串田和美=「K」の魔法がかかった『テンペスト』まつもと市民芸術館、神奈川芸術劇場などで上演

インタビュー
舞台
2017.2.22
串田和美

串田和美


長野県松本市にある「まつもと市民芸術館」では、なんとも不思議で、面白くて、見終わったあとに余韻が残る芝居がいくつも生まれている。『K.テンペスト』もその一つ。原作はシェイクスピアの『テンペスト』で、弟たちによって島流しにされたプロスペローの復讐譚を中心に展開されるが、そこに串田和美芸術監督の「K」という魔法がかけられている。観客は自由に席を選ぶことができ、演者と同じ目線の席に座ることもできるし、地上の世界を俯瞰するような席に座ることもできる。初演は2014年。2017年度版は神奈川芸術劇場でも公演。そして長野県と長野県文化振興事業団の主催で県内3カ所も巡演。そこにも興味深い理由がある。

2014年『K.テンペスト』より 提供:まつもと市民芸術館

2014年『K.テンペスト』より 提供:まつもと市民芸術館

ーー『K.テンペスト』が出演者を半分入れ替えての再演です。「K」という冠がついていますが、その思いを聞かせてください。

それは、「こんなのテンペストじゃない」というお客さんに対して「だから“K”がついているでしょ」って責任をとるため(笑)。発端は、翻訳家の松岡和子さんからロマンス劇を勧められたんだ。でも『冬物語』や『ペリクリーズ』を読んでもピンとこなくて。『テンペスト』を読み直した時、自分が何年もずっと感じていたことが盛り込めそうな気がしたわけです。同時に稽古場で試行錯誤したり、ワイワイ話している、その状態そのものが演劇にならないかなあと。

ーーそのワイワイ話しているような表現を考えたきっかけが、沖縄の離島に行かれたことだったそうですね?

そうそう。多くの日本の砂浜ってよごれた砂色でしょ。ところが沖縄の離島に初めて行った時に、砂浜がすごく綺麗だった。それは貝殻やサンゴ、魚の骨なんかが細かくなったものなんだよね。これら全部が生き物だったんだと思った時に、海の底ってずいぶんにぎやかなんだろうな、お墓に入るよりこういうところに投げ込まれた方が楽しいだろうなって。生き物たちの欠片、何かの思いを持った欠片が無数に散らばっているんだからね。そこから海はいろんな人の思いででき上がっているんだと感じて。そのころ人間は赦しあうことがなぜできないのかなと思っていたことが物語と重なったんだ。

その時に感じていることのすべてが影響するから今の作品ができる

ーー串田さんは「この作品をどう演出するか」というのではなく、日頃から感じていることが演出につながっていくと前に話していらっしゃいましたよね。

演目を選ぶ時に、もちろんどう演出するかは考えるよ。自分の中にあるものを押し殺して台本に集中して作る演出家もいるけれど、僕は誰々に会ったとか、お腹が空いたとか、間に合わないとか、その時々に感じたことの全部、その影響があるはずだと思ってる。だから稽古前にトランプがどうしたこうしたとか、飼っている犬がいなくなってしまったとか、いろんなことをどんどん浴びないと作品は作れない。だって「今」作っているんだから。

ーー串田さんの稽古は、役者やスタッフともそれを共有することから始まりますよね。

僕は、目から鱗だったり、僕なんかの演出プランが180度変わるような出来事に出くわさないかなあと思いながら稽古している。初演の時も海や水、船にまつわる雑談をスタッフも含めてみんなで行ったんだよね。初めて仕事をする人には驚かれることもあるけれど、僕の中では遊んでいるわけではなくて、要素をどんどん集めつつ、並べ、どうやって組み込もうか考えているわけ。そして、そういう時間をメンバー全員で共有することで、今回の『テンペスト』もできてくる。

