だったりとか、自分自身でしたためた文字を書いたり読んだりというのを普段やっているので、人の書かれたものを口に出すというのは、本当に初めてに近いんです。それで脚本を読んだ時は、自分の言葉の辞書にはない言葉や、あってもあえて使わない言葉がたくさんあって。それをどう自分の中に落としこむことができるか? と思った時に、最初は「難しいかもしれない」と言ったんです。でも林さんや松本さんとお話する機会があって、その時に「もちろん“こうしなくちゃいけない”という部分もあるけど、柔軟に変えていい部分もある」と言われまして。それでしたら、できるかもしれないということになりました。
──人が書いた言葉を表現するのが仕事の「役者」とは、そこが大きな違いですね。
そうですね。その部分も、勉強してみたいと思ったんです。あと舞台というものが、ただ(舞台の)上に立っている人だけではなくて、照明や音響などのそれぞれの分野のプロフェッショナルの仕事によって…さらに公演をする街や環境が加わることで、どのようにして出来上がっていくのだろう? と。舞台が作られていく姿というものを、自分自身が参加しながらも、客観的に見てみたいという思いもあります。
『PORTAL』 撮影:井上嘉和(上下とも)
■クラウドは、みんなが忘れたかのように思っている「何ものでもない何か」。
──『PORTAL』初演の大阪公演はご覧になったと思いますが、いかがでしたか?
もう「すごいな」と。ただ客観的に観ようと思っても、やはり自分自身も参加させてもらってる作品なんで、客観的に観られる目はなかったのですが。
──主演のクラウドは、山中崇さんも「いろんな解釈ができる役」と言われてましたが、志人さんはどんな風に考えてますか?
「これです」ということは、定まっていないに等しくて。ただあえて言うなら、完全に忘れ去られた人間…人間ではないかもしれない、完全未登録なモノ。今やマイナンバーとかいろんな登録制度があって、国民になるためには最低限のことをしないと、国からはぐれていきますよね? みんなはぐれるのが嫌だから、普通を装いながら生きてるわけですけど、それでもはぐれてる人間というのはいると思うんですよ。(安部公房の)箱男のように普通の言葉を介さない、普通の人間とコミュニケーションが取れない状況の人かもしれないです。ただそんな人と、社会に溶け込もうとしている人たちを明確に分けることは実はできないし、できないからこそみんなが忘れたかのように思っている存在なのかも、という。あとクラウドって「雲」という意味ですけど、雲っていつも同じ形をしてないじゃないですか? いつ生まれたかも、いつ消えていったのかもわからない。そんな「とらえどころがない」という部分でのクラウド、というのもあると思うんです。
──だとするとやっぱり「浮いた」存在だと。
そうですね。「何ものでもない何か」っていう、とらえどころのない役なのかもしれない。そこに自分自身、特別な感情を抱いてしまうということ自体、もしかしたら間違ってるかもしれないという。雲をつかむように、象(かたど)ることのできない、とらえようのないモノをとらえようとしている…それはもう、難しいことなんで。だから自分自身が無理に感情を読んだりせず、ただ観ている側の人に「どう思ったか?」というのを委ねることができたらいいなあと思いますね。
──先ほど言われてた「人の書いたものを口に出す」ことで、すでに刺激を受けている部分はありますか?
今回「この劇のために作ってくれ」と言われて、白紙の状態で渡されたシーンがあるんです。そこを作った時に「あ、こんなに普段使わないような言葉がたくさん降ってくるか」という感覚は、久々に感じたということはありました。ここは私の言葉で書かせていただいた台詞なのですが、やはり林さん、松本さんの世界だったからこそ心に浮かんだ言葉たちでした。
──その他にも、自分が培ってきたもので、これは活かせると思うことはありますか?
活かせるといったら、人生。とにかく今回の作品においては、(大阪・沖縄でクラウドを演じた)山中さんがずっとやってきた役をやるということにおいて、責任を持ってやるということですね。もし再演をするという話になった時に、僕じゃないラッパーが呼ばれたら「ふざけんじゃねえ!」(笑)と。それぐらいの気持ちでやります。
松本雄吉×林慎一郎 『PORTAL』
■日時:3月12日(土)・13日(日) 12日=19:00~、13日=15:00~ ※13日はポストパフォーマンストークあり。
■場所:ロームシアター京都 サウスホール
■料金:前売=一般3,500円 学生・25歳以下&65歳以上3,000円 高校生以下1,000円 ペア6,500円 当日=各500円増 ※ペア券は前売のみ取扱
■演出:松本雄吉(維新派)
■音楽・演奏:内橋和久
■出演:山中崇(京都公演除く)・志人(京都公演のみ)/大石英史、後藤七重、鈴木麻美、武田暁、夛田茜、福田雄一、増田美佳、松井壮大、松田翔、森正吏
■公式サイト:https://portal-2016.wix.com/portal