アナログムーブメントと小西康陽 アナログ専門レーベル『GREAT TRACKS』とは
小西康陽
画像を全て表示(4件)デジタル全盛時代である今、世界規模でアナログ回帰のムーブメントが起こっている。日本も同様で、その数字の推移は顕著だ。ちなみに2015年、日本でのレコードの生産数は66,2万枚(日本レコード協会統計)で、これは前年の40.1万枚に比べ65%も上昇した。アナログレコードで音楽を楽しんできた40歳以上のシニア世代はもとより、クラブカルチャーにハマっているDJ予備軍を始め、若い人達にまでその興味は広がっているようで、アナログレコードプレイヤーも1万円を切る商品が発売されている。
そんな流れを受けて、レコード会社大手ソニー・ミュージックエンタテインメントのソニー・ミュージックダイレクトが、アナログ専門レーベル『GREAT TRACKS』を立ち上げた。その第1弾、ピチカート・ファイヴのソニー・ミュージック時代の1stアルバム『カップルズ』(1987年)と2ndアルバム『ベリッシマ』(1988年)の限定アナログLPが、8月24日に発売され、注目を集めている。オリジナルテープからリマスタリングしたこのアイテムの監修はもちろん、ピチカート・ファイヴのリーダであり、現在は音楽プロデューサーとして、またカリスマDJとして人気の小西康陽だ。
アナログレコードと同発の、オリジナルアルバムとしては、21年ぶりのリマスタリングとなるCDは、高品質ディスクのBlu-spec CD2で発売され、改めてピチカート作品のクオリティの高さが話題になっている。ふだんから音楽はアナログ盤でしか聴かないという“アナログ番長”小西康陽は今回の取り組みについてどう思っているのだろうか。
「今回の話を聞いた時は、へぇ~という感じでした。自分の中では、ソニー・ミュージックは真っ先にアナログの生産を終了した会社というイメージがあるので…(笑)」(小西)。
1982年に出現したCDにより、アナログレコードは1986年にはあっという間にその売上げを抜かれてしまった。当時いち早くCDに切り替えたソニー・ミュージックが、今また他のメーカーに先駆けてアナログ専門レーベルを立ち上げた。これまで、様々なメディアの移り変わりに対応しながら音楽を作り続けてきた小西だが、アナログからCDに切り替った時の戸惑いは大きかったという。
「まずアナログがなくなった時、当時この『カップルズ』と『ベリッシマ』も、カセットとCD、LPと全てのメディアで発売にはなったのですが、完全にLPを作ることだけを考えて制作していたので、だからA面、B面という考え方でした。CDだけになった時にA面、B面という考え方ができなくなったのが困りました。曲順とかどうやって考えていいのか、しばらくわからなかった」(小西)。
CDの登場は、それまでA面、B面でひとつの世界観を構築していたミュージシャンにとって、いきなり頭を切り替えろとクリエイティブの変更を突き付けてきた。それにしてもピチカート・ファイヴの1stアルバム『カップルズ』、2ndアルバム『ベリッシマ』は、今聴いても新鮮で、斬新で、そして音の良さの素晴らしさは、いかに当時からそのセンスが抜きん出ていたのかがわかる。
「自分でも驚きました。若い時には目の前の事に一生懸命で、全然距離を置いて自分達の作品を聴く余裕もなかったので、こうして改めて聴いて、我ながら、20代の若い人達が作ったレコードとは思えないくらいのデキだと思います。またそれをレコーディングエンジニアの吉田保さんやスタッフがバックアップしてくれて、“残せるもの”ができたのだと思う」(小西)。
ピチカート・ファイヴのオリジナルアルバムは、実は21年間リマスタリングをやっていなかった。音に徹底的にこだわる小西にとって、リマスタリングしないことこそがこだわりだった。
「1991年以降の作品はリマスタリングしなくてもいいなと思ったんです。自分の中でエンジニアリングの部分ではそれ以降完全に見えてきた部分があったので。逆にごく初期のテイチク時代のものをリマスタリングしたのですが、なんとなく好きになれなくて…。自分達の音楽も拙かったということもあると思いますが、それがあって、リマスタリングするくらいなら、そのまま出してくれたほうがいいと思っていました。今回もリマスタリングとはいっていますが、当時のマスターテープを立ち上げてみたら、あまりにもいい音だったので、これを今のCDの許容量に移し替えるという感覚でした」(小西)。
