シャルル・アズナヴール「最後」の日本ツアーが6月に実現

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シャルル・アズナヴール(Charles Aznavour)                                      

シャルル・アズナヴール(Charles Aznavour)                                      

シャルル・アズナヴール(Charles Aznavour)が来たる6月に、9年ぶりの来日公演を果たす。今年92歳となる彼にとって今回が最後の来日であり、“伝説”の見納め・聴き納めとなる。

アズナヴールは言わずと知れたフランスの国民的シャンソン歌手であり、著名な映画俳優でもある。「帰り来ぬ青春(Hier encore)」(1964)、「ラ・ボエーム(La Bohème)」(1965)、「世界の果て(Emmenez-moi)」(1967)、「コメディアン(Les Comédiens)」(1962)、「イザベル(Isabelle)」(1968)など、ヒット曲は枚挙にいとまがない。いずれも、しかるべき世代以上の人なら、原曲で、あるいは日本人歌手による日本語歌詞によって、一度ならず耳にしたことのある名曲ナンバーばかりである。

1924年5月22日フランス・パリ生まれの彼は、前述のとおり来日時には92歳となる。しかし、次の動画を見ていただければ、彼が健康そのものであることが判る。


そんなアズナヴールの足跡を改めて確認しよう。アルメニア人の芸人を父に持つ彼は、幼少の頃より両親と共に舞台に立ってきた。1940年代に歌手活動を開始、作詞作曲も手がけるようになると、エディット・ピアフに認められ彼女のツアーに同行、次第に知名度を上げてゆく。1960年代にはアズナブール曲の編曲をポール・モーリア(当時はまだ楽団主宰者ではなく、ピアニストだった)が手掛けるようになり、このあたりからサウンドが随分と今風になって、大ヒットを次々と世に放つようになった。

歌手活動と並行して、映画俳優としての活動も積極的におこなった。トリュフォー監督によるヌーヴェルヴァーグ映画の傑作「ピアニストを撃て(Tirez sur le pianiste)」(1960)の主演、そしてシルヴィ・ヴァルタン主演「アイドルを探せ(Cherchez l'Idole)」(1963)など60本以上の作品に出演してきた。ちなみに、ヴァルタンの最大ヒット曲となった「アイドルを探せ」の主題歌(La Plus Belle Pour Aller Danser)も、アズナブールが作詞している。また、映画『ノッティングヒルの恋人』(1999)の主題歌にもなった「She」は、昨今エルヴィス・コステロの曲だと思っている人も多いが、これ実は1974年にアズナブールが作詞作曲して歌い、英チャート首位に輝いたものがオリジナルである(フランスでは「忘れじの面影(Tous les visages de l’amour)」という題名で発表された)。『ノッティングヒルの恋人』では、冒頭にアズナヴール版、ラストでコステロ版が流れていたのである。

現代フランスの大衆音楽の呼称として“シャンソン”と“フレンチポップス”がある。両者の間に明確な線引きはないが、“シャンソン”は1950年代以前、“フレンチポップス”は1960年代以降というイメージが、我々日本人の無意識になんとなく植え付けられているのではないか。前者はピアフやグレコ、モンタンなど。後者は、ミシェル・ポルナレフ、ジョニー・アリディ、フランソワーズ・アルディなど…。それでいえば、アズナヴールやゲンズブールは(作風は異なるものの)“シャンソン”と“フレンチポップス”両方の時代のカテゴリーを股にかけているアーティストと言って、差支えないように思える。

そうした意味で、今回のアズナヴール最後の来日公演は、往年のシャンソン・ファンや映画ファンはもとより、“フレンチポップス”あるいはヨーロッパ・ポップス全般の神髄に触れたい人も、その眼と耳で生体験しておく意義は非常に大きいと思われる。

そして、である。「『機動戦士ガンダム』のシャア・アズナブルなら知ってるけど…」という若い世代の人には、それすなわち、富野由悠季監督がシャルル・アズナヴールのファンであったことに由来するキャラクター名であったことを改めて認識していただき、好奇心旺盛なガンダム・マニアならば、その意地にかけてでも、この貴重なルーツ探究の機会を見逃すべきではないと、声高にお伝え申し上げる次第である。

公演情報
Charles Aznavour(シャルル・アズナヴール)

■日時・会場:
6月13日(月)19:00 フェスティバルホール (大阪府)
6月15日(水)19:00 NHKホール (東京都)

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