『猟銃』フランソワ・ジラール ~ カナダの鬼才演出家にインタビュー
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「作品名に因んで」ということで、“猟銃”と一緒に写ってくれました (撮影:大野要介)
舞台『猟銃』の再演が東京・パルコ劇場で上演中だ(24日まで。その後、新潟・京都・愛知・兵庫・北九州を巡演)。過去に読売演劇大賞や紀伊國屋演劇賞などを受賞し、多くの演劇ファンから熱心に待ち望まれていた伝説的舞台が、ようやく我々の前にその姿を再び現したのだ。
-- 主演女優の中谷美紀さんのことからお訊きします。彼女は初演時、映像の世界では活躍をしていましたが、舞台のほうは全くの未経験者でした。しかし『猟銃』初演での見事な演技力が認められ、その後、幾つかの質の高い舞台も経験して、ますます実力と自信をつけたと思います。数年ぶりに再会した彼女に対して、どのような思いを抱いてますか。
ジラール: 2011年の初演は、美紀さんのキャリアにとって、そして東京の演劇コミュニティにとっても、とても大きな出来事だったと思います。観客の目から見て、舞台上の彼女は果たしてどのように映るのか、ということは彼女自身もとても気にしてました。そして、そのようなプロジェクトをご一緒できたことは、私も本当に光栄でした。
私は、舞台の俳優と映像の俳優の違いなどないと信じています。本当に素晴らしい俳優は、それがカメラの前であろうと、生の観客の前であろうと関係なく、その魂の深みが伝わってくるのです。美紀さんの深みは本当に素晴らしいと思います。私はこれまで何人もの俳優たちと仕事をしてきましたが、その中でも彼女はダントツにいい。どんなに小さなディテイルでも、すべて徹底的に突き詰めて形にしてくれます。本当に優れた役者だと感心しています。
舞台の女優としても、もちろん大きな成長を遂げています。前回からの4年半の間に、舞台や映像の経験を重ねて来たことの成果なのでしょう。そんな彼女と、ディスカッションを重ねながら、初演の時よりも、さらに先へ前進した『猟銃』を作ります。観た人の記憶によりいっそう残るようなパフォーマンスを提供します。
フランソワ・ジラール(撮影:大野要介)
-- 稽古において、初演時と異なるアプローチは何かありますか。
ジラール: 舞台をご覧になった方ならば覚えていると思いますが、不倫をする男・三杉穣介(みすぎじょうすけ)を演じるロドリーグは、本番において常に舞台の後方にいます。だから美紀さんが演じる3人の女は、舞台上でロドリーグがどんな様子なのかを確認することが全くできないのです。しかし今回、稽古の間だけ、美紀さんとロドリーグの位置を対面させるようにしました。それによって、二人の関係性を育てようと考えたのです。二人はお互いに、相手の人物をより深く理解することになるでしょう。本番では、ロドリーグは再び後方に戻りますが、美紀さんは稽古場でのロドリーグのパフォーマンスを鮮明に覚えているでしょうから、3人の女性の感情をより明確に演技に反映させることができるのではないかと思います。これが今回の新しい試みのひとつですね。
-- ロドリーグ・プロトーさんは、もともとジル・マウ(ミュージカル『ノートルダム・ドゥ・パリ』の演出でおなじみ)の前衛劇団で主役を張ったり、ルパージュの作品やシルク・ドュ・ソレイユにも関わるなど、たいへんな経歴をお持ちの役者さんですね。今回の稽古によって、彼の演技にもさらなる進化が見出せそうですか。
ジラール: ロドリーグとは27年前に映像の仕事で知り合いました。以来、何度か一緒に仕事をしてきましたが、彼は美紀さんと同じくらい仕事に対する忠誠心が強い人です。演出家の仕事とは、テキスト(上演台本)とパフォーマーとの繋がり(コネクション)を作ることであると同時に、パフォーマーとパフォーマーとの繋がりを作ることでもあると考えています。美紀さんとロドリーグが一緒に動く稽古をすることによって、二人の間の繋がりが途絶えないようにする。それは具体的に目に見えるものではありませんが、そのことによってきっと、舞台の上に素晴らしい魔法を生み出せるはずだと信じてます。
フランソワ・ジラール(撮影:大野要介)
-- ジラールさんは井上靖の原作について、初演時のパンフレットの中で「私はその美しさ、意味の多様さを絶えず発見し続けている」と述べられていました。
