「作品の中のすべてのナンバーが、キースの感情のように感じられるんです」。ミュージカル『ラディアント・ベイビー』、岸谷五朗インタビュー
-
ポスト -
シェア - 送る
岸谷五朗
1980年代、ニューヨークのサブウェイ・ドローイングをきっかけにアメリカを代表する世界的なポップアーティストとなったキース・ヘリングの生涯を描くミュージカル『ラディアント・ベイビー』。その日本初演で演出を務める岸谷五朗が、胸に宿るキースへの特別な思いと、本番へ向けた熱い意気込みを語ってくれた。
──親しみやすいポップなタッチで日本でも根強い人気のキース・ヘリング。岸谷さんは1993 年にAAA(Act Against AIDS)の活動を立ち上げる際、彼の絵をシンボルマークに掲げましたが、キースの「絵」に寄せる個人的な思いなどはありますか?
「キースがアートの世界で頭角を現していた80年代は僕もまだ若くて…ホント、貧乏だったなぁ(笑)。ニューヨークもまだ荒れている頃でね。でも僕も実際にニューヨークに行ったときに、サブウェイの中でキースが描いた絵を見ていたんですよ。今、キースの資料をたくさん読んでいるとそのときのことが思い出されます。キースはあの場所で落書きをしていたんですよね──。雑多で暴力的で危険に満ちているからこそ魅力的だった、あの頃のニューヨークもよかったな。そんな時代の空気の中で生まれたキースの絵には、シンプルだけど深いテーマが必ずあって、“一枚の力”がとても強いなって思っています」
──本作は今回が日本初演ですが、オリジナル版もご覧になったとか。
「実はこの『ラディアント・ベイビー』ってDVDとかにはなっていなくて、現存する映像はニューヨークの図書館でしか観れないんです。もちろん、それを観てきましたよ。図書館でみんなが勉強している中、そっとね」
岸谷五朗
──図書館とは…! 気持ちが盛り上がっても静かに観るのは辛かったのでは?
「ね(笑)。びっくりしたのは、僕は今度『キンキーブーツ』もやるんですが(日本版演出協力・上演台本にて参加)、そのブロードウェイ版のキャストのビリー・ポーターがアンサンブルで出ていたり、ほかにも『RENT』のモーリーンや『ジャージーボーイズ』のキャストや…もう、出演者が素晴らしい役者ばっかりなんですよ! ダンサーもキレッキレのヤツらが揃っているし。“そうか、『ラディアント・ベイビー』は当時メジャーになる前のミュージカル・スターを惹き付けた作品なんだな。やっぱスゴイわ”と納得しました。そして、だからこそ僕はそこで観たモノとまったく違う視点でこの作品を創ろうと思ったんです。オフ・ブロードウェイ版とはまったく違う演出で」
──例えばどんなイメージを?
