明治座『SAKURA -JAPAN IN THE BOX-』レポート~芸能の始まりにはいつも女性がいた
-
ポスト -
シェア - 送る
明治座『SAKURA -JAPAN IN THE BOX-』
2016年9月7日、日本橋浜町。東京で最も長い歴史を持つ劇場・明治座において『SAKURA -JAPAN IN THE BOX-』が開幕した。この公演は明治座が提案するニュースタイルの“ナイト・プログラム”だ。その記念すべき初日ステージを観た。
国内外から多くの観光客が訪れ、2020年オリンピックの時期にはピークを迎えるかもしれない東京。しかし、この大都市には何かが足りない、と明治座は考えた。ニューヨークには『ブルーマン』があり、パリには『ムーランルージュ』が、そしてソウルには『ナンタ』がある。言葉がわからなくても気軽に楽しめる卓抜な“夜のエンターテインメント”が世界各都市にある。しかし東京には?
そこで明治座は、今まで空白だった夜間の時間帯に新しい“楽しみ”を創造した。それが、『SAKURA -JAPAN IN THE BOX-』だ。上演時間は僅か70分。日本舞踊や和楽器などの伝統芸能に、アニメーション、ゲームなど現代日本のポップカルチャーを組み合わせ、とりわけ訪日旅行(インバウンド)の人々に「日本の文化とは何か」、そして「日本とは何か」を楽しく紹介するライブ・パフォーマンスである。スマホアプリを使用することで観客参加型の愉しみもある。
ロビーに懸かる五人の精霊のイラスト垂れ幕
もちろん日本人が見ても、改めて自国文化の神髄を再発見できるエンタメSHOWとして仕上がっている。それはタイトルの一部「JAPAN IN THE BOX」の語にも象徴されている。明治座曰く「全ての“日本”が一つの箱に収められた“玉手箱”」なのだそうだ。
筆者の観た初日の開演時間は、20時30分からだった。海外ならば夕食後の腹ごなしに観劇をするという習慣があるから、こうした開演時間の設定は珍しくない。しかし日本の劇場にしては微妙に遅い時間だ。だが、これは殆どの公演が20時前には終了する明治座ならでは可能な、時間設定なのだ。そのうえ上演時間も長くはないから、終電の心配もない。
さて、せっかく明治座に足を踏み入れたなら、開演前に御土産品コーナーを散策しないという選択はあるまい。色々な試食(日本ならではの飲食物が殆ど)を堪能し、そのうちの幾つかを購入もした。舌上を「和の味覚」に浸らせながら、日本文化を受け入れやすい身体コンディションが整った。そして、いよいよ劇場内に入り、初日ステージの開演を待った。
明治座の御土産品ストリート!
さあ、イッツ・ショー・タイムである。満席の観客たちの視線が、世界初演となる『SAKURA -JAPAN IN THE BOX-』の舞台に集中的に注がれる。鳴り響く和太鼓。大きなスクリーンに映像が現れる。渋谷のスクランブル交差点に立ち尽くす女子高生サクラ。そして、人、物、情報、すべてが目まぐるしく猥雑に行き交い変化し続ける都市、東京の様々な風景が映像に流れる。しかしそれらのいずれにも心から夢中になれない様子のサクラ。
そこに一匹の白狐が現れた。サクラは、何かに突き動かされるように夢中で白狐を追いかけるうちに、辿り着いたのが明治座脇の稲荷神社。そこから劇場=異世界に迷い込む。 そこは、多様な“日本”が“時空を超え”行き交い変化しつづける幻想の世界──JAPAN IN THE BOXだった。
突然、サクラの持っていたスマホが光り出し、桜の精霊・SAKURAが語りかける。サクラを待っていたこと、四季の精霊たちが彼女をいざない導くこと、そして最後に「すべては、あなたの心の中──」と言い残し消えていく精霊のSAKURA。 一瞬にして満開の桜が砕け散り、枯れ果てた世界に変貌する。 再び白狐が現れ、大切に持っておくようにとお守り袋をサクラに渡す。 今まで感じたことのない心の揺れに戸惑いながらも、白狐の後を追うサクラ。舞台では歌舞伎でおなじみ紅白連獅子が舞い踊る。
そんな中、サクラを迎えるのは、春の国を司る精霊・MIYABIだった。「(枯れ果てた桜を)咲かせられるのは、あなただけ」とサクラに歌う。
飛び交う英語・中国語・日本語の文字。一歩を踏み出せば、あなたが思うだけ世界は広がっていくのだと伝える。雅やかに咲き誇る春の光景がサクラの心を広げる。浮世絵から鯉が飛び出し、赤富士の前を白波が過る。その時わたしたちは、浮世絵こそが19世紀末のヨーロッパにジャポニスム旋風を巻き起こし、印象派アーティストたちに多大なる影響を与えた、元祖クール・ジャパンだったことを再認識させられるのである。浮世絵の精神は現代の日本アニメーションに通底している。
かと思えば津軽じょんがら三味線に、ねぶた。東北の荒ぶる魂もまた原日本から続く大事な精髄に他ならない。
8つの玉を操る精霊たちに南総里見の八犬士を重ねてしまうのは筆者だけであろうか?