ジラール:正直に言うと、ここ4年ほどは別のプロジェクトにかかりっきりで、原作小説を読み返すことはしていませんでした。でも、人物の描かれ方やストーリーの展開は細かいところまで記憶の中に鮮明に残っていました。とはいえ、今回改めて再読したのですが、一つ一つの言葉が「あれ、こんなに短かったっけ」ということに気付かされました。ミニマルなんです。それはつまり、観客の皆さんに考えさせる力を持っているということなんですね。だから私たちは、テキストに書かれた言葉以上に複雑な情報を受け取ることになるのです。そして、ここ数週間ほど何度も通し稽古をやってるのですが、そのたびにディテイルにおいて新たな発見が尽きることはありません。それゆえにどんどん仕事が楽しくなり、やり甲斐も増すのです。つくづく井上靖の天才性を痛感します。
フランソワ・ジラール(撮影:大野要介)
-- 『猟銃』では、普段私たち日本人が意識しないような日本文化の特質というか、日本的な要素を随所で顕在化していたという印象があります。そうしたことは創作過程において強く意識していましたか。
ジラール: 私はこれまで25回も来日しているのに、日本語がいっこうに話せず申し訳ないのですが(笑)、日本文化のエキスパートでもありません。あらゆる文化の中で、日本文化は一番、深層部に入りにくいものと思っているほどです。そして自分は、どこに行っても外国人、あるいは、アウトサイダーなんだなぁ、と思うことがよくあります。映像を作っていると「演劇の人がやってる」と思われる。演劇をやっていると「映像の人がやっている」なんて言われてしまう。
でも、それだからこそ、どこにも属さないことの自由さを感じることはあります。自分にとって、そのことはハンディキャップであると同時に、創作の支えでもあるんです。そんな私にとって表現の本質は、テキストの中から生まれてくるものだと思っています。それをテキストの中から発掘することが、私の仕事なのです。もし『猟銃』の舞台に日本らしさを感じていただけたのだとすれば、テキスト自体が深く日本的だったからに他ならず、それはとりもなおさず井上靖のおかげである、ということなのです。
フランソワ・ジラール(撮影:大野要介)
-- ジラールさんがMETで演出したワーグナーの『パルジファル』を映画館のライブ・ビューイング上映で観たのですが、とくに第2幕の“クリングゾルの魔の城”の場面において、ヴィジュアル的に『猟銃』との連続性を感じました。
ジラール: 『パルジファル』は取り組むにあたって非常に難しい作品でしたが、「血」というアイデアが湧いた時に、やっと作品に繋がることができたと思いました。そこで、第2幕では舞台一面に「血」を張ったのです。一方『猟銃』では、愛人の娘・薔子(しょうこ)のシーンで「水」を使っています。だからどちらも流動的な液体という点で連続性は見出されるかもしれませんね。
-- 脱線して申し訳ないのですが、『パルジファル』では、その「血」の池の中に、日本のホラー映画『リング』に出てくる貞子という有名な幽霊が大人数で立っているように見えました。そのことが日本の観客の間ではかなり話題になりました(笑)。やはり、そういうことは意識されていたのですか?
ジラール: いいえ! 私は(貞子というものを)まったく知りません。それは、よい繋がりになってましたか?
-- というか、日本の観客は恐怖におののいてましたが…(苦笑)
ジラール: そうでしたか…(苦笑)。まあ、「血」の話ですからね。それが生命や人間の業のメタファーになっていたのです。怖すぎなければよかったのですが…。
-- それでは話を『猟銃』に戻しまして、読者に対して勧誘のメッセージをいただけますでしょうか。
ジラール: 井上靖のテキストを再発見しに、劇場に来てください。私は原作の魅力がしっかりと皆さんに伝わるように、美紀さんやロドリーグ、そしてパルコ劇場の方々と共に、一番正しい方法を探ってきました。既に『猟銃』を観たことのある人も、観たことのない人も、そして原作を知らない人も、ぜひ再発見をしにいらしてください。
フランソワ・ジラール(撮影:大野要介)
取材・文:安藤光夫
2016/4/02~4/24 PARCO劇場 (東京都)
2016/5/04 りゅーとぴあ新潟市民芸術文化会館・劇場 (新潟県)
2016/5/07~5/09 ロームシアター京都 サウスホール (京都府)
2016/5/14~5/15 穂の国とよはし芸術劇場PLAT主ホール (愛知県)
2016/5/21~5/22 兵庫県立芸術文化センター阪急中ホール (兵庫県)
2016/5/27~5/29 北九州芸術劇場 中劇場 (福岡県)
■原作:井上 靖『猟銃』
■翻案セルジュ・ラモット
■日本語監修鴨下信一
■演出フランソワ・ジラール
■出演中谷美紀/ロドリーグ・プロトー
■公式サイト:http://www.parco-play.com/web/play/ryoju/