リマスタリングという言葉には、それを施すことで何でもかんでも音が良くなるという魔法のようなイメージがあるが、決してそうではないという事だ。全てがクリアになればそれでいいのか、それによって失われるものもありうるということだ。
「今回のリマスタリングは、音がくっきりしてホッとしました。逆に聴こえすぎて、耳をふさぎたくなった曲もいくつかありましたけど(笑)。当時のアナログの音も悪くはないのですが、今回の作品はさらに音がゴージャスになっています。名手バーニー・グランドマンのカッティングもお手並み拝見という感じでしたが、さすがの仕上がりでした」(小西)。
ピチカート・ファイヴ/カップルズ&ベリッシマ【限定プレス アナログLP】
今回復刻された『カップルズ』と『ベリッシマ』は、実は当時それほど売れなかった。今でこそ名盤として評価が高いが、当時はいわゆる評論家からの評価も真っ二つに分かれていた。しかし1990年代前半、“渋谷系”という言葉が出現し、ピチカート・ファイヴは一躍シーンの中心的存在になる。
「今だから言えますが、ソニー・ミュージックから日本コロムビアに移籍してから、自分達の音楽が“渋谷系”と言われていることを知りました。確か『女性上位時代』(1991年)のプロモ―ションで取材を受けている時に、高浪慶太郎さんが「今こういうのって渋谷系って言うんですってね」と言って、その時に初めて知りました。その前の年にソニー・ミュージックのディレクターに「小西達の作品はなぜか廃盤になりそうでならないんだよ」って言われたんです。当時のソニー・ミュージックは、半年間にある一定の数字のバックオーダー(注文)が来ないと、自動的に廃盤になるシステムになっていて、でもなぜか渋谷のHMVから半年に一回大量にオーダーが来ていたようで、それで渋谷のHMVにそういうバイヤーの方がいるのを知ったんです。いいバイヤーの方、いいリスナーの方に支えられてきました」(小西)
と当時を振り返った。“渋谷系”の総本山と言われていたHMV渋谷が、ピチカート・ファイヴの傑作を、廃盤の危機から救っていたとは興味深い話だ。
“渋谷系”は、音楽とクリエイティブ、ジャケット写真等を含めてのものだった。特にピチカート・ファイヴは“形”にこだわった作品をリリースし続けていた。アートディレクターに信藤三雄を起用し『カップルズ』も『ベリッシマ』も、当時としては珍しいアーティストの顔がジャケットに出ていない斬新なデザインで、これもオシャレなものとして受け入れられたが、一方で戸惑うリスナーもいて、これも売上げに影響しているのではないかと小西は分析している。
「いきなりこんなジャケット出されても、メンバーの顔も出てないし、買いようもないっていう感じだったと思います(笑)。普通ならレコード会社のディレクターが「ジャケットにはメンバーの顔出そうよ」とか言うと思うんですよね(笑)。それを言わなかったところがソニーのスタッフの凄いところだと思いますし、言わせなかった我々にも何かあったんでしょうね(笑)。でも80年代って、ジャケットのデザインが酷くなりすぎていた時代だったんです。だから自分のレコードを持つならいいジャケットで置いておきたいという気持ちは、すごくありました」(小西)。
今回の復刻版でも改めて紙質にこだわり、写真を若干変えてみたりと、“形”に追求し、こだわっている。小西のそのこだわりは、小西が生まれ、育った時代も影響しているという。
「20世紀のある特殊な時代だけレコードがあって、そのジャケットがあって、そういう形でレコードを売っている時代があって、僕はまさにその時代の申し子で、そういう文化を享受して音楽を始めました。逆にそれは僕の前の世代とも、後の世代とも違う、特殊な一時期の文化だったのかもしれないし、滅びゆく文化であるということもわかっていて、でも少しでも後世に残したいと思っています」(小西)。
現在のこのアナログ回帰~再評価のムーブメントを、小西は予想していたのだろうか。そして、そのコレクションは3万枚を超えるという、普段からアナログレコードでしか音楽を聴かない小西にとって、改めてアナログレコードというのはどんな存在なのだろうか?
