3人の30代演出家が昭和30年代の日本戯曲に挑む、新国立劇場『かさなる視点ー日本戯曲の力ー』
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左から、小川絵梨子、上村聡史、谷賢一、宮田慶子
谷賢一、上村聡史、小川絵梨子という30代気鋭の演出家3人が、新国立劇場で2017年3月~5月、昭和30年代の作品にそれぞれ挑む。シリーズ『かさなる視点−日本戯曲の力−』として上演される今回の作品は、三島由紀夫による戦後の空虚感が色濃い『白蟻の巣』、安部公房が戦争責任を独自の視点で扱う『城塞』、田中千禾夫が戦争の傷跡残る長崎を詩的に描いた『マリアの首−幻に長崎を想う曲−』という3作品。演出家3人と、同劇場芸術監督・宮田慶子に企画の意図や見どころを聞いた。
--芸術監督の宮田慶子さんは、なぜこの企画を立てたのでしょうか?
宮田 2010年秋の就任以来、日本の演劇を見つめ直すために、まず切り口として、日本演劇界に大きな影響を与えてきた海外の古典戯曲を新翻訳で上演するシリーズ『JAPAN MEETS...−現代劇の系譜をひもとく−』からスタートしました。ラインアップの割合としては翻訳物が多い状態で、なかなか日本の戯曲を取り上げるのが難しかったんですね。もちろん、秋元松代や福田善之など、ポイントポイントでは取り上げてきたのですが。やはり国立の劇場ということもありますので、日本の戯曲を大切にしていきたいと思っているんです。30代という働き盛りの脂の乗っている演出家にこそ、新国立劇場の次の時代を拓き、そして日本の演劇界を引っ張って行ってもらいたい。3人ともこれまでは翻訳物が多くて、日本の戯曲に出会う機会が割と少なかったんじゃないか、ならば、ぜひとも向かい合ってもらいたい、と思いまして、今回の企画を立てました。
今回の作品ですと、『白蟻の巣』は昭和30(1955)年、『城塞』が昭和37(1962)年、『マリアの首』が昭和34(1959)年。戦後10年以上経って書かれた作品なんです。大きな戦争を乗り越えて、あれよあれよと復興が始まり、そろそろ高度経済成長に突入しようとしている。復興することは素晴らしいことなのですが、かたや、何かとても大事なものを見失ったり、失ったまま勢いに任せて、自分たちは次の時代にうまく生まれ変われるんじゃないかという、ある種の幻想みたいなものを持ったまま突き進んでいる時代。そんな風に私は捉えていて。そんな時代に書かれた作品群を、平成になってから活躍しているこのメンバーたちが、一体どういう風にこれらの作品群に演出家として切り込んでいってくださるのかな、と。
今回のシリーズで取り上げる劇作家たちは時代に対する視点を確実に構築しているし、その時代を自分の作品の中にどう吸い上げていくかという視座があるんです。それらに対して演出のお三方の視点を乗っけていきたいんですね。ある企みを持って書かれた戯曲に対し、我々の企みはどう重なっていくんだろう、と。だから『かさなる視点』としました。私自身もとっても楽しみにしています。
--三島由紀夫の『白蟻の巣』に挑むのは、谷賢一さんです。見どころは?
