ザルツブルク・イースター音楽祭 in JAPAN イェフィム・ブロンフマン (ピアノ) ピアノ界の伊藤若冲――世界が驚嘆する極彩色のピアニズム

2016.11.8
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クラシック

イェフィム・ブロンフマン (ピアノ)©Dario Acosta

 私が初めてイェフィム・ブロンフマンのピアノを聴いたのは、1993年秋。73歳のアイザック・スターンの希望で日本ツアーに同行していた30代の若者だった。サントリーホールでの最初の練習の際、スターンが耳元で囁いた。「このピアニストをよく聴いておくれ。彼は尋常なピアニストではないんだから!」。モーツァルト、フランク、そしてブラームスのソナタ。スターンの枯れた音色を一音たりとも覆わぬよう、細心の気遣いで彼の音楽にピタリと寄り添う、あり得ないほど天国的なピアニッシモの響きに心が震えた。その3日後、彼の初ソロ・リサイタルでは、繊細なスカルラッティ、モーツァルトではじまり、圧巻のプロコフィエフの第3ソナタを弾き終えたとき、聴衆はただただ茫然自失。なんというピアニストなんだ!?

 ベルリン・フィル、ウィーン・フィル、ニューヨーク・フィル、ドレスデンなどの有名オーケストラはこぞって彼に“Pianist in Residence”をオファーする。協奏曲はもとより、リサイタル、室内楽を彼と共に体験したいがためである。最高の演奏家たちが驚愕し、敬愛し、ぜひとも一緒に共演したいと切望する。繊細さが溢れる感性の玉手箱、極彩色のパレットを内に秘めるピアニスト。彼の音楽はまるで伊藤若冲の絵のようだ。一見では目に見えないものの裏に、いかに多くの事柄が描かれていることか! そのことに世界一流の演奏家たちが脱帽するのである。

 ブロンフマンの生まれは、シルクロードの“青い宝石”と言われるウズベキスタンの首都タシケント。子守りがいない時、彼の母は3歳の息子を仕事場のオペラハウスに連れていき、オーケストラ・ピットの後ろに座らせた。この頃の声楽との出会いが、彼の多彩な色のパレットをつくり出したのだ。15歳の時、一家でイスラエルに移住すると、彼の運命は激変する。到着するや否や、少年ブロンフマンは国中の脚光を浴び、翌年には、ズービン・メータが彼をモントリオール響のソリストとして起用し、北米デビューを飾った。そしてスターンはレッスンのためにウラディミール・ホロヴィッツの所に連れていった。ブロンフマンの演奏を聴き終わると、「君、君、一緒に連弾しようよ!」それがホロヴィッツとの出会いだった。

 以来、世界のマエストロと共演が目白押し。オーケストラのソリストとして来日は多いが、リサイタルが少ないのは残念至極。今回のサントリーホールでの彼のリサイタル(11/26)は、何と23年ぶりである。この幸運は指揮者のティーレマンのおかげだ。2013年、ザルツブルク・イースター音楽祭で彼と初めて共演したティーレマンは、ベートーヴェンの「皇帝」の後に、彼にアンコールを促し、自ら椅子をピアノの横に持ち出して、彼の演奏に聴き入っていた。楽屋に戻るなり、「これ程インスピレーションを受けたピアニストは初めてだ。今度日本に行く時は、絶対に彼をソリストにしたい」と語った。そして、今秋この「皇帝」もサントリーホールで実現する(11/23)。

 今回のリサイタルでは、ベートーヴェンの「熱情」やシューマンの「フモレスケ」のほかに、彼のドビュッシーを初めて日本で聴くことができる。「ベルガマスク組曲」でみせる色彩感はいかに? 今からその日を一刻千秋の思いで、待ちわびている。

文:眞鍋圭子
(ぶらあぼ 2016年11月号から)


ザルツブルク・イースター音楽祭 in JAPAN
イェフィム・ブロンフマン 出演公演

 
クリスティアン・ティーレマン(指揮)
シュターツカペレ・ドレスデン
オーケストラ・プログラム(Ⅰ)
11/22(火)19:00 ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第2番
オーケストラ・プログラム(Ⅱ)
11/23(水・祝)17:00 ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第5番「皇帝」

 
イェフィム・ブロンフマン ピアノ・リサイタル
11/26(土)19:00

 
会場:サントリーホール
問合せ:サントリーホールセンター0570-55-0017
※ザルツブルク・イースター音楽祭 in JAPAN の詳細は下記ウェブサイトでご確認ください。
http://suntory.jp/HALL