マイケル・メイヤー演出、柚希礼音主演『お気に召すまま』が開幕、そのゲネプロをレポート

2017.1.6
レポート
舞台

『お気に召すまま』ジュリアン、柚希礼音


2017年1月4日、日比谷シアタークリエで柚希礼音主演の『お気に召すまま』が開幕した。音楽と言葉で賑わう祝祭のような舞台。そのゲネプロ(総通し稽古)を見学した。

『お気に召すまま』は、ウィリアム・シェイクスピアが1600年頃に発表したと推測される喜劇である。これを今回、米ブロードウェイの鬼才演出家マイケル・メイヤーが演出、さらには、やはりブロードウェイで活躍する気鋭の作曲家トム・キットが劇中歌の作曲に参加した。

『お気に召すまま』柚希礼音、マイコ

ここで少々個人的な話をさせていただくと、筆者はブロードウェイ・ミュージカルを威張れるほど数多くは見ていないものの、それでも愛着の強い作品が幾つかある。そのダントツ一番が『春のめざめ』(2006)と『ネクスト・トゥ・ノーマル』(2008)である。『春のめざめ』を初めて観た時、19世紀ドイツの戯曲を、感情に揺さぶりをかけるロックミュージカルとして鮮烈に甦らせた演出センスに腰を抜かした。その演出家こそマイケル・メイヤーだった。また『ネクスト・トゥ・ノーマル』の、時に鋭利に、時に繊細に、聴く者の精神の襞を震わせながら迫りくる巧みな音楽にもガツンとやられた。その作曲家・編曲家こそトム・キットだった。つまり今回の『お気に召すまま』では、筆者のこよなく愛する二大ミュージカルのクリエイターが、タッグを組んだのである。さらに振付には、2016年春からブロードウェイで上演された『Waitress』の仕事が高く評価されたロリン・ラタロ女史も参加している。これらすべてニューヨークではなく、なんと日本の東京で実現してしまったのだから、もはや大事件と言わずして何であろう。

そのメイヤーといえば、先述の如くドイツの古い戯曲に激しいロックをまぶすことで生々しさを回復させたり(『春のめざめ』)、あるいは、16世紀イタリアの話を1960年代のラスベガスに舞台を置き換える(METオペラ『リゴレット』)など、古典作品と現代観客との距離をなくす創意工夫に余念のない演出家である。今回『お気に召すまま』では、いかなる時代超越の魔術を働かせたのか。まず原作において、権謀術数渦巻く政治的場所=宮廷をワシントンD.C.に重ねる。そして、そこから追放される者たち(ロザリンド、オーランドら)が逃げ込むアジール的空間=アーデンの森を、今回メイヤーは、時間的には1967年、場所的にはサンフランシスコのヘイト・アシュベリーに重ね合わせてみせた。1967年、反戦や平和を求める10万人以上の若者たちが、ヘイト・アシュベリーに集まり、「サマー・オブ・ラブ」というヒッピー・ムーブメントが最高潮に盛り上がったのである。

ちなみに、1960年ワシントン郊外で生まれたメイヤーは、物心がついてからニクソン、レーガン、ブッシュなど保守派の大統領らが政治の主導権を握る時代を数多く経験し、それに馴染めぬ己れを感じていたらしい。その挙句に今度は彼が“悪夢”といって憚らない新大統領が選出されてしまった。そんなアメリカを生きてきたメイヤーにとって、理想的な避難所と感じたであろう時空間は、けっして現在のアメリカではなく、半世紀前の伝説的な「サマー・オブ・ラブ」だったのかもしれない。

しかるに、シアタークリエに集まる日本人観客の多くにとって、60年代のヒッピー・ムーブメントだの「サマー・オブ・ラブ」なるものは遥か彼方の遠い出来事であり、容易に理解や共感を得られるものでもあるまい。それでも、劇場を訪れた観客には、開演前から“音楽”という名の魔法の呪文が降り注がれる。たとえば「Alfie」(1967)、たとえば「男と女」(1966)、たとえば「プロミセス・プロミセス」(1969)といった、あの時代の息吹を伝える流行歌。歌は世につれ、世は歌につれ、の効用で観客たちは忽ちにして60年代の空気を吸い、60年代の感覚を獲得してゆく。

そんな中、ナンシー・シナトラ1966年のヒット曲「にくい貴方」のボリュームが上がりつつ、舞台が始まる。数本の白い円柱が立ち並ぶだけのシンプルな舞台空間の中で、オーランドー(ジュリアン)が、長兄オリヴァー(横田栄司)による自分への仕打ちについて、老僕のアダム(青山達三)に不平をこぼしている。また次の場では、新公爵フレデリック(小野武彦)が追放した前公爵の娘ロザリンド(柚希礼音)が自らの境遇を嘆くのを、フレデリックの娘シーリア(マイコ)が慰め、励ましている。これらすべて宮廷、すなわち、ワシントンDCでの出来事という設定。男たちは皆スーツ姿、女たちはまるでフランス映画の登場人物のようなパステルカラーの可愛らしいワンピースを纏っている。まだ音楽の一切かからない台詞劇として進行する。