谷 翻訳劇をやることが多いのですが、日本の劇に興味があるかと聞かれた時に、二つ返事で「あります」と答えました。僕が演劇を始めた1990年代頃は、「日本は遅れているね」という声が非常に多く聞かれたんです。みんなイギリス、フランス、アメリカに行った、みたいな。僕自身もイギリスに行って勉強して帰ってきて。輸入して考えるとか、外国の方が進んでいるとかじゃなくて、そろそろ、もう1回日本の文化を掘り起こす作業をしたいなと思っていた矢先でしたし、自分自身も不勉強な部分があったので、この機会にたくさん本を読ませて頂いて、『白蟻の巣』を選ばせていただきました。
文章・小説が好きなので古今東西のいろんな本を読むんですけど、この三島由紀夫に関しては、こんなに文章の上手い人は見たことがないというぐらいで。どんな精神構造だったのかすごく興味があるし、最近になって三島由紀夫の思想的な部分に興味が出てきて。どう彼がその時代を認識し、日本を認識していたのか。一体どういう思いで生きていたんだろうというところを掘り起こしてみたら、僕がなんとなくのイメージで思っていた、何か狂信的な愛国主義者という形では全くなく、日本の現代文明や精神の在り方に対してとても理知的な分析をしていた人なんだという点に感銘を受けました。もちろん文章家、劇作家としてもいい作品をたくさん残している人なんですが、同時に彼が何を考え、何を見ていたのかというのは、『白蟻の巣』以降の戯曲にはダイレクトに反映されているので、その辺も、いいお芝居を作るための稽古をする中で、解きほぐす必要が出てくると思うんです。日本の文化を問い直すような作業が稽古場の段階でもできたらいいなと思います。
【あらすじ】
ブラジル、リンス郊外の珈琲農園。元華族の農園主・刈屋義郎は、かつて心中未遂を起こした妻・妙子と運転手の百島健次を、彼特有の「寛大さ」でそのまま同居させていた。一年後、事件のことを承知で百島と結婚した啓子だったが、次第に嫉妬と猜疑心にかられるようになり、とある計画のもと、刈屋を遠く離れたサンパウロへと送り出す。まるで白蟻の巣のように四人の思惑が絡み合い、やがて奇妙で複雑な三角関係へと変化していく……。 (公式チラシより)
--上村聡史さんは安部公房の『城塞』に挑みます。見どころは?
上村 自分の中で「戦後」というテーマを掲げてやっていこうと決めました。今、生きていて、グローバルな世界の価値観と、民族性や国民性といったドメスティックに根付いているローカルな価値観が、不穏な音を立てて軋みはじめているんじゃないかなと思っています。そこに演劇でどう対峙していけるのか、どう表現していけるのかということを考えた時に、「敗戦」という大きな崩壊の後の再生の陰に潜んでいた日本人の変わらなかった精神や、戦争責任の所在に目を向けることで、その軋みを紐解ける糸口になるのではないかと思い、1962年に発表された『城塞』を上演することに決めました。安部公房の中ではメジャーな作品ではないんですけれど、今上演することで真価が発揮出来る作品じゃないかなと思います。戦争を知らないこの私が、この戯曲を目の前にして何ができるのかということになりますが、現代の軋みを痛感している視点から、日本人の精神を見つめたい。そして、そのこと自体が今の自分たちをも滑稽に、かつ、批評する手つきで立ち上げていきたいなと思います。
今回並んだ3人の作家というのは、明治維新以降の社会主義リアリズムの作家を踏まえつつも、新しい表現形式を目指そうとしたんじゃないか、ちょうど理論と新しい表現をぶつけ合った作家たちだったんじゃないか、と思うんです。特に安部公房というのは、どちらかというとすごく前衛的なイメージが強いんですけど、この作品の頃は、まだ、そこまでいかない中間地点にあった。僕から見るとバランスのありようがとても面白い劇作家のような気がしています。
【あらすじ】
とある家の広間。爆音が響く。電燈が尾を引いて消える。どうやら戦時下のようである。「和彦」と呼ばれる男とその父が言い争っていた。父は「和彦」とともに内地に脱出しようとするのだが、「和彦」は母と妹を見捨てるのか、と父を詰る。
しかし、それは「和彦」と呼ばれる男が、父に対して仕掛けた、ある"ごっこ"だった......。(公式ホームページより)
--小川絵梨子さんが挑むのは『マリアの首−幻に長崎を想う曲−』です。意気込みや見どころは?
