柄本佑&柄本時生に聞く──東京乾電池 ET×2公演『ゴドーを待ちながら』

2017.1.7
インタビュー
舞台

『ゴドーを待ちながら』’初演の舞台より。左から、柄本佑(ヴラジーミル)、柄本時生(エストラゴン)。2014年8月、ザ・スズナリ。


歴史的なパリの初演と同じ1月5日に初日を迎える

──『ゴドーを待ちながら』は、1953年1月5日、パリのバビロン座で初演されています。今回、ザ・スズナリでの初日と同じ日なんですが、偶然ですか?

柄本時生 へええ。そんなこと……

柄本佑 まったく偶然です。すごい。ちょうど64年前……

──偶然だとしても、いい兆しですね。時代設定なんですが、当時の感じで上演されるんですか? それとも現代に置き換えて?

佑 どうなんですかね。

時生 とりあえず、本どおりではあるので、変わらないのかな。たぶん、いっしょなんだと……

佑 いちばん最初の訳のままですね。なんかあえて今に……

時生 今の現代調にするとかは、まったく……

──ヴラジーミルとエストラゴンの年齢は、戯曲には書かれていませんが、すごく若いときに、この役に挑戦されますね。

佑 一応、ポッツォがヴラジーミルに「失礼だが、おいくつかな?」と言って、「六十?……七十?」という台詞があるんで、きっとそのぐらいの年齢だろうと思うんですけど……

──2000年12月に、世田谷パブリックシアターで『ゴドーを待ちながら』が佐藤信さんの演出で上演されたとき、石橋蓮司さんとお父さんの柄本明さんがヴラジーミルとエストラゴンでしたが、このときはおいくつでしたか。

佑 16年前だから、52歳か、53歳とか……

──それに比べると、すごく若いときに挑戦される感じがするんですけど……

佑 そうですね。

時生 なんか挑戦というんじゃなくて……そういう意識はないかもしれないです。まあ演りたいものを演ってみたくて……。

──『ゴドーを待ちながら』を上演してみようと決めたのは、どなたですか。

佑 漠然と、ふたりとも頭に浮かんで……

──そう思ったきっかけみたいなものがありましたら……

時生 なんだろう。面白いからですかね。読んで面白いし、よくわかんないし……それがいちばんの理由ですかね。

佑 見たことがあるのは、佐藤信さんが演出したやつで、おれはこの人(時生)が演った舞台は見に行けてないんですけど(2011年4月、新国立劇場で上演された『ゴドーを待ちながら』の男の子役)、でも、世田谷パブリックシアターで上演された『ゴドー』を初めて見て、面白いと思ったという記憶はあったのかもしれないですね。でも、本を読んでもやっぱり面白いなと思って。いつか『ゴドー』をやってみようと、東京乾電池のなかにET×2を立ちあげた。まあ、立ちあげたというほど立派なものではないんですけど(笑)、いつかは『ゴドー』を演りたいと思っていたので、ちょっと早いうちから……

喜劇でも悲劇でもない『ゴドーを待ちながら』

──これまで上演された『ゴドーを待ちながら』は、「待つ」ことを哲学的に考えたり、意味を掘りさげる舞台が多かった。先ほど稽古場で、第1幕のポッツォとラッキーのやりとりを拝見しましたが、ヴラジーミルとエストラゴンも、ラッキーの言葉に反応するように参加されていて、すごく楽しそうに見えました。

佑・時生 ありがとうございます。

佑 (取材ノートを見て)そこに書いてある、チャップリンがヴラジーミルを演って、キートンがエストラゴンで、ポッゾォをチャールズ・ロートンが演ってるんですか?

──これは実現していないんですが、『ゴドー』を発表した当時のベケットが、アメリカの喜劇俳優に強く惹かれていたという証言があり、それを聞いたロジェ・ブラン監督が、このようなキャスティングを考えたんだそうです。

佑 ふうーん。エストラゴンがキートンなんだ……

時生 エストラゴンがキートンなんだ。

佑 でもヴラジーミルの出てきかたなんかは、チャップリン……

──最初の登場の仕方が、がに股で、ぎくしゃくと、小刻みな足取りで出てくるみたいな……

佑 それはト書きにもありますよね。

時生 たしかにそう。キートンは背が高いイメージだから、エストラゴンなのかも……

──ベケットが当時強く惹かれていた喜劇俳優のイメージや、喜劇としての『ゴドーを待ちながら』というイメージはありますか。

佑 いや、あんまりないですね……うーん、どうなんだろうね。

時生 そういう意識は、たぶんないと思います。

佑 それよりも、ただ、目の前のことを……

時生 ……ぐらいの感じですかね。

佑 台詞を本当に、ただ言うってことですかね。ただ言ってるだけで面白いと思うんで……

時生 ぼくら出てる側が喜劇俳優で、面白いことをしなきゃと思っちゃったら、もう喜劇じゃなくなっちゃう。

佑 そういうのを決めちゃった時点で、もうなんかすごい面白くないものになってしまう。喜劇だか、悲劇だかも、よくわからない(笑)。

時生 よくわかんない。

佑 なんか、わかんないですね。でも、それがきっと面白い理由のひとつでもあるんじゃないかと思ったりしますけど。結局、定義とか、いろんなことを考えたいんでしょうけど、なんか決めちゃった段階で、せっかくこんな大きい世界のものなのに、それがすごいちんけな、ちっちゃいものになっちゃう気がする。

