ピアノだからこそできる表現を~尾崎未空の届ける優しい響き

レポート
クラシック
2017.4.28
尾崎未空(ピアノ)

尾崎未空(ピアノ)

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尾崎未空が魅せる激しくも美しいピアノの調べ “サンデー・ブランチ・クラシック” 2017.4.16. ライブレポート

「クラシック音楽を、もっと身近に。」をモットーに、一流アーティストの生演奏を気軽に楽しんでもらおうと毎週日曜の午後に開催されているサンデー・ブランチ・クラシック春の陽気が眩しい4月16日の日曜日。この日、渋谷・道玄坂のeplus LIVING ROOM CAFE & DININGには、ピアニストの尾崎未空が登場した。

開演時刻の13時、拍手とともに登場した尾崎は、早速演奏に入る。最初の曲目は、バッハ作曲/ラフマニノフ編曲『無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ』より「前奏曲」だ。

1曲目は「前奏曲」をお届け

1曲目は「前奏曲」をお届け

冒頭から、テンポの速い華やかなメロディーが奏でられる。左手が軽やかな跳躍を見せるが、リズムが崩れることは決してない。バロック音楽らしく、一定のテンポを機械的に保ちながら演奏される。それでいて、1つ1つの音は丁寧につくられており、優しく温かい印象を与える。

音楽が短調に転じると、今度はやや激しさの加わった、悲愴さを感じさせる雰囲気となる。曲全体の気品を保ちながら、表情は目まぐるしく変わっていく。クライマックスに至ると、今度は編曲者のラフマニノフの個性を感じさせる、煌びやかな響きとなる。最後には、情熱的で絢爛豪華な響きを残して、短い曲は結ばれた。

会場いっぱいの拍手を受けながら、尾崎が挨拶する。

「皆様、今日はいらしてくださってありがとうございます。私は今年3月にCDをリリースし、その記念として5月16日(火)に浜離宮朝日ホールにてリサイタルをさせていただきます。今日はそれに先駆けて、CDに入っている曲とリサイタルで演奏する曲目から選び、曲目を組みました」

また、最初に演奏した曲についても紹介をしてくれた。

「先程演奏しましたのは、バッハ作曲の『無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ』で、ラフマニノフがピアノで弾けるよう編曲したものです。この次は、ショパンとシマノフスキの作品を、続けて演奏します」

尾崎未空(ピアノ)

尾崎未空(ピアノ)

続いて聞かせてくれたのは、ショパン作曲「マズルカ 変イ長調」。舞踏会で踊っているような軽やかなリズムに乗せて、甘美なメロディーが提示される。冒頭では楽しげな雰囲気だったが、曲の進行とともに表情が変わっていく。やや憂いを帯びたメロディーになったかと思うと、ゆったりとした、安らかで味わい深い雰囲気も演出する。テンポをうまく揺らし、絶妙なためをつくることで、場面の変化を印象的なものにしている。コーダでは華麗な上昇と下降を見せたあと、静かに曲が閉じられる。

そのまま切れ目なく、3曲目の演奏に入る。ポーランドの作曲家シマノフスキ(1882~1937)の「変奏曲 変ロ短調」だ。

曲は静かなピアニッシモの導入で始まった。低音の重たい響きが印象的だ。曲調はロマンティックだが、和音は現代的でミステリアスな雰囲気も醸し出している。

1曲の中でいくつもの表情を魅せる

1曲の中でいくつもの表情を魅せる

導入部のあと、曲は突如として急速になり、激しい情念を感じさせる演奏となる。しかし、情熱的な曲調も長くは続かない。緊張感に満ちた休止の後、再度緩やかで落ち着いたメロディーが現れる。その後は、様々な曲想が目まぐるしく入れ替わりながら、曲が進行していく。緩やかな箇所は、低音域もずっしりと響かせ、幻想的な印象をもたらす。

変奏を繰り返す中で、時には民謡風の、素朴な歌心溢れるメロディーが現れ、時には繊細で甘美なメロディーを聴かせる。1つの曲の中で見える表情は様々だが、それぞれの表情の魅力をよく伝える演奏になっており、聴衆を飽きさせることがない。

最後には、快活でテンポの速い音楽となる。煌びやかで技巧的な部分となるが、1つ1つの音が粒だって、はっきりと聴こえてくる。コーダではテンポを緩め、堂々とした下降音形を経て曲は終結する。

