井浦新と瑛太が幼なじみ役、大森立嗣監督×三浦しをん原作の映画『光』

三浦しをんの小説『光』が映画化。2017年秋に公開される。

『まほろ駅前』シリーズの著者・三浦しをんによる『光』は、東京の離島・美浜島で育ち、島を襲った津波から数人の大人と共に生き残った中学生の信之、恋人で同級生の美花、年下の幼なじみの輔の3人が、20年後に再会するという物語。島での最後の夜に、信之が美花を守るためにある罪を犯したことから3人だけの秘密を共有する彼らが再び巡り会い、過去と向き合う様が描かれる。監督は『まほろ駅前』シリーズの映画版を手掛けた大森立嗣。

39歳になって一人娘の父として平凡に生きる信之役を演じるのは井浦新。かつて唯一優しく接してくれた記憶の中の信之を取り戻そうと、大人になって信之と美花の前に現れ、2人を脅し始める輔役を瑛太、過去を捨てて芸能界で生きる美花役を長谷川京子が演じる。

さらに信之の妻・南海子役の橋本マナミ、「篠浦未喜」の名で活動する美花のマネージャー・小野役の南果歩、かつて輔に激しい虐待を行なっていた父親役の平田満がキャストに名を連ねる。撮影は8月20日にクランクインし、9月27日にクランクアップ。伊豆諸島の利島や川崎近郊で行なわれた。

井浦新のコメント

「人を暗い方へ導く光もあるんじゃないか」と作者の三浦しをんさんが言うように、人間の意識・無意識の中、そして自然の中にも潜む様々な形の暴力と向き合い続けた撮影期間は、自分の心の奥底のほうにこびり着いている得体の知れないナニかを引っ掻き出し、光にさらし、時にはまた飲み込み、正直、しんどい日々でした。笑
大森立嗣監督作品への参加は3度目。信頼があるからこそ、自分でも理解できないナニかが出てきてしまっても、どんなに振り切ってしまっても、いつもカメラ横でしっかり受けてくれる監督に、喜んで全身全霊を捧げることができます。この作品を背負い、それぞれの役と共に苦悩し、自らも振り切ってゆく大森監督は活き活きとどこか楽しげで、初めて見るそんな監督の姿に火を焚べられ静かに燃えていました。
その燃焼から自然発生した芝居を受ける共演者やスタッフの皆さんは大変だったと思います。この場を借りて、すみませんでした。ありがたい事に、役柄的に出演者のほとんどの方々とお芝居させてもらえましたが、大変嬉しく思う分、罪も大きくなりました…苦笑。
その中でも、最も化学反応を起こせたのが瑛太くんでした。彼と芝居がしたいと前々から大森監督に言っていた分、この座組でナニかが起きないわけがないとは思っていましたが、彼のポテンシャルは想像以上、互いに後ろを顧みない変化球なしの真っ向勝負の連続は、どのシーンも何が起きるか、どこに向かうのか、まったく予測なんてできません。芝居が終われば心には辛さが残りましたが、微かに全部出し切った心地良さもありました。
一体感ある組で、反応し合える共演者たちと芝居を重ねる度、日々深化し野生化して役を飲み込んでゆく感覚を体感しました。原作の創造の世界を生身の人間が生きるとこうなる、映画だからこその生命感溢れる【光】が生まれたと思います。

瑛太のコメント

大森立嗣監督、共演者、スタッフのおかげで輔という役を楽しく演じられた。
もともと大好きだった井浦新さんとの共演はとにかく刺激的で芝居の新たな面白さを教えていただいた。新さんが演じる信之の内側にある凄まじい熱量と冷酷さは、原作、台本を超越していた。
橋本まなみさんは、妖艶なパブリックイメージとは違う、普通の主婦を見事に揺るがない姿勢で演じ切っていた。濡れ場のシーンもありましたが、皆さんの期待を裏切らないシーンになったと思います。
大森立嗣監督とは3回目でしたが、新鮮な気持ちで芝居を楽しませてもらえる現場の空気を作っていただいた。大森立嗣ワールド全開の完成を楽しみにしています。

長谷川京子のコメント

限られた撮影日数の中で「美花」がどんな人物なのか模索しましたが、結局、撮影が終わった今も彼女のことが分かりません。
撮影中は考えても考えても正解の出てこない旅路に疲れ、逃げ出したくなる時もありましたが、もしかしたらそれが「美花」だったのではないかと、今思います。
大森監督との撮影は刺激的で、ある種、自分探しのような作業でした。体全部で感じること、ぶつかることの楽しさを教えてもらいました。
それぞれの人物がぶつかり合い、どのような作品になるのか、私自身楽しみです。