舞台上でゴドーを待つ時間

──舞台上で、実際にゴドーを待ってみてどうですか。

時生 なんかあるかな(しばらく考える)。

佑 なんかあるかな(しばらく考える)。

時生 面白いなというのぐらい。

──それは台詞が面白いんですか。

時生 なんですかね。

佑 きっと安堂信也さんと高橋康也さんの訳っていうのも、きっとすごく面白いんじゃないかと思うんですけど……

──以前、時生さんが、新国立劇場で男の子役で出演されたときは、岩切正一郎さんの新訳でしたね。

時生 そうですそうです。

佑 あのときとは、だいぶちがう?

──かなりちがいますよね。

時生 なにがですか?

──新国立劇場の上演台本は、フランス語から新訳されたものでしたし、今回の訳は、安堂さんがフランス語、高橋さんが英語から訳して、両方を取り入れたものなんです。

時生 もう、ほぼ覚えていない(笑)。あんまりそこらへん、あまり聞いてなかったかもしれないです、森新太郎さん(新国立劇場で『ゴドーを待ちながら』を上演した演出家)の話。

佑 聞いてなかったって、あんた(笑)。

──第1幕でひととおり「待つ」という行為が完結しますが、ゴドーは来ない。そして、第2幕でも、やはり同じことがくり返されます。このように、ゴドーを2度待ってみて、1度目と2度目のちがいみたいなものはありますか。

時生  (第2幕は)ポッツォが来るまでが長い。

佑 長い。

時生 具体的に長いです。2幕は50ページぐらいあります。

佑 1幕は25ページか、30ページ弱ぐらい。倍にはならないけど、ほぼ倍ぐらい、ふたりの時間はありますね。

時生 だから、さらに退屈な時間が増える。

佑 さらに暇をもてあましてますよね、座っちゃったりとかして。本当にやることないんでしょう、言葉遊びしたり。

──それはやっぱり、演じていても、そんな感じがしますか。

佑 いや、よくわかんないですけど……(笑)退屈してるんじゃないですか?

時生 読んでると、なんとなく思うことは、そんな感じですね。

佑 でも、まあ一応、ポッツォとラッキーが出てきてから、「もうこれで、明日になったも同然だ」と言ってるってことは、それまでだいぶ退屈だったんだろうなっていう。早く陽が落ちねえかなって。別にしゃべらなくてもいいんだけど……

時生 しゃべらなければ、しゃべらないで長いから……

佑 時間が経つのが遅くて、長く感じられるからね。

劇団東京乾電池 ET×2公演『ゴドーを待ちながら』のチラシ

ベケットは普通で、意味がわからないけど面白い

──『ゴドーを待ちながら』は、1993年7月、内戦のさなかのサラエボで、スーザン・ソンタグが上演したことがあり、このときは1幕と2幕の両方を上演すると悲劇性が強すぎると言って、第1幕しか上演しませんでした。ベケット自身にも2幕構成にした理由を尋ねた人がいて、作者は「1幕ではみじかすぎ、3幕では長すぎた」と答えています。2幕2回のくり返しを体験してみていかがですか。

時生 そんなに変わりはないかな……なにか特別なことが起きてるというイメージがないです、ぼくは。

佑 うん、そうだね。

時生 やっぱりなんか特別なことではないんだなと。

佑 いたって普通のことが……

時生 いたって普通のことなんだなって。だって、ベケットって普通なんだなっていうのも変なんですけど、3幕では長すぎるから2幕にしたというのは、普通の考えかただと思って。ぼくら出てる側が、その考えが、わかんないかもしれないですね。

佑 なんだろう。

──戯曲に意味を付与するよりは、台詞を忠実に再現していき、それを舞台上で体験するということでしょうか。

時生 そうですね、たぶん。

──ベケットはノーベル文学賞受賞者でもあるし、深遠な意味を付与する傾向がありますが、そういうことはない?

