今ででもみんなの中に彼の「血」が流れている。「大竹野正典」の人生を描く新作舞台『埒もなく汚れなく』
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2009年、不慮の事故により48歳という若さで亡くなった、劇作家・大竹野正典さんの人生を描いた作品が6月1日から12日まで下北沢のシアター711にて上演される。「家族を持ち、会社勤めをしながら、意欲的な作品を作り続けてきた」(公演チラシより)劇作家の人生を、昨年『彼らの敵』で読売演劇大賞・優秀作品賞を受賞した注目の若手劇作家・演出家の瀬戸山美咲(ミナモザ)の作・演出のもと舞台化。家族やたくさんの芝居仲間に取材し、彼の創作の原点を探っていく作品になるという。それにしても関東圏の人にはあまりなじみのない劇作家の人生が、亡くなってから7年後にお芝居になるという出来事に、「大竹野正典」への好奇心が強烈に湧いてくる。
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「大竹野正典」をwebで検索してみてください。「くじら企画」という大竹野さんの活動拠点だった団体のホームページが出てきます。ここには彼の真摯な生き様の断片がちりばめられていて心に響きます。また、2009年7月21日。大竹野さんが亡くなった次の日に後藤ひろひとさんが書いた「会社員『大竹野正典』さん(48歳)」という哀切きわまりない文章にも出会えます。「大竹野正典」というキーワードで、私たちは大きなインパクトを受けることができます。
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【作・演出を手がける瀬戸山美咲(ミナモザ)のコメント】
「大竹野正典さんのことを描くのはどう?」
ちょうど1年前の今頃、プロデューサーの綿貫さんが興奮気味に電話をかけてきた。私は、その時点では大竹野さんの作品をひとつしか観ていなかったし、戯曲も読んでいなかった。しかし、私は「やります」と返事をして電話を切った。最後の作品が『山の声』であること、そして大竹野さんは海で亡くなったことを聞き、大竹野さんという人がどんな人だったのかただ知りたいと思ったからだった。
取材では本当にたくさんの方のお世話になった。大竹野さんのご家族、高校時代からの友達のみなさん、一緒に芝居をやってきた役者・スタッフのみなさん、大竹野さんを応援していた編集者さん、戯曲集の出版元の方……。劇中に登場するのはほんの一握りの方だけど、そのうしろにはたくさんの方の大竹野さんへの想いがある。取材は毎回4~5時間に及んだ。それだけ話しても大竹野さんの話はまったく尽きない。尽きないだけではなく、どれも本当に面白い。中には生前の大竹野さんにはお会いしていないけれど……という方も何人かいた。そういう方からも、大竹野さんのことで知っていること、大竹野さんから影響を受けたことを伺った。そもそも大竹野さんの作品を取り憑かれたように上演し続けている綿貫さんも大竹野さんにお会いしたことがないのだ。しかし、綿貫さんはまるでよく知っている人の話のように大竹野さんのことを語る。生きていると思う。みんなの心の中で生きているという意味ではなく、今も姿を変えうごめき続けているという意味で生きていると思う。なんというか、大竹野さんの「血」がみんなの中に今、流れているのだ。
大竹野さんは劇作家だ。作品の力においては私など足元にも及ばない。大竹野さんのような奇抜なしつらえは思い浮かばないし、異様に生々しい会話も今の私には書けない。もし大竹野さんに自分の戯曲を読まれることになったら、もの凄く緊張すると思う。できれば読まれたくないとすら思う。
そして、大竹野さんには働くおっちゃんの一面もある。こちらのほうはとても親しみやすい。私は下戸だけど、一緒に飲みたい。全然緊張しないと思う。おっちゃん的なエピソードに関しては共感することのオンパレードだ。特に夫婦間のやり取りは身に覚えがありすぎる。
劇作家としての大竹野さん、おっちゃんとしての大竹野さんのあいだを行ったり来たりしながら、大竹野さんを描いたのがこの作品です。すべてが事実というわけではありません。大竹野さんが現実の出来事を大胆に解釈して芝居をつくったように、私も大竹野さんの話から自由に発想の翼を広げさせてもらいました。そのことを許してくださった妻の小寿枝さんに本当に心から感謝いたします。
大竹野さんと出会ったからには、私も大竹野さんの血を自分の中に流していきたいと思います。そして、自分もいつかそういう劇作家に、そういう人間になりたいと思います。
大竹野正典役には、劇団チョコレートケーキの西尾友樹、その妻・小寿枝役には占部房子を迎えた注目作。お見逃しなく!
新作「埒もなく汚れなく」