橋本マナミのコメント

最初にこの脚本を読ませていただいたとき、あまりの面白さに一気に「光」の世界に惹き込まれました。そして監督はずっと憧れていた大森立嗣さんに共演者の方々も素晴らしい方ばかりで撮影中は濃厚で刺激的な時間を過ごさせていただきました。
この作品のテーマの1つとなる無意識の暴力。
人って生きてると無意識に人を傷つけてしまうもので、この作品でも様々な思いがぶつかりあいます。胸が苦しくなる瞬間が何度もありました。
私が演じた黒川南海子は社会性を気にする普通の主婦ですが、それだからこそ時には怖い一面もあるかも!?そして今までやったことのないような刺激的なベットシーンがあるかも!?それは観てからのお楽しみ♡
観ている方の心を揺さぶる魂がこもったすごい作品になっていると思います。私もその中で共演者の方に支えられながらも一生懸命頑張りました。何か感じていただけたら嬉しいです。ぜひ皆さん“光の世界”にどっぷりつかってみてください。

大森立嗣監督のコメント

三浦しをんさんの『光』という小説を映画にしたいと思っていました。まず『光』という抽象的でしかし強い意思を感じるタイトルに今までの三浦作品とは違う気配を感じました。いざ読んでみるとこれは恐ろしい小説でした。小説の持つ強度に驚きました。強度とはモラルやコンプライアンス、あるいはカテゴライズされやすいイメージとかけ離れたものでできあがっているという意味です。
それから枠の外側に向かっていくという点にものすごく興味を持ちました。飼いならされた犬の悩みみたいな話ではなく、野性に踏み出した人間たちのドラマに強く心を動かされました。
僕にとって『光』という小説は生命そのものの讃歌でした。
『まほろ駅前多田便利軒』を監督する前でしたが写真で見た三浦しをんさんの笑顔が浮かび、それが悪魔か天使にみえるくらいでした。恐ろしい女性だと思いました。
僕は原作もので映画を作るとき最初に読んだときに僕自身が感じたことを一番大事にします。それが今回は『生命そのものの讃歌』でした。
普段から考えていることですが、社会は良くなっていくように発達しているはずなのに、そう思えないことが多々あります。端的に言ってしまえば、人生は長生きするためにあるわけではない。超高齢化社会は近い未来に生きることは何か?ということを私たちに突きつけてくるでしょう。高いビルが増殖するようにできていくけど、夕陽を見ることも大事だったりします。タバコの悪い所ばかりが言われていますが、一息つくときの一服の旨さはなにものにも代え難いものがあります。“これをしてはいけない”“こうすべきだ”というのが多くなりすぎています。現代の生き難さはそういうところにあります。現代人の抱える問題は生命と自分自身の不調和に起因していると思います。
小説『光』を映画化するということは生命そのものの讃歌、命の輝きを描きたいということでした。映画の冒頭、主人公たちが住んでいる島に津波が襲ってきます。それは無慈悲にあらゆるものを飲み込んでしまいます。何も残りません。ただ無だけがあります。無を受け入れるには過剰な生、命の輝きが必要だったのかもしれません。わかりません。
でも映画の中には輝きを持って確実に生きている主人公たちがいます。彼らを見つめることが、低迷した高度消費社会を生きる、どこか生を謳歌できない僕たちに微かな光を感じさせてくれるのではないかと信じています。
おそらく主要なキャストの井浦新 瑛太 長谷川京子 橋本マナミもそういう原作、脚本の持つ異様なまでの社会生活の中での混沌と生命の調和、それが人間ドラマを通して描かれていくことに共感してくれたのではないでしょうか。
今、撮影が終わり編集している所です。
井浦新の冷たい熱情、瑛太の優しい怪物性、長谷川京子の狂気と美、橋本マナミの色気と母性が映画に充満しています。
スゴい映画になると確信しています。観客が観ることを想像するとワクワク感を押さえきれません。今はそんな感じです。

三浦しをんのコメント

大森立嗣監督に映画化していただけて、光栄です。素晴らしいスタッフ、キャストのみなさまのお力により、悪の色気にあふれた作品になりそうで、とてもとても楽しみです。

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