大きな蚊と台風とタッパーについて
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拝啓
ここのところ、突然再会した昔の恋人との関係みたいにすっきりしない天気が続き、気温も暑かったり寒かったりしていますが体調を崩してはいないでしょうか。
僕はといえば、暑かった日に大きな蚊に刺されて、腕が大きく腫れています。ひぐまのように大きな蚊でした。やはり個体が大きいと刺された患部もひどくなるものなんですね。まいりました。今は「かゆい、かゆい」と言ってポリポリ腕を掻きながら、この手紙を書いています。ムヒはどこにあっただろう。
しかし、これはなにか示唆的な事実ではないでしょうか。大きな蚊は大きな腫れを起こす。つまり、大いなる前兆は大いなる災いを引き起こすということです。シンプルな教訓です。決してあれには近づかぬことじゃ……村の老人ならそうやってよそ者に忠告するでしょう。
大きな蚊同様、台風もまたそれ自体が大きければ大きいほど被害も甚大です。ここのところ日本に台風がたくさんやってきていて嫌になってしまいますね。いくつになっても嵐の日は好きになれそうにありません。
嵐自体は嫌いなんですが、一方で僕は嵐みたいな女性をよく好きになります。嵐を呼ぶ女性というよりは、嵐そのものみたいな女性です。突然僕の目の前に現れて、僕の生活の一切をなぎ倒していき、彼女が通った後にはぺんぺん草も生えない……あなたは、どうでしょうね。
そういう女性に恋をして報われたことはほとんどないんですが、いやあ、ある種の嵐を見ていると中に飛び込みたくなってくるんですよね。どうしようもない性質です。
多くの場合、そのままカンザスあたりまで吹き飛ばされ、一切を失い丸裸になった僕の恋は終了します。銀の靴のかかとを三回鳴らして元の生活に戻れればいいんですが、なかなかそうもいかないですね。
実をいえば、僕はそうやって振られた時の気持ちをなるべく新鮮なまま、心の中に保存しています。つまりタッパーですね。余った食材とかを入れておくあのタッパーです。振られて切ない気持ちだとか楽しかった思い出(あればですが)とかをぎゅうぎゅうにタッパーに入れて冷蔵庫にしまっておくわけです。
これが絵を描く時に役に立つんですよ。僕はまあ、一応絵描きなので絵を描いたり、場合によっては物語みたいなものを書いたりすることもあるんですが、そういう時にタッパーに入っている食材を使って料理してみると結構すらすらと楽しく創作できたりするんですね。これは便利です。
タッパーに入れて保存しておくといいものは他に、自分の経験に基づいた愉快な逸話ですね。こちらは友達とお茶をしている時などに振舞ったりすると喜ばれますよ。
ここで僕が保存しておいたとっておきのエピソードを披露しますね。
実は、僕はねこの肉球をなめておなかを壊したことがあるんですよ。肉球ってなんかふにふにしておいしそうじゃないですか。それで飼いねこの肉球をなめてみたんですけど、でもまあねこの肉球ですからね、ばいきんとかいたんでしょう。おなかを壊しました。ねこもものすごく嫌そうな顔をしていたし、おすすめはできませんね。あと、おいしくないし。
これが僕の冷蔵庫に入っている一番おもしろい話です。
今後おもしろい話をタッパーに入れたら、また手紙に書きますね。
それでは。
いつかまた宇宙のどこかで。
敬具
チープアーティスト・しおひがりによる連載『メッセージ・イン・ア・ペットボトル』。毎回、この世にいる"だれか"へ向けた恋文のような、そうでないような手紙を綴っていきます。添えられるイラストは、しおひがり本人による描き下ろし作品です。