揺るぎない定番の香気 宝塚宙組『エリザベート~愛と死の輪舞~』観劇レポート
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日本初演から20周年となる大きな節目の年を記念して、朝夏まなと、実咲凜音を中心とする宙組が不朽の名作に挑む、宝塚宙組公演三井住友VISAミュージカル『エリザベート~愛と死の輪舞~』が東京宝塚劇場で上演中だ(10月16日まで)。
1996年に宝塚雪組によって初演されたこのウィーンミュージカルは、宝塚歌劇に歌だけで綴るミュージカルの可能性を拓いたとの大きな喝采を集め、9回目の上演となるこの宙組公演宝塚大劇場初日に、上演回数900回、東京公演中に1000回を記録する、宝塚歌劇の大人気演目として成長を遂げてきた。タイトルロールのオーストリー=ハンガリー帝国の皇妃エリザベートを愛する、黄泉の帝王トート=「死」を主人公に据えた、宝塚バージョンならではの幻想性は、同じく小池修一郎が演出を担う、東宝バージョンが大きな演出変更を加えつつ進んでいるのに対して、基本路線をほぼ踏襲してここまで歩んできた。そこには、何よりもこの形こそが宝塚に相応しいという、確固たる信念と同時に、日本を代表する人気ミュージカルの1つとして作品が定着する、その本邦初演を担ったのは宝塚バージョンであるという誇りも感じられ、揺るぎない定番の香気を放ち続けている。
特に、今回の宙組公演には、長く作品の演出助手を務めてきた小柳奈穂子が、小池と共に共同演出として名を連ねたこともあってか、これぞ正統であるという原典への矜持を持って臨んだ初演の雪組バージョンと、そこから宝塚ならではの膨らみを加味した再演の星組バージョン、2つの初期上演の形態への、真摯なオマージュが感じられる。端的に言って、きっちりと正統派であり、尚ヒヤリとした空気感と、静かなる昏さが全体を貫いていて、そこに登場した9代目トートである朝夏まなと以下、現宙組のスターたちの演じぶりに集中できる仕上がりとなっていた。
そのトップスター朝夏のトートは、基本的に銀色をベースにしていたトートの髪色を黒に変更。複雑な色味が混ざってはいるものの、やはりこの「黒いトート」というビジュアルにまず異色さと、ロックな香りがただよっている。それに呼応するかのように、朝夏トートには「死」の持つ絶対的な優位性が際立っていて、むしろ生ある者を見下しているとも感じられるのが面白かった。これぞ「黄泉の帝王」というある種の尊大な雰囲気があるが故に、そのトートが1人の少女、エリザベートを愛してしまった戸惑いが良く伝わってくる。元々が太陽のような明るさを持った、陽性の魅力にあふれている人だが、その持ち味を反転させ、蒼い血が流れるトートの幻想性という以上に、、むしろこの世の者ならぬ覇者としての大きさを表現したのは、朝夏ならではのトート像として興味深かった。指先にまで神経の行き届いた演技、また踊れる人ならではの重力を感じさせない動きも秀逸だった。
対するエリザベートの実咲は、自身念願だったという役どころに体当たりで挑んでいる。タイトルロールであり、宝塚の娘役としてこれ以上はないほどの大役だが、持ち前の歌唱力をフルに発揮して、難曲の数々を歌いこなしているのが見事。特に後半のエリザベートの苦悩と孤独の表現に秀でていて、死に魅入られると言うよりは、死とさえも格闘し必死で闘い抜いてきた人の哀愁が漂った。次公演での退団が発表されているが、最後まで力の限り走り抜けてくれるだろう。成果を見守りたい。
皇帝フランツ・ヨーゼフ1世には真風涼帆。20代から70代までを演じるという、宝塚の二枚目スターには難しい役柄だが、劇中のその時の流れを最も表す人物として、場面場面の表現に工夫がある。歌唱力も長足の進歩を遂げていて、エリザベートに一目で恋をする若き皇帝の「嵐も怖くはない」から、老境に至って尚変わらぬ愛を訴える「夜のボート」まで、場に相応しい低音を響かせた。本来の持ち味としては、ルイジ・ルキーニが柄ではないかと思っていたが、馥郁たる二枚目をゆったりと演じて、新境地を拓いている。