時生 ないよね。

佑 もしかして70代ぐらいになったら、すごい難しいことを言ってるかもしれないですけど(笑)、まだ、30歳なんで……

時生 ぼくは27歳。

──おふたりの年齢は、ヴラジーミルとエストラゴンを演じた最年少記録じゃないですかね。

佑 記録ですかね。そんなことはないんじゃないか。

時生 初演のときは25歳と28歳。

──今回の上演は再演で、2度目なんですね。

佑 2年前に、一度スズナリで……

──2年前と比べて、何かちがいはありますか。新たに見えてきたものとか……

佑 もちろん、演出の方がちがうというのもありますが、やっぱり、ぜんぜんちがいますね。

──演出家によって、面白がるところも、ちがったりしますか?

時生 そういうところは変わってないのかもしれないですね。ぼくら自身は、どう変わったのかはわからないですけど。自分のことが、いちばんわかってないので、あれなんですが……

佑 前回はどんな感じだったっけ……もう、今のことで精一杯で……

時生 2年前は、とにかく速く、速くだった。

佑 そうですね。とにかく速く、速く。台詞を速く、速く言うだけ。

──今回は、先ほど稽古場で拝見したラッキーの台詞もそうでしたが、ゆっくり、わかりやすくという感じですよね。必ず、ちゃんと聞き取れるように、意味があるかないかはわからないけれど、きちんと伝わるように語ることを重視されていました。

時生 前回よりは、ちょっとそうかもしれないですね。

佑 でも、何を言ってるのかわからないけど、聞いてて面白いんだなということは、今回、気がつきました(笑)。ただ、なんかぜんぜんだらだら聞けるなって。意外にずっと聞けちゃうなって。面白いことを言ってるなって。

時生 何をしゃべってるのかわからないけど、面白い。

──あの部分は「台詞をわめきつづける」とト書きにあるけど、ゆっくり話しても面白いですね。

佑 でも、ゆっくり聞いてても面白いですよね、あの台詞。意味がないことはないんだろうけど、わかんないだけで……

時生 意味あるの? なんかよくわかんないけど……

佑 だけど、聞いてて、この台詞は面白い台詞なんだなと思いました。2年前とは、またちがった発見ですね。

台詞は具体的な会話の連続

──この戯曲は笑わせようとすると滑っちゃうし、笑わせようとしないで、戯曲に忠実に演じると笑えてくる。

佑 そうですか。自分たちには、たぶんまったくわかっていないと思いますね。

時生 まったく……(笑)。自分たちが笑けちゃってるだけ。そうなんです。この稽古場で起きてることというのは、自分たちがただ楽しめばいいっていう。で、本番中も自分たちが楽しければいいっていう。なんか変なことを言うと、哲学だとか何だとかって、あんまり興味がない。そんな大それたことはないですからね。

──とにかく『ゴドー』というと、深遠だけど退屈っていう感じがする。でも、稽古を見せてもらった時間は、楽しくて退屈しなかった。安堂さんにも高橋さんにも見てもらいたかったと思いました。これまでは「待つ」という行為に、哲学的な意味を付与しすぎていたけれど、その前に、とても楽しんで演じることで、これまでとはぜんぜん違う世界が立ちあがってくる感じがしました。

佑・時生 ありがとうございます。

──ヴラジーミルとエストラゴンは待っている。ずっと待っているのに、結局、ゴドーは来ない。待っているのに来ないってどうですか。

時生 いや、まあ、ひどいんじゃないですかね。待ってて来ないって、ひどいですよね。

佑 まあ、待ち合わせしてるんだよね。

──一応、来る約束はしてるようですね。

佑 でも、そこまで特別なことじゃないんじゃないですか。ただ待っているだけ。だから、それがどうこうってことは、あんまり考えたことがないですね。それよりも、本当にここに書かれていることを具体的にしていこうというか、台詞を言うとか……なんかそういった稽古場っていうか……

──それは感じました。

佑 まあ、いろいろ考えてもいいんだろうけど、そこまで至ってないのか(笑)、とにかく、そういう感じですね。

──先ほど喜劇とか、悲劇というふうに決めつけると、いろんなものが楽しくなくなるし、見えなくなるとおっしゃいましたが、やっぱりひとつひとつを丹念に具体化していくことで見えてくるものが、たぶん、いちばん面白いんじゃないかなという気はしますね。

時生 やっぱり、本のことをやらないかぎりは、何もできない。

──わたしは終幕に登場する少年が好きで、ゴドーさんは来ないけれど、男の子はそれを告げにきてくれる。とりあえず、少しよかったなという気がするんです。しかも、第1幕でも第2幕でも、2度も来てくれるから、少し救われた感じがするんですが、どうですか。

佑 どうですかって言われても。でも、2度目はエストラゴンはまったく知らないから……

時生 ぼくは寝てるから……

佑 いざ少年が来たら、エストラゴンは怒るしね(笑)。おかしいよね。来たら来たで、「なぜ、こんなにおそくなったんだ?」ってキレるっていう。

時生 ひどいよな。

──少年はおそるおそる発言し、鞭が怖かったと言い訳もします。ゴドーさんは髭を生やしてると、風貌についての質問にも答えるから、まちがいなくゴドーはいるみたいなんだけど、現れない。