2014年『K.テンペスト』より 提供:まつもと市民芸術館

2014年『K.テンペスト』より 提供:まつもと市民芸術館

ーー作品の構造としては、今回も、役者さんが稽古場で語った夢や思い出のエピソードが物語に影響を与えるわけですね。

でもね、エピソードを挿入することがわかっているから、みんな意識的になるんだよ。そうするとなんか違う。軽くオチがあったり、かわいい話みたいなことじゃない(笑)。そこがなかなか難しい。イライラしながら話している時に、ポケットに手を入れたら何かあるんだけど今は出すわけにはいかない。話している何分の1かの意識はポケットに向かっている。ポケットには、噛んだチューインガムが古くなって固まっている。そんな感じのことですよ。意識してチューインガムを入れようしても、なかなか思いつかないでしょ。ミスマッチなものがいくつか合わさった時に起こる、「この感じはなに?」みたいな話がいいんだよね。だから、それを探すのに、いつも時間が必要なんだけど。

言葉では言い表せないことを指し示すのが演劇の役割

ーー改めて再演にあたって、どういう作品にしようとされているか教えてください。

『テンペスト』ってプロスペローの見ている幻想劇というのが普通の解釈だよね。前回はそれを、難破した人たちが骨の欠片になりながらも罪を後悔して見た夢、あるいは難破寸前に走馬灯のごとく見た思い出かもしれない、という発想で作った。今回はもう少し発展させて、誰がこの世界の夢を見ているのだろう、そこがもう少し膨らむといいなあと思っています。例えば「昨夜の夢に君が出てきてこんなこと言ってたよ」と言われても責任とれないからキョトンとするし、もしくは妙な気持ちになるじゃない。

ーーなります、なります。

でもどこかの国の部族は夢は共有するものだという概念を持っているらしいんだよね。それから量子物理学。演劇って言葉で言い表すと、「う〜ん、言葉にすのならそうだね」くらいになってしまう。でも本当は言葉ですべてを表現できるわけじゃない。量子物理学も何千年も前に、お釈迦様や孟子が感覚的にわかっていたことらしい。でも彼らはそれを具体的に説明することはナンセンスだと悟った。逆に物理学者は仲間内だけでもわかろうと努力する。それは現代においては仕方がないこと。そうやって考えると、演劇やアートは、言語ではない何かによって表現するもの。言葉では表しきれないものを差し示すもの。そういうことを意識してもいいんじゃないか、そういうふうにありたいなと、僕は若いころからずっとブレずに思っていたんだとわかった。不思議だなとか、面白いなとか、もしかしたらそれはコメディーの形態だったりするかもしれないけど、残った不思議な残像感とか余韻ってなんだろうというふうなものにしたいなって思うわけです。

2014年『K.テンペスト』より 提供:まつもと市民芸術館

2014年『K.テンペスト』より 提供:まつもと市民芸術館

2014年『K.テンペスト』より 提供:まつもと市民芸術館

2014年『K.テンペスト』より 提供:まつもと市民芸術館

地域の町でも本質に出会ったり、東京では学べないことを教わったり

ーーところで長野県では芸術監督団が結成されました。串田さんの中ではどういう理解ですか?

そうだねえ……。知事が何年か前から文化をなんとかしたいとおっしゃっていたんだよね。そして元文化庁長官の近藤誠一さんが県文化振興事業団の理事長に就任された。その近藤さんから「現場のことはわからないから芸術監督になってくれないか」と相談があって。でも僕は、まつもと市民芸術館の芸術監督だからできない。かといって無碍にもできないから、最初は意見を言うぐらいならということだったんですね。それがいろいろあって芸術監督団になった。僕のほかは上田市交流文化芸術センター館長の津村卓さん、美術が多摩美術大学教授の本江邦夫さん、音楽が指揮者の小林研一郎さん。芸術監督団ができたことは、いいことだと言えばいいんだけど、ジャンルが違う4人だから実質1人みたいなもの。これは大変だなと。長野県は広いからね。最初に思ったのは、松本でやっていることが長野県にうまく広がって、県民の文化的民度を高めるにはどうしたらいいかを考え、提案、実践することだろうと。それで今回のように『K.テンペスト』を巡演することになったわけです。

ーー『K.テンペスト』は伊那市、飯山市、長野市を回ります。行く先々でどんな種をまこうと思っていらっしゃいますか?