小川 日本の戯曲をと言われたんですが、私が不勉強で思いつかなかった時に、宮田さんに薦められたのが『マリアの首』でした。本当に直感なので詳しい分析は出来ないんですけど、読んで、これをやってみたいなと。私はほとんど翻訳物しかやっていないので、自分の中でも挑戦だったりプレッシャーだったり不安だったりというのが多くあるし、はっきり言ってしまえば作品的にも非常に難しい作品だと思っているので、どう切り込んでいくのかなというのは、いま考えているところなんです。
ふと思うと父が75歳で、父はこの時代を普通に生きていたんだなって思った時に、ここがとっかかりだなと感じたんですね。特に『マリアの首』は市井の人々の話なので、そこをちゃんと描くというのは大事かなと思います。ここにあった臭いというものは、私も体感してみたいなと思いますし、そこから自ずと見えてくるものがあるのかなと思っています。もちろん戦争のこともものすごく重要なんですけれども、登場人物たちが戦争のことをずっと考えて生きているわけではなくて、それはあったものとして経験し、その中でどういう風に生きているのかが書かれているので、その空気を舞台上でも出せたらいいなと思っています。そして、父に見て欲しいなと思います。
ドキュメンタリーみたいなものは私には創れないと思うので、想像でしかないと思うんですね。想像の強みってノスタルジーとか主観ではなくて、客観から入っていけるところだと思います。私から見た、私たちが信じた、私たちがそうだと思った、私たちの視点を通して過去に触れることになると思います。プロデューサーの方から聞いた話なんですが、田中千禾夫さんは長崎出身のかたですが、戦時中は疎開をされていた。だから、長崎の原爆は体験されていませんでした。でも劇作家として、必ずここは通らなくちゃいけないと思って書かれたそうです。だから、副題が『-幻に長崎を想う曲-』。そこに惹かれたんですよ。すごく真摯だし、きっと分からないことに対する罪悪感もあったと思うんですね。でもそれに対して、素直に向かわれた作品なんだなと思った時に、ご本人の優しさを感じました。
【あらすじ】
爆撃され被曝した浦上天主堂の残骸を保存するか否かで物議を醸していた昭和20年代後半。昼は看護婦として働き、夜はケロイドを包帯で隠して娼婦として働く鹿。夫の詩集と薬を売りながら客引きをし、生計を立てている忍。鹿と忍が働く病院で献身的に働く看護婦の静。
いつまでたっても保存か建て壊しか結論のでない市議会を横目に、原爆で崩れた浦上天主堂の壊れたマリア像の残骸を、秘密裏に拾い集めて、なんとかマリア像だけでも自分たちの手で保存しようと画策する女たち。
雪のある晩、最後に残ったマリアの首を運ぼうと天主堂に集まったが、風呂敷に包もうとしても、マリアの首は重く、なかなか動かないのだった......(公式ホームページより)
左から、小川絵梨子、上村聡史、谷賢一、宮田慶子
--同世代の3人が一つの企画にまとめての参加となりますが、いかがですか。
上村 最初は「日本の劇」というお題だったので、まさか3人ともに時代も重なる戯曲になるとは思ってませんでした。組んでやることで、(共通の問題を)投げかけることがあるのかなと思うし、そういった相互作用を見込む企画は刺激的に思います。「他の2人は何をやるんだろう」と教えてもらった時、自分のことは棚に上げておきながら、よくやるよなぁ~と(笑)。『白蟻の巣』は物語の背景を背負い込みつつも、あの語り口をどういう様式で持っていくのかっていうのは大きな問題になるし、『マリアの首』に関しても、長崎の事、キリスト教、女性と抑圧っていう題材が、複合的な構成で組み立てられているから、二人とも大変なのやっちゃってるなって(笑)。
ただ演出者って戯曲を読んだ時に勝算がないと上演に踏み切れないと思うんですよね、2本ともすごい戯曲なので、そこに対して谷さんも小川さんも視点を持つことができたんだっていうのが、すごいなと脅威に感じました。同世代で、と言うよりは表現者としてどういう視点を持って立ち上げてくるのかなというのが、楽しみです。