夏の国を司る精霊・CHOCOは満面の笑顔で、歓喜に満ちた夏祭りへとサクラをいざなうのだった。
CHOCOは観客にも手拍子を促しつつ、サクラの、自身の殻に閉じこもり気味だった心の扉を開ける。鯨やシュモク鮫の泳ぐ竜宮の海の世界を旅するうちに、サクラは悦びを覚え、CHOCOや仲間たちとの絆を深めてゆく。深海の生物たち、光の輪。クラゲたちと重なるように宙を舞う眩惑のエアリアル・ティシュー。
やがて白布からマジックのように飛び出すサクラ。色とりどりの大きな風船ボールが場内のあちこちを躍動的に跳ね回る。
秋の国を司る精霊・RINは、心技体を通して光と影を見つめる女剣士だ。サクラの心に潜んでいた頑な思いや迷いが、忍者の姿となり、サクラ自身に襲いかかる。漆黒の闇の中で夜光の能面たちが不気味に増殖してゆく。サクラを守りつつ、不安や恐れから逃げずに立ち向かう勇気と覚悟を全身全霊で伝えるRIN。 燃えるような紅葉を背に、サクラは迷いを断ち自分を信じて前に進むことをRINに約束する。
季節は移ろい、雪が蛍のように舞い散る中を、現代サーカスと和舞の融合した美しいパフォーマンスが繰り広げられる。
最後の導き手は、冬の国を司る精霊・SETSUNAだ。動き始めたばかりのサクラの心は、まだ、あと一歩をまだ踏み出せない。 そんなサクラに、SETSUNAは雪景色や星の世界を見せた。壮大な自然を前に、サクラは己の小ささを悟る。
今まで出会ってきた四季の精霊たちの思い出がサクラの心と響き合いひとつになっていく。 そして、JAPAN IN THE BOXで最初に出会った桜の精霊のSAKURAが現れ、サクラと一体となった。その時、最初の光景と同じように白狐が現れ、サクラに渡したお守り袋を開けるよう告げる。袋の中には、“芽吹きの種”が入っていた。 今までの迷いに終わりを告げ、新たな始まりの一歩を踏み出せた者だけに与えられるその種が、サクラの手から天高く放たれ、喜びが響き渡るように芽吹きが始まる。
JAPAN IN THE BOXの春夏秋冬が一巡し、再び春を迎えた。ついにサクラが、桜の花を咲かせる時が来た。満開に咲き誇るその桜は、MIYABIの雅やかさ・CHOCOの明るさ・RINの強さ・SETSUNAの優しさ・SAKURAの麗しさを合わせもった、サクラにしか咲かせられない美しい姿だった。
サクラの中に眠っていたSAKURAに呼び覚まされるようにJAPAN IN THE BOXを巡り、新たな姿に生まれ変わった“サクラ”は、夥しい桜吹雪の中、希望の翼を大きく広げ、まだ見ぬ未来へ羽ばたいていくのだった。
美しく迫る映像と、日本屈指のパフォーマンス集団、アーティスト、伝統後継者がタッグを組んで魅せる幻想的な超人芸が一体となって、客席を圧倒し続ける。その時、私たちはこの劇場自体が夢の異世界=BOXであることに気付かされた。あるグルメレポーターならばこれを「宝石箱や」と叫ぶかもしれないが、否ここはやはり「玉手箱」であると言いたい。なぜなら、そのめまぐるしく味わう超速ジェットコースター的な時間感覚こそまさに「玉手箱」と呼ぶにふさわしいものだったからだ。その「玉手箱」が観客を覚醒してゆくのだ。
そして、もうひとつ印象深かったのは、出演者が女性のみであったことだ。日本の歴史を顧みれば、アメノウズメ、出雲阿国、宝塚少女歌劇団……新しい芸能の始まりにはいつも女性がいた。『SAKURA -JAPAN IN THE BOX-』のステージに新たな可能性を強く感じるのは、日本古来から連綿と続いてきた、そのガールズパワー、ウーマンパワーが漲っているからだろう。その意味で、今後、回を重ねながら女性的感性をより一層むき出しにしていって欲しい。その時、明治座には日本文化の真なるスピリッツがいっぱいに満たされることだろう。
初日ステージの終演後には、出演者たちによるメディア向けの会見が行われた。登壇者は、サクラ役:星守紗凪、MIYABI役:仁藤萌乃、CHOCO役:星名美雨・高宗歩未、RIN役:NatsunA、SETSUNA役:佐野マユ香・タカハシミク・松田実里。
--初日を終えた感想は?