『お気に召すまま』ジュリアン、横田栄司

この段階で特筆すべきはやはり、2015年まで宝塚歌劇団星組で男役トップスターを張っていた柚希礼音が、可愛らしい女の子を演じていることだ。女性が女性を演じることは当たり前なのに、それを当たり前として見ることのできない不思議な感覚が湧き起こり、柚希の一挙手一投足から目を離せられなくなる。

やがてオーランドーは運試しとばかりにレスリング大会に出場、新公爵のお抱えレスラーを打ち負かしてしまう。ここでオーランドーの強敵チャールズを演じるのは、K-1で格闘家として活躍していた武田幸三ではないか! ついこのあいだまで大河ドラマ『真田丸』で豊臣方の武闘派・大野治房として異彩を放っていた彼が、今度はシェイクスピア劇の中でワイルドな肉体を披露しているのが、これまた楽しい趣向といえる。また、グラウチョ・マルクスとドリフのヒゲダンスを融合させたようなキャラクターを演じる長身の男がいるな、と思ったら、よく見れば橋本さとしだ。その一方で、タッチストーンという“阿呆”を演じる芋洗坂係長は得意のダンサブルな動きで、ますます“阿呆”ぶりを強く印象づけている。さしづめ“アメリカの阿呆”というべきか、そういえばメイヤーの作品で『American idiot』(アメリカの馬鹿者)というのも思い出すが、それはまた全然別の話。

さて、レスリング大会でオーランドーとロザリンドは出会い、忽ち恋に落ちるのだが、程なくして二人はそれぞれの家から追放の憂き目に遭い、別々にアーデンの森へと逃げ込むことになる。そのアーデンの森は先述のとおり、「サマー・オブ・ラブ」のサンフランシスコ、ということで、ここからはママス&パパスの「夢のカリフォルニア」(1965)と共に、舞台一面がサイケな美術に彩られる。その中には、ジャニス・ジョプリンを擁したビッグ・ブラザー&ホールディング・カンパニーやグレイトフル・デッド、ドアーズ、ジム・クウェスキン・ジャグ・バンドといった当時を象徴するアーティストの名や、数多くの伝説的ライブを生んだサンフランシスコのライブ会場「フィルモア」、あるいは「サマー・オブ・ラブ」のキャッチフレーズとなった「Human Be-In」の文字などを確認することができた。元の素材は当時実際に存在したポスター等の類なのであろう、これらがパッチワーク状にブリコラージュされて、ヒッピー文化の空気を濃厚に伝えるのである。それらの美術を手掛けているのは、名匠・松井るみだ。

実際に1967年のヘイト・アシュベリーがどうだったかはわからぬが、舞台で描かれるアーデンの森は極彩色ながらも、田舎の村である。羊飼いのシルヴィアス(平野良)が連れ歩く可愛らしい羊たちは、どう見ても●●●(ネタバレ回避)。農夫コリン(俵木藤汰)も、こじゃれた「キャンパーズ・コレクション」のキャリーで農作物を運んでいる。それらの表現をどのように捉えるかは、あくまで観客の“お気に召すまま”に委ねられる。

『お気に召すまま』小野武彦ほか

この森ではフレデリック新公爵に追放された前公爵(こちらも小野武彦)がヒッピー・コミューンの中心人物として質素ながら自由と平和に満ちた生活を営んでいる。その仲間であるバンドが生演奏をたっぷりとおこなうことで、ここからようやく『お気に召すまま』が音楽劇としての様相を呈してくる。そのバンドでアコギやベースを弾きながら、非常にハリのある喉を聴かせるのが、アミアンズ=伊礼彼方である。そして、そのオリジナル音楽を作っているのが、トム・キットなのである。メイヤーは今回フォークロック調の楽曲をキットに依頼したという。これに応えて、牧歌調だったり哀愁の漂う名曲が全8曲ほどキットから提供された。バンド構成は、ギター、キーボード、ベース、ドラム、そしてチェロである。このチェロの存在こそ、冒頭で筆者が述べた『春のめざめ』や『ネクスト・トゥ・ノーマル』のサウンドにも連なる独特の深遠を漂わせ、聴く者を痺れさせる。もともと『お気に召すまま』は、森と音楽の芝居である。色彩感あふれる音楽と美術を得て、劇場空間そのものがいよいよアーデンの森と重なってゆくのを観客は体感するだろう。

『お気に召すまま』伊礼彼方

アーデンの森にシーリアと共にやって来たロザリンドは危険回避のためにカウボーイ風の男装をしてギャニミードと名乗る。その装いは、フリンジ・ベストにパンタロン・ジーンズと、ヒッピー文化を反映したもので、他の面々も当時のファッションをしっかり着こなしている。

ここから柚希礼音が宝塚男役のイメージに回帰することで観客の目からはむしろ不自然さが消えるのが、考えてみれば面白いことだ。だがまあ、そのことで、あれほどロザリンドを愛したオーランドーが、やがてギャニミードと出会っても、しかもギャニミードがロザリンドを演じるという複雑な事態に至ってもなお、ギャニミードが実はロザリンドであるということに気付かないという、シェイクスピア喜劇によくある些か間抜けなシチュエーションも多少は説得力を持ちうるのかもしれない(苦笑)。シェイクスピアの時代にはロザリンド役を少年が演じていたとも聞くが、とにかくこの役におけるジェンダーの激しい揺らぎには眩暈を覚えるほどだ。