小川 前回のシリーズ(2013年のシリーズ「Try・Angle ―三人の演出家の視点―」)で呼んで頂いた時に、すごく嬉しかったんですね。根なし草でフラフラしている中で、括りとしてここに入れてもらえるんだって。ただ、始めてみると、ひたすら他の2人と比べられる(笑)。でも嫌な気持ちはしなくて。私は「絶対勝つからね!」とか言ったり、そういう、同級生ごっこのようなことをやったの初めてだったので、一つの打ち出し方として面白いなと思っています。でも、また比べられるんだろうなぁ(笑)。
谷 企画を通じて、この3人でああでもない、こうでもないと喋れるのが楽しみではありますね。演出家って孤軍奮闘せねばならぬ仕事で、あまり演出家同士で意見交換したり話したりということはないんですね。こういう、出自も違ってそれぞれ違う方面で活躍している人たちと話してみると、演劇や現代について意見が合致したりすることがあるんです。でも表向きには喧嘩しているように見せかけておきながら、実はお互いの稽古場を行き来できたらいいなぁと僕は思っています。未来を担う我々がこの先に繋がる信頼関係を作れるような交流をしたいと思うので、そのためには一生懸命喧嘩します(笑)。
上村 『マリアの首』の本番期間中に、ここにいる4人でトークセッションがあるので(※5月13日18時~新国立劇場小劇場にて、入場無料)、その時に反省会と批評会をしましょうね(笑)。
●たに・けんいち 1982年生まれ。DULL-COLORED POP主宰。明治大学演劇学専攻、ならびにイギリスUniversity of Kent at Canterbury, Theatre and Drama Studyにて演劇学を学んだ後、劇団を旗揚げ。2013年には『最後の精神分析』の翻訳・演出で第六回小田島雄志・翻訳戯曲賞、ならびに文化庁芸術祭優秀賞を受賞。近年では海外演出家とのコラボレーション作品も多く、デヴィッド・ルヴォー、シディ・ラルビ・シェルカウイ、フィリップ・ドゥクフレらの作品に、翻訳・脚本・演出補などで参加している。
●かみむら・さとし 1979年生まれ。2001年文学座付属演劇研究所に入所。06年座員に昇格、09年より文化庁新進芸術家海外留学制度により1年間イギリス・ドイツに留学。14年に新国立劇場で上演された『アルトナの幽閉者』をはじめ他の演出作品で第17回千田是也賞を受賞。また演出を手掛けた『炎 アンサンディ』が第69回文化庁芸術祭大賞、また第22回読売演劇大賞最優秀演出家賞を受賞。
●おがわ・えりこ 1978年生まれ。2004年、アクターズスタジオ大学院演出部卒業。06〜07年、平成17年度文化庁新進芸術家海外派遣制度研修生。10年、サム・シェパード作『今は亡きヘンリー・モス』の翻訳で第3回小田島雄志・翻訳戯曲賞受賞。12年、『12人〜奇跡の物語〜』『夜の来訪者』『プライド』の演出で第19回読売演劇大賞優秀演出家賞、杉村春子賞受賞。14年『ピローマン』『帰郷−The Homecoming−』『OPUS/作品』の演出で第48回紀伊國屋演劇賞個人賞、第16回千田是也賞、第21回読売演劇大賞優秀演出家賞を受賞。16年9月より新国立劇場演劇芸術参与。
取材・文・写真撮影:五月女菜穂
■出演:安蘭けい、平田満、村川絵梨、石田佳央、熊坂理恵子、半海一晃
■日時:2017年3月2日〜3月19日
■会場:新国立劇場小劇場
■日時:2017年4月4日〜4月5日
■会場:兵庫県立芸術文化センター(tel:0798-68-0255)
■日時:2017年4月8日
■会場:穂の国とよはし芸術劇場PLAT(tel:0532-39-8810)
■出演:山西惇、椿真由美、松岡依都美、たかお鷹、萬長(※「辻」は1点しんにょう)
■日時:2017年4月13日〜4月30日
■会場:新国立劇場小劇場
■出演:鈴木杏、伊勢佳世、峯村リエ、山野史人、谷川昭一朗、斉藤直樹、亀田佳明、チョウ ヨンホ、西岡未央、岡崎さつき
■日時:2017年5月10日~5月28日
■会場:新国立劇場小劇場