【SPICE対談】ラジオの中の人 第三回 DJ 岡村有里子×ラジオディレクター 山本達也(前編)

インタビュー
2016.7.21

音楽と人の声を届け続けるラジオ番組を作る人たちに、放送では聞けない裏話を聞く対談企画「ラジオの中の人」。

第一回・ナビゲーター 藤田琢己さん×ディレクター 野村大輔さんの対談はコチラ
第二回・DJ/MC/タレント 奥浜レイラさん×構成作家 磯崎奈穂子さんの対談はコチラ

第三回は、長らくInterFM897を中心に番組を作ってきたDJ 岡村有里子さんと、ラジオディレクターの山本達也さんがご登場。
首都圏の中では、特に異国情緒ただようステーションでの番組づくりと、いよいよ今週末に迫ったフジロックへの思いを伺った。

番組を作る人:ラジオディレクター 山本達也さん 
伝える人:DJ 岡村有里子さん 

岡村:私、達さんと一緒にInterFM(※現在の正式名称はInterFM897。以下、InterFMと省略)で番組やったのって、フジロック特番だけですよね。
山本:一緒にやった番組っていうと、そうかもしれないね。
岡村:私の中で重要な位置を占める番組のひとつに「The Hitmonger(ザ・ヒットモンガー)※」があるんですけど、それを担当していた時、番組が終わってから深夜に局で一人で編集してると、他は誰もいないんだけど達さんだけはいたんですよね。達さんがいるから頑張れるみたいな感じでしたね(笑)。
(※「The Hitmonger(ザ・ヒットモンガー)」はかつてのInterFMで放送していた番組。番組からヒット曲を生み出そうというコンセプトで、タイトルはヒット屋さんという意味。)

――居残り勉仲間みたいな感じですね(笑)。

岡村:それが2003年頃の話ですかね。
山本:一番初めはそれこそ、インターガールズだよね。
岡村:私、インターガールズっていうオーディションがきっかけだったんです。
山本:それがインターデビューでもあり。インターガールズとして番組を持ったのはいつぐらい?
岡村:2000年ですね。
山本:2000年で言うとちょうどオレがMD(※ミュージック・ディレクター。InterFM全体の選曲のディレクションを担っていた)になったのが2000年頃で、ちょうど同じ頃にインターガールズも始まった。
岡村:インターガールズ自体はそのちょっと前からスタートしているので、私は第三期か四期か、そのくらいなんですよね。

――帯番組だったんですか?

岡村:深夜23時とか24時とかの時間帯の生放送で、インターガールズが日替わりでDJをつとめる番組でした。私が担当した時から、新宿のタワーレコードのサテライトスタジオから公開生放送で、時間も夕方の5~6時になったんです。インターガールズが「スピンブレイク」をやる、ってなったんです。
山本:タワー新宿店ができた時にサテライトスタジオから放送する「スピンブレイク」っていう番組が立ち上がって、俺がそれやってて…そんなこと言い出したらキリないよな(笑)。

――昔からのInterFMファンにとっては、胸熱な話ですよ!ところで最近、インターネットラジオも増えてきましたよね。制作側から見ると自由度が高そうな感じがするんですが。

山本:自由度は高いんじゃないかな。FM/AM放送は前提として免許ありきのもので、ネットだとそこまでの制約が多分ないんだよね。極端な話、放送禁止用語とかそこまで厳しくないんじゃないかな(笑)。
あとは著作権関係さえクリアになれば、やれることは広がると思う。LINE LIVEなんかもそういう放送形態のひとつだと思うし。多種多様になってきてますよね。

DJが選曲も取材もこなす、海外かぶれのワンマンスタイル

――今からラジオ番組をやるとしたら、どんな番組にしたいですか?

岡村:昔InterFMでやらせてもらってた番組は、しゃべるだけにとどまらず選曲も取材もけっこう任せてもらっていたものもあって。大変だったけど、すごくやりがいがあって楽しかったので、そういうのはまたやってみたいな。あそこまで自由にやらせてもらえる番組、なかなかないですよね。
山本:(そこまでできる)やり手がいないかもしれない、あんまり。喋ってる人で取材も率先して行って、それこそライブとかもちゃんと観て。そういう意味でいうと俺、有里子以上の人を知らないよ、マジで。
岡村:この前一番忙しかった時のことを考えてたんですけど、ちょっともう絶対できないぐらいハードで(笑)。
ちょうどその時期に、デーヴ(・フロム)さんの番組の中の「クラウドノイズ」っていうコーナーのレポーターもやっていて、ライブに行くときにちょっと早めに会場に入って、今どんな雰囲気か、開演前の様子をレポートして。ライブが終わったら、レコーダーまわして感想を色んな人にインタビューしてました。それから私は生放送のスタジオに行って録った素材を渡して、次の日の放送でそれが編集されてデーヴさんの番組でオンエアされるっていう。
山本:ちゃんとやってたよな(笑)。
岡村:いい企画でしたね。それをきっかけにイベンターの方たちに顔を知ってもらえたりとか。最初は不審がられてたんですけど、だんだん「お好きにどうぞ〜」みたいになっていった。
山本:別に現場にADがついてるってわけじゃなくて、丸投げだからね(笑)。
岡村:急にロビーとかでテンション高く喋り始めるっていう、今思うとちょっと恥ずかしいですよね(笑)。
でもそれで、今日のライブの模様が番組で夜聴けるっていうちょっとした流れにもなってて。
山本:番組のプロモーションにもなってた。