「あまり具体的なモノを並べていくのではなく、俳優、美術、音楽、衣装、ダンス…プロセニアムの中の“全部”がキース・ヘリングの生涯である、というイメージ。柿澤くんひとりがキースを演じているということじゃなく、“みんなでキース”。舞台にいる表現者たちがキースの人生を作る上で必要なモノにどんどん変化していって、みんなのパフォーマンスが今そこにキースの人生を生み出していくっていう感じですね。難しくはないです。少し変わったエンターテインメントにしたいなってことで。この作品、音楽ひとつとってもすごく多彩なんだけど、そこもある意味キースの喜怒哀楽なんだろうなって思うんですよね。キース以外の人が歌う楽曲も含めて、『ラディアント・ベイビー』という作品の中のすべてのナンバーが、キースの感情のように僕には感じられるんです。カンパニーみんなが必死になってその感情に取り組んでいく。この作品、僕らにもう相当な勢いがないと、ちゃんと面白いモノにならないですよ」
──31歳で亡くなったキースの人生のスピードに、全員で追いついていく。
「そうですね。キースはAIDSで亡くなってるんですけど、この作品、実はそのことにひと言も触れてないんです。AIDSで亡くなったことについて語ってるんじゃなくて、彼の人生を語ってるわけですからね。それに向こうではもうみんなが知っている事実という大前提があるし。ただ、日本で上演するに際しては、お客様に対してはオリジナルよりももう少し丁寧にキースのバックボーンを匂わせていく必要はあるかもしれませんね」
──スピーディーで刺激的で個性的なキースの人生。劇中では80年代のニューヨーク特有の熱に加え、ゲイカルチャーについての描写も多いようですが…
「いわゆるハッテン場の様子とかね。僕も当時行ったことありますけど、ニューヨークのクラブのゲイナイトって特殊な場所ではあるけれど、すっごく明るくてすっごく楽しいんですよ。あのハッピーな空気もどこかで匂わせられたらいいですよね。そのシーン、オリジナル版ではかなり刺激的な表現だったけど、僕はエンターテインメントというオブラートを有効に使いながら…うん、日本版らしい描写を考えています」
岸谷五朗
──一方で、キースと触れ合っている子どもたちも重要な役割を持って劇中に存在している。キースは子どもたちのための活動にも熱心でした。
「子どもたちがいて、大人たちがいて、世界がある。キースは子どもたちと一緒にいることで失いたくない子ども心みたいなものを確認していたのかもしれないし、子どもたちと同じ位置にいることで彼らの気持ちを追っていたのかもしれない。やっぱりアーティストですから、創作のなにか源にもなっていただろうし。純粋な子どもたちがキースにとって特別な存在だったのは確かです」
──本番も近づいてきていますが、お稽古の手応えはいかがですか?
「みんな燃えてますよ〜。動きの部分では今回のアイデア、やっぱり最初は驚きもあったようだけど、ミュージカルのいいところはまず歌稽古から始められること。音楽の力で直接創り手たちの世界観をわかってから本稽古で台詞とかに入っていくので、俳優に徐々にしっかり作品が染みていくというか、感覚的に自然と物語に入っていけるんですよ。ただ、やっぱりこの作品は大変! キースの人生を負う責務も大きいですし、なによりダンスなんかも相当ハードになりそうで…おそらくカーテンコールに行き着くまでにみんな死にそうになるんじゃないかなぁ(笑)。一日2回公演なんてできるのかな?(笑) でもそこまでギリッギリのパフォーマンスでやらなければ、キースの人生には届かないし、観客からの賞賛のアプローズももらえません。想定内じゃ全然ダメ。思いは常に限界の先にある感動に向いています」
──キースの魂が感じられる、非常にホットなステージになりそうですね。
「舞台をやる僕はいつもチャレンジングで、いつも1年生。現場に入るたびに自分の脳みそと戦いながら“なにができるのか”と自分で自分が楽しみだし、作品の持つ新鮮なパワーが心を楽しく揺さぶってくれるんです。今回はかつてその絵の力で僕らのAAAの活動を後押しし盛り上げてくれたキースの人生の物語を演出できるということで、本当に念願の“恩返し”だと感じてます。自分の一番得意な自分のフィールド“演劇”でキースに再会できた──間違いなく、とってもやりたかった作品です。全力で取り組み、観にきてくださった方々の明日の勇気と生きる力につながる“最高に熱を帯びた”ステージをお届けしましょう!」
岸谷五朗衣装協力:八木通商〈ジャケット(ベルヴェスト)、シャツ(オリアン)〉
取材・原稿=横澤由香
【日時・会場】
16/6/6(月)~16/6/22(水) シアタークリエ (東京都)
16/6/25(土)~16/6/26(日) 森ノ宮ピロティホール (大阪府)
【出演者】
Spi Miz 大村俊介(SHUN) 汐美真帆 エリアンナ 香取新一 加藤真央 MARU 戸室政勝 おごせいくこ
大西由馬 設楽銀河 永田春 朝熊美羽 伊東佑真 漆原志優 新井夢乃 小林百合香 ミア
演出:岸谷五朗
※下記4公演は「キース・ヘリング スペシャルデイズ!」