『ユーリ!!! on ICE』性差を超えた愛を表現する凄さ
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ユーリ!!! on ICE公式サイトより画像引用 ©はせつ町民会/ユーリ!!! on ICE 製作委員会
フィギュアスケート界にある抑圧
日本でもすっかり人気スポーツとして定着したフィギュアスケート。その世界はとても華やかな印象を与える。しかし、そこには差別や偏見も存在するという。
週間ニューズウィーク2014年2月18日号の特集記事『「男らしさ」に縛られたフィギュア選手の苦悩』では、そんなフィギュアスケートの薄暗い一面を紹介している。
ゲイであろうがなかろうが、選手たちはよくわかっている。
審査員もスポンサー企業もテレビの視聴者も、女子選手には「きれいな女の子」を期待し、男子選手には「男らしい男」を期待していることを。
だが現実は違う。イギリスのジョン・カリーや、カナダのマシュー・ホールやブライアン
オーサーは現役引退後、あるいは競技選手としてのピークを超えた後に、同性愛者であることを明らかにした。
この特集によれば、フィギュアスケートの世界には同性愛者が多いが、それを現役時代に公表する選手はわずかだという。女性らしい表現を追求したアメリカの元フィギュアスケーター、ジョニー・ウィアーは2011年に出版された自伝で、ゲイであることを公表したが、その本で自身のフェミニンな表現やルックスのせいで、アメリカスケート連盟から冷遇されたと語っている。
性差を超えたエロスを表現する『ユーリ!!! on ICE』
現在テレビ朝日系列で放送中の『ユーリ!!! on ICE』は、本格的にフィギュアスケートを題材にした初のアニメ作品だ。個性豊かなキャラクターたちと、スケートシーンの作画の美しさで女性を中心としたアニメファンに大きく注目されている。
しかし、注目される理由は作画だけではない。登場人物たちの愛の物語が多くの視聴者の心を惹きつけているのだ。本作は確かに女性をメインターゲットに定めた作品かも知れない、そこに所謂「BL(ボーイズラブ)」的な妄想をすることは容易だ。現実のフィギュアスケートの世界では、上に挙げたように同性愛に対する抑圧も存在するが、本作にはそうしたわだかまりはない。BL表現の多くは、異性愛の女性作家の手によって生み出されるもので、女性のニーズに応えるように設計されるのが基本であって、それは一種のファンタジーとも言える。
しかし本作は、単なる女性による、男性理想化ファンタジーにとどまらない何かを秘めている。男性の筆者は、ファンタジーとしてのBLにエロスを感じることはほとんどないが、本作の、特にスケーティングのシーンには明確にエロスを感じる。
本作は、性差を超えた愛とエロスの表現に成功していると筆者は思う。滑り始める時の勇利の挑発するような表情、スケーティングのしなやかでなめらかな動き(これを再現する作画がまたすごい)、滑り終わった後の恍惚とした顔。見ていて演者が男か女かなど関係なくなり、ただただ魅了される。
氷上を彩る多彩な愛
『ユーリ!!! on ICE』のテーマは愛の表現にある。その多くは主人公の勝生勇利とコーチのヴィクトル・ニキフォロフの「師弟愛」の形として表現される。だがその師弟愛の描写に恋人のような身振りが、意識的に用いられてもいる。最もそれが端的に現れたのは、第7話のエピソードだろう。
追われるプレッシャーに潰されそうになる勇利に、ヴィクトルが突き放すような態度を取り、泣かせてしまうのだが、その後のやり取りはまるで恋人同士だ。極めつけは滑り終わった後にヴィクトルが抱きつきキスをほのめかす描写だが、彼らの相思相愛の関係は、あくまでスケートを通した師弟関係だ。だが、二人が人生をかけるものを通しているからか、その絆は一般的な恋人関係よりも遥かに濃密な雰囲気を漂わせている。
世界各国の様々なスケーターたちの華麗な演技の作画も本作の見所であるが、そのスケーティングに、各々の込められた愛が表込められているのも興味深い。勇利とライバルのユーリ・プリセツキーには、ヴィクトルからそれぞれアガペーとエロスのテーマの曲を与えられている。ある選手は双子の妹とのプラトニック・ラブを表現し、ある選手は別れた恋人への愛、またある選手は強烈な自己愛を表現する。そして勇利の愛はエロス。それはヴィクトルに向けられた表現であり、そのために勇利は女らしい表現力を獲得すべく、バレエの女性らしい動きを必死に練習したりもする。
総じて、『ユーリ!!! on ICE』のスケートは、男らしさに縛られるような描写は皆無だ。男らしさにあふれた滑りをするキャラクターもいるが、メインの勇利やユーリ、ヴィクトルなどはむしろ積極的に中性的な魅力を押し出そうとしている。
『ユーリ!!! on ICE』の社会を変える力
現実のフィギュアスケートには同性愛に対する厳しい現実がある。本作は、ファンタジーとしての理想の姿を描いているだけかもしれない。しかし、本作はただBL愛好女子たちが愛でるだけでは終わらない力があるのではないか。前述したように、氷上で舞う勇利の姿はまぎれもなく、性的であり、それは異性愛者の男である筆者にすら伝わる。女性向け、男性向けといった性差を超えた愛とエロスをこの作品は表現できている。
「BL進化論」にて溝口彰子は、BLがもたらす社会の変化への期待についてこう語っている。
そのBLの変化が、社会を少しずつ変えているのかもしれない、といったら、驚かれるだろうか? 近年のBLが、現実の日本社会に存在するホモフォビア(同性愛嫌悪)や異性愛規範(異性愛のみをノーマルであるとして奨励し、それ以外を抑圧する世界観)、そしてミソジニー(女性嫌悪)を克服するための手がかりを与えてくれる作品を生み出している、といったら? ミソジニーを乗り越える作品が、女性がメインで活躍する異性愛物語でないということは、皮肉に感じられるだろうか?
『ユーリ!!! on ICE』の性差を超えた表現は、まさにそれらを克服するヒントを与えてくれるのではないだろうか。
本作には、ジョニー・ウィアーも関心を寄せているらしい。男らしさの強要と戦ってきたジョニーはこのアニメを見てどう思うのだろうか。フィギュアスケート界に存在する同性愛者への偏見や、男らしさや女らしさの強要に対して、もしこのアニメがわずかでも貢献したとしたら、敢えてBL女子たちの言葉を使って言うなら、それは本当に尊いことだと思う。
原案:久保ミツロウ×山本沙代
監督・シリーズ構成:山本沙代
ネーム(脚本原案)・キャラクター原案:久保ミツロウ
キャラクターデザイン:平松禎史
音楽:梅林太郎、松司馬拓
音楽プロデューサー:冨永恵介(PIANO)
フィギュアスケート振付:宮本賢二
アニメーション制作:MAPPA
出演:豊永利行、諏訪部順一、内山昂輝、野島健児、日野 聡、細谷佳正、羽多野 渉、安元洋貴、本城雄太郎、宮野真守、小野賢章、前野智昭、村瀬 歩、土岐隼一、福山 潤