『お気に召すまま』柚希礼音

オーランドーは森の枝という枝に、ロザリンドへの恋愛詩を貼り、言葉の紙の森にしてしまう。しかもその詩はこれでもかと韻を踏みまくっている。韻くらい自分だって踏めると対抗するのがロザリンドに連れてこられたタッチストーン=芋洗坂係長。彼によって長々と詠まれる小気味よい七五調のファンキーな韻文、これは翻訳が見事だなと感心させられるが、それもそのはず、今回の翻訳はシェイクスピアの大家・小田島雄志だった。しかし、やがてタッチストーンの阿呆ぶりに苦言を呈する批評家ジェークイズが現れる。橋本さとしである。こちらはヒゲダンスの時とは打って変わって憂鬱で辛口なキャラクターとなっている。あまりにも有名な「この世は舞台、人はみな役者」も彼の台詞だ。いや、今回の小田島訳では「この世界はすべてこれ一つの舞台、人間は男女を問わずすべてこれ役者にすぎぬ」だったか。これがジャジーな音楽にのせてリズミカルに語られる。

『お気に召すまま』橋本さとし、マイコ、柚希礼音

他にも村の色々なキャラクターが登場し、色々な出来事が起こる中、ジェファーソン・エアプレインの「あなただけを(Somebody to Love) 」(1967)がかかり、「愛する誰かを見つけよう」という思わせぶりな歌詞が後半に向けた予言のように鳴り響く中、前半が終了する。20分間の休憩時間の間も60年代の懐かしポップスが絶えず流れるのは有難いことだ。

スコット・マッケンジーの「花のサンフランシスコ」(1967)で始まる後半には、あのビートルズ(主にジョージ・ハリスン)やスティーブ・ジョブズも傾倒したハレ・クリシュナ教団が登場する場面もあった。他方で筆者には、オーランドーを演じるジュリアンの風貌がイエス・キリストのように見えてならず、このサイケな劇世界では、なんだか宗教さえもがパッチワーク化されているような印象さえ受けるのだった。

弟オーランドーを殺すために森を彷徨ううちに猛獣に襲われたところを弟に助けられて改心したオリヴァー=横田栄司は、シーリア=マイコと出会うや一目惚れ、フランク・シナトラの「夜のストレンジャー」(一目惚れの恋人たちが永遠の恋に落ちる歌!)が流れる中を踊り出し、前半での嫌~な人格がガラリと変わってしまうのが面白可笑しい。その後、物語の様々な対立が次々と雪解けとなって、様々なカップルが結ばれ、愛と平和に包まれた素晴らしい大団円を迎えるのだが、詳しくは見てのお楽しみである。また、最後の最後にロザリンド=柚希礼音が、ある形で最後の「口上」を表すのが本当に感動的なのだが、それもまた見てのお楽しみである。とにかく柚希礼音の魅力が全開となるのである。

『お気に召すまま』ジュリアン、平野良、平田薫、柚希礼音

2017年の最初に良き舞台を観ることができた。メイヤーがいま敢えてヒッピー・ムーブメントにシェイクスピア戯曲を重ねた意図もなんとなく見えてきた。気になるドナルド・トランプの出方も見据えながら、多様性を平和裡に共存させるパッチワークの思考法を、舞台上で実践させたように思える。美術も、音楽も、時代も、場所も、宗教も、ジェンダーも、そして様々な出自の俳優たちも、まるでペンとアップル(林檎)をくっつけてしまうみたいに、奔放に繋ぎ合わせる。そのような方向に開けているシェイクスピア戯曲の可能性の無限さには、シェイクスピア没後400年イヤーにおいて改めて恐れ入る。作劇の可能性も無限ならば、観客がそれをどう見ようとも「お気に召すまま」なのである。そしてこの世界が舞台であるのならば、舞台もまたこの世界にほかならない。かといって、現実と虚構の見境をなくせばよいというものでもなく、そこには程良い作法というものがあるだろう。その作法を作品を通じて提示してみせた好例が今回の舞台であったと私は受け止めた。

(取材・文:安藤光夫)

公演情報
『お気に召すまま』
■作:ウィリアム・シェイクスピア
■演出:マイケル・メイヤー
■音楽:トム・キット
■出演:
柚希礼音
ジュリアン、橋本さとし
横田栄司、伊礼彼方、芋洗坂係長、平野良、古畑新之
平田薫、武田幸三、入絵加奈子、新川將人、俵木藤汰、青山達三
マイコ、小野武彦
 
〈東京〉 
日時:2017年1月4日〜2月4日 
会場:シアタークリエ

〈大阪〉
日時:2017年2月7日〜2月12日
会場:梅田芸術劇場シアタードラマシティ

〈福岡〉
日時:2017年2月24日〜2月26日
会場:キャナルシティ劇場

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