野平一郎(ピアノ、作曲) 瞬間的な美を極める
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野平一郎(ピアノ、作曲)
あるときは新作初演の作曲家。あるときはソロ、または、ヴァイオリン、声楽家などとのアンサンブルや室内楽でピアノの腕を振う。近年はプロデュースや指揮、執筆でも多忙を極める。そんな八面六臂の活躍ぶりを続ける野平一郎が、6月16日、浜離宮朝日ホールでソロ・リサイタルを開催する。
今回のテーマは「小品の極意に迫る」。バッハ、ベートーヴェン、シューベルトに20世紀作品を組み合わせたプログラムだが、もともとの発想の源泉はシューベルトだという。
「アンサンブルでは随分弾いていますが、実はシューベルトをソロで弾くのは初めてなんです。そこでシューベルトの『楽興の時』を軸に、小品で全体を構成してみたら面白そうだと思いつき、現代作曲家も含め小品を組合わせることにしました。シューベルトもそうですが、バッハ、ベートーヴェンは大作も書いていますから、小品を取り上げることで、大作曲家のこれまでとは異なる面も照射できるのではないかと思います。シューベルトにはとても自然な歌があり、そうした特長は今の自分にはしっくりくるような気がします。『楽興の時』から4曲を取り上げますが、第6番のようなゆっくりした曲には独特な難しさがあると思います。平易で抒情的な音楽なのですが、他方でアンタッチャブルな迷宮のような面も持っているのがシューベルトの魅力ですね」
バッハでは「3声のシンフォニア」から8曲、ベートーヴェンでは「7つのバガテル op.33」から4曲をとりあげる。
「バッハは大好きな作曲家です。とりわけ『インヴェンションとシンフォニア』と『平均律』は本当に素晴らしい作品だと思っています。バッハは勉強すればするほど味わいが出てきて、まったく飽きない、そんな作曲家ですね。ベートーヴェンの『バガテル』もとてもおもしろい曲です。この曲が完成された1802年はハイリゲンシュタットの遺書を書いた年で、ベートーヴェンが自らを見直そうとしていた時期ではないでしょうか。ピアノ・ソナタのようなかっちりとした構成の曲とはまた違う魅力がありますね」
幾多の現代作品を弾いてきた野平だが、リサイタル後半は、ジョルジュ・クルターク「3イン メモリアム」、ドビュッシー「ベルガマスク組曲」、篠原眞「Brevity for piano」という凝ったプログラムだ。
「先日、ハンガリーでクルタークさんと実際にお会いする機会がありました。今年90歳になりますがとてもお元気で、初演は未定ですが現在オペラを作曲中とのこと。故国でも大変尊敬されている現代の巨匠です。彼の曲を弾くのは初めてですが、この作品はまさに凝縮された世界をもつ小品です。静と動のコントラストが鮮やかで、音楽評論家モーリス・フルーレの追悼に書かれたという経緯もある曲です」
篠原作品もかねてから弾きたいと思っていたという。
「篠原さんは日本人作曲家の中でもその論理的な構築で際立つ個性を持っています。彼のようなタイプの作曲家は日本人には珍しいですね。『Brevity for piano』は昨年末に世界初演されたばかりですが、ごく短い24曲からなり、分散和音、クラスターなど、曲ごとにひとつの技法に焦点を当てている非常に難しい作品です。演奏者にここまで“容赦のない”作品も珍しいのではないでしょうか。響きも独特ですが、緻密な世界という点ではクルターク作品にもつながるところがあると思います」
古典から現代まで、各作曲家の個性が詰まった小品の数々。卓越したピアニストでありながら、作曲家として作品の内部に分け入る視点をもつ野平ならではの演奏に、期待が高まる。
「今回のリサイタルでは、ドビュッシーの『月の光』やシューベルトの『楽興の時 第3番』など、皆さんがよくご存じの曲も弾きますし、短い曲が続くなかで、作曲家ごとの作風や響きの違いなどを楽しんでいただけるのではないかと考えています」
取材・文:伊藤制子 写真:藤本史昭
(ぶらあぼ + Danza inside 2016年6月号から)
野平一郎 ピアノ・リサイタル
「Moments musicaux」
<プログラム>