――今そんな番組あるかしら。

岡村:一人でそれやってる番組ってないかもしれないですよね。
山本:昔から日本のラジオの喋り手って、アナウンサー的な要素が大きいと思う。制作は制作で別、みたいな。
元々のInterFMって、俺も含めて海外かぶれな奴らが集まって、アメリカ的なラジオをやろうってことで始まってるのもあるから、DJが負う部分っていうのはすごく大きかったよね。
他の局よりも、色々自分でやらなきゃいけないことが多い。それでいうと基本的にスタジオも、喋るブースとコントロールルームが分かれてない特徴的な作りをしているし、その頃のInterFMって、DJがいてひとりアシスタントがいて、曲をかける操作もDJがやるっていうワンマンスタイルの番組も多かったよね。InterFMにはその残り香がまだ残ってる。ブースがあるスタジオは一つしか無いし。

――そこが他のラジオ局と違うとこですよね。

山本:その方が絶対喋り手も楽しいと思うんだよね。同じブースに構成作家でもいれば喋り相手になっていいんだろうけど。そうじゃない時はずーっと一人だからね。
岡村:テンション下がってきちゃいそうですよね(笑)。当時、放送に普通にスタッフの声が入ってるのが斬新でしたけど(笑)それが新しいと思いました。
嘉陽田:そういう自由な雰囲気がいいですよね。

「諦めることも大切」大人のフジロックの歩き方とは?

岡村:私2000年から毎年行ってるので、今年17年目です。
山本:初回と2008年くらい。2回だけ行ってないかな。18回目かな。

――いままでのフジロックの中で印象に残ってるエピソードってありますか?

山本:色々あるけど、古い順で言うと豊洲でやった二回目のフジロック。豊洲って埋立地なんで、地面が揺れるんですよ。ぶわん、ぶわん、って(笑)。
始め地震かと思ったんだけど、それとは明らかに違う地面が揺れてる感じは、夢の島だからこそ味わえた感覚だったかなと今となっては思う(笑)それと、まあむちゃくちゃ暑かったんだよね。日陰がないから。
岡村:豊洲のフジロックは私も行きたかったけど、当時まだ一人でフェスとか行けない感じだったんですよね。
でもその日、有楽町線に泥だらけのフジロック帰りの人たちが大量に乗ってきたのをすごい憶えてて(笑)フェスってこんな泥だらけになるんだ、って思いました。

――暑いフジロック、イヤですよね。

岡村:雨具は完璧なのに、暑いと用意が足りなかったりして。いや、やっぱり降らないのがベストだけど、あまりにも日差しが強いとパラっと降って欲しいと思っちゃう(笑)。
山本:苗場でも、最近多少良くなったけど本当に降らないと土ぼこりが酷いんだよね。一回ほんとに(土ぼこりが)凄い時があって、でも、その翌年に大きめの木のクズみたいなのが撒かれててきちんと対策されてた。毎年すごく進化するんだよね、フジロックって。こういうところがダメだったから次はこうしよう、って。
嘉陽田:積み重ねてってる感じはありますよね。
山本:それでだんだん平和なフェスになっていってる(笑)。
岡村:私にとっては、フジロック=the musicみたいなとこがありますね。
山本:ラストライブにこだわらず?
岡村:最初のレッドマーキーの時も印象的ですけど、翌年、サマソニに出演が決まってるのにメンバー一人除いてちょっと早く日本に来て、フジロックで遊んでたりしたんですよね(笑)。
そういう意味でもフジロック=the musicだったので、最後のライブは私たぶん今まで色んな印象的なライブがある中でも、親みたいな気分で観てましたね。ありがとうー!みたいな(笑)。
嘉陽田:先日リリースされた、フジロックの20周年記念コンピにも入ってましたよ。
岡村:嘘!嬉しい~。本人たちもフジロック好きってけっこう言ってたし。

