永作博美主演、井上ひさしの名作『頭痛肩こり樋口一葉』が笑いと感動を呼びつつ絶賛上演中
(後列) 愛華みれ、三田和代、深谷 美歩、熊谷 真実 (前列)永作博美、若村 麻由美
『たけくらべ』や『にごりえ』などで広く知られる明治時代の女流作家・樋口一葉を中心に、その母や妹、友人ら女性ばかりが6人登場する、井上ひさしの傑作評伝劇『頭痛肩こり樋口一葉』が現在、日比谷シアタークリエにて上演されている。この作品でこまつ座を旗揚げしたということもあり、井上にとってもターニングポイントとなった記念すべきこの人気作。初演は1984年で、その後キャストを変え何度も再演を重ねており、今回の公演中(8月24日の昼の部)には、なんと通算800回目の上演を迎える。
物語は、樋口一葉こと樋口夏子が19歳だった明治23年(1890年)から、彼女の死後2年目にあたる明治31年(1898年)まで1年ごとに綴られていくのだが、一場面を除いて日付は必ずお盆の7月16日の夕暮れから夜。場所は変われども、いずれも樋口家の借家の一部屋となる。
劇場に入ると、舞台上には原稿用紙を模した幕が。やがてその向こう側、上方に丸い月が透けて見えてきたと同時にこの物語は始まる。両サイドには提灯が灯り、幕が上がっていくとそこには柱が4本と中央には大きな仏壇が鎮座している古い日本家屋の一部屋、というシンプルな舞台装置。評伝劇とはいえ、ここでは一葉はいわゆる“薄幸の女流作家”という印象では描かれない。彼女が書いた作品に触れることも少なく、つまり夏子はあくまでこの時代を力強く生きた、ひとりの女性なのだ。
オープニングには女優6人がなんと“子役”として登場し、あどけない歌声を聞かせたと思うと、あっという間に本役の衣裳に着替えて再登場。楽しげだったりしみじみもさせられる歌の数々を頻繁に散りばめながら、一葉と、彼女を取り巻く女たちによる群像会話劇ともいえるドラマが展開していく。会話は基本、明るく陽気。それがたとえ悲惨な身の上話になる場面でさえ、彼女たちのたくましさ、したたかさに心打たれたり、勇気をもらえたりする。
(左から)深谷 美歩、 永作 博美、 博美、 若村 麻由美
一家の運命を背負い、頭痛肩こりに悩まされながらも筆で暮らしを立てようとがんばる夏子は、樋口家の戸主としての責任感に溢れていて、母と言い合いをしたとしても家族を支えようとする愛情がにじみ出ている。清貧ながらもとても生命力に溢れている夏子をこの作品に初参加の永作博美が可憐に熱演するほか、3年前の前回上演時に引き続き、母・多喜役の三田和代、妹・邦子役の深谷未歩、世が世なら旗本のお姫様・稲葉鑛(こう)役の愛華みれ、一葉の旧友・中野八重役の熊谷真実、幽霊の“花螢”役の若村麻由美は同じ配役で出演していて、息の合ったかけあい、テンポ良い台詞の応酬が小気味よい。キャスト全員が芸達者で、物語の深い部分まで伝える技に長けているのだが、中でも特に若村演じる花螢という幽霊のチャーミングな存在感と表現力には目を奪われっぱなしだった。
登場人物たちは誰もが共感できるエピソードを持ち、現代にも通じる“人生”がさまざまな角度から描かれていた。しかも物語の背景になっているのは平和ボケした現代よりも“死”が確実に身近にあった時代で、その上“死”だけでなく“生”すらも今より近く感じられてくるというのも皮肉めいて面白い。金がなくても、わかりやすい幸せなんてなくても、実に生き生きとパワフルにそれぞれの人生を歩む女たち(幽霊含む)。全体的に歌われる曲数も多く、「むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく」という、まさに井上ひさし作品ならではの真骨頂がしばしば感じられた。
物語が終盤になるにしたがって、場面が変わり、時間が経過するたびに登場人物たちは花螢同様に白装束となり、次々と鬼籍に入っていく。言ってしまえば客席に座っている私たちだって彼女たちと同じように全員、例外なくいずれはそちら側にいくのだ。しかしこの作品を観ていると、そうやって夏子や花螢たちと一緒にワイワイと生者を見守っていくことはやたらと楽しそうなことにも思えてきた。何かと世知辛い現代を生きる観客たちの背中を「それまで精一杯がんばりなさい!」と勢いよくポン!と押してくれそうな彼女たちの生命力には、きっと誰もがエネルギーをもらえるはずだ。
(左から)永作博美、若村麻由美
東宝・こまつ座提携特別公演『頭痛肩こり樋口一葉』
■日時・会場:
2016年8月5日(金)~25日(木)日比谷シアタークリエ(東京)
2016年9月3日(土)~4日(日)兵庫県立芸術劇場文化センター 阪急中ホール(兵庫)
2016年9月7日(水)新潟県民会館(新潟)
2016年9月15日(木)電力ホール(宮城・仙台)
2016年9月17日(土)南陽市文化会館(山形)
2016年9月22日(木)びわ湖ホール 中ホール(滋賀)
2016年9月25日(日)アルカスSASEBO 大ホール(長崎)
2016年9月28日(水)~30日(金)中日劇場(名古屋)
■作:井上ひさし
■演出:栗山民也
■出演:永作博美、三田和代、熊谷真実、愛華みれ、深谷美歩、若村麻由美
■公式サイト: http://www.tohostage.com/ichiyo2016/
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