それは本当に小さな行為だけど、大事なことだと思う。もちろんお芝居を上演したからって急に何かが変わることはない。でも公演と出会ってもらうことが一番大事だと思う。お芝居って、緞帳の向こう側のものだと思いがちだけど、たとえば『K.テンペスト』の空間を体験してもらうことで、自分たちでもできるんだ、自由にやればいいんだと思ってもらう、そういう刺激を与えられたらいいかなと思いますね。

先日、県立伊那文化会館に打ち合わせに出かけたんですよ。そこには立派なプラネタリウムがあって、子供たちであふれていた。それからギャラリーでは長野県の若手作家の展示が行われていて、学芸員の方が自分の子供のことを話すように、うれしそうに説明してくれた。これって本質的なことだよね。それからホールの食堂で玄米の定食を食べたんだけど、これが美味しいの。質素な感じもあるんだけど、真心を込めて、美味しくしようとしているのが伝わってきた。これらのことを僕らも刺激にしなきゃね、僕らは僕らで地域から教わることがあるという感じが伊那にはあった。小さな出来事、小さな出会いかもしれないけれど、僕らの中にも確実に残るし、積み重ねていくことが大事だと思いますね。

串田和美

串田和美

串田和美
俳優、演出家、舞台美術家。まつもと市民芸術館芸術監督。1966年、劇団自由劇場を結成(後のオンシアター自由劇場)。『上海バンスキング』などで人気を集める。1985年~96年まで東京渋谷Bunkamuraシアターコクーン初代芸術監督を務める。2003年4月、まつもと市民芸術館芸術監督に就任。2016年4月長野県芸術監督団に就任。2008年からは「信州・まつもと大歌舞伎」、2009年から「まつもと街なか大道芸」を開催。2011年からはサイトウ・キネン・フェスティバル松本との共同制作『兵士の物語』に出演、2013年8月には演出を手がける。2011年にはサーカスと音楽と演劇を融合した『空中キャバレー』が大好評を得、信州・まつもと大歌舞伎と交互上演している。最近の作品にBunkamuraシアターコクーン『漂流劇ひょっこりひょうたん島』『四谷会談』『メトロポリス』、まつもと市民芸術館『スカパン』『遥かなるブルレスケ~とんだ茶番劇~』『海の風景』など。この6月に『或いは、テネシーワルツ』、7月に『空中キャバレー2017』を上演。

公演情報
『K.テンペスト2017』
 
■日程:2017年2月24日(金)~2月28日(火)
■会場:まつもと市民芸術館 特設会場
■作:W.シェイクスピア
■翻訳:松岡和子
■演出・潤色・美術:串田和美
■出演:
串田和美、大森博史、真那胡敬二、中村まこと、
玉置玲央、大鶴美仁音、坂口涼太郎、坂本慶介、京極朋彦、
飯塚直、ギデオン・ジュークス、万里紗、佐藤卓、細川貴司、下地尚子
■料金:<整理番号付自由席・税込> 一般5,400円、U25(25歳以下)3,000円/U18(18歳以下) 2,000円
※未就学児入場不可
※U25・U18は、当日年齢証明書を提示。
■開演時間:24日19:00、25日13:00/18:00、26日14:00、27日貸切、28日13:00
■問合せ:まつもと市民芸術館 Tel.0263-33-3800
■主催:一般財団法人松本市芸術文化振興財団、信濃毎日新聞社

後援:松本市、松本市教育委員会
企画制作:まつもと市民芸術館
■公式サイト 
まつもと市民芸術館 http://www.mpac.jp/

2017年3月2日(木)長野県伊那文化会館大ホール 
2017年3月5日(日)飯山市文化交流館なちゅら 大ホール特設会場
2017年3月8日(水)長野市芸術館アクトスペース
2017年3月9日(木)長野市芸術館アクトスペース(貸切)
■主催:長野県、一般財団法人長野県文化振興事業団
共催:長野県伊那文化会館、一般財団法人長野市文化芸術振興財団、飯山市

2017年3月11日(土)~3月12日(日) 神奈川芸術劇場中スタジオ

主催:KAAT神奈川芸術劇場

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