山本:大好きだったよね。最後のフジロックは、ちょうどライブをそのままオンエアしたんだよね。だからライブ自体は見れてないんだけど。
岡村:全部見るのってフジロックって難しかったりするけど、やっぱり一分でもいいから目に焼き付けておきたいな、みたいなの、ありません?
山本:それで言うと、普通に観れる状況でも、次のホワイトステージのライブが何時に始まるのにグリーンで最後まで観てらんない、って言う時間のスケジュールの組み方ってあるじゃないですか。混んでるとホワイトステージまでも15~20分かかったりするもんね。人で大渋滞したりするし。
岡村:前は、これ何分みたらこっちに移動して、っていうのを綿密に決めてたんですけど、最近は、もうライブ観ていいなと思ったら「諦めることも大切」だなと思って。
山本:まあ基本、どっかを諦めないと無理だよな。
岡村:バカみたいに5往復くらいしてた時とか、次の日に支障が出るし。
秤谷:逆に観てて心を打たなければ次行っちゃえばいいしね。
嘉陽田:グリーン全部観ようと思ったけど飽きちゃったからホワイト行こうかな、とか。
岡村:それで途中で知り合いに会ってちょっと喋っちゃったりとか。でもそれも含めてフジロックなんです!(笑)。
山本:見るもの欲張ると見てる時間より歩いてる時間のほうが長くなったりするからね。あまり欲張らずに、諦めながら、まったりと(笑)。
岡村:水分補給して。自由に楽しむ。

――ライブ以外にフジで楽しみなことってありますか?

岡村:私去年初めて、ドラゴンドラに乗ってサイレントブリーズに行きました。ずっと行きたかったんですけど、仕事が入っていると、まとまって時間がとれなくて。初めて行ったら、もう最高ですよね。別世界みたいで、空気も違うような。なんか着ぐるみがたくさんいて、歌のお兄さんとかもいて。
一日中ゴンドラに向かって手を振ってお見送りをしてる人がいて。私それでちょっと泣きそうになっちゃう(笑)そんなフェスマジック。
山本:俺は基本仕事9割のイメージになっちゃってるんだけど、ちょっと夜時間があると、グリーンの一番後ろの斜面の上からトリの大観衆を俯瞰で見るのがすごく好きで。あれは本当に気持ちいいよ。たとえばコールドプレイとか、人のうごめきが凄くて。照明もなんとなく当たりつつ、それを上の方から観て「ああ、フジだなあ」って感傷にひたるのを大体毎年やってる(笑)。
岡村:そんな一人で感傷にひたってたんですね(笑)。

――今年楽しみにしてるアーティストはどのあたりですか?

山本:俺はジャック・ガラットかなぁ。あとはウィルコとかベックとかザ・ヘヴィーとか。
岡村:私は仕事で観れるかわからないんですけど、トラヴィス、ビッフィ・クライロは観たいですね。ビッフィ・クライロはタワレコで新作をほぼ一枚聞いちゃったくらい、すごい好き。ジェイク・バグも見たくて。


 

山本:ジェイク・バグ、アルバムも良かったよね。ビッフィ前回3、4年前にホワイトステージに出てて。ライブは凄く良かったんだけど、隣にいたエセ外人みたいなのがすっごい話しかけてきて(笑)。
嘉陽田:いるいる!(笑)。
山本:無視するのもしのびないからなんとなく相手にしつつ観てたら、ライブに全然集中できなくて(笑)それがちょっと残念だったから今度はちゃんと観たいんだよね。
岡村:あとはジェイムス・ブレイク、シガーロスは観たいですね。あとクーラ・シェイカー、ステレオフォニックスはフジロックで時間的に観られなさそうで。翌週台湾のフェスに行くので、そっちで観ようかと思ってます。


近年は台湾の音楽シーンにも精通している岡村さん。台湾シーンの話、サマソニやラジオへの思いなど、まだまだ対談は終わらない。後半は近日公開予定。
また、今年はInterFM897がフジロック会場からお届けする特番に、岡村有里子さんが登場!詳細はこの下にあるので是非チェックを。


●伝える人:DJ 岡村有里子さん
ラジオDJ、MC、ナレーター。かつてInterFM897で放送していた「SUNDAY SOUND STUDIO」などの番組ではDJはもちろん、選曲も取材も自ら行っていた。洋楽・邦楽だけでなく台湾の音楽シーンにも精通しており、英語・日本語・中国語を使いこなす。

●番組を作る人:ラジオディレクター 山本達也さん 
ラジオディレクター。インターFM「Vance K Show」などのディレクターをつとめる。かつてはInterFM897のミュージック・ディレクターもつとめ、洋楽のラジオ制作者・選曲者として引く手あまたの活躍ぶり。通勤はもっぱらバイク。

番組情報
InterFM897は、今年もFUJI ROCK FESTIVALの会場から生放送予定!

◯22日(金)15:45〜16:00
Ready Steady George!内 
「KEEN presents Live From Fuji Rock Festival '16」
DJ:古川タロヲ & 岡村有里子

◯23日(土)11:30〜14:00
「InterFM897 LLLLive from FUJI ROCK」
DJ:古川タロヲ & 岡村有里子

詳しくは公式サイトで。

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