「アナログ回帰の流れは来ると思っていました。なんでもそうですが、便利だったら全ていいのかということですよね。食べることは比較的簡単に手作りの美味しさに出会うことができますが、音楽も例えばジャズの名盤とかをジャズ喫茶でJBLのいいスピーカーで聴くと、一発で「ああこんなに音がいいんだ」ってわかるんですけどね。自分の中では音楽はアナログで聴くのが当たり前になっているので、改めてその良さは?と聞かれると困りますよね(笑)。でもひとつ言えるのは、アナログレコードは音楽に対して夢や希望が持てると思いますし、一度手にして聴くと、捨てられないもの、簡単には消費できないものと思えると思います」(小西)。
音楽を聴くということが、今はデータを聴くということになってしまっている。アナログレコードは、デジタル音源に感じることができない、優しく温かで、豊潤な“音の良さ”にこだわる人たちの間で、ずっと支持され続けてきた。ここ数年はアナログレコードを聴いたことがない若い人達の間でも、その人気が高まってきている。40代以上のリスナーからすると、音楽を楽しむというのはレコード、ジャケット、そういう“モノ”がないとどこか物足りなさを感じる人が多いはずだ。でもそういう感覚は、今の若い人達には理解できない感覚だ。レコードプレイヤーはもちろん、CDプレイヤーさえ持っていなくて、スマホの無料視聴アプリで音楽を聴いている人達には、到底わからない感覚かもしれない。音楽を手軽に手に入れ、簡単に削除、消すことができる時代に生まれてきた人達だ。でも音楽に対して、そういう過剰な利便性の追求みたいな事は、果たして必要なのだろうか。それに対する反動も、アナログレコードが再評価された一因かもしれない。音楽はデータではなく、モノとして手元に置いておくものということを、アナログ世代は改めて、その文化を知らない若い人達は、何となく感じ始めてきたのではないだろうか。オシャレのひとつとして捉えている人もいるかもしれない。小西の「アナログレコードは音楽に対して夢や希望が持てると思いますし、一度手にして聴くと、捨てられないもの、簡単には消費できないものと思えると思います」という言葉が胸に響く。
文=田中久勝
ピチカート・ファイヴ/ベリッシマ【限定プレス アナログLP】
¥4,000+税
MHJ7-2
「小西康陽」監修によるリニューアル・アナログ盤復刻
田島貴男/高浪慶太郎/小西康陽
2. 誘惑について
3. 聖三角形
4. ワールド・スタンダード
5. カップルズ
2. 水泳
3. セヴンティーン
4. これは恋ではない
5. 神の御業
ソニーミュージック時代のピチカート・ファイヴ初期名作『ベリッシマ』をアナログ専門新レーベル「GREAT TRACKS」から、小西康陽監修2016年最新リマスタリングにより復刻リリース。
■小西康陽監修2016年最新リマスタリング
■巨匠バーニー・グランドマンによるカッティング
■USのRainbo Recordsでのプレス
■リニューアルE式ジャケット仕様
■オリジナル・リリース時に作成されたフライヤーを復刻封入
ピチカート・ファイヴ/カップルズ【限定プレス アナログLP】
2016.08.24
¥4,000+税
MHJ7-1
「小西康陽」監修によるリニューアル・アナログ盤復刻
2. サマータイム・サマータイム
3. 皆笑った
4. 連載小説
5. アパートの鍵
6. そして今でも
2. おかしな恋人・その他の恋人
3. 憂鬱天国
4. パーティー・ジョーク
5. 眠そうな二人
6. いつもさようなら
ソニーミュージック時代のピチカート・ファイヴ初期名作『カップルズ』をアナログ専門新レーベル「GREAT TRACKS」から、小西康陽監修2016年最新リマスタリングにより復刻リリース。
■小西康陽監修2016年最新リマスタリング
■巨匠バーニー・グランドマンによるカッティング
■USのRainbo Recordsでのプレス
■リニューアルE式ジャケット仕様
■オリジナル・リリース時に作成されたプロモーション用ポストカードを復刻封入