そのルイジ・ルキーニは愛月ひかる。物語の語り部でもあり、全体を俯瞰し、時に作中にも自在に関わる、難役であると同時に、もう1人の主役とも言える大役に、果敢に挑んでいる。まず何よりも姿の良さが抜群で、カフェの店主に扮しての、白いカフェエプロンのあしらいなどは、よくぞというほど決まっていて、目に楽しい。本来の持ち声が高いこともあって、男声音域に突入しているほど低音のルキーニのナンバーは挑戦だっただろうし、滑舌にも工夫の余地があるが、この大役の経験は、愛月にとって今後の大いなる糧となることだろう。
皇太子ルドルフにはトリプルキャストが組まれて、東京公演初日は澄輝さやとが登場。繊細で、ナイーブ過ぎるが為に、どこか病んだ雰囲気が初めから醸し出されていて、トートにつけ入られる、死に魅入られることが当然と思わせる、これは適役だった。また、二番手として登場した蒼羽りくは、皇位継承、すなわち将来の皇帝としての夢や、もっと言えば野心も潜む燃え滾るような皇太子像を披露。その想いの強さをトートにすくわれるのが、これもまたよく理解できる面白いルドルフだった。もう1人、高貴なる二枚目の青年皇太子として大劇場で大きな評判を取った桜木みなとが控えていて、これは三者三様の、妙味に満ちた役替わりとなっている。ルドルフを演じていない時に演じる、革命家も役替わりで、それぞれに個性が際立っていた。
他に目立ったのは、マダム・ヴォルフを演じた伶美うらら。ちょっと予想しなかったサプライズな配役だったが、歌声に迫力があり、何よりも輝かしい美貌を惜しげなく披露。取り揃えている店の女の子たち以上に、本人に現役感がありスペシャルというのは、ドラマとしてはやや問題のあるところかも知れないが、この女性も王族クラスにだけ対応してきた、元高級娼婦なのだろうな、と言った、マダム・ヴォルフ自身のドラマにも思いが馳せられるほどのインパクトだった。また、少年ルドルフに扮した星風まどかの愛らしさが抜群。作品のポイントとして大きな成果をあげていた。ポイントという意味では、ヴィンデッシュ嬢の星吹彩翔の熱演も目立ったし、風馬翔、和希そら、留依蒔世など、歌手が軒並み入っていて、当初もったいないように感じていた黒天使の存在感はやはり抜群。瑠風輝のエーヤンの歌手などをはじめ、歌い手が黒天使に回っても尚、コーラスの宙組の力が健在なことも嬉しかった。最後はもちろん、宝塚バージョンならではの心躍るフィナーレナンバーが控え、何度観てもこのフィナーレは巧みにまとまっている。朝夏&実咲によるデュエットダンスは、麻路さき&白城あやかコンビによるそれの、懐かしい復刻バージョンだったが、朝夏が銀橋での華麗なジャンプを見事に決めて、この2人にも相応しいものとなっていたのが何よりだった。
初日を控えた9月9日、通し舞台稽古が行われ、朝夏まなとと実咲凜音が囲み取材に応えて公演への抱負を語った。
まず朝夏が「皆様、本日はお忙しい中、お越しいただきましてありがとうございます。 千秋楽まで精一杯務めて参りますので、どうぞよろしくお願い致します」。また実咲が「皆様、本日はお忙しい中、本当にありがとうございます。 真摯に向き合い千秋楽まで務めたいと思いますので、どうぞよろしくお願い致します」とそれぞれ挨拶。続いて、記者の質問に答えた。
その中で、『エリザベート』20周年に当たり、これまで演じてきた多くの人たちとは違う、自分ならではのオリジナリティをどう出してきたか?を問われた朝夏は、黄泉の帝王である死神が愛に出会った二面性を大切にしたいと語り、実咲もまた、エリザベートの共感できる部分とエゴイストな部分を、共に出していきたいと答え、共に役柄に対して、単純な解釈ではない複雑さを加味することで、魅力を打ち立てようとしていることが伝わってきた。
また宙組の『エリザベート』ならではの魅力として、朝夏が初心に還って譜面に真摯に向き合ったことを挙げると、実咲は「コーラスの宙組」の力を挙げ、やはり同じ目線で作品に対峙している、2人の想いが感じられる時間となっていた。
〈公演情報〉
【取材・文/橘涼香 撮影/岩村美佳】