時生 でも、あれもただの会話ですよね。

──なるほど。いろんなやりとりを会話として考える。

時生 というか、会話じゃないですか。髭ある? ないです。お金くれる? ないです。ぶつ? ゴドーさんってぶつの? いや、ぶたないです、っていう会話ですよね。

佑 具体的な……

時生 具体的な。あれに何か、ぼくはやっぱり意味は感じない。はじめから終わりまで、意味は感じないですね、やっぱり。ベケットって方はどう考えてたのか、わかんないですけど、やっぱり意味は感じないなと。だから面白い感じがするというか……

佑 特別なことはぜんぜんないしね。

時生 やっぱり、なんか書き始めて終わりまで持ってったという……

──では、舞台上でゴドーを待ってみて、そのことに意味を付与することは、ぜんぜんないですか?

時生 そうですね。ぼくはないです。ただ、やってる何かであったりというのは……きっと何か起きてくるんだろうとは思うんですが、結局はそれだけ。

──時間が経過し、その時間を生きるだけ、みたいな感じですか?

時生 っていうんですかね。

──あるいは時間を過ごすだけ。ふたりで退屈な時間を潰しあってる場面がありますが、その連続。

時生 だから、逆に、お客様に見られている、この居づらい空間を、ただ、そこに居させられているだけという(笑)。やっぱりそんなに意味を持ってやりたいという意欲はないのかもしれない。

佑 ないない。

いくつになっても『ゴドーを待ちながら』を上演したい

──初演から2年後に再演しようと思った理由は何ですか。

時生 まあ面白かったからです。楽しかったからです。

佑 そうだね。

──ヴラジーミルとエストラゴンをふたりで演じてみて、楽しかった。

時生 ですかね。

佑 演って、楽しかった。

時生 だから、意味を考えるということは……あまり考えてないのかもしれないですよね。

佑 でも、長くね、演れるように……演れたらいいなって。持ちものとして。

時生 ぼくらはずっと演っていけるなと思ってる。

佑 2年前に一度演ったときに、そういったものに出会ったなっていう手応えが、ふたりともあって……

時生 これから40歳、50歳になっても、ずっと演っていけるなって。それで、40歳になったら、40歳のゴドーがあって、50歳になったら、50歳のゴドーがあって……となるだろうと思って。40歳ぐらいで、ぼくと兄ちゃんが、すごく仲悪くなるかもしれない。そんななかで台詞を言いあっている楽しさとかがあったら……

──それを見る楽しさも、ずっと見続けたお客さんにはあるわけですね。

佑 まあ、とにかく、若いときにやって損はなかったなと思ったよね、2年前に。

時生 やっぱり思いましたね。

佑 だから、ET×2を立ちあげたときも、将来的に『ゴドー』ができるようになったらいいねということであれしたんですけど、いくつだったっけ?

時生 おれ? 初演は25歳です。

佑 28歳のときに演って、できてるかどうかは知らないんですけど、ただ台詞を覚えて言えば、上演できるという環境があって、若いうちから演ってよかったなって思いました。それに加えて、またこれを長いスパンで、ずっと続けたいと思っているので、今回の再演があるかもしれない。(しばらく長い沈黙)なんか、こうやって言葉を待つ時間も『ゴドーを待ちながら』みたいなことでしょう。だから、あんまり特別なことじゃないんじゃないですか、「待つ」って。

──最後に、お客さんに、ひと言いただけますか。

佑 なんですかね。まあ、でも、見に来て……

時生 見に来ていただければ、本当に……

佑 それで、これからも何度か演ると思うんで、懲りずに見にきて……

時生 ……懲りずに見にきてください。

佑 長い目で見てください。

時生 長い目で見ていただくというのがね……そう……

佑  『ゴドーを待ちながら』は長く続けていきたいなと思っているので、今回見て「あれ?」と思ったかたも、懲りずに見にきていただいて……その都度、チラシに年齢を括弧して書くようにしようか。柄本佑(30)、柄本時生(27)。
時生 それはありだなあ。

──何演目というのも書いてほしい。くり返し年輪のように『ゴドーを待ちながら』の上演を重ねていくことで、幹が太さを増し、世界が大きくなっていくとすてきだと思います。

(取材・文/野中広樹)

公演情報

劇団東京乾電池 ET×2『ゴドーを待ちながら』
■作:サミュエル・ベケット
■訳:安堂信也、高橋康也
■演出:柄本明
■日時:1月5日(木)~10日(火)
■会場:下北沢ザ・スズナリ
■出演:柄本佑、柄本時生、川崎勇人、谷川昭一朗、高田ワタリ
■公式サイト:http://www.tokyo-kandenchi.com/