会場全体から、惜しみない拍手が送られた。演奏の合間に、尾崎が前の週に滞在したウィーンについてのこぼれ話も聞かせてくれた。

ウィーンの思い出を語る尾崎

ウィーンの思い出を語る尾崎

「ウィーンでは1日コンサートがありましたが、観光もしたいと思って4日間滞在しました。『ザッハトルテが食べたい!』と思ったので、ウィーンに留学中の友人と一緒にお昼頃に行ったのですが、お店の外までものすごい行列が……。夜にもう一回行ったのですが、同じくらい並んでいました。でも、私は『どうしても食べたい、食べないと帰れない』と思ったので(笑)、帰国する日の朝、開店時間を調べて行きました。朝8時開店だったので、7時45分に待ち合わせたところ、誰もいなくて(笑)。一番乗りでザッハトルテを食べました。一番の目的のコンサートでも、とても暖かなお客様に迎えられ、ウィーン滞在はすごくいい思い出になりました」

会場が和やかになったところで、尾崎は続いての曲について紹介してくれた。

「ところで、ウィーンというと、モーツァルトやベートーヴェン、ハイドンの印象があるかもしれません。実は、リストもウィーンに住んでいたことがあります。本日は、最後にリストの曲を2つ、続けて演奏します」

普段のステージとは違うカフェでの演奏

普段のステージとは違うカフェでの演奏

この日の4曲目は、リスト作曲『3つの演奏会用練習曲』より「ため息」だ。

冒頭から、水が流れるかのような細やかな伴奏音形が現れ、その上に断片的で叙情的なメロディーが乗せられる。曲の始まりは静かだが、感情の揺れを表すかのように、ダイナミクスも波のように変化する。細かい音の一つ一つは柔らかく、澄んだ水が湧き出るようになめらかに繋がっている。弱音でも、丸みのある音が会場の隅々まで届いており、聴衆を安らいだ気持ちにさせてくれる。

盛り上がりを見せた音楽は、強い情念を感じさせるものになるが、音色は乱暴になることなく、優しい響きを保っている。やがて哀愁の漂う冒頭部の雰囲気が戻り、テンポを徐々に緩めて終結部に向かう。最後は深みのある音で、静けさの中に沈み込むようにして曲は終わりとなる。

すぐに連続して、5曲目のリスト作曲「ラ・カンパネラ」の演奏に入る。緊張感のある静寂の中、張り詰めた高音域が響いて曲が始まった。よく知られた超絶技巧の曲だが、右手の目まぐるしい高音域の跳躍も、軽やかにこなしている。技巧を披露するだけでなく、悲壮なメロディーの表現も強く印象に残る。華麗な早回しも、全ての音が丁寧につくられており、一つの流れとして繋がっているのがわかった。

やがて音楽に活発さが加わり、激しさを増していく。ここでギアを入れるように疾走感を強め、聴衆を一気に引き込んだ。そのまま激しく情熱的なクライマックスに突入し、一気に終わりまでを駆け抜けた。

尾崎未空(ピアノ)

尾崎未空(ピアノ)

演奏が終わった瞬間、この日一番の拍手が送られた。盛大な拍手に応え、尾崎が披露してくれたアンコール曲は、チャイコフスキー作曲/プレトニョフ編曲『金平糖のパ・ド・ドゥ』より「アダージョ」。

夢の中のような幻想的な序奏の後、伸びやかに歌うような旋律が登場する。軽やかに上昇と下降を繰り返す印象的な伴奏に乗って、メロディーは徐々に哀愁を帯びていく。

やがて、過去を追憶するような悲しげな旋律となり、音楽は徐々に緊張感を高めていく。下降音形のメロディーを執拗に繰り返しながら、音楽は激しい情熱のこもった頂点に至る。クライマックスでは、じっくりとためを作りながら、華やかで堂々とした演奏を見せた。音楽はその後、急速に静まっていき、眠りにつくような安らかな雰囲気で閉じられる。30分強のコンサートは、あっという間に終幕となった。


終演後、尾崎未空に少しだけお話を伺うことができた。

インタビューに答える尾崎

インタビューに答える尾崎

――尾崎さんは、『サンデー・ブランチ・クラシック』への出演は初となります。出演されての感想はいかがでしたか?

