高い美意識に貫かれた出色の舞台 宝塚宙組公演 Musical『双頭の鷲』
-
ポスト -
シェア - 送る
宝塚を象徴する存在として、活躍を続けている専科の轟悠と、トップ娘役実咲凜音をはじめとした宙組精鋭メンバーがジャン・コクトーの世界に挑んだ意欲作Musical『双頭の鷲』が横浜のKAAT神奈川芸術劇場で上演中だ(15日まで)。
『双頭の鷲』は、フランスの天才芸術家として名高いジャン・コクトーが、19世紀末に起きたアナーキストのルキーニによる、ハプスブルク家皇妃エリザベート暗殺事件に着想を得て1946年に書きあげた戯曲で、作者自ら映画化も手掛けた濃密な室内劇として、今尚世界中で高い人気を誇っている。そんな作品を、コクトーの生きた時代の空気を漂わせながら、ミュージカルとして再構築したのが、今回のMusical『双頭の鷲』で、原作を十二分に尊重しつつ、宝塚の様式美と音楽を巧みに取り入れた作品となっている。
【STORY】
とあるヨーロッパの王国。婚礼の夜に暗殺された国王の10年目の命日である嵐の夜、クランツ城で1人、亡き夫を偲ぶ晩餐を始めようとしていた王妃(実咲凜音)のもとへ、窓から王の肖像画に生き写しの男スタニスラス(轟悠)が飛び込んでくる。彼は王妃暗殺の機会を狙うアナーキストの詩人だった。皇族でありながら自由主義に傾倒する王妃は、スタニスラスの詩を暗唱していて、暗殺者である彼をを匿い城に留め置く。全く異なる立場と境遇にありながら、同じ孤独の中に生きてきた2人は急速に距離を縮めていくが、それは2人の運命を悲劇へとひた走らせていく邂逅に他ならず……。
ジャン・コクトーの戯曲では、6人の登場人物のみで演じられる舞台を宝塚に乗せるに当たって、脚本・演出の植田景子は、物語の中で起きる出来事を外から見つめているストーリーテラーと、パパラッチ達を置くという二重構造をしつらえている。そのことによって、作品世界は現代に引き寄せられ、事実に着想を得たフィクションをもう一度反転させ、あたかも事実であるかのように客席に届ける効果を生んでいた。特に、舞台面いっぱいにしつらえられたクランツ城の王妃の部屋が、透明なカーテンと白で統一されていて、その透明なカーテン越しにパパラッチ達が透けて見える様は、舞台前面に常にいる語り手であるストーリーテラーと共に、観客の視点を代弁する存在として静かな力を放っていた。彼らが巧みに舞台で踊り、また語る流れに少しも違和感がないのは実に見事だ。
更に感嘆させられるのは、この舞台に植田景子の高い美意識が、徹頭徹尾に貫かれていることだった。国王の肖像画、天蓋のある大きな窓といった大掛かりなものから、燭台の灯り、本、毒入りの小瓶などの小道具に至るまでの、すべてに植田景子の強いこだわりが感じられる。前述した通り白と透明で統一された舞台に、主人公の2人が心を通わせた瞬間、鮮やかな真紅が迸る美しさ。膨大な台詞劇に巧みに取り入れられたミュージカルナンバーも、少しのつかえもなく流麗に流れ、物語を運んでいく。装置の松井るみ、作曲の斉藤恒芳、振付の大石裕香、衣装の有村淳、照明の佐渡孝治、小道具の市川ふみ、などスタッフワークのそれぞれが、作品の世界観をよく理解し、植田景子の指揮の元その才能を発揮させているのが素晴らしかった。
そうした、極めて優れた舞台成果を生んだ、そもそものはじまりに主演の轟悠がいることは論を待たないだろう。ここ数年特に、轟悠でなければ宝塚で上演を考えることは難しかったに違いない海外の戯曲や、難易度の高い題材に挑戦し、宝塚そのものの可能性を拓き続けている轟なくしては、まずジャン・コクトーの『双頭の鷲』上演という企画そのものの成立が難しかったと思う。だが蓋を開けてみれば、今や宝塚の財産演目となっているミュージカル『エリザベート』の本邦初演で、アナーキストのルイジ・ルキーニ役を演じた轟が、その『エリザベート』初演から20年の記念すべき年に、同じルキーニに想を得た、この作品のスタ二スラスを演じているという、運命に導かれたかのような合致には息をのむ凄味が感じられた。何より作品を引っ張る求心力には絶大なものがあり、ギリシャ彫刻のような顔立ちから発せられる、突き詰めた狂気の片鱗、その奥にある純粋さなどの表出のすべてが、この耽美な美しき世界を牽引していた。
そんな轟に正面から対峙したのが王妃役の実咲凜音で、宙組で直近に上演された『エリザベート』でタイトルロールを演じていた、その勢いのままに縁のあるこの舞台に飛び込んだ疾走感がある。宝塚の娘役という枠の中にはとても納まりきらない大役に全力でぶつかっていく姿に芯が通り、轟に対して一歩も引かずに渡り合ったのは天晴れ。来年4月での退団をすでに発表しているが、タカラジェンヌである間にこれだけの経験を積んだことは、実咲の将来にとっても大きな財産となったことだろう。
この2人に立ちはだかる警察長官フェーン伯爵に扮した愛月ひかるの、現代的な作りが物語世界から浮かなかったのは、作品の二重構造の賜物であると同時に、愛月本人の宝塚スターとしての押し出しの良さ故。抜群のプロポーションも舞台に映え、進境著しいのが頼もしい。亡き国王の旧友フェリックス・ド・ヴァルレンスタイン公爵に若き二枚目の桜木みなとが配され、桜木ならではの品の良さと貴公子ぶりに役柄を引き寄せたのも面白かったし、複雑な立場にある王妃の侍女エディット・ド・ベルクの美風舞良の演じぶりも的確。2人それぞれに魅力的だったので、あとはバランスの問題か。王妃の傍近く仕える聾唖の黒人少年トニーの穂稀せりは、実直でひたむきな演技で起用によく応えた。
そして、ストーリーテラーとして作品の解説役を担った和希そらの好演が一際鮮やか。時に客席に大胆に語りかけ、時に作品に溶け込み、決して物語世界の邪魔はしないながら常に舞台に存在している。思えば難しいはずの立ち位置のさじ加減が絶妙で、『エリザベート』新人公演で演じたルキーニ役に引き続いた出色の出来だった。更に、綾瀬あきな、風馬翔をはじめとしたパパラッチの存在が、この宝塚版『双頭の鷲』に独特の世界観を持ち込んだのは冒頭述べた通りで、轟悠以下21人の出演者の力と、スタッフワークの結集がこの秀でた記憶に残すべき舞台を生んだことを喜びたい。
【取材・文・撮影/橘涼香】
<公演情報>
宝塚宙組公演
Musical『双頭の鷲』
原作◇「L’AIGLE A DEUX TETES」 by Jean COCTEAU