北村朋幹(ピアノ) 俊英が成長と変化を顕す、刮目の最終章

2016.4.3
インタビュー
クラシック

北村朋幹(©藤本史昭)

 2013年に始まった北村朋幹のトッパンホール〈エスポワール シリーズ〉が、最終回(第3回)を迎える。当シリーズは俊英がトッパンホールと共同で飛翔を期す企画であり、北村は10人目のシリーズ・アーティスト。繊細で知的なピアニストとして10代から活躍する彼は、近年他の公演も含めて当ホールに再三出演し、20代前半の重要期に大きな糧を得ている。
「毎回幸せに思うのは、公演までの数日間、満足いくまでホールでリハーサルができることです。一人ピアノと向き合っていると、ホールが楽器の一部に感じられ、自分の部屋で練習しているような錯覚にさえ陥ります。このホールは、何事も無難で素早いことが主流の世の中で、そこから最も遠い地点にあるべき音楽とじっくり向き合える、とても貴重な場所です」

 中でも〈エスポワール〉は、成長と変化をもたらした。
「特に、色々と苦しい時期にヴァイオリンのダニエル・ゼペックさんと共演した前回は、音楽に救われ、今後も音楽を続ける勇気をもらいました。プレッシャーを感じる企画でしたが、その結果今見えている景色は、自分の人生に必要不可欠なものだと思っていますし、このシリーズを機に演奏家という職業について深く考えるようにもなりました」

 第1回と同じ「ソロ」の今回は、進化した現在地を確認する公演。ベートーヴェン、シェーンベルク、ブラームス、リストの作品が並ぶ内容だ。特にブラームスのソナタ第3番は、彼の変容を示唆している。
「第1回から2年以上経ち、音楽を純粋に捉えて全てを肯定できた時に生まれる感動を、素直に音に変換したいと感じています。例えばブラームスの第3番のソナタなど、1年前は興味すらなかったのですが、偶然聴く機会があり、その後しばらくこの曲のことばかり考えていました。理由は分からないのですが、そうした言葉で表わせない感動こそが音楽の根源的な美しさかもしれません。また最近は、音楽の流れにただ身を委ねて演奏してみたいと思っていて、自分の理性など簡単に凌駕する“あの”ソナタの濃厚なロマンティシズムに、新しい挑戦を“助けて”もらいたいと考えました」

 3回の柱をなすベートーヴェンは「6つのバガテル op.126」。これも意外だ。
「この企画にあたってベートーヴェンの多くの作品に触れました。しかし昨年、現時点での限界に辿り着いたのを感じ、そこからまた新しい一歩を踏み出したいとの願いも込めて、最後のピアノ曲を選びました。でもそれより、ただ素晴らしいこの作品が昔から大好きなのです」

 今後は「何物にも影響されない強い精神力と自信を持ち、全ての物事に心を開いた状態で接することのできる音楽家、というよりも人間になりたい」と語る彼。今回その進化のマイルストーンをしかと見届けたい。

取材・文:柴田克彦
(ぶらあぼ + Danza inside 2016年4月号から)


エスポワール シリーズ 10 北村朋幹 Vol.3— solo ふたたび
4/12(火)19:00
トッパンホール
問合せ:トッパンホールセンター03-5840-2222
http://www.toppanhall.com