食事しながら演奏を聴ける場所というのは聞いていたのですが、実際に見てみて「素敵な所だな」と思いました。おしゃれで、落ち着いた雰囲気ですね。会場は思ったより広かったのですが、ピアノの音が遠くまで聞こえるのが良いと思いました。表現したものが全て聞こえるのは、演奏者にとって嬉しいことです。お客様にとっても寛げて、弾く側も安心して演奏できる、とても素敵な場所だと思いました。

――今日のプログラムは、デビューCD『MISORA』及び5月16日(火)のリサイタルの曲目から選んだとのことでした。どういった理由で、これらの曲を選んだのでしょうか?

今回のプログラムは、リサイタルの先駆けにしようと考えてつくりました。リサイタルの曲目から、曲の色々なキャラクターを見せられることを意識しています。例えば、組曲から1曲、ショパンのマズルカも3曲セットから1曲というふうに選んでいます。また、シマノフスキの「変奏曲」は、私の特に気に入っているレパートリーなので、ぜひ取り上げたいと思いました。

――3月には、キングレコードより、デビューCD『MISORA』をリリースしました。CDのコンセプトはどういったものでしょうか?

CDの副題として『大切な人へ』というのが含まれています。私が今まで弾いてきた中で、特に想い出深い曲を入れたかったというのが、まずあります。先程のシマノフスキも、最初に入れたいと考えました。

また、私のレパートリーにはショパンとリストの作品が特に多いので、その2人から選曲して、1枚のCDにしようと思いました。中でも、リストは色々なエチュードを書いているので、作品ごとの個性を出せると面白いと考えました。

――5月16日(火)には、浜離宮朝日ホールにてリサイタルが行われます。聴きどころはどのあたりでしょうか?

今日1曲だけ演奏したバッハ(ラフマニノフ編曲)の曲は、コンサートの始まりにぴったりだと思って選びました。さっきも触れましたが、私のレパートリーには、ショパンとリストの曲が多いです。その理由は、元々好きだというのもありますが、2人とも自身も優れたピアニストだったから、ということを最近意識し始めました。ラフマニノフもピアニストで、バッハのヴァイオリン曲をピアノ用に編曲しています。ピアニストだからこそ生むことのできた曲だったのだと、強く感じています。

ピアニストだった作曲家は、ピアノを使って何かを表現するのがとても上手なんです。方法は、作曲家によってそれぞれ違うのですが、弾く側の気持ちや、聴く側とのコミュニケーションのつくり方がとても上手だと感じています。

今度のリサイタルは、ピアノだからできる表現が、たくさん散りばめられた曲目になっています。ピアニスト故に創り出せる世界といってもいいでしょう。それでいて、作曲家ごとにキャラクターの違いがあり、楽しんでいただけると思います。

――演奏会しかり、今後も様々な活動が続いていくと思います。ファンの皆様へのメッセージをいただければ。

最近、演奏の機会をたくさんいただくようになり、とてもありがたいと感じています。お客様に「また来たいな」と思ってもらえるようなコンサートができるよう、精進していきたいと思います。お時間がありましたら、コンサートにお越しいただけると嬉しいです!

尾崎未空(ピアノ)

尾崎未空(ピアノ)

毎週日曜日、午後の昼下がりに渋谷のカフェでおこなわれる『サンデー・ブランチ・クラシック』。ぜひ一度訪れてみてほしい。


取材・文=三城俊一 撮影=荒川 潤

公演情報
尾崎未空 ピアノ・リサイタル

 日時:2017年5月16日(火)19:00開演
 会場:浜離宮朝日ホール (東京都)
 
 <曲目予定>
 シマノフスキ:変奏曲 変ロ短調 Op.3
 ショパン:ピアノ・ソナタ 第3番 ロ短調 Op.58
 リスト:パガニーニによる大練習曲第3番「ラ・カンパネッラ」
 他

 料金:4,000円(全席指定)

 

 

サンデー・ブランチ・クラシック情報
4月30日
平野公崇/サクソフォーン
13:00~13:30
MUSIC CHARGE: 500円

 
5月7日
山田姉妹/ソプラノ
13:00~13:30
MUSIC CHARGE: 500円

 
5月14日
岡田 奏/ピアノ
13:00~13:30
MUSIC CHARGE: 500円

6月4日
1966カルテット/女性カルテット
13:00~13:30
MUSIC CHARGE: 500円

■会場:eplus LIVING ROOM CAFE & DINING
東京都渋谷区道玄坂2-29-5 渋谷プライム5F
■お問い合わせ:03-6452-5424
■営業時間 11:30~24:00(LO 23:00)、日祝日 11:30~22:00(LO 21:00)
※祝前日は通常営業
■公式サイト:http://eplus.jp/sys/web/s/sbc/index.html​
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