星守: 稽古の始まりから初日までがアッという間で、その過程自体がジェットコースター的でした。カーテンコール後に初めて、公演が始まったのだと実感できました。
仁藤: 楽しかったです。歌だけで表現する機会を最近持てなかったのですが、今回は久しぶりに歌わせていただいて貴重な体験ができたと思っています。この非常にアグレッシヴな舞台作品に携わらせていただいたことも非常に嬉しく思います。
星名: “コール&レスポンス”というお客様に参加していただく場面があります。そこでお客様が手をたたいてくださるか不安だったのですが、皆さんすごく温かく手をたたいてくださり、盛り上げてくださいました。これからも頑張ってまいります。
NatsunA: 殺陣(タテ)を5,6年やってきたのですが、女性が殺陣を見せる機会はなかなかありませんでした。今回こういう機会をいただけてすごく嬉しいですし、それだけプレッシャーもあります。これからも良い作品をお見せできるよう、自分の技をもっと鍛えていきたいと思います。
佐野: 冬を表すSETSUNAは、出番としては最後で、春夏秋冬を繋いでサクラに渡す役です。今日はサクラちゃんの顔を見ながら歌い、アイコンタクトだけで通じ合うことができて、春夏秋冬をうまく渡せたと思います。とても楽しく演じることができました。
高宗: 星名美雨ちゃんの演じるCHOCOと私の演じるCHOCOでは全く違うものになります。美雨ちゃんの持ってる天真爛漫さを参考にしながらも、自分なりのCHOCOを作っていきます。CHOCOはお客様と一番近い距離でいられるキャラクターなので、お客様の反応次第でCHOCOも変化します。緊張感を持続させながら、この先もずっと走り続けていきたいです。
タカハシ: SETSUNA役は3人(佐野マユ香・タカハシミク・松田実里)いるので、3人のカラーをそれぞれに出しながら、サクラをしっかりと導いていけるように頑張ります。
松田: 女性だけでこれだけの舞台を演じるのは他になかなかないことだと思います。女性のパワーを感じていただけたら嬉しいです。
--ロングランで続くこの公演への意気込みをお聞かせください。
星守: 日本の古い文化と新しい文化をミックスするとこんな風にできるんだ、ということを海外から来られる方々に観ていただきたいですし、さらに日本の方々にも観ていただいて、日本の文化をもっと好きになってもらいたいと思います。海外の方々にも日本の方々にも日本の良さを伝えていきたいです。
仁藤: 私の出演は11月までですが、このロングランのプロジェクトの始めの一歩として、しっかりやり遂げていきたいと思います。
星名: CHOCOはいつも笑顔を皆様に届けるキャラクターです。皆様の笑顔を見たいので、私もずっと笑顔で頑張ります。
NatsunA: 全力でサクラを守ります!
佐野: 今回の舞台は、アプリでお客様と一緒に楽しむスタイルもあります。お客様と一緒にひとつの作品を作り上げていきたいので、皆様の力をぜひ私たちに貸してください。
高宗: 日本の新たなライブエンターテインメントだと思います。全キャスト全スタッフ一丸となって、日本の良さを世界を発信してゆきたいです。
タカハシ: 日本の古典的な部分と現代的な部分がいずれもうまく表現されている作品だと思います。海外の人も日本の人も、ぜひ見に来ていただきたいです。
松田: 日本のエンターテインメントが進化する第一歩に参加させていただき嬉しく思います。私たち全員一丸となって頑張りますので、ぜひ観に来てください。
(取材・文:安藤光夫 舞台撮影:岩間辰徳)
■会場:明治座
■日程:2016年9月7日(水)~
■総合演出:多田誠
■脚本:AWAJI
■デザインパフォーマンス&振付:Tammy Lyn
■公式サイト:http